冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

再開の泉

 アベルが悲嘆の声を上げるのも無理はなく、備蓄用に徐々に貯めていた食糧が一切合切紛失していた。それと同時に食糧調達班として割り当てていた三人の姿がなかった。その瞬間、カインやアベルは裏切りが発生したと悟った。

「これは……困りましたね」

「全員に迷惑がかかることしやがって。追っかけて食糧だけでも奪い返してやる!」

 カインは顔を真っ赤にしながら鼻を鳴らした。アベルはそれを静かに手で制した。

「いえ、これは自分の責任でもあります。きっと彼らに想像以上の負荷がかかっていた。だから裏切っていいというわけではありませんが……責任は自分が取ります」

 アベルはそう言い、一人杖を持って砂浜へと静かに歩いて行った。突然の行動に皆は戸惑いながら、それについて行ってみると、既に何らかの詠唱をしているようであった。やがてアベルが水中に杖を突き刺すと、辺り一帯から水泡と湯気が見え始め、みるみるうちに海水が沸騰していった。
 やがて浅瀬に数えきれないほどの魚たちが浮かび上がってくる。さらに、風の魔導術であろう詠唱をしてから、その魚らを海水ごと暴風とも呼べるほどの風で持ち上げ、砂浜へと打ち上げた。
 一瞬の出来事に皆言葉を失った。複数元素を扱える魔導術師が珍しいこともあったが、大技を連発し、さらに見たこともない元素術の応用をしていたからであった。

 アベルはふらふらとよろめきながらこちらに振り返った。

「本当はやりたくなかったんです。環境破壊にも繋がりますし、生態系にも影響を与えてしまいかねない。それに、魔力が……枯渇する、ので……」と、そう言い残したアベルは、砂浜でそのまま倒れこんでしまった。

「アベル!」

 誰よりも早くカインが駆け寄ると、意識朦朧のアベルが渇いた笑みをこぼす。

「大丈夫、です。魔力枯渇は、一日休んでいれば……」

「無茶しやがってこの野郎!」

「できれば……ふかふかのベッドに」

「へっ、お前には草のベッドがお似合いだ。しっかり休めよ」

「すみません」

 アベルの無茶によって当面の食糧は確保されたが、作戦の主力兼指揮をとる者が不在となったため、この日は息抜きも兼ねた自由行動とした。
 カインはこの時まで一切気付けなかったが、皆のはしゃぎっぷりから、ある程度の無理を強いていたのだと自覚した。傭兵時代は、体の無理は当然のことで、ついて来なければ容赦なく置き去りを喰らう厳しい世界であった。

「俺も、おっさんってことか」

 カインは、各々の時間を過ごす冒険者らを眺めながら、草むらで寝ころんでぼやいた。

「お、おい!」

 カインは遠くから聞こえる声を無視した。はしゃいだ冒険者らの声かと思った。しかし、妙に聞き覚えのある声でもあった。

「無視するな! 無礼だぞ!」

 ふとカインは声のする方向を向くと、カインの眼前に顔をむくれさせた小さき人が立っていた。それはフェアリー族のミュウファで間違いなかった。以前は遠目でよく見えなかったが、薄緑色の髪と目が特徴的である。髪には、そよ風にあたっているか如く僅かなウェーブがかかっている。服は布地のようだが、どこで仕立てたのだろうか不明である。
 カインは目を見開き、急ぎ体を起こす。それと同時にミュウファは「あぁあぁ」と体を転ばせた。

「いてて……。急に動くな! びっくりした」

「ミュウファ、お前どうして! 人間が嫌いになったじゃ」

 それを聞いたミュウファは少し俯きながら、指を絡ませて何か言いづらそうにしている。カインが首を傾げていると、ミュウファはその場で飛び上がり、「その件は謝る」とこちらへと頭を下げてきた。

「人間は嫌いだ。他のフェアリー達は反対した。でも、でもわたしは、お前達は違うと思った。だからこうして探してきたんだ!」

「何か、あったのか」

 ミュウファは頷いた。何かもごついているが、カインはミュウファを肩に乗せた。

「急ぎなんだろ。事情は向かいながら聞かせてくれりゃいい。あの泉に行けばいいのか?」

「う、うん!」

 カインは数多の木々をすり抜けるようにして森を疾走した。肩に掴まるミュウファは振り落とされないよう半泣きになりながらも事情を説明した。

「人間が、また襲ってきた。今度は、一人じゃなくていっぱい」

「あいつら、性懲りもなく……」

「フェアリーは人間がみんな敵だと思ってる。でも、来た人間の中には、カインみたいに手出しはしてこなかった人間もいた。こちらから先に攻撃して、敵になっちゃった人間もいる。だから唯一、信頼できるカインを探してた」

 カインは粗方事情を理解したうえで泉へと到着すると、そこにはこの島で幾度も見かけた姿が視界に入った。その取り巻きも周囲に陣取っている。それ以外の冒険者は見受けられない。

「クリス……!」

「おや、カイン・リヴァー。また会ったね」

 にこやかに微笑むその手には、フェアリーが鷲掴みにされていた。足を掴まれ、逆さになっているフェアリーはぐったりとしており、気を失っているようであった。

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