魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第85話 悪夢に煌めく魂の光

 アメリアは頭上からパーヴェル達を見下ろす。怒りなのか恐怖の為なのか、震えてこちらを睨む事しか出来ない様子に嗜虐心が満足していくのを感じる。
 名目上の事とはいえ、自分を出汁にされて此度の戦争行為への発展になったのだという事を考えると、温厚なアメリアとて帝国に対して強い怒りを覚えてしまう。


 「つい先程ぶりですわねパーヴェル殿。いつもの取り澄ました表情が崩れていらっしゃいますわよ。そうそう、エレーナさんもこの中にいらっしゃいますわ。ご挨拶なさるかしら? 」


 夕刻時よりもさらに見下した態度でアメリアはパーヴェルに挨拶をするが、パーヴェルはそのアメリアの態度に腹を立てる余裕など既に無くなっている。
 エレーナは乗竜台の窓越しからこの地獄の光景を見て恐怖に震えながら訳もわからずに涙を流している。


 「エレーナっ!? で、ではメルダは…… 」


 「ええ、想像のとおり、この…… 」


 「いいよアメリア、自己紹介は自分でするさ。」


 パーヴェルに向けたアメリアの言葉をロサリオは遮り、パーヴェルに身体を向け直す。


 「頭上から失礼するが、お初にお目にかかる御三方。俺はランビエール伯爵、そちらの想像したとおり、メルダに布陣されていたエレーナの軍は全滅させた。生き残りはそこにいるエレーナだけだ。」


 「馬鹿なっ!? メルダには9,000近くはいた筈だぞっ! それを…… 」 


 パーヴェルは、エレーナがここにいる時点でメルダ攻略軍は負けたのだと察する事は出来たが、生き残りもなく全滅などとは常軌を逸している。
 しかし、あのメルダ方面から立ち上った巨大な火柱を考えると、あながち間違いではないのかも知れないと思う自分もいるのであった。
 頭上10m程高い位置にいるであろうか、そこからでも圧倒的な威圧、存在感をランビエール伯爵から感じ、攻撃の指示はおろか身動きすら出来ない。
 呆然としているサラトフが羨ましいとさえ思えてくるパーヴェルであり、言葉を何とか交わすことが出来ている自分を誉めてやりたいとさえ思う程の恐怖が全身を蝕んでいる。


 「もう既にこの夜営地の中心部にしかお前達の兵はいないんだが…… まぁ確かに俄には信じられないか…… どれ、証拠を見せてやるとするか…… 」


 「あ、あんた…… ここでも皆殺しにするのっ!? 」


 ロサリオから立ち上る黒い魔力の奔流にマルティーナはつい抱き締める腕に力を込めて確認してしまう。
 決して止めるわけではないのだが、言葉に少々の険が含まれてしまうのは、恐怖ゆえもあって仕方のない事なのかもしれない。


 「ロサリオ様、若干名は逃がして状況を帝国に伝えてもらうほうが、恐怖などが帝国内に伝播して宜しいのでは? 」


 「ア、アメリア!? 」


 ロサリオがいくら戦争とはいえ、大量に人を殺すことに何とも思っていないような、加えて自分の意見を添えるアメリアにマルティーナは驚きで声を上げてしまう。


 「元よりそのつもりだよアメリア。帝国には国全体を包む恐怖を植え付けてやらなければ気がすまない…… もう少しでマルティーナとサーラブは死んでいたんだぞっ!! 」


 あの場面を思いだし、怒りを抑えることが出来ないロサリオの魔力波に当てられて、地上にいる帝国兵がバタバタと気を失い出す。


 「ぐっ…… この化け物が…… これでは魔族どもが只のゴブリン風情にしか見えん程ではないか…… 」


 アルセリーはパーヴェルを支えながら、息も絶え絶えに呻きながら声を肺から何とか押し出している。


 「そろそろナーダからもさきの魔法を確認した兵達が出張ってくるだろう…… この戦争は帝国に悪夢を五臓六腑に染み渡らせて閉幕だな。」


 「や、やめろっ!? 」


 「爆煙に熱風でここは暑い…… 少し冷やしてやる…… 」


 『グレッチャー 氷 結 ゲフェングニス 牢 獄 


 まるで巨大な氷の顎門あぎとが夜営地中央で為す術もなく立ち尽くしていた帝国兵達4,000名を呑み込む。
 エレーナの時と同様に、事前にロサリオが張り巡らせた防御結界に囚われたパーヴェルにアルセリー、そしてサラトフは、既存の魔法には無い広範囲に渡る氷結地獄を眺めている事しか出来ない。
 一瞬にして帝国兵と共に大地まで凍り付いてしまった。刹那の間に氷の牢獄に囚われてしまった兵達は、せめて一瞬の出来事で苦しまなかったのは幸いであろう。
 そして別世界に迷い込んだかのような氷の世界は、凍り付いた数千名の兵士もろとも砕け散ってしまい、ダイヤモンドダストが風に煽られて、辺り一面を煌めく氷の粒子が舞い踊る。その幻想的な風景から、泡沫の夢であったのではないかとパーヴェルは錯覚してしまう。


 「い、一瞬にしてこれだけの範囲を凍りつかせるなんて…… あ、あんたの魔術はもう人の領域じゃないわよ…… 」


 「うふふ、あらあら綺麗じゃありませんこと…… ご覧になられてはパーヴェル殿…… ほら、この帝国兵達の命の煌めきを。」


 マルティーナがロサリオに驚愕する最中、舞い上がる無数の氷片が、未だに燃え盛っている炎に照らされて空に輝く姿を、まるで兵達の魂の如くだとアメリアは言っている。
 アメリアの言葉に夢想の彼方に飛びそうになっていた自意識が引き戻される。
 確かにこの氷の一粒一粒には、凍らされて砕け散らされた肉片が含まれている。その事はパーヴェル達にも解るが、それを嬉々として語るアメリアに戦慄を禁じ得ない。


 「こ、この地獄を…… 嬉々として語るかっ!? 悪姫という呼び名すら生ぬるいぞっ!! アメリアッ!! 」


 「ご心配なさらずともほら、多少の生き残りが炎に炙られながら逃げ出して行きますわよ。良かったですね…… 全滅ではなくて。うふふふ…… 」


 外周部に着弾したフレアボムによって、辛くも命を落とさずに済んだ帝国兵達が、国境方面に逃げ出して行くのがスカイドラゴンの上からではよく見える。
 ただしその数は100にも満たず、負傷の度合いが大きい。城塞都市クラスまで落ち延びる事が出来る者が、果たしてどの程度いるかどうかといった様子である。


 「ナーダから確認のための兵達が見えて来たぞ…… ヴァルターさんにオリビアさんっ!? わざわざ二人まで出てきたのか!? 」


 「アメリアが夕刻に姿を見せた事によって、あんたの仕業だと確信したんじゃない…… ナーダの外壁上からならよく見えるでしょうし。」


 なるほどとロサリオは思うが、それよりもマルティーナがアメリアの事を本人の前で呼び捨てにしたことのほうが気にかかったが、アメリア本人も全く気にした様子を見せないので、二人の間では何かしらの事があったのだろうと言及はしない事にした。


 「マルティーナに頼みがあるんだが…… 」


 「何よ? 」


 「エレーナも含めてこいつらに自殺防止として奴隷の首輪を装着させたいんだが、俺の魔力かそれを上回る事でしか解除出来ないようにする事は出来るか? 」


 眼下にいるパーヴェル達に聞こえないように、マルティーナの耳元で囁くように質問をする。


 「別に問題ないわよ。元々がそのように作られているし、あれはそれこそ師匠ぐらいしか解除出来ないような複雑な機構をしているから…… まあ、研究している者がいるとしたら解除は出来るかもしれないけど…… あんたの魔力を使えばそれもクリア出来ると思う。ただし、あんたの魔力を全力で込めたらとてもじゃないけど首輪のほうが持たないから注意したほうがいいわよ。」


 耳元で囁かれ、多少こそばゆく感じられながらも問われた内容は真面目な事であったので、面に出さないようにロサリオに答えたのであった。


 「アメリア、とりあえずこいつらをオリビア達に引き渡して、今後はナーダで帝国との交渉を行うのか、ローゼンベルクで行うのかは公爵の意見も確認するが、俺が主導でも構わないよな? 」


 「わたくし達は途中からの参戦ですが、功は誰にあるのかは明白ですからね…… わたくしが父を説得します。」


 「頼んだっ! 」


 「ちょっ!? ロサリオッ! 」


 「な、何を…… ぐぁっ!? 」


 アメリアに返事をするや否やスカイドラゴンからロサリオが飛び降り、あっという間にパーヴェルの鳩尾に当身を喰らわせて気絶させる。
 アルセリーは咄嗟に身構えるが、目で追うことの出来ない速さで以て背後を取られてしまい、首筋に手刀を受けそのまま前のめりに気絶する。
 サラトフは既に気でも触れたかのように目の焦点が合っていない。ロサリオは少々拍子抜けしたかのように嘆息を一つ付き、パーヴェルにしたように鳩尾に当身を喰らわせて気絶させるのであった。


 到着したヴァルターとオリビアは、惨憺たる帝国軍陣地の様相に絶句をしながら近づいてくる。
 彼等は予想通りにそこにロサリオの姿を見つけて、この惨劇を産み出した張本人に納得するのだった。
 降りて来たスカイドラゴンに騎乗しているアメリアとマルティーナを見つけ、さらには乗竜台から覗くサーラブの姿を目視することによって、ヴァルターとオリビアは安堵する。
 もし二人のうちのどちらかでも欠けていれば、この惨劇の主犯であるロサリオの怒りが、どこに向くかわかったものではなかったと戦々恐々としてしまう。
 対外的なロサリオの立場を無視すると、そもそも彼はこのティファニアの人間ではないということを二人は知っている。
 いくら戦争での事とはいえ、ローゼンベルクの不甲斐無さに対して、怒りの矛先が向かないとは言い切れないという恐れを懸念していたのだ。
 オリビアはゴクリと生唾を呑みこみながら労いの声をかける。


 「ロサリオ卿、お手を煩わせてしまったようで大変申し訳ない。」


 「オリビアさん、何とか間に合ったみたいで良かったですよ。あぁそうだ、この3人をナーダに移送してもらっていいですか? 今回の総指揮に携わっていた帝国の王族です。」


 昼間の戦闘でヘルツォーク公爵軍が、あれほど苦しめられた帝国軍を壊滅させ、首脳部の王族全てをこうして簡単に引き渡されるとは、何とも言えない感情が渦舞いてしまう。


 「ロサリオ殿、もうこの国は貴殿に返しきれない恩を受けてしまっているようだ。ただ、儂のような老人の折角の死に場所を奪われてしまっては、何とも言えませんな。」


 祖父のロサリオを責めるような軽口にぎょっとしてしまうオリビアであるが、ロサリオもまた気にしたような素振りを見せずにヴァルターに返している。


 「何を言ってるんですか…… 戦場で育った僕にはヴァルターさんの言う事は解りますが、生きているに越したことはないじゃないですか…… 僕がそう考え直したんですよ。」


 「そうですな…… 確かにロサリオ卿の言う通りでしたな。」


 すっかり元の口調に戻ったロサリオは、髪色も白髪に戻り、黒光りしていた眼も穏やかな黒に直っていた。
 マルティーナはその状態に安堵してロサリオに駆け寄る。アメリアは此度の出来事と魔物大狂乱パンデモニウムでの経験から、兵達に対してカリスマを発揮して指示を出している。


 「ロサリオ卿、先ずはナーダに戻りましょうか。」


 「そうですね…… 今はもう夜ですから、ここやメルダの後始末は明日以降として、ナーダ伯爵にも挨拶しなければ…… ローゼンベルクへの報告もナーダに戻り次第、僕とアメリアが主導で行います。ヴァルターさんにオリビアさんも同席してください。」


 オリビアに指示を出すロサリオにマルティーナが質問する。


 「私は奴隷の首輪の調整かしら…… ナーダ伯爵に数を用意して貰えるように言ってくれる? 」 


 マルティーナに了解の旨を伝えてアメリアに声をかける。


 「アメリア、撤収しよう。このスカイドラゴンをどうしようか? 」


 「領主館のナーダ伯爵邸であれば問題ありませんわ。厩舎などの敷地もあり、かなり広かったですから。」


 ならば問題はないかと考え、マルティーナとアメリアを連れてスカイドラゴンに乗り込みナーダへ向かって飛び立つ。
 空に上がればナーダが灯す明かりが目に入るほど距離は近い。そのままナーダ伯爵邸に降り立つようにアメリアは指示を与える。
 スカイドラゴンが敷地に降り立つ事によって混乱は起きるだろうが、アメリアもロサリオもあのナーダ伯爵ならば問題ないだろうと考え決行する。
 わざわざ外壁の外に降り立ち外門で手続きを行う手間を煩わしいと思う程度には、体面的な部分を取り繕う事にかけて、貴族家の女性として最高レベルのスキルを既に兼ね備えているアメリアでさえ、疲労しているのだった。

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