魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第87話 血臭は未だ晴れず

 咽返る程の血の臭いで充満したナーダ伯爵邸の来賓室は、帝国との映像通信を切ったため、緊張で満たしていた空間も少し和らいだが、依然としてロサリオが行った凶荒に対する恐怖は残っている。

 「その表情…… 辛いならあそこまでやらなくても良かったんじゃないの……? 」

 マルティーナは、心痛な表情を浮かべながらティファニア王とヘルツォーク公爵に向かうロサリオの右手に対し、自身の手を添えながら苦言を呈する。そのロサリオの右手先にある剣からは、血が滴り落ち小さい音であるが、確実に皆の耳に届く音を響かせている。
 フリーンはナーダ伯爵邸のメイドと共にパーヴェル達を別室に連れて治療に専念するために引き揚げており、アメリアはロサリオの指示に従い、ナーダにヴァルター達と共に退いてきたランビエール領軍の元にロサリオの命令を伝えるために退室している。

 「必要以上に舐められるわけにはいかないからね…… 正直ティファニアは帝国に舐められていたよ。それは払拭しなければならないし…… ここは追い討ちを掛けて反抗する意思を刈り取らないとね…… 」

 弱い笑みを浮かべながらマルティーナに答えるロサリオは、すっかりと平常時に戻っているように見える。

 「相も変わらず常識外な所を見せつけられたが、帝国が賠償金を用意してなければ、何処までやるのかの? 」

 ティファニア王の隣に控えていたアルラオネが、映像通信用の魔道具越しにロサリオに問い掛ける。アルラオネ自身戦争経験はあるので、ヴァルターと同様に拷問などを見るのには耐性があるが、それでも少し表情を歪めている。

 「そうですね…… 額にもよりますが、ノダール辺境伯とエレーナの直轄領は最低でも頂きましょう。メルダの復興費、まあこちらは建物ぐらいなので大したことはないでしょうし、戦死した兵の遺族への補償もこの二つから補って余りあるでしょうしね…… それでどうでしょうか? ティファニア王にヘルツォーク公爵。」

 アルラオネの問いに答えながら、自身の考えをこの国のナンバー1とナンバー2に伺うように声をかける。

 「うちとしては実質兵の損失だけだからな…… あの額の10分の1の賠償金だったとしても用意されればそれで良しであるし、例え用意されなかった場合でもロサリオ卿の意見通りで構わない…… 任せた手前もあるしな。」

 「ティファニア全体としてもまだ事は、ヘルツォーク公爵領とランビエール領だけの範囲であるから、公爵がそれでよければ構わん…… まぁしかしロサリオ卿はティファニアの独立貴族でもあるからな…… 便宜上はヘルツォーク公爵領内を飛び越えた話にもなるんだが…… 他領の貴族ともロサリオ卿は捉える事にもなるからな…… 」

 ヘルツォーク公爵の話を受けて、ティファニア王も基本は問題無いと答えるが、前の報奨でロサリオは曰く付きではあるが、王家直轄領を拝領し伯爵位を賜っている。
 ヘルツォーク公爵領の問題を、他領の貴族が解決に導いたとも取れる所にティファニア王は歯切れが悪くなってしまう。

 「一応その辺りが問題になるのならば、ヘルツォーク公爵にお願いがあります。」

 「君が願いを口にするのは初めてだな…… 何を願う? 」

 「此度の報奨として、あのスカイドラゴンを貰い受けたいので、ヘルツォーク公爵にはリンドヴルム王国から買い取る交渉をして頂きたい。それが叶えば賠償金は全額を一先ずはヘルツォーク公爵に預けます。後の話は二人に任せますし、賠償金が用意されなかった場合の切り取った帝国の領地もヘルツォーク公爵とティファニア王の采配に任せます。」

 ロサリオの言葉にヘルツォーク公爵は渋面を作る。隣に控えるメリアンヌ公妃に意見を聞こうと顔を向ける。メリアンヌ公妃はヘルツォーク公爵の意図を読み取りロサリオに対して口を開くが、その表情は帝国との交渉の凶荒を目の当たりにしたためか、表情は血の気を失い、声も震えていた。

 「……そうですね…… ロサリオ卿の望みであれば、何とかリンドヴルム王国と交渉してみましょう…… しかし、ワイバーンならまだしも…… スカイドラゴンとなると…… 金銭がいくらになるか…… しかもそれだけで済むかどうかは…… 」

 「そこはティファニア王家としても力を貸そう。確かにリンドヴルムにとって、スカイドラゴンとなると金銭の問題だけでは済まんだろうからな…… 確か手懐けているのは5頭いるかいないかだったろう。」

 ロサリオはメリアンヌ公妃の歯切れの悪さに不安を覚えたが、ティファニア王が口添えすると言ってきたので安心する。ティファニア王が言うのであれば、国の面子に関わるので何とかするだろうと納得出来るのだった。
 今回の件で、スカイドラゴンが非常にいい働きをしたので、正直是が非でも手放したくないと感じてしまっていた。
 ロサリオが思うのと同様にティファニア王もそれを感じており、あの移動時間の短縮は、いくら金を積んでも惜しくないと思うのであった。しかも運ぶのが、他に類をみない武力であれば尚更である。

 「お二方が絡むのであれば、ランビエールとしての立場もヒラリウス領としての立場に於いても問題ないでしょう。それで、私としてはクラスに赴くまではまだ時間がありますので、スカイドラゴンを使用してそろそろティファニアへアメリアを帰そうかと考えているのですが…… 」

 「ロ、ロサリオ様っ!? 」

 本来であれば、今頃はティファニアでの謁見やその他諸々の祝賀も終わり、アメリアはティファニア王立魔法学院に戻っている筈であった。
 それをナーダに連れたままでいいのかという思いが、ロサリオにはあったため今回の事案とは関係ないが、ティファニア王とヘルツォーク公爵が会するこの場で確認を取っておきたかった。
 マルティーナがロサリオに対して気を咎めるように、ロサリオもアメリアを徒に戦場に駆り立ててしまった事に対して気が咎めていた事も事実であった。

 「それに…… 恐らくすんなり賠償金が払われるとは思えませんしね…… エレーナ、クラスには後詰めの帝国兵がいるだろう? 数はどの程度だ? 」

 ロサリオから問われたため、エレーナに装着されていた猿轡をサーラブは手早く外してやった。

 「は、はい…… 1万が詰めている予定です…… さ、昨日貴方がメルダに到着する前にこちらに進軍するよう伝令兵を出しましたから、明日にはクラスに着くのではないかと…… 」

 「これからクラスにもグランクルス帝王筋から連絡は行くだらうからな…… その1万は駐留したままになるだろうし、昨日の敗残兵も明後日の昼過ぎにはクラスに着くだろうから、詳細な情報は把握するだろう…… 」

 「じゃ、じゃあ1万の兵が待ち構えているところにあんたは100で向かうというのっ!? そこまで解っていて何でっ? 」

 マルティーナはクラスの状況を聞いて、さらにそれを予測していて尚、グランクルス帝国に対して100名程で行くなどと答えたロサリオに驚きと心配で詰めよってしまう。

 「まぁ、後詰めがいるのはよくある戦略であるし、その後の統治含めて当然だったろうが、それを解っていて何故あそこまで強行な態度を取ったのだ? 帝国の心情を硬化させる必要も無かったであろうに…… 」

 ヘルツォーク公爵もクラスに1万いる状況であれば、それを加味してもう少し、帝国側に妥協するほうが良かったのではないかということを暗に匂わせてロサリオに問う。
 他の面々もヘルツォーク公爵の言葉に頷きを以てロサリオに返している。

 「敗残兵も到着すれば、クラスにいる現場の兵達もパーヴェル達が全滅したという実感が湧くでしょうし、少ない数で行けばそれすらで事が足りるという私の武力の真実味を与える事が出来るでしょうから。念のためヘルツォーク公爵軍は、最低限クラスの交渉が終わるまで待機、それに文官をヘルツォーク公爵領から集めておいて下さい。仮に統治するという事態になった場合には、文官がどうしても必要になりますから。」 

 「ではわたくしもこのままロサリオ様と共に。どちらにしても7日後にクラス到着を加味すると、スカイドラゴンを駆っても往復でギリギリですわ…… さすがにロサリオ様もそこまでタイトなスケジュールはお嫌でしょう? それに文官としても私は使えますよ! それに…… 」

 ロサリオの文官が必要という言葉に便乗してすかさずアメリアは自身の有用性を説こうとしたが、ヘルツォーク公爵が遮るように話を挟み込んできた。

 「いや、アメリアにはローゼンベルクに戻ってもらう。」

 「お父様っ!? 」

 ロサリオとの仲を内々とはいえ、婚約という形で認めていてもらっていただけに、ロサリオと別行動になるヘルツォーク公爵の言葉に対して、つい言葉を荒げるようにアメリアは反応してしまった。
 
 「まぁ落ち着きなさい。アメリアにはロサリオ卿が離れている間、ランビエール領に赴いてもらう。ヴェルナー卿が戦死したからな…… 葬儀に領内に対する統治含めて、俺とロサリオ卿の代理で執り行って貰いたい。それとも、ロサリオ卿の代理を誰か他の者に任したいのか? ふむ…… アルラオネ殿かマルティーナ辺りにでもしようか…… 」

 ヘルツォーク公爵は娘の年相応な反応に苦笑しながら、今までは貴族の令嬢として模範のように振る舞っていた娘を好ましげに思いつつも、アメリアが引き受けざるを得ないような、少々意地が悪い物言いをしてしまう。

 「そ、それでしたら私がっ! ええ、ロサリオ様の代理は私以外ありえませんわ!! 」

 アメリアもこの代理を引き受ける意味を正しく理解した。公爵令嬢の自分がそれらを執り行えば、まだ対外的に発表していない婚約を暗に示した形で周知することも可能であると。
 恐らく他の者達が、貴族間の下世話な推測のもと、勝手に噂話として飛び交うだろうという思惑もあった。 
 アルラオネは立場も特殊であるので、考慮から除外するとしてもマルティーナに任してしまうと、専任魔法師という枠を飛び越えて、ロサリオとの関係に対する噂が、ティファニア中を席巻してしまう事を恐れたのが一番の理由ではあった。
 それだけロサリオだけでなく、マルティーナの存在もティファニアでは有名である。此度の戦果にてさらに名を馳せるであろう事は触れるまでもない。

 今後の打ち合わせも纏り、クラスに赴く者としてこの場にいる者達からは、マルティーナにフリーン、オリビアにエレーナが選出された。
 マルティーナとサーラブは謂わずもがなであり、オリビアはヘルツォーク公爵側の立会人という立場を与えられた。
 フリーンはグレゴリオという教会きっての血族になる。第3国の人間としては打ってつけであり、そこに本人の位階は余り意味を為さない程の影響力がある。
 フリーンとしてもロサリオに同行するのは、個人の気持ちとしても吝かではなく、グレゴリオという教会の派閥の目的としても恐らく将来的に合致していくだろうとみているので否やは無い。
 メルダの魔法師であったミラはアメリアに同行させて補佐させる事になった。ランビエール領自体にロサリオが面識ある人手が圧倒的に足りていない事もあり、今後はランビエール領で使っていくための前準備の意味合いが高い。
 ゆくゆくは専任となるマルティーナの補佐をさせようとロサリオは考えており、ミラ本人からも異論は出なかった。
 ただ単にロサリオに恐怖していた事は、この場にいた大多数の者は気付いていた事は言うまでもない。
 エレーナには役割がある。もし仮に賠償金が揃わなかった場合を考えると、ロサリオは眉根を寄せて目を伏せるが、口元は三日月に歪められていた。
 それが視界に入ってしまったエレーナは、身体の奥底から沸き上がる恐怖と震えが一向に止まらず、浅い呼吸をただ繰り返すのだった。

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