冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

稲穂の如し

────クリスとの戦いの後、花の影で震えていたミュウファを肩に乗せ、言いつけ通りライリスへ声をかけた。そこで、カインは事の経緯を知ることとなる。

 ミュウファの話の通り、フェアリーを乱獲しようとする輩が現れたのは事実だった。しかしながらクリス一派は、通りがかりに、逆にそれらを追い払ったのだという。
 フェアリーにとって、人間はどれも一緒だという勘違いのもと、見境なくクリスらにも攻撃を仕掛けてしまった。その返り討ちにあったところに、偶然カインが現れた……とのことだった。

 完全に勘違いをしてしまったカインは、顔を真っ赤にしながらクリス一派に頭を下げることとなった。
 怒り心頭の取り巻き達だったが、木陰で短剣の手入れをするクリスの「フェアリーをぞんざいに扱ったのは事実。フェアリーもカイン・リヴァーも許そう」という言葉により、事は丸く収まった。

 そもそもクリス一派も、コングラウス卿がフェアリーをお宝とする人物ではないことなどとうに知っており、フェアリーに手出しするつもりは毛頭なかったようである。カインはそれを聞いて、深々とため息をついた。

「だからお前口ごもってたのか、ミュウファ」

「そ、そう……。カインに、人間達を止めてほしかった」

「ま、最初に手出しをしたのは人間だし、しゃあねえとこはあるわな! 俺も勘違いしちまったし!」

 カインはガハハと豪快に笑うと、ライリスは呆れたようにして、腰に手を当て首を横に振った。
 やがてひと騒動終わった後、クリス一派は泉から離れていった。残されたカインとミュウファは、泉の畔で休息を取った。

「カイン達、まだムシュルオプスを倒そうとしてるのか?」

「そうとも! 仲間が名案を思い付いたから、もうすぐやっつけられると思うぜ」

「……そうか」とミュウファは意味深長な面持ちで短くそう答えた。

「どうかしたか?」

「いや、時の流れ、世の流れだと思うことにする」

「何を難しいこと言ってんだ。ま、何にせよ、化け物イカ倒したら、みんな出ていくと思うからよ。もうちょっと辛抱してくれ」

「フェアリーが人間にとって価値のあるものというのは知ってる」

「何しろ今回のクエストで、お宝が明示されてなくてな。お前達をお宝だと勘違いしちまってる奴らがいる。依頼主のコングラウス卿は、そんな奴じゃねえって知らねえ奴ばかりなんだ」

 ミュウファは目を見開き、カインをまじまじと見つめた。

「コングラウス……?」

「ん? おう。なんだっけ……ああそうそう。”お人よしのベル”!」

「ベル! ベルロイシュ!」

「そうそう、ベルロイシュ・コングラウス。ってあれ、お前知り合いか?」

 ミュウファは明らかに過剰に反応していた。その興奮を抑えきれない様子でカインの裾を引っ張っている。

「わたしが人間にも良い奴がいると知ってる理由は、ベルがいたからだ」

 どうやら知り合いらしいと踏んだカインは、話を聞くことにした。ミュウファもやや興奮気味に、コングラウス卿との話を打ち明けてくれた。


────今から二十年ほど前。ベルロイシュ・コングラウス、通称ベルは、この島の砂浜で偶然にもミュウファと出会っていた。

 その昔、魔の海域を無謀にも通ろうとする商船が数多く沈没し、その商船で輸送されていたモンスターやフェアリーが、この島に流れ着いていた。それゆえに、この島には多くの生き物が何世代にもわたって住み着いていた。

 約二十年前、商船の護衛クエストの最中であったベルは、多くの仲間達や他の冒険者らと共に人生で初めて遭難したのである。
 仲間達と生き延びるため、魚を獲り、モンスターを狩り、生き長らえていた矢先、もともと人間に売り買いされていた祖先を持つミュウファと出会った。フェアリーが高額で売れることを知っていたベルであったが、ミュウファを捕らえることは決して許さなかった。

「この子達は、ここで自由を勝ち取った。僕らが身勝手に奪うべきじゃない」

「相変わらずお人よしだぜこいつは」

 ベルの言葉に、仲間達はまたかと呆れつつも、それがある種の誇りのようにもなっていた。他の冒険者らも、ベルの気迫に圧倒されたのか、素直に従うことになった。
 人間の怖さのみを教えられてきたミュウファは初め、ベル達を酷く恐れたが、その考え方や行動に触れるうちに徐々に心を開いていった。ミュウファは人間の存在に気付いていないフェアリーの皆には内緒で、ベル達のいる島の端に行っては、今までの冒険の話を聞かせてもらった。

 いつしかミュウファは、感動的な冒険の数々をフェアリー族の皆に聞いてほしいと考え始め、ある時意を決して人間について打ち明けた。
 素直に「人間達と仲良くしよう」と説得するものの、それは聞き入れてもらえなかった。むしろなぜ今まで人間の存在を秘密にしてきたのかと酷く叱責された。ミュウファの意に反して、あろうことかフェアリー達は戦闘部隊を作り、ベル達人間をこの島から追い出そうと企てる。
 ミュウファだけでそれを止めることもできず、あろうことか手足を縛られた状態で戦場に連れていかれた。人間の醜さをその目で見て、勘違いを捨てろとのことだった。

 数日後、フェアリーの襲撃は決行された。当然ながら、小さな矢に小さな刃物では人間を仕留めることはできない。しかし、それでも傷つけられた冒険者らは激怒した。フェアリーを見つけ出し、すぐに捕まえ、いたぶって殺してやろうと意気込んだ。
 ミュウファは酷く後悔し、涙した。その時である。

「全員! 今すぐその手を止めろ!」

 ベルがかつてない怒気のこもった声を上げた。長く旅をしてきた仲間達ですら見たことのない凄まじい怒気である。
 全員がぴたりと止まったことを確認すると、ベルはフェアリーに向かって深く深く頭を下げた。

「あなた達の領域を侵してしまい、申し訳なかった。帰る準備はできたから、もう争わないでほしい。お願いだ、頼む……!」

 襲撃され、もはや義理や人情などゴミ同然のこの戦場において、彼は一人、剣も持たず深く頭を下げた。それを見たその場の全員は、互いを見つめながら、武器を降ろした。

────それから彼らがどう帰ったのか、ベルが何をしているのか、フェアリー族と共に巣に帰ったミュウファは知ることはできなかったが、その一件から、人間に対する偏見は薄れたのだという。

「って、どう帰ったのかが重要なんじゃねえか! 何で知らねえんだよ!」

「だって! みんな帰る雰囲気だった!」

「周りに流されてんじゃねえよ! いや、それにしても、同じ人間から見てもよくできた奴だな、コングラウス卿ってやつは」

「卿……ベルは、偉くなったのか」

「そりゃもう。お偉くなったようだぜ」

「そうか、そうかぁ〜。また会いたいなぁ」

 ミュウファは少し声を枯らしながら、泉へ小石を投げた。

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