冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

伝えるもの

 カインが続きを話そうとしたところで、アベルが二人の間に割って入った。

「カイン、迷宮であったことは話さないほうが……」

 カインが珍しくアベルを睨み上げた。アベルは若干緊張の色を顔に浮かべる。

「話して。大丈夫だから」

 アベルの背後にいるニータが声をかけてきた。気丈に振る舞うその姿にアベルも渋々といった様子で引き下がった。カインはニータの瞳をもう一度見つめながら、話を続けた。

「お前のご両親は、立派だったよ」

 ニータは目を真ん丸にして首を傾げた。

「何十という手練れの冒険者を相手にして、お前たった一人を助けるために、この一輪に、己の全てを賭けて戦ったんだ」

「どういうこと?」

「あの迷宮は、人々が殺し合うように設計されていた。皆の一番欲しいものが宝物になるからだ。人を殴り殺す化け物だっていた。そんな中、ご両親は何日も何日も暗いあの迷宮の中を彷徨っていたんだろう。食料も水も、荷物にはなかった。いつ殺されるか、辿り着けるかもわからない不安の中できっと過ごしていた」

 カインは一息ついてから続ける。

「お前を助けるため、背中の皮が剥がれ、肉が裂かれても、剣やナイフ、矢が突き刺さっていようとも、台座に手を伸ばしてた。絶命するその一瞬までお前を想っていたんだ。死体が何重にも積み重なる中、宝物の台座に触れていたのは、お前の母親だった。宝物が元々この花だったのか、それとも一番先に到着した者の望むものを呼び出したのかはわからない。でも、この花はお前の病気を治すことができる」

 ニータは目に涙を溜めながら、そのビンに入った白い花を再び眺めた。

「ここに来る前、知り合いが万能薬の素材だということを教えてくれた。念のため、お前を看てくれてる薬師に話を聞きに行ったら、確かに万能薬を作れる貴重な代物なんだそうだ。いいか、ニータ」

 カインはもう一度、嚙みしめるように伝えた。

「お前のご両親は、立派にやり遂げたんだ」

 ニータはその場で泣き崩れた。まるでたかが外れたように、恥も厭わず、大声でしゃくりあげながら泣き叫んだ。カインはニータが泣き止むまで、背中をさすった。


────ニータを見送ってから、帰ろうとしたカインは、ホープに引き留められる。

「この度は、本当にありがとうございました」

 頭を下げるホープに、カインは静かに首を横に振った。

「あの歳の子供には、酷なことを話しちまった。絶望の中で生きないようにするには、あれしか思いつかなかった。ホープ、悪い。あいつのこと、気にかけてやってほしい」

「ええ。もちろんです。ここから先は、お任せください」

「カイン、ずごぐよがっだでず! よがっだ!」

 アベルは鼻水を垂らしながら、涙を流していた。それを見て、カインとホープは笑いあった。


────ひと月も経った頃の酒場にて、ホープからニータの近況を聞かせてもらった。
 病状は瞬く間に良くなり、まるで何事もなかったかのように学校へ通っているとのことだった。ただひとつ、変わったことがあるとすれば、世話になった薬師のもとへと通い、薬師になるため修行し始めたらしい。ホープはそう嬉しそうに語ると、「奢りです」と、酒を差し出す。

 それらを黙って聞いていたカインは、一度だけ頷き、酒を飲み干した。


第三章 【無配慮冒険者と無限迷宮】終

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