冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

仮説のアベル

 その場の誰もがアベルの宣言が本当のこととは思えなかった。何か考えがあってのことだろう、そう信じてきたが、結果として残っているのはイカダを無為に作り、海に流しただけのこの状況だけであった。皆は素直に首を縦に振ることはなかった。相棒であるはずのカインですら、渋い表情を浮かべている。

「なあアベル。この通り、みんな納得ができねぇって顔してる。作戦があるなら先に説明してくれねぇか」

 カインは諭すようにしてアベルへと伝えた。

「ええ、自分もそろそろと思っていました。作戦の説明に際して、一つの仮説を述べます。その上で成り立つ作戦ですから」

 アベルは一つ呼吸をおいて、それを言い放った。

「ムシュルオプスとマーマンは共生関係にあるということ。マーマンは知恵を、ムシュルオプスは力を使い、”イカダ”ではなく”船”を襲います」

「マーマンって、船の上で襲ってきた銛持ってた魚人よね」とローゼが確認すると、横に立つテリアが頷いた。

「でも他種族のモンスターが共生関係を築くなどできるのでしょうか」とテリアが考え込んだ。

 アベルは一つ一つ説明した。

 まずイカダ作戦によって証明されたのは、イカダは生き物が乗るものではないと判別されるということ。流木やゴミの集積物が浮かんでいると、海中から見た場合は日を背にして影として見える。それはイカダと大して変わらない。恐らく、マーマンらは今までに何度も外してしまったことがあるのだろう。
 それで学習した。商業ルートであったその海域を占領し、商業船を襲うようになった。それで味を占めた。

 四角形や円形のイカダではなく、ひし形の船影にしか興味を示さなくなった。だがそのレベルの高度な学習能力は、果たして神獣となったイカに身についているのだろうか。
 事実として、皆が乗っていた船は、まずマーマンの襲撃があり、それからムシュルオプスが登場したのである。あまりにもタイミングが良すぎる。船を壊す程の力はないが、どれを襲えば良いか判断できるマーマンと、船の認識ができないが、船は容易に粉砕できるムシュルオプス。それらが共生関係にある可能性が高い。

 そして何故明日なのか。ムシュルオプスとマーマンの共生関係については自信ありといった様子のアベルも、これについてはある種の賭けだと、僅かに言葉を濁した。

 その仮説とは、神獣ムシュルオプスは天候を荒れさせる力があるのではないか、という仮説であった。

 さすがにこれを聞いた皆は驚きを隠せなかった。中には、「そんなわけがない」と真っ向否定する者もいたが、それでもアベルは続けた。
 ムシュルオプスが出現する直前、澄み渡った青空が急に曇天と化したのだ。商業ルートとして利用される海路は、そのほとんどが天候が穏やかな海域を選ぶ。それが常識でもあった。事実、ムシュルオプスに襲われて以来、この島や目の届く範囲で天候が悪化したことはなかった。だが、海にイカダを沈め始めてからは、遠くから徐々に暗雲が近づいてきている。

 即ち、マーマンが海域の異変に気付き、ムシュルオプスとこの近くにまでやってきているのである。
 アベルは自らの持つ仮説を述べてから、一つ加えて伝えた。

「我ながら乱暴な仮説と思います。でも信じてもらえなければ、前には進めません。だから騙されたつもりで信じて下さい。もしこの仮説が外れていたら、僕の取り分を皆さんに分けます」

「なに、あの守銭奴のお前が、金を……?」

 カインは口をあんぐりと開けた。

「お金を担保に協力できるなら、安い買い物でしょう」

 皆が狼狽える中、ストガが一際大きなため息をついて、ずかずかとアベルの元へと歩いてきた。その肩に分厚い手を置き、頭ひとつ分小さいアベルを見下ろす。

「その覚悟、確かに受け取った。金なんかいらねえよ。俺らは客じゃねえ、仲間だろ」

 ストガを見上げるアベルは、口をつぐみながら強く頷いた。それに続いて他の者も数人ストガに同調する。カインは無言でストガの背を叩いた。

「そもそも、アベルさんが進んで参謀役を引き受けて下さったのです。それに従わずに、何に従うのですか」

 テリアは一歩前に踏み出た。皆を見回し、「さて、もう異を唱えるようなみみっちい者はいませんね?」と語気を強める。

「うへぇ、怖い怖い」とカインはおどけた。

 協力の意志が弱かった者でも、テリアの脅迫じみた圧力により最終的には協力することに決めた。団結すると決まれば皆の行動は早く、目いっぱい食糧を腹に詰め込むと、すぐさま眠りについた。激戦が予想される前夜は、十分な休息が必要であると皆知っていたのである。

────翌日未明、全員で造船を始めていた。

 昨日より、暗雲は島に近づいてきていた。夕方には島を覆うであろうことを、ぽつりとカインが呟く。

 通常、人が数人乗るような小型船を作るだけでも数日を要する。しかしながら今回作るのは人も乗らない、形だけの船もどきである。
 材木は力自慢のカインとストガがかき集め、夜が明ける前に運搬が終わっていた。難航するであろう材木の接着は、テリアの土の元素術とアベルの火の魔導術が大いに役に立った。粘着質の土に水を混ぜ、接着させたい材木の隙間に流し込み、それを火で炙ることで固定することができた。
 少々不格好であったが、日が頭上に昇りきるまでには船が完成していた。人が十人は乗れるような、当初予定していたより若干大きめの船であった。昨晩早くから休息をとったからか、休憩さえすれば皆はまだ動けるようであった。

「皆さん、戦闘準備をして下さい。きっと出てきます……!」

 皆は各々武器を確認してから、船を海へと送った。
 船尾には幾多ものツタを編んで結った頑丈な縄を取り付けていた。ある程度沖に出ても引けるようかなり長く作ってある。
 船が海に浮かんだことを確認し、すぐさまアベルが風の魔導術で更に船を押し出す。

「お、重い……まだ! 風の気、更に寄り集れ! もっと! 風の気! もっと!」

 周囲のそよ風が、まるでその声に呼応したかのように、強風となって船を押し出していく。しかし、帆も張っていない船は、強風程度では推進力を得ることが難しかった。徐々にアベルの顔色が悪くなってきたところで、誰かがアベルの肩を一つ叩く。
 アベルが振り返ると、ローゼが視線を合わせ、静かに頷いてきた。アベルは数秒考え、頷き返してから数歩後ろへ下がった。

 ローゼはそれを確認すると、息を整え、杖を取り出すでもなく、掌を船へと向けた。その人差し指には、翡翠色に輝く指輪がはめられていた。

「水の気、流麗の神ピカルスの御力によりゆりかごを顕現せよ」

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