冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

海龍神メリウロ・ケイス・オプニュート

 カインらと行動を共にしていた他の冒険者達もその存在に気付き、集まってきた。

 各々労いの言葉や生き残ったことへの喜びを口にし、肌の寒さに反して、胸が熱くなるカインであったが、再び、あの地鳴りのような音が響き渡った。
 カインらは身構えて周囲を確認する。他の冒険者や、コングラウス卿までも既に武器に手をかけている。幾度も鳴り響く不気味な音に皆は困惑の色を示していた。

 徐々に、船が上下に揺れ動き始めた。天候に変化はないが、揺れはやがて尋常ではないほどの高波へと変化していく。船上の冒険者らは近くの柱や手すりにしがみつくしかできないでいた。水飛沫がまるで雨のように降り注ぐ中、カインはローゼの手を掴み、大声で話しかける。

「お前の! アレ使ってなんとかできねえか!」

「アレってなによっ!」

「アレだよ、アレ! えっと、”ゆりかご”! このままじゃ、みんな波に飲まれちまう!」

 初めローゼは眉をひそめたが、やがて何かを理解したように「やってみる」とだけ呟くと、揺らめく中で立ち上がり、荒れ狂う海を見据えた。

「水の気、流麗の神ピカルスの御力によりゆりかごを顕現せよ」

 詠唱を行うと、指輪が青白い輝きを見せた。船の揺れは激しさを増し、いよいよもって転覆もあり得ると誰もが覚悟した時、高波が一瞬にして落ち着き、穏やかな海に姿を戻していた。ローゼは髪から滴る海水を絞ると、ため息をつきながら後ろで一つに束ねた。

「やるじゃねえか」とカインがローゼを小突いた。

「これは私の力なんかじゃない。この指輪の、恩恵なの」

「それを持っているのはお前で、お前がやったから、お前の成果だろ。何か違うか?」

 隣でへたり込んでいたアベルがくすと笑うと「違いありません」と一言こぼした。

「で、でも……」

「成し遂げるためには力がいる。その力がないなら道具を使う。金槌持たない鍛冶屋がどこにいるんだよ。つまり、そういうこった」

「……ふふ、そうね」

 カインとアベルが目を丸くして、見合わせた。

「笑った……!」とカインはローゼを見つめる。瞬く間に顔を紅潮させたローゼは「あぁーもうっ!」と背中を向けてしまった。その時であった。

「おい、あれを見てみろ!」

 誰かが叫んだ。ふとその冒険者が指差す方向を見ると、そこには確かに島があったはずであった。
 正確に言えば、島はまだあった。だが、その島から遥かに巨大な首が生えている。島の四方からも手足のようなものが生えているのである。

 カインが一言、「亀……?」とその島を言い表した。

「え、え……?」とアベルは絶句している。

「大きすぎる……あんな生物、いるの?」

 歴戦の冒険者であっても、その荘厳ともいえる姿にただただ見入ることしかできなかった。遠近感を見誤るほどに巨大なその首は、この船を何艘足しても足りないことが明らかであった。強い、弱い、大きい、小さい、それらの概念すら当てはまらない存在。それは”環境”そのものであり、”災害”そのものであった。

 それを前にして、畏怖の念を微塵も抱かない者などいなかった。あのクリスですら、苦笑いして立ち尽くしていたのである。皆、事の成り行きを見守るのみであった。たった一人を除いては。

「海龍神メリウロ・ケイス・オプニュート! ははっ! 本当にいた! 本当に! すごいぞ! やった!」

 一人跳ねまわっている男は、ベルロイシュ・コングラウスその人であった。まるで初めから知っていたかのような、そして童が"お宝"を発見したときのような、そんな様子であった。

「海龍神? あんた、あれを知っているのか」

 カインがふとコングラウス卿に近寄ると、まるで待っていたかのように、すぐさまカインへと笑みを向けてきた。

「やあ、君がカイン・リヴァーか。話はよく聞いている。僕はベルロイシュ・コングラウス。ベルとでも呼んでくれ」

「俺もあんたの話はよく聞いてる。あんた、あのバカでかい亀はいったい何なんだ」

「あれは海龍神メリウロ・ケイス・オプニュート。古い伝記には、かつてこの近海に生息していことが記されていた。けれどここ数百年、姿を消していた。今回のクエストは、あれの手がかりが何か掴めたら、そう思って貼り出したんだ。失われた海域にある島ならば何かあるかもと思ってね。でもまさか、本物に遭遇できるなんて……僥倖だよ! 感動の極みに達している!」

「龍なのに亀なのか……」

「細かいこと気にしちゃダメさ!」

 ベルは瞳を輝かせて空を仰ぎ、喜びに震えている。確かに変人ではあるが、悪い人間ではなさそうだ、とカインは呆れた。もう一度、海龍神を見てみると、海龍神が手足をばたつかせながら、海を泳ぎ始めた。潜水しないのは、背中の島に住む命を気にしているようにも見えた。

「おい、おいおい、近づいてきてないか?」

 誰かがそう言った。確かに、みるみるこちらに近づいてきているではないか。予想だにしない展開に、皆は焦りだした。船長は既に錨を上げ、ベルの出航の指示を待っている。

「領主様よぉ! 早くしねえとぶつかっちまうぞ!」

「待つんだ!」とベルは鋭く制止した。

「あの海龍神は、伝記によれば命をぞんざいに扱うことなど絶対にしないんだよ。こっちに来ているのは、何か理由があるはずだ」

 やがて波立たせながら船の目の前までやってくると、視界がその顔と首で埋め尽くされるほどに巨大であったことがわかる。
 太陽光が遮られ、その空間だけ異様であることが誰の目から見ても明らかであった。圧倒的な緊迫が場を覆いつくした。

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