冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

公平の天秤

────翌日、新たな拠点から各班分散して各々の役割を全うした。

 イカ討伐戦略班もといムシュルオプス討伐戦略班であるカインらは、昨日ミュウファより得た情報をまとめていたが、ただのイカではなく神の力の影響を受けたものだという、得体の知れない事実だけが明確になっただけであった。モンスターですら獣の何倍もの力を発揮するというのに、それが神獣ともなれば想像もできない。
 ただ一人、カインだけは事を楽観視しているように見えた。

「魔獣だの神獣だの言ってるが、元はただのイカだろ? んなもんぶった斬りゃ死ぬのは変わんねえ。戦う前からビビッてんじゃねえよ」

 それに……とカインは顔をニヤつかせた。

「昨日海を泳いでたんだが、いくつか気付いたことがある。まずこのルーダ島は、海底辺りまで岩盤が伸びてる。海底から伸びる山の頂上に、この島がちょこんと乗っかってる感じだ。不自然だがな」

「あー、わかりづれえんだが、形だけで言うなら樹木みたいになってるってことか? 根っこあたりが海底、水面に向かって幹が伸びっていって、木の枝葉がこの島ってことだろ」

「そうだストガ、例えが上手いな。樹木よりもう少し山なりだが、だいたい合ってる。そんでまさに、その幹である岩盤と枝葉であるこの島の間に、バカでけえムシュルオプスでも隠れられそうな場所がいくつもあった。逆を言えば、水面辺りまで隆起してる地盤はこの辺りじゃここしかねえ。その辺りに巣を作ってる可能性ってねえか」

 カインの提案を聞いた一同は考えながら頷いた。その中でテリアだけが首を傾げている。

「わたくしは海洋生物の専門家ではないのですが……イカはそういうところに巣を作るものなのでしょうか。確かに魔の海域と呼ばれるわけですので、この辺りに生息しているとみるのが正しいのでしょうけれど……」

 全員がそう言われれば確かにと首を傾げた。専門家がいない中で海洋生物の生態について議論しても仕方がないのはわかっていたが、相手は神獣と呼ばれる巨大生物。想定できる範囲だけでも話を詰めないわけにもいかない状況であった。
 話がまたも頓挫しようとした時、ローゼが挙手した。
「はい、ローゼ」とアベル。その横で「え、これ挙手制だったのか?」とカインが狼狽えた。

 当てられたローゼは暫し「シルエット……魔の海域……」とぶつぶつ呟いてから、顔を上げた。

「小さい頃聞いたことがあるわ。イカの餌は、海に棲む魚や貝だってこと」

 あまりに有力性の低い情報に一同は肩を落とした。ストガが呆れながらローゼに説明した。

「そりゃ、まあそうだろうよ。海に棲んでんだから、海のもんぐらい食うだろ」

「ち、違うわよ! そもそも船を狙ったのだって貝か何かと勘違いしたんでしょ? 魔の海域って呼ばれるくらいなんだから、毎回欠かさず襲ってるってことよね」

「そうですね。ローゼ、何か考えがあるんですか」

 アベルの問いかけに、ローゼはゆっくりと頷いた。

「それって海の中から見たら、船の影が餌に見えてるんじゃないの? ムシュルオプスがどう考えてるのかまでわからないけど、またそれと同じようなものを作って浮かべれば、誘い出せるでしょ」

 ローゼの意見を聞いた一同は、一瞬静まり返ってから全員が感嘆した。まさか船を餌にするとは、と驚きを隠しきれていないようである。海を泳げないストガは安堵のため息をつく。

「まだ粗はありますが、ローゼの意見を基に作戦を組み立てながら調整していきましょう」

 アベルがそう発言してから作戦が練り上げられるまでは数刻もかからなかった。作戦決行のための準備に取り掛かる一同であったが、本来十数人分の力を必要とする作業はカインとストガが全て請け負ったため、これもまた通常の何倍もの速度で進められた。その日は、新たな拠点への資材搬送もあったため、討伐作戦の内容については翌日皆に伝えることに決めていた。

 日が暮れるまでに拠点も新たな場所への移動を終えた。荷物と資材搬送が終わる頃には皆の顔に疲労の色が見えていた。特に食料調達班と周辺警戒班は一日中モンスターを相手取りながら、歩き回り、それぞれの役割を果たしていた。それに加えて拠点に戻る頃には、拠点を次なる場所へ移動する手伝いまでしなくてはならなかった。

 アベルは、徐々に不満を募らせつつある班があることは理解していた。傍から見れば、討伐戦略班は何もせずのんきに座って会話しているだけに見えるであろうことも察知していた。しかし、それに構っていられるほどの余裕はなかった。大人なのだから多少の不平等など飲み込み、クエストのために役割をこなすものと思っていた。

 周辺警戒班は、定期的な拠点移動しなかった冒険者達が今どうなっているのかを知っていた。森に設営した程度の拠点は、モンスターに場所を覚えられ連日襲撃に遭っていたのである。まさにアベルの言う通りになっていた。少々身体的に疲労が溜まっていようと、ここはアベルに従っておいたほうが良さそうだという考えに至り、まだ辛抱はできた。

 しかし、食糧調達班は違っていた。
 汗水垂らして島に自生する数少ない食糧をかき集めていたが、いくら持って帰ろうとも、皆は当然と言わんばかりにそれを平らげる。役割なのだから、改まった礼がないことも知っている。気遣った者からの労いの言葉もあるから我慢だってできていた。

 だが、日々変わる拠点、日々見つけなくてはならない食糧。見知った場所の食糧は取り尽くすのだから当然だが、調達難度は増すばかりであった。なぜ自分達だけがこんな目に遭わなければならないのか。
 そんな不平等さばかり頭を埋め尽くしたが最後、それを天秤にかけた時、どちらに傾くかは明白であった。
 その時点で、この連合にいる意味は消失した。



「────なに、食糧が全て無くなってる……? それは本当ですか!」

 翌朝、アベルの怒声ともとれる大声が森に響き渡った。

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