魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。
第77話 束の間の休息
パーヴェル、アルセリー、サラトフ、ノダール辺境伯、その他将官クラスで軍議を行っている最中に、第3王女エレーナからの使者が到着し、その報告の内容に一同驚愕する。
「な、何だとっ!? 何だその被害数は! 」
使者からの報告に直情的なサラトフは直ぐ様激昂する。軍議に参加している将官達も驚愕を露にしてしまっていた。
第3王女エレーナの軍は、突如奇襲を受け、敵魔法師の戦術級魔法に1,000以上の兵が犠牲になったと使者より報告された。ヴェルナーの騎馬隊の突撃も加えると、損耗数は計1,200にも上る。
エレーナ軍の兵士で目視出来た兵からの報告によると、この魔法は、たった一人の魔法師が引き起こしたとの報告である。風貌をエレーナに伝えた所、国境会談に同席していたアルラオネの直弟子である、マルティーナと判明したのであった。
「あの規格外の夜の魔女の直弟子とはいえ、これほどのものか…… しかもオリジナルの魔法だとっ!? まだエレーナと同じ12だか13歳というではないか…… 」
パーヴェルは難しい表情を浮かべて唸り声を上げる。そこへアルセリー王子が意見を述べる。
「エレーナの損耗は確かに想定外だが、むしろ此方側にいないのは好機ではないか? エレーナの軍へ援軍を送り、攻撃を一層強めれば、その魔法師もメルダで籠城することによって、防御に集中するしかないだろう…… 敵の奇襲部隊を入れてもたかだか1,000の数だ。その魔法師もその後は攻撃に加わることなく町に入ったということは、そんな魔法はそう何度も放つ事は出来ないという証左であろう。」
第5王子であるアルセリーの言う通り、実際にマルティーナはあの後、魔力ポーションにて魔力は回復したが、精神的疲労で魔法が使えるような状態ではなかった。
魔術の指定範囲もロサリオには遠く及ばないが、マルティーナのレベルが24であることを考えると、アルラオネの直弟子ということもあり、研究畑ではあったが、宮廷魔法師になるに当たってアルラオネの指導のもと、魔物討伐やレベル上げを行っていたことも大きいとはいえ、やはり驚異的な戦果であり才能といえる。
ナーダ攻略における此方の兵数は、本日の損耗数を加味しても44,600はいる。アルセリーの言葉を受けて、約5,000程をメルダに派兵しても問題はないかとパーヴェルは考える。
「アルセリー叔父上の言う通りですね。此方には余裕があります。日の出と共に5,000をエレーナに援軍として送りましょう。ただし、エレーナには明日中にメルダを落とすよう伝えなさい。」
「ふんっ、明日中か…… 9,000近い兵であれば、敵に1,000という数がいても何とかいけるか…… 何よりエレーナもこの失態は、それでもって晴らすしかないからな。」
サラトフは妹の失態を吐き捨てるかのように言うが、ヘルツォーク公爵軍が想定外過ぎる動きを見せたため、そうエレーナを責めるのも酷だろうと、パーヴェルもアルセリーも考える。
「早ければローゼンベルクから増援が5日後には到着するだろう。先んじてヘルツォーク領内の援軍もあるかもしれん…… 明日中にはヴァルター率いる奴等を蹴散らし、明後日には城塞都市ナーダ攻略に取り掛かるぞっ! 」
「「「はっ 」」」
パーヴェルの締めの言葉で軍議は閉会した。まだパーヴェル含む幹部達に焦りは出ていないが、ヘルツォーク公爵軍が侵攻に備えていたこともあり、それほど時間に余裕はない。
あのヴァルター率いる20,000がいなければ、明日にでもナーダを攻略出来ていただろう。ヘルツォーク軍の派兵も編成や準備も含めて、搗ち合うのはナーダとローゼンベルクの中間か、手間取ればローゼンベルク近郊であったと思われる。
目的はナーダ伯爵領とはいえ、サラトフが侵攻前に憤っていた気もわかると、パーヴェルは心中で嘆息しながら気持ちを切り替える。
この分では、ローゼンベルクでの増援準備も侵攻の報が入った段階で早急に出来ているだろう。やはりこの5日間が勝負かと改めて軍の運用を考察するのであった。
☆
ヴェルナー卿の部隊は、マルティーナの広範囲魔術行使後の追撃時に8名戦死者を出してしまっていた。あれほどの混乱の中であったが、さすがに戦慣れした帝国軍、ヴェルナー卿率いる部隊とはレベル的に見ても10近く離れていたのもあってか、一矢報いられてしまった。
「マルティーナさんっ! あの魔法凄かったです! 」
「サーラブ!? あんた、やっぱり避難してなかったの…… まぁ、本来のあの魔術ならもっと広範囲で大打撃を与えられるんだけどね…… 今の私じゃあれで精一杯よ。」
メルダ内に入ったマルティーナは、サーラブと無事に顔を合わせることが出来た。心身共に疲弊しきったマルティーナは既知のサーラブと話せたこともあり、戦場の緊張感から解放された。
「私は、この町と獣人達との繋ぎ役に、兵士さん達と獣人達との調整役でもありましたから、先に避難なんて出来ないですよ…… でも、第1陣500名の避難は完了しましたよ!! 」
「避難完了はいつ頃になりそう? 」
「この流れでの予定だと、もう日暮れになりますから、明日の正午には住民は全部避難出来ると思います…… 病人や身体の不自由な老人達の避難準備に手間取っています。」
「どうしても最後に回すしかないか…… 日の出から始めても、第2陣、第3陣、そして…… 正午か…… 帝国軍がこのままの数なら大丈夫だと思うけど。」
避難状況は悪いとまでは言えないが、芳しくはない。その事実にマルティーナの表情は曇ってしまう。今頃ヴェルナーもメルダの守備隊長から、似たような状況を確認して唸ってしまっていた。
住民達の避難が遅れれば、その分兵士達は町に留まり、帝国軍を足止めしなければならなくなる。
「まあ、もう状況は動いている訳だし、愚痴ってもしょうがないか。サーラブ、あんたは戦闘に出るんじゃないわよっ、兵士でもなんでもないんだから。」
突っ慳貪な口調で言うマルティーナに、自分の身を案じての事だろうと受け取ったサーラブは、吹き出しながら答えるのだった。
「ぷっ、ふふ、ありがとうございます。でも私もご主人様の奴隷ですからね、我が身可愛さに逃げるのはどうかと思うんですよ…… 兵士さんや町の人達、それに私の呼び掛けでこちらに出てきてくれた獣人達もいますから。」
彼等の避難を最後まで見届けなければ、自ら避難は出来ないとサーラブの表情が物語っている。
「それでもあいつはあんたが無事なら嬉しいと思うけど…… そうか、なんか最初にあった時とはなんか変わったわね。」
自分の事は棚に上げて言うマルティーナにまたもや吹き出しそうになってしまったが、そう何度もは悪いかと思い堪える事が出来た。
サーラブは、当初マルティーナに対して怖い印象を抱いており、話し掛けずらかった。しかし今ではすっかり打ち解けており、獣人だの人族などの偏見や拘りを持たずに接する人柄だというのも理解出来ているので、フリーンや貴族のアメリアよりも親しみやすくなっている。
「獣人族は多かれ少なかれ、主と定めた方に影響を受けますから。族長しかり、ご主人様しかり。特に狐人族は普段はあまり徒党を組まず、個々で活動するものが多いから特にですかね…… 」
自分はどうだろうとマルティーナは考える。確かに以前の自分なら、魔法の研究に没頭するばかりで、周囲と言葉を交わす事は少なかったかも知れない。良くも悪くもアルラオネの直弟子であり神童と言われる事に対して、片意地を張りプレッシャーにもなっていた。
そこにあの規格外のロサリオの登場である。彼からすれば、駆け出しの魔法師だろうが自分であろうが、そう大差ないのかもしれないと考えるようになってから、周囲に対する余裕というものが出てきたことも否めない。プレッシャーを取り払い、自然体になることが出来たと言える。
「まだ依然として敵は4倍近く。こっから無事に脱出出来るよう、私も頑張りますか! 」
自分達を変化させて男の子の顔を二人とも思い浮かべながら笑いあう。さらに激しさを増す戦いになるだろうと予想は付きながらも自然と活力が湧いてくる二人であった。
☆
ロサリオ達一行は、途中小休止を何度か挟みはしたが、15時間程スカイドラゴンで飛行して移動を行い、そろそろ日の出を迎える頃に、まとまった休憩を取るために町に入った。
ここは、ローゼンベルク城からティファニア王都方面に馬で5日程の場所にある。スカイドラゴンも町から程近い、森に接している山裾に休ませている。
3時間おきぐらいに10分程度の小休止を挟んだとはいえ、流石のスカイドラゴンも、約1,800Kmの距離を5人を乗せて飛んだのには、相当疲労が溜まった様子であった。
ロサリオは、万が一にもスカイドラゴンが逃げ出さないように共に休む事になり、アメリア達は冒険者ギルドか町長の館でローゼンベルク城に連絡を取るために出向き、その後は宿で休む手筈となっている。出発は正午前を想定しているので、6~7時間近く休める事となる。
「アメリア達はこいつに乗ってる最中も寝てたし元気そうだったな…… お前も疲れてはいそうだけど、案外体力的に大丈夫そうだな。俺のほうが若干疲れたか…… 」
『グゥウ? 』
「いや…… とりあえず休んどけ。あの大使も大げさだったか、あるいは、ワイバーンとはレベルも体力も違うってことか。」
ロサリオは飛行中、風の魔術を使用して向かい風を防ぎつつ乗竜台を包むように気流の操作もしていた。寝ずにずっとおこなっていたので眠気が少々出てきており、久しぶりに周囲に人もいないこともあってか口調も本来のものに戻っている。
そこまで高度を飛んだ訳でもなく、風の強さに対しても乗竜台の中にロサリオ以外は入っているので、必要ないとも考えたが、気を利かせたのと長時間の飛行になるので、万が一を考えた結果としてそのような状況になっていた。
「こっちは騎乗席で魔術行使の中、皆は快適な空の旅か…… まぁ、今日の日暮れまでには確実に着きそうだし、良しとするか。ふわぁ…… 」
ロサリオはそのまま乗竜台の中に入り寝入ってしまう。
一方その頃、アメリア達は音声通信用の魔道具を借りて、ローゼンベルク城にいるヘルツォーク公爵とメリアンヌ公妃に連絡を取り合う事が出来たのであった。
アメリア、フリーン、アンナ、ロザリーの4人は、スカイドラゴンの上でよく休めたため、ロサリオへナーダの状況を伝えるためにロサリオとスカイドラゴンが休んでいる所へ、冒険者ギルドで護衛を雇って戻ってくるのだった。
冒険者達がドラゴンの姿に保々の体で逃げるように帰って行くのを苦笑と共に見送りながら、乗竜台に入ると気持ち良さそうに寝入っているロサリオの姿を見つけた。
「やはり、お疲れになられていたのですね。」
「ずっと騎乗席で私達のために魔術行使してましたから…… 」
アメリアが労るように髪を鋤くのをアメリアの肩越しからフリーンが見て表情を曇らせながら、アメリアの言葉に続ける。
「御館様を起こしても宜しいのでしょうか…… 気持ちよくお眠りになられていらっしゃいますし。」
ロザリーの問い掛けにアメリア達も一考してしまう。
「後、2時間程休んでから起こしましょう。10時には出発出来るように致します。状況説明は移動しながらでもロサリオ様に説明します。」
そう皆に告げたアメリアは、横たわって休んでいるスカイドラゴンに体力回復ポーションを飲ませ回復魔法を使用する。どこまで効いているかいまいちではあるが、嫌がる素振りを見せずに身体の力を抜く様を見ると、効果はあるのだろう。
鼻先を撫でながら微笑んでいる。
その姿にフリーンは、リンドヴルム王国が長きに渡って帝国の驚異にさらされなかったのかを垣間見た気がした。ワイバーンを駆る竜騎士に、特有の魔道具にて王族がかくもドラゴンと斯様に心を通わせるなど、責める側には恐怖であろう。
国力という点に於いて帝国が負けることはありえないであろうが、損害多大になると予想されるからこそ、帝国の東方への侵略はリンドヴルム王国で止まっている。
「このドラゴンを駆ったロサリオ様とアメリア様の参戦で、帝国はリンドヴルムに対してどのように動くのか…… 」
フリーンは誰に聞こえるともなく呟く。その呟きは風に乗り、大陸の平和に一石を投じるが如く大陸中に吹き荒ぶかのようであった。
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