魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第84話 帝国軍を包む悪夢

 アメリアの魔術によって縫い付けられた帝国兵が、解除し自由を取り戻せるようになったのは、既に日も落ちて辺りを闇のとばりが包みこんでいる。


 「ヘルツォーク軍は、全軍ナーダに撤退しました。」


 兵からパーヴェルに報告が上がったように、ヘルツォーク軍の姿は綺麗さっぱりとこの戦場から姿を消している。
 帝国軍は見たこともないアメリアの魔法に右往左往し、指揮系統を有する本陣の急襲ということで、ヘルツォーク軍に追撃をかけることが出来なかった。
 縫い付けられた魔法の解除にその後の回復活動で、本日はとてもではないが戦闘の継続を断念せざるを得ない。
 見事に機を狙われて撤退を許してしまった形になる。


 「奴等も呆気に取られていた割には素早い撤退だったな…… ヴァルターにしろナーダ伯爵にしろ、兵は我が軍に比べて弱くとも、指揮官クラスがよくやる…… 」


 パーヴェルは天幕内に拵えた作戦会議用の机に拳を打ち付けながら、吐き捨てるように眉間に皺を寄せながら、称賛とも罵倒とも取れるような物言いをする。


 「アメリアにしてやられたな、パーヴェル。」


 アルセリーがパーヴェルの気を落ち着かせるように声をかけてくる。
 メルダ方面に上がった火柱に、アメリアが騎乗していたスカイドラゴンと想定外の事態が起こりはしたが、ヘルツォーク軍を野戦にて半数は討ち取ることが出来た。ナーダに籠城される事はそもそも想定内であるので、そう気を荒げてばかりもいられない。


 「あれは想定外過ぎましたよ叔父上、スカイドラゴンまで用いて籠城されてはこの先厳しいでしょう…… まさかあの妖姫めが此度のヘルツォーク軍を配置したのではと疑ってしまいます。」


 「しかしヘルツォーク軍を半数に削る事は出来た。クラスからの援軍はヘルツォーク軍の増員に備えさせて、我々だけでナーダ攻略は可能じゃないのか? 」


 アルセリーとパーヴェルのやり取りを見ていたサラトフが、パーヴェルの弱気な発言に割って入ってきた。


 「確かにエレーナにはノダール辺境伯軍の後詰めの受け入れを指示しましたから、今頃は早馬を飛ばしているでしょう。問題なければ4日後には到着するでしょうから、ちょうどヘルツォークの援軍と搗ち合いますか…… 」


 サラトフの言う通り、まだ開戦時の状況から後手に回っているわけではない。城塞都市クラスからの後詰め10,000の投入時期も想定通りではある。


 「しかし、今回の戦ではいる筈のなかったヘルツォーク軍の布陣に、ティファニアにいる筈のアメリアのスカイドラゴンを駆っての登場…… 加えてメルダ方面に立ち上った巨大な火柱。想定外が3つも重なりますとね…… 」


 「あのスカイドラゴンは確か、一度メルダ方面に向かってからこちらに来たな…… アメリアが1人で来たとも思わんし、まさかアルラオネかっ!? 」


 アルセリーがスカイドラゴンの飛行を思いだし、あの火柱を起こしたのはアメリアに同行したアルラオネではないかと推測を口にする。
 しかし、パーヴェルは即座にそれを否定するのであった。


 「いや、今のアルラオネにはまだまともな魔法はまだ使えないでしょう…… 斥候が確認した元の姿から1月も経っていない。とりあえず先ほど、メルダへ斥候は出しましたから戻り次第でしょう…… 正直嫌な予感がします…… 」


 戦は生き物とも呼ばれるように、絶え間なく状況は変化していくものであるが、ナーダ伯爵軍にヘルツォーク軍の事前の布陣は戦略的な楔を打たれたに等しい。
 尚且つここでアメリアがスカイドラゴンで現れたことは、戦術を根幹的に変更する必要も出てくる。加えてメルダ方面に上がったあの火柱は、今のところ原因が定かではない。
 しかし、事ここに来て撤退はあり得ない。メルダを落としただけの大した成果もない状況では、イヴァーンの帝位継承は遠退く。それどころか、他の継承権を持つ者達に粛清される可能性も高いときている。


 「何れにせよこちらから投げた賽、多少長引こうともナーダだけは何としても手中にいれねば、我々は本国に戻っても首と胴が繋がっていられる可能性は低い…… 明日はナーダに総攻撃をかけます。城壁破壊のための土属性の儀式魔法も初手から使って行きます。」


 帝国内の実情はアルセリーもサラトフも承知している。それどころか王族は生まれながら骨身に染みていると言ってもよい。置かれた立場を再認識し、3人は気を引き締めるのであった。
 明日とは言わず、最早足元まで絶望という名の悪夢が迫っているとは思わずに。









 スカイドラゴンを駆りメルダに来たアメリアと合流したロサリオ達は、ヴェルナー卿の遺体と対面していた。庁舎脇で帝国兵と縺れるようにしてお互い絶命していたことが起因となり、バレッタの魔術範囲から外れた事が、遺体が残っていた理由であろう。


 「ヴェルナー卿…… 残っている遺体はこれだけか? 」


 「西門や東門付近には、守備隊やランビエール領の兵士達の遺体が残っていると思うわ…… 南門は流石に…… 」


 ロサリオはヴェルナーに黙祷を捧げマルティーナに状況を聞く。最後にヴェルナー達は100名程でマルティーナ達を逃がすために帝国兵へ攻撃を加えたが、ロサリオが到着する前に皆討ち取られてしまっていた。
 この庁舎付近に残っていないのであれば、バレッタの魔術で形も残らない程焼き尽くされてしまったということである。


 「神官としましては、御遺体を集めて供養をしたいと考えますが…… 」


 既に日も落ち視界の確保も儘ならない。エレーナの本陣から町舎まで移動してきたのも、町舎の残骸に火を付けて明かりを確保するためでもあった。


 「弔いやメルダの戦後処理は明日以降だな…… こう暗くては儘ならないだろうし、それに今夜中に帝国軍を奇襲して壊滅させる。スカイドラゴンにはどれだけ乗れる? 」


 今この場には、ロサリオ、アメリア、マルティーナ、フリーン、サーラブ、アンナ、ロザリー、そして捕虜として捕らえたエレーナにメルダの魔法師であるミラの計9名がいる。


 「重量的には全く問題ありませんが、中には詰めて6名程度かと…… 」


 元々が大人4名程のスペースである。女性であることを鑑みると、確かに6名が限度かとロサリオも考える。


 「そうだな…… 乗竜台外部の騎乗部分に2名は乗れるスペースがあるからな…… そこに俺とアメリアとマルティーナで、後は中に詰めてもらおうか。」


 「流石にそれは…… 私やロザリーが騎乗部に出ますが…… 」


 ロサリオの言葉に満面の笑みで顔を綻ばせていたアメリアの表情に陰を指すかの如く、アンナがメイドとして至極尤もな意見を出してきた。


 「いや、例え夜でも帝国軍に攻撃を加えれば、明るくなってこちらも姿を晒す事になる。帝国軍本陣の足止めを果たしたアメリアと宮廷魔法師の格好をしたマルティーナが姿を見せているほうが、ヘルツォーク軍としての面子が立つ筈だ…… 」


 一同を見回すが、それ以上意見も出てこず、騎乗部分は狭いため、マルティーナが少し気恥ずかしそうな表情を浮かべてはいるが、特に問題は無さそうである。
 いや、これからさらに戦闘行為を行うというのに、満面の笑みを浮かべたアメリアのあの表情は、一体何であろうと逆に不安になってしまう。


 「アメリア…… 大丈夫か? 慣れない戦闘で情緒不安定になってるんじゃないだろうな…… 」


 「何をおっしゃるんですか!? 大丈夫です! ヴェルナー卿や戦死為された方々の事は大変痛ましいですが、ヘルツォークにとっては領や国のための戦場での死は誉れであり、悲しみに暮れている暇はありませんっ!! 」


 (いや、そんな事考えているような表情じゃなかったが…… )


 蕩けたような笑みを瞬時に引っ込め必要以上にキリッとした表情に疑念は残るが、今さら気にしても仕方がないと思い直し、乗竜台にフリーン達を促し、自身は騎乗部に乗り込む。


 「打ち合わせ通りにアメリアがパーヴェルを見つけたら教えろ、夜営中だろうが、篝火で場所はわかるだろうし首脳陣らがいる場所も当たりはつけられるだろう。行くぞ! アメリア、マルティーナ!! 」


 「はいっ! 何処までも!! 」


 「へ、変なとこ触るんじゃないわよっ!? 」


 左手でアメリアをそして右手でマルティーナを引き上げて抱き抱え込むように騎乗部に乗り込む。狭いため相当に密着度が高いが、戦闘に意識を割かれているロサリオは、全く気にせず泰然としている。


 「ねえ、あんた魔力は大丈夫なの? あんな滅茶苦茶な魔術を使ってたけど…… 」


 「問題ない、大丈夫だ。」


 「そう、ならいいんだけど…… 」


 高ぶっているロサリオは前方を見ながら獰猛に笑っている。両手はアメリアとマルティーナの腰を抱いたままメルダに飛行しているが、気恥ずかしさから声をかけたが、もう既に目視出来ている帝国軍の篝火に気を引き締める。


 「どうやら帝国軍は食事の時間らしい、盛大な花火で祝ってやろうじゃないか。」


 帝国軍本陣は既に眼下に見据えられる。帝国軍もスカイドラゴンに気づいて、食事を中断して慌ただしく動いているのが見てとれた。
 ヴァルター率いるヘルツォーク軍との戦闘で、36,000近くにまで数を減らしてはいるが、その数での夜営となるとメルダの町よりも大きい面積を誇っている。


 「なるほど、あの辺りが首脳陣の天幕か…… 慌てふためく顔を晒してもらおうか。」


 前方に魔方陣が展開され、そこから10個ほどの黒々とした炎の塊が、帝国軍の外周部を目掛けて飛んでいく。その炎を見てマルティーナはぎょっとしてしまう。


 「あ、あんたその魔方陣… フレアボムを連発なんて…… しかも何よあの禍禍しい炎は…… 」


 「やはり魔法とは効率がいいな…… 画一的だが、魔術よりも魔力消費が少ないし、何より早い。これは楽だな。」


 絶句するマルティーナをよそにロサリオは、ティファニアに向かう道中に読んだアルラオネの魔導書を思いだし満足する。
 魔術で似たような事は今までも出来たが、決められた魔方陣に則って発動させる魔法は連発も行い易く、一から場面場面に応じて術式を組む魔術よりも魔力消費も少なくてすむ。


 ロサリオの放ったフレアボムが着弾し出すと、火山が噴火したような轟音、そして地響きが起こり、帝国軍の夜営地の中央まで熱波や飛んでくる瓦礫などで、甚大な被害を与えている。
 外周を取り囲むように放ったフレアボムの相乗効果は凄まじく、フレアボムの轟音で帝国兵達の叫び声が掻き消えてしまうほどの高威力に、帝国兵は備える事も出来ずに跡形もなく吹き飛ぶ者が半数、そして中央部でも熱風に焼かれる者や瓦礫に押し潰される者などで、9割近い死亡者が出てしまい、もはや4,000程しか残っていない。


 「何が画一的よ…… そもそも一つ一つがフレアボムの威力を遥かに上回っているじゃないっ!? もう私の知ってる魔法じゃないわよっ! それにその髪…… また魔王になっているじゃないの…… 」


 「その黒髪に全身から立ち上る黒い魔力波…… あぁ何て素敵な。」


 アメリアはロサリオの姿に惚れ惚れとしている中、マルティーナが魔法の威力に恐れ戦き、ロサリオの状態を見て目を見開く。
 メルダでも髪が魔力によって侵食し出していたが、もう元のロサリオの状態に戻らないのではと、漠然とした危惧を抱いてしまい、つい指摘してしまっていた。


 「二人とも俺の魔力に当てられて大丈夫か? 」


 「はいっ! もう慣れてしまいましたわ。」


 「あんたがしっかりと密着させているから大丈夫よ…… だ、抱き寄せ過ぎじゃないのっ!? 」


 アメリアはうっとりとしながらロサリオを見上げ、マルティーナは文句を言っている割にはしっかりと自らロサリオに抱きついている。
 案外大丈夫そうだと納得し、ロサリオは意識を帝国軍の夜営地に戻すと、こちらを怯え混じりに睨みつけてくる者の存在に気付いた。


 「おいアメリア、あいつらが帝国の王族とやらじゃないのか? 」


 「はい、総指揮のパーヴェルに、恐らくあの重厚な騎士は第5王子のアルセリーと装いから判断して第7王子のサラトフではないかと…… ノダール辺境伯の姿がありませんね…… 」


 「そうか…… 生き残ってくれていたようで何よりだ…… 辺境伯なんぞは要らんからどうでもいいだろう。」


 思いの外高威力の攻撃になってしまい、捲き込まれて死んだのではないかとロサリオは一瞬考えたが、アメリアから王族の3名だと聞かされると安堵する。
 事実ノダール辺境伯はナーダよりにヘルツォーク軍への警戒も含め、自軍の兵達と共に夜営していたため、フレアボムによって粉微塵にされてしまっていた。
 保険のような形で第3王女のエレーナを捕らえてはいるが、第3王女など切り捨てられても仕方がない。今後帝国と交渉する場において、第1王子の嫡嗣と他の王子連中もいるほうが、交渉のテーブルにも乗りやすいだろう。


 「何だ何だこの地獄はっ!? アメリアにその宮廷魔法師の装束…… それにお前は誰だっ!? お前らがこれをやったのかっ!! 」


 アルセリーは急いで生き残った兵達を纏めるべく方々に指示を出しつつ、スカイドラゴンに警戒の眼差しを向けている。パーヴェルはアメリアに向かって怒鳴り声を上げるが、サラトフなどは呆然と辺りを見回して唯々呆けているだけであった。
 最早フレアボムといっていいのかわからないほどの威力を持った魔法が帝国軍の夜営地全体を包み込み、熱風が身体に叩きつけられる中、夜営地の中心部にしか生き残りが居ないのではないかと驚愕の事実にパーヴェルは膝を折りそうになってしまう。
 しかしまだまだ悪夢は終わらないとでもいうかのように、艶然とした表情でアメリアに見下ろされる。
 その隣には、魔族すら生ぬるく感じるほどの魔力をその身に纏った、死を体現したかのような黒髪に黒光りする眼をこちらに向けた男に睥睨されるのであった。



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