冒険者 カイン・リヴァー
それが示すもの
その四人は皆の前に立ち、追加報酬とやらを待つこととなった。
多額の報酬ばかりか、追加報酬まで貰えるとあって、アベルとローゼは一際瞳を輝かせた。そんな様子を見て、カインは僅かにため息をつく。クリスはいつもの笑顔を携えたまま、前方を見るだけである。
やがて使用人によって運び込まれた追加報酬は、金色の装飾によって彩られた箱に入った状態で四人それぞれに用意された。それらの前にベルが立ち、四人それぞれに笑みを向けた。
「これはね、君たちが今後必要とするものを選ばせてもらった。まあ、開けてみてほしい」
涎を垂らさんばかりの表情で、アベルとローゼが箱に手を伸ばした。中にはそれぞれ、異なるものが入っていた。
アベルは小さな飴玉のようなものを指でつまんでいた。白銀のそれは淡い輝きを放っており、質の悪い真珠のようにも見えた。
「それ、美味しいから食べてみて」とベルに勧められ、訝し気にそれを食べると、予想に反して何も味はしなかった。
その代わりに体の内側に違和感を感じたが、それが何か形容はできなかった。試しに噛んでみると、容易く砕けたので全て飲み込んだ。ベルは瞬きもせず、それが飲み込まれるまで視線を外すことはなかった。
「全部ちゃんと飲み込めたかい?」
「無味無臭でしたよ。噛み砕けるガラス玉を食べている気分です。なんですかこれは」
「ここでは言えない。他の人もそうだけど、渡したものの詳細はあとで家に書簡を送っておく。なあに、体に害はない、それどころか良い事尽くめさ」
ローゼは羅針盤のようなものを手に持っていた。古いせいで壊れているのか、針はあらゆる方角を指し示している。羅針盤には、幾多の動物や魚、人、エルフ、ドワーフ、獣人、モンスターまでもが並んでいる様子が描かれている。
「見たことない羅針盤ね。壊れている? 何かの骨董品かしら」
「それも大事なものさ。売ってはいけないよ。どうせ高くは売れないからね。でも、君らが必要とする時が必ず来る。持っておくことだ」
「ふーん……? でもこのデザイン、私は好きよ。ありがとう」
ベルは軽く会釈をした。
続いて、カインが箱を開けると古びた手鏡が出てきた。鏡部分が錆びついているのか、煤で汚れているのか、手鏡としては使えたものではない代物であった。
「おいおい、なんか武器とか魔武具とかそういうもんくれるんじゃないのかよ。俺は身だしなみなんて気にしねえぞ」
「君は今回のクエストでは一番の活躍をしたうえ、海龍神とも対話して見せ、ミュウファとも再開させてくれた。だから、今回の中で間違いなく一番の報酬さ」
「これがぁ? まあいいや。その書簡とやらを待っておくとするか。とりあえず貰っとくぜ、ありがとうな」
カインは、戻り際に「大したもんじゃなかったら、洗ってからホープにでもあげるかな」と呟いてからポケットにしまい込んだ。ベルは苦笑いしてから、最後に残ったクリスへと受け取るように促す。
クリスは一つ頭を下げてから、箱の中身に手を触れた。その瞬間、ただならぬ殺気が場を包み込む。口元は笑みをたたえていたが、ベルに向けるその視線は明らかに疑念と敵意を表していた。
「コングラウス卿、これはいったい?」
クリスが取り出したものは、一つの指輪であった。特段宝石もついておらず、何の変哲もない。遠目からはどのような効果があるのか、見当もつかなかった。ベルはその殺気を知ってか知らずか、ひょうきんな面持ちで返答した。
「この場では説明はしたくなかったんだが、まあいいか。先の三人ほどではないにしろ、それも貴重な品さ。治癒の力を持つ指輪だよ。”君には”必要な品だろう?」
「隠しているわけではありませんが、どこまで、なぜあなたが知っているんです」
ベルは屈託なく笑って見せた。
「きっと全てを知っているよ。僕が冒険者を引退したのも、今回の報酬もそこに繋がっている」
意味深長な話をする二人をよそに、カインが大声で話し始めた。
「なあアベル、腹空いてこねえか。ベルさんよ、このあと飯用意してくれてんのか?」
「え? ああ、もちろんだとも。今夜はみんなここに泊まるといい。明朝をもって本クエストを終了とする、みんなお疲れ様だ」
「さすが太っ腹だぜぇ! カイン! この城ン中探検すっぞ!」とストガがカインを捕まえて連れて行った。
他の皆も、妙な殺気はなくなっていることに気が付き、各々、思いの丈を語り合いながら夕食が来るのを待った。
そんな中、クリスは指輪を暫く見つめると、静かに人差し指にはめ込んだ。ベルはそれを確認してから一つ頷き、使用人達に夕食の準備を進めさせた。
────夕食の海鮮料理が用意され、皆が談笑する中、なかなか帰ってこない二人を心配するアベルであった。その横で、ローゼは料理に手が出せずにいた。
「エルフは山の幸と川の魚しか食べられないんでしたか」
「ええ」
「でも島では食べてませんでしたっけ」
「いや、川魚と木の実を選りすぐって食べていたわ。でも良いのよ。こういうのは慣れているし、あまりお腹も空いていないから」
その言葉とは裏腹に、ローゼの腹が鳴る。周囲がうるさくともアベルの耳にはしっかりと届いていた。その長い耳を真っ赤にするローゼをよそに、アベルが近くにいた使用人にぼそぼそと何か伝えると、焦った様子でローゼの料理が下げられた。暫くすると、山菜と川魚がたんまりと乗った料理が運ばれてきた。
ローゼがアベルを見ると、「せっかくみんなで生き残ったんです。喜びは分かち合ってこそです」と海鮮料理を頬張って見せた。
その後、カインとストガが戻ってくる頃には料理がなくなっており、軽く騒動にもなったが、無事クエストを終えた皆は、翌日、解散するのであった。
ストガとテリアとも、一言だけ別れを告げ、再会の約束をして、別れた。ローゼはあっさりしすぎだと騒いだが、クエストを重ねるうちにこうなる、とカインが諭した。
クリス一派とは島から脱出後まともに会話をしないまま、別れる形となった。
ローゼはといえば、カインとアベルと共に暫し行動を共にすることとなった。ローゼに決まった家はなく、代わりにカインらの家へ追加報酬についての書簡が送られることになったためである。ローゼも不服ではあったが、見ず知らずの冒険者の家や、実家よりはと渋々の了承であった。
三人はグラントを目指して、馬車に揺られるうちにやがて眠りにつくのであった。報酬をたんまり入れた荷物の一つが、怪しく動いていることも知らずに。
冒険者らは、一人残らず城塞を後にした。喧騒から一転、静かな空気を取り戻していた。
ベルは自室の書斎にて、物憂げに天井を見上げていた。「大変な人に、ミュウファは付いて行ったな」と呟く。使用人が一人もいない部屋であったが、どこからともなく、低い男の声が聞こえてくる。
「この度は協力に感謝する」
「これが僕の役目だったんだろう。冒険者を引退して、この土地を治められたのも君の力あってこそだ。そしてその富と権力と人脈で、手助けをする。その約束は忘れていないよ」
「ああ。これでまた、終着へと近付ける。いずれまた協力を求める。大変だろうが、その時は、その時の俺を宜しく頼む」
部屋からベル以外の気配が消えた。ベルは軽くため息をついた。
「一番大変なのは、君のほうだろうに。この世界のためなら、いくらだって協力する。そうに決まってるんだ」
ベルは沈痛な面持ちでありつつも、口元には笑みをたたえながら、窓の外に広がる港町アビシアを眺めた。
「────────君はいったい、何人の僕と会っているんだろうねぇ」
第四章 【失礼冒険者と失われた海域】終
多額の報酬ばかりか、追加報酬まで貰えるとあって、アベルとローゼは一際瞳を輝かせた。そんな様子を見て、カインは僅かにため息をつく。クリスはいつもの笑顔を携えたまま、前方を見るだけである。
やがて使用人によって運び込まれた追加報酬は、金色の装飾によって彩られた箱に入った状態で四人それぞれに用意された。それらの前にベルが立ち、四人それぞれに笑みを向けた。
「これはね、君たちが今後必要とするものを選ばせてもらった。まあ、開けてみてほしい」
涎を垂らさんばかりの表情で、アベルとローゼが箱に手を伸ばした。中にはそれぞれ、異なるものが入っていた。
アベルは小さな飴玉のようなものを指でつまんでいた。白銀のそれは淡い輝きを放っており、質の悪い真珠のようにも見えた。
「それ、美味しいから食べてみて」とベルに勧められ、訝し気にそれを食べると、予想に反して何も味はしなかった。
その代わりに体の内側に違和感を感じたが、それが何か形容はできなかった。試しに噛んでみると、容易く砕けたので全て飲み込んだ。ベルは瞬きもせず、それが飲み込まれるまで視線を外すことはなかった。
「全部ちゃんと飲み込めたかい?」
「無味無臭でしたよ。噛み砕けるガラス玉を食べている気分です。なんですかこれは」
「ここでは言えない。他の人もそうだけど、渡したものの詳細はあとで家に書簡を送っておく。なあに、体に害はない、それどころか良い事尽くめさ」
ローゼは羅針盤のようなものを手に持っていた。古いせいで壊れているのか、針はあらゆる方角を指し示している。羅針盤には、幾多の動物や魚、人、エルフ、ドワーフ、獣人、モンスターまでもが並んでいる様子が描かれている。
「見たことない羅針盤ね。壊れている? 何かの骨董品かしら」
「それも大事なものさ。売ってはいけないよ。どうせ高くは売れないからね。でも、君らが必要とする時が必ず来る。持っておくことだ」
「ふーん……? でもこのデザイン、私は好きよ。ありがとう」
ベルは軽く会釈をした。
続いて、カインが箱を開けると古びた手鏡が出てきた。鏡部分が錆びついているのか、煤で汚れているのか、手鏡としては使えたものではない代物であった。
「おいおい、なんか武器とか魔武具とかそういうもんくれるんじゃないのかよ。俺は身だしなみなんて気にしねえぞ」
「君は今回のクエストでは一番の活躍をしたうえ、海龍神とも対話して見せ、ミュウファとも再開させてくれた。だから、今回の中で間違いなく一番の報酬さ」
「これがぁ? まあいいや。その書簡とやらを待っておくとするか。とりあえず貰っとくぜ、ありがとうな」
カインは、戻り際に「大したもんじゃなかったら、洗ってからホープにでもあげるかな」と呟いてからポケットにしまい込んだ。ベルは苦笑いしてから、最後に残ったクリスへと受け取るように促す。
クリスは一つ頭を下げてから、箱の中身に手を触れた。その瞬間、ただならぬ殺気が場を包み込む。口元は笑みをたたえていたが、ベルに向けるその視線は明らかに疑念と敵意を表していた。
「コングラウス卿、これはいったい?」
クリスが取り出したものは、一つの指輪であった。特段宝石もついておらず、何の変哲もない。遠目からはどのような効果があるのか、見当もつかなかった。ベルはその殺気を知ってか知らずか、ひょうきんな面持ちで返答した。
「この場では説明はしたくなかったんだが、まあいいか。先の三人ほどではないにしろ、それも貴重な品さ。治癒の力を持つ指輪だよ。”君には”必要な品だろう?」
「隠しているわけではありませんが、どこまで、なぜあなたが知っているんです」
ベルは屈託なく笑って見せた。
「きっと全てを知っているよ。僕が冒険者を引退したのも、今回の報酬もそこに繋がっている」
意味深長な話をする二人をよそに、カインが大声で話し始めた。
「なあアベル、腹空いてこねえか。ベルさんよ、このあと飯用意してくれてんのか?」
「え? ああ、もちろんだとも。今夜はみんなここに泊まるといい。明朝をもって本クエストを終了とする、みんなお疲れ様だ」
「さすが太っ腹だぜぇ! カイン! この城ン中探検すっぞ!」とストガがカインを捕まえて連れて行った。
他の皆も、妙な殺気はなくなっていることに気が付き、各々、思いの丈を語り合いながら夕食が来るのを待った。
そんな中、クリスは指輪を暫く見つめると、静かに人差し指にはめ込んだ。ベルはそれを確認してから一つ頷き、使用人達に夕食の準備を進めさせた。
────夕食の海鮮料理が用意され、皆が談笑する中、なかなか帰ってこない二人を心配するアベルであった。その横で、ローゼは料理に手が出せずにいた。
「エルフは山の幸と川の魚しか食べられないんでしたか」
「ええ」
「でも島では食べてませんでしたっけ」
「いや、川魚と木の実を選りすぐって食べていたわ。でも良いのよ。こういうのは慣れているし、あまりお腹も空いていないから」
その言葉とは裏腹に、ローゼの腹が鳴る。周囲がうるさくともアベルの耳にはしっかりと届いていた。その長い耳を真っ赤にするローゼをよそに、アベルが近くにいた使用人にぼそぼそと何か伝えると、焦った様子でローゼの料理が下げられた。暫くすると、山菜と川魚がたんまりと乗った料理が運ばれてきた。
ローゼがアベルを見ると、「せっかくみんなで生き残ったんです。喜びは分かち合ってこそです」と海鮮料理を頬張って見せた。
その後、カインとストガが戻ってくる頃には料理がなくなっており、軽く騒動にもなったが、無事クエストを終えた皆は、翌日、解散するのであった。
ストガとテリアとも、一言だけ別れを告げ、再会の約束をして、別れた。ローゼはあっさりしすぎだと騒いだが、クエストを重ねるうちにこうなる、とカインが諭した。
クリス一派とは島から脱出後まともに会話をしないまま、別れる形となった。
ローゼはといえば、カインとアベルと共に暫し行動を共にすることとなった。ローゼに決まった家はなく、代わりにカインらの家へ追加報酬についての書簡が送られることになったためである。ローゼも不服ではあったが、見ず知らずの冒険者の家や、実家よりはと渋々の了承であった。
三人はグラントを目指して、馬車に揺られるうちにやがて眠りにつくのであった。報酬をたんまり入れた荷物の一つが、怪しく動いていることも知らずに。
冒険者らは、一人残らず城塞を後にした。喧騒から一転、静かな空気を取り戻していた。
ベルは自室の書斎にて、物憂げに天井を見上げていた。「大変な人に、ミュウファは付いて行ったな」と呟く。使用人が一人もいない部屋であったが、どこからともなく、低い男の声が聞こえてくる。
「この度は協力に感謝する」
「これが僕の役目だったんだろう。冒険者を引退して、この土地を治められたのも君の力あってこそだ。そしてその富と権力と人脈で、手助けをする。その約束は忘れていないよ」
「ああ。これでまた、終着へと近付ける。いずれまた協力を求める。大変だろうが、その時は、その時の俺を宜しく頼む」
部屋からベル以外の気配が消えた。ベルは軽くため息をついた。
「一番大変なのは、君のほうだろうに。この世界のためなら、いくらだって協力する。そうに決まってるんだ」
ベルは沈痛な面持ちでありつつも、口元には笑みをたたえながら、窓の外に広がる港町アビシアを眺めた。
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