魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第88話 フェメスとマルガリータ

 この日フェメスは、半屋外のバルコニーに備え付けられてたソファーに凭れながらグラスを傾けていた。
 政務の傍ら、皇帝就任に結婚と慌ただしく自身を取り巻く環境が変わるなか、大陸の情報も集めるために冒険者ギルドとの連携も行っている。
 ランサローテの冒険者ギルドとは、ロサリオが冒険者であったという事もあり、ランサローテ島内の貴族家にしては珍しく、バルトロメ公爵時代から懇意にしていた。
 ティファニア王国内のヘルツォーク公爵領にて、貴族級の魔族の出現や1,500にも上る魔物大狂乱パンデモニウムも確認されている。
 ティファニアとは、今後貿易も視野にいれているので、情報は逐一欲しいとフェメスは考えている。

 皇帝という立場で、護衛もおらずに1人で酒を嗜むというのは非常に珍しい光景だ。危機管理的にも凡そあり得ない光景ではあるが、身に付けている装飾品がそれを可能にしているに加えて、目視出来ないだけで、死神部隊クラインデァトートの護衛が潜んでいるのが現実である。
 そこに来訪するものが現れた。

 「いつもお忙しい貴方様が、1人で黄昏ながらお酒を嗜んでいるのは珍しいですね。」

 淑やかで物腰静かな女性がフェメスに声を掛けてきた。上品な光を讃えたストロベリーブロンドが映える絶世の美女である。髪色も相まって華やかで豪奢な見た目になりそうな所を、淑女然とした雰囲気を崩さずに静謐さを醸し出しているのは、偏に内面からくるものであろう。
 それでも初めて目にする者は、呼吸や瞬きすらも忘れてその静謐な雰囲気と見目麗しさに呑み込まれる事は、容易に想像が出来る。

 「メグか…… たまにはな…… どうだ、良かったら少し付き合ってくれないか? 」

 「嬉しいです。貴方様にそう言われてわたくしが断るはずがありませんわ。」

 メグと呼ばれた女性は、花も綻ぶような笑みを浮かべてフェメスの隣に腰かける。
 メグ、それはマルガリータの愛称である。
 彼女はマルガリータ・アレシフェ・ランサローテ元第1皇女であり、現皇妃、つまり皇帝フェメスの細君である。

 グラスに注がれている琥珀色の液体を翳しながら物思いに更けていると、マルガリータも同じものを口に含んでいることに気付く。

 「少し度数がきついだろう…… 大丈夫か? 」

 好みにもよるが、今フェメスが飲んでいるものはアルコール度数が42度あるものであり、一般的には水等で割って薄めて飲むことが多い。
 備え付けのグラスにメイドが事前に用意した氷を入れ、直接注いで口に含んでいる。
 フェメスの言葉に艶を湛えた口元を、少し弓なりに変化させる。マルガリータにしては珍しく色香を全身から立ち上らせていた。

 「量はそれほど頂けませんが、2杯程度であるならばこのままで…… 貴方様は、何か考え事…… ご懸念があると、昔から強いお酒を呑んでいらっしゃいましたね。そのお姿がとても印象的でしたのよ…… 憧れから、わたくしも嗜むようになりました。」

 「……ほう、よく見ていたな。この4年は確かにそうだったかも知れん…… 」

 バルトロメ公爵家は、常に目まぐるしくこの4年は状況を変えてきた。もちろん酔うほどに飲むわけではなかったが、社交界然別、ランサローテ城訪問でも然別、自領でも然別、考えを纏めるためであったり、政治判断の考察をする時などは、グラスを傾けていた。
 判断を狂わせないために、精々が1~2杯であったのが事実ではある。

 「酔うほどにお飲みになられているお姿は、終ぞお見掛けしたことはございませんが、特にこの2年間はお忙しかったでしょう。お身体に障らないかどうかが心配でした…… お邪魔であったのならば心苦しいです。」

 「邪魔などとは…… お前は聡明で他人の心の機敏にも聡い。助かっている部分は大きい。しかし、婚姻しても俺に対して遠慮がちなのは、昔から変わらんな…… 」

 マルガリータの妹であるアリア皇女が、今のフェメスを見たら驚愕してしまうほど、フェメスの表情は優しく包容力に富んだものを醸し出している。

 マルガリータは能力も高く政治判断も適格である。正直ベントゥーラやパルマスの家に嫁いでいたら、もっと苦しかったであろうとも感じる。テネリフェに嫁がれでもしたら、そもそもあの会談に出席してきたかどうかも不明である。
 フェメスにとっては結果として僥倖であったが、謀略に生きている人間にとって、ただ己を好いているというだけでは、少々怖いとさえ感じてしまう。

 酒精の影響もあるであろうが、隣で幸せそうに、しかし遠慮がちに撓垂れかかりながら、酒杯を舐めるように少しずつ呑んでいる絶世の美女の深奥が、フェメスには計る事が出来ない。

 「お前は気付いているのであろう…… 気付いていてなお、俺にはお前は幸せそうにしているように見える…… 」

 今さらだと言いたげに、遠慮を取り払い更に撓垂れかかる。左手はフェメスの右手に絡ませ、掌と掌を合わせる。

 「父の事でしょう…… 貴方様の何に触れたのかは存じませんが。」

 やはり聡い女だとフェメスは実感するように嘆息する。
 そんなフェメスを潤んだ瞳で見上げ、グラスを置いた右手はフェメスの頬に触れた。

 「私の望みは昔から、こうして貴方様の傍に居る事が出来ればそれでいいのです…… 側室どころか、公に出来ない愛妾でさえ構いませんでした。」

 己の立場がわからないはずはないというのに、フェメスはいよいよをもって理解出来なくなってくる。

 「それは本来ならば無理な話しだと言うのはわかっていただろう。お前は皇族のしかも第1王女であったのだからな…… 」

 かつてのフェメスの婚約者であるプリシラが殺されてからは、対外的にはフェメスと結ばれる可能性が、互いの身分も釣り合い状況的には強くなってはいた。事実、マルガリータは父である皇帝からも打診されてはいた事である。
 ただそれもフェメスに対する想いが強すぎたために、バルトロメ躍進に邁進し獅子奮迅と戦に政治にと忙殺されていたフェメスを慮って、遠慮をしていたのは皮肉である。

 「貴方様が父を殺したということは、それだけの理由があったのでしょう…… 私はそのような事よりも、叶わぬと諦めていた貴方様から求婚されただけで、天にも昇るような喜びを感じました。貴方様が何をなさろうが、わたくしはただこうしていられれば、他に何も望みません…… 貴方様が望むのであれば、わたくしは何でも致します…… 」

 皇族は御飾りの要素が強かったとはいえ、戦乱の渦中にいた貴族家よりは穏やかであったはずである。そのなかで生きてきた第1皇女であるマルガリータは、父を殺された事実をそのようなことと切り捨てる発言をする。
 皇帝と皇女という立場ではあったが、親子仲は決して悪くはなかった事をフェメスは知っている。

 「お前も大概、狂っているな…… 」

 「あら、立場を忘れて殿方に狂う事が出来るのは、女の特権ですわ…… それに、このランサローテで狂っていない人間がどれ程いるのでしょう? 」

 「国を傾けさせる程の美貌を誇るお前がよく言う…… 」

 「国の根底を覆した貴方様程ではありません。……ふふふ。」

 恐らく真実の気持ちを語っているだろう事はフェメスにもわかった。理解の範疇は超えているが、男と女の根本的な精神構造の異なる部分かもしれないと己を納得させる。

 「お前も気付いているのだろう……? 」

 先程と同じようなことをフェメスは問う。
 主語も何もあったものではない問いである。通常何を問われているか誰にもわからないだろう。このような曖昧模糊とした問いをフェメスが繰り返す事は未だかつて無かった事である。
 謀略の黒賢者と呼ばれる人物らしからぬ様相は、自分でも自覚していないぐらい、マルガリータという女性に心を許していると言える。

 「それを答えたら、わたくしも父のように貴方様に殺されてしまうのかしら…… 今幸せを感じているというにも関わらずに、それも悪くないと思うわたくしは、やはり貴方様に狂っているのでしょうね…… 」

 (ああ、確かに狂っているな…… 普段のお前と今のお前ではまるで別人のようだ。男を狂気に誘うような恐ろしい色気だ…… )

 フェメスですら、一言一言を艶めいて発するその蠱惑的な唇と、仄暗い情欲を湛えた瞳に吸い寄せられている事は否定できない。

 「お前なら構わんさ…… お前にも国政や外交と助けて貰わねばならん。今後の教会の相手をするにも、色々知っていてくれたほうが助かる。」

 その言葉に先程の狂気を孕んだ妖しい色気が霧散し、まるで少女のような、花が満開を向かえるかのごとく華やかな笑顔をマルガリータは振り撒く。

 「嬉しいですっ! あぁ、こんなにも幸せでわたくしはいいのでしょうか!? 」

 フェメスの腕に抱きつく姿は18という年相応の恋する乙女と変わらない姿だ。
 フェメスから見たマルガリータは、自らの美を誇ることもなく、慎ましやかで奥ゆかしい女性の印象しか持っていなかったが、こうまで変わるものなのかと驚いてしまう。

 「先程の問いですが、やはり貴方様はロサリオ様の事を悔いているのですね…… ランサローテの狂気を一身に受けて、それを体現する事になったロサリオ様の事を…… 貴方様は忙殺されていようが、毎日必ず物思いに耽る瞬間がありますから…… 」

 浮かれた自らを恥じ入るように、楚々とした雰囲気に戻るが、甘えるようにフェメスに撓垂れかかることは止めずに、そのままの体勢でグラスに口をつける。

 「あの会談に同席したわけでもなく、まして皇帝やアリアに聞いたわけではないだろうに…… 本当に色々とよく見ている。」

 もし、この娘があの時、バルトロメ公爵家が2つに割れる前に自分と共に居たならば、事前にマルガリータが察知して手を打てていたのではないか。
 今頃は、残るテネリフェを抑え、ロサリオを皇帝に据えられたのではないかと考えてしまう。そうすれば、ロサリオもアリアも幸せであったのではないかと、詮もない夢想に囚われてしまう。 

 コンコンコンコン

 フェメスの夢想を取り払うかのように、扉がノックされる。夢見心地のマルガリータも首を扉に向けるのであった。

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