冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

コロシアム

 カインの視界が一瞬揺らいだ。一度周囲を見回すが特に変化はない。隣を歩くアベルも、疲弊こそしているものの特に異常は見当たらなかった。首を傾げるカインだったが、その歩みは次第に早まっていった。

「アベル、少し歩くの遅くなってないか」

「逆です。カインが早くなっているんですよ。自分は心音に合わせて歩いていますから」

「あれ、そうか。悪い」

 カインはふとこの迷宮の最奥にあるものが何かを考えた。目的はニータの両親を見つけ出すこと。それがどんな状態であっても。そう心に決めたはずだったが、カインには違う考えが思い浮かんだ。
 この迷宮の最奥には、とんでもないお宝があるに違いない。闘争の神ハキロが造った迷宮なのだから、それはきっと武具だろう。"人を確実に殺すことができる武具"の可能性だって大いにあり得る。きっと、ここに導かれたのもハキロの導きだった、そうに違いない。

 カインの考えは確信めいたものに変わっていった。いつの間にか、違和感や不信感など拭い去られていた。己の求めているものが必ずある。そうでなければおかしい。そう考え始めていた。

「カイン!」

「な、なんだ?」

「カインの様子がおかしかったので気を付けていましたが、いま我々は幻術に通ずる何かを受けています。これを吸ってください」

 アベルは先程焚いていた松明に鮮やかな緑色の葉を炙り、その煙をカインと共に吸った。カインは顔をしかめ、時折咳をしたが、やがて先程の確信めいた何かが頭から抜けていることに気が付いた。頭を覆っていた分厚い布が取り払われたように、考えが明瞭になった感じがした。

「メイリーフという木の葉です。幻覚に効果があるとされています」

「幻覚……俺はいま、根拠のないものを信じていたのか」

「ええ、自分もそうなりかけていたので確信しました。こんなところにあるはずがないので気付けましたが。恐らくはこのモヤが原因。これからはメイリーフの葉を吸いながら進みましょう」

「ああ、助かった。ありがとうな」

 二人がさらに進んでいくと、通常の迷宮とは異なる場所へと出た。拓けたそこは円形の広場のようになっており、真ん中には自然に作り出されたと思しき、岩の塔がそそり立っていた。そこの先端から白いモヤが噴き出し続けている。イルベスの言っていた最奥の塔とは、これのことであろうとカインは思い返した。

「こいつがモヤの元凶……。まさか自然界のものが幻覚を見せてるってのか」

「わかりませんが、恐らくは」

 その広場から進むことができる道は一つだけであった。二人が塔を避けて先の道へ進もうとしたが、思わず足を止めた。その通路にはおびただしい量の死体が転がっていた。刺された者、斬られた者、焼かれた者、そのどれにも該当する者など多種多様にわたっていた。カインは一人ずつ見て回りながら、死体を踏み越えて行った。アベルも渋々それに続く。

「この迷宮が脱出できない、無限迷宮と呼ばれる理由がようやくわかった」

「なぜです」



「ここは、人間が殺し合うように設計された場所なんだ」



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