魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

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第76話 起死回生のメルダ攻防

 グランクルス帝国軍の前進に備える形でヘルツォーク公爵軍は待機している。馬防柵に魔法師団500名による防御魔法陣の準備も万端だ。この魔法師500名という数は、ヘルツォーク軍20,000という総数に比して多い。これはグランクルス帝国軍と魔法師の数だけは同数である。
 通常は総数に対して1%を従軍させるぐらいが精々である。これは、長い間に渡ってティファニアにて魔法師の育成に当たっていたアルラオネの功績が非常に大きい。帝国の魔法師でさえ、この時代では、直接ではなくとも間接的には、アルラオネの教えで以て魔法師として成り立っている。


 ヘルツォーク公爵軍の基本戦術は時間稼ぎである。ナーダへ退いて籠城も取る事ができ、且つ補給の心配もない。
 対してパーヴェル率いるグランクルス帝国軍は、拙速が肝となっていたが、如何に兵力が倍以上とはいえ、待ち構えられていては難しい。
 地の利はヘルツォークにあり、補給線はヘルツォークよりも長い。メルダを奪取出来れば状況は変わるが、ヘルツォーク軍の展開を確認後、近隣の第3王女直轄領とノダール辺境伯領へさらに増援の手配を行ったが、併せて10,000が精々であろうと考えている。他は時間がかかり過ぎるために期待はしていない。


 「相手の防戦体制は万全か…… 直接兵がぶつかり合いさえすれば、数と質、練度の差で圧倒出来るんだがな。」


 パーヴェルはヘルツォークの陣容を見て呟く。もはやナーダ攻略のみに頭を切り替えているため、焦る必要はないと自身に言い聞かせる。
 平野部とはいえ、相手は丘陵の上に軍を展開しているためにグランクルス帝国軍の突撃力はどうしても落ちてしまう事が予想される。
 準備期間もあったため、守りの工作も広範囲に製作されてしまっていた。


 「パーヴェル、兵を割りつつ迂回して直接ナーダを攻めるか? 」


 第1段、第2段と突撃を繰返したが突破ないし切り崩しは出来ていないでいる。倍以上の兵力数があるため、第7王子のサラトフは、兵を割いて直接ナーダに攻め込もうと提案する。


 「ナーダ城塞都市内にも守備兵が残っているでしょう。相手にとって返されて挟撃を受けたらこちらがやられます。しかもそのまま籠城されるのがオチでしょうからね…… やはりこのままここに釘付けにして削れるだけ削るのが無難でしょう。」


 パーヴェルの言は実際に正しい。ナーダ内には守備兵が常時よりも多い3,000が詰めている。仮に20,000で攻めても数日は持ちこたえられるだろう。
 仮にそのようなことをされれば、挟撃とは行かなくともヘルツォーク軍も後退し籠城されてしまう。地の利は向こうにあるので最悪迅速にナーダに入られたら、20,000以上の相手に籠城戦をしなければならなくなってしまう。そうなってしまえば、迅速がどうのこうのとは言えなくなってしまい、月単位の攻略時間がかかる可能性が高い。


 (むしろ釘付けにされているのは我々か…… 我々の半分以下とはいえ、絶妙…… いや、ギリギリなタイミングで布陣をする。)


 実際ヘルツォーク側は、防衛陣地構築も含めて際どいタイミングでの到着であった。これよりも早ければ、場合によってはグランクルス帝国は越境を見合わせた可能性も出てくる。逆にもう少し遅ければ、万全な防衛体制を整えることは難しかったであろう。


 「とはいえ、このままにらみ合いでも時が過ぎるだけであり、我々に不利になる…… 第一目標は馬防柵及び防護柵の破壊、敵の魔法師隊の数の確認といきましょう。
 アルセリー叔父上、サラトフ叔父上、ノダール辺境伯が各10,000ずつを率いて、敵の正面及び右翼それから左翼の3方から突撃…… 目的は先に述べた通りですので、兵の損亡はなるべく控えて下さい。
 まずは3方より魔法師隊の一斉攻撃を行って下さい。相手の魔法師隊の対応力と質、数を確認します。」


 パーヴェルの指揮を受け、本陣は15,000を残してそこで停止し、ヘルツォーク公爵軍へ攻撃を加えるために3名は、自らの持ち場に戻って行く。そして、3方向に軍を動かし突撃を開始するのであった。









 「正面、それから右翼と左翼同時にグランクルス帝国軍が迫ってくるぞ! 魔法師隊はいつでも防御出来るように準備をしておけっ!! 」


 ヴァルターが、自軍に響き渡るかのような大声で、全体に指示を出す。


 「二手に分かれてこちらとナーダを攻めるかと思われましたが、どうやら全軍でこちらに当たるようですね。」


 自軍の倍以上のグランクルス帝国軍が、迫り上がってくるのを目の当たりにしたナーダ伯爵の嫡子であるクラフト卿は、父であるヨアヒム・ナーダ伯爵へ生唾を飲みこみながら、自身の緊張感を紛らわすかのように話しかけた。


 「帝国軍もナーダには守備隊が残っていると踏んでいるだろう。それに奴らとて、ここで我々の数を如何に削るかという算段のはずだからな…… ただし、状況は目まぐるしく変化する可能性が高い、お前も無茶な行動は慎み守ることに専念しろ。この戦いは精神的にも耐える事が重要だ。」 


 クラフト卿が父の忠告に首を縦に降って頷いた時に、ヴァルターから魔法師隊と各所に指示が行き渡った。


 「魔法師隊300は敵魔法師の攻撃魔法の防御と馬防柵及び防護柵の物理防御に注力せよ! 残りの200はオイディプス殿のタイミングで波状攻撃。
 これだけの数が向かってきたのだ! 弓隊は遠慮せずに叩きこめ!! 」


 怒号と魔法の騒音が戦場に響き渡る。両軍の衝突の初手は、互いに攻撃魔法の応酬と、矢が雨のように飛び交う様相となった。









 グランクルス帝国第3王女エレーナ率いる5,000はメルダに到着し、南門前から攻略を既に開始している。
 守備隊500は防衛に専念し、攻城兵器を容易に近づけさせないでいた。
 住民の避難には、ナーダから派遣されている町長と緊急依頼を受けたメルダの冒険者達である。
 戦争に参加させるような依頼は、ギルド側で跳ねられてしまうが、住民避難のような直接的に戦闘行為に関わらないような物であれば、受け付けてもらえる。
 何より、冒険者も戦争に駆り出されるような依頼を引き受ける者等は極少数である。


 「まだ戦闘は始まったばかりだぞ! 容易に取りつかせるな! 住民の避難状況はどうなっている!! 」


 「まだまだかかります。北門側への誘導は始まってますが、荷造り等の手筈が整っていないものが多数…… 」


 守備隊長の言葉に伝令などで駆け回っていた若い兵士が答える。その返答に歯噛みするような表情を浮かべてしまう。


 「荷物は最低限にしろと再度町長に通達しろっ! 日が落ちたら森への避難などままならんっ、せめて第1陣の避難は済ませろと伝えろ!! 」


 「はっ! 」


 避難は約500名を一組にして行う予定である。数が多すぎるがこれ以上細分化するにも人手が足りない。個々に統率無く森林沿いに逃げたとしても、魔物に殺されるのが目に見えている。冒険者約25名で一組を守り、森のなかはヘルツォーク公爵領に身を寄せてくれた獣人族に案内を頼む段取りが済んでいる。
 獣人族と良好な関係を築こうとした、ナーダ伯爵とヘルツォーク公爵の功績と言えるだろう。


 メルダは山脈に近く北側が森林に接しているために、2,000人規模の町にしては壁が高い。しかし、4m程でナーダの半分以下であり、オーガの背丈と同等ぐらいであるので、攻城兵器を備えた軍隊相手に長期の籠城は厳しいと判断される。
 過去には滅多に出現しないオーガに、外壁を破壊された経験もあるが、守備隊と冒険者で住民に被害無く撃退したので、一種の災害扱いで町の外壁の修繕のみに止めている。


 「あれはナーダ攻略用の攻城兵器だ…… 使用されたらメルダの外壁ではもたん…… 魔法師も十分ではない、カタパルトも防ぎきれるか…… 」


 矢が尽きれば梯子を掛けられる。破城槌の接近は防げているが、カタパルトから投石が飛んでくるのを止める事が出来ないでいた。
 守備隊には魔法師が10名しかいない。増員は全て兵士であったのと、この規模の町には元々専任魔法師が少ない。ヘルツォーク公爵領においては全ての都市及び町に常駐しているが、他領であればその限りではない。


 「まずは日暮れまでは死守せよ! 夜になれば帝国軍も魔物の警戒や対処で攻撃の手は休まる筈だっ! 魔法師隊は攻城兵器を決して近づけさせるなっ! 弓兵は矢の雨を降らせてやれっ! 」









 第3王女のエレーナは、当初メルダの守備隊は200と調査結果を事前に聞いていたが、想定の倍以上に若干驚きを露にしてしまっていた。


 「日暮れまでには外壁を突破して内側に進軍させる予定が…… 全軍総攻撃! 夜までには何としても侵入なさい! ……最後の最後に私達も油断をしてしまいましたか。攻め始めるのが少し遅かったようですね…… 」


 最後のほうは呟くような小ささであったために、周囲には聞かれないで済んだ。
 その時、メルダ外壁上部からの攻撃が弱まったように感じた。これは好機ではと考え、攻撃の手を強めるように指示を出す。


 「破城槌にカタパルト、早く準備なさい! 圧力が弱まってます、駆け抜けて門に取り付くのです! 梯子も用意なさい。」


 (兵員のキャパ以上に攻勢を掛けていたのか? 運用ミスか? 何よりもまたとない機会っ! ここは一気に門及び外壁に取り付いて攻略するチャンス!! )


 エレーナがいる本陣も含めて軍全体が前掛りに移行している。もちろん外壁歩廊から矢や投石等の攻撃は、繰り出されているが、先ほどまでの苛烈さは鳴りを潜めている。
 そのような攻撃では破城槌の前進を止めるには勢いが足らず、南門前及び他2基が外壁にたどり着きそうになる直前に、第3王女エレーナ率いる5,000の前線から右側面にかけて、攻撃魔法が浴びせられた。









 「マルティーナ殿、先制攻撃を! 」


 ヴェルナー卿からの指示に、マルティーナは魔法攻撃の準備に入る。
 外壁からの攻撃を弛める直前に、ヴェルナー卿率いる500は、東門から伝令の兵にエレーナ率いる5,000の側面を突く旨を伝えたため、エレーナ軍を前寄りに引き付けるために、わざと攻撃の手を弛めたのだ。
 攻撃のために全軍前方に意識が集中してしまった所への、ヴェルナーの奇襲である。


 「さあ行くわよ! 今の私じゃ一発が限界だけど…… ー 咎人の、業火に燃ゆる、おのが見て、聖し紅きに、蠱罪消え行き ー 魔王と夜の魔女からの直伝よ! 焼失なさいっ! 」


 『ブレンネンレーゲン燃える豪雨


 火系統中級魔法のファイアーランスが、第3王女エレーナ軍に情け容赦なく降り注ぐ。
 マルティーナの詠唱時に上空に浮かび上がった魔方陣に対し、即座に反応したエレーナ軍の魔法師もいたが、ファイアーランスの散弾のような火槍の豪雨という圧倒的物量を前に、耐魔法防御も即座に押し破られてしまった。


 「ぐあっ! ぐわあああ」「ファ、ファイアーランスがこんなに!? 」「て、敵の魔法師は100人以上いるのかっ!? 」


 前線は、町の外壁付近に取り付いた兵以外軒並み全滅してしまい、地獄の様相を呈している。
 南門及び外壁付近で生き残った兵達は、マルティーナの魔法に呼応するかのように、攻撃を再開したメルダの守備隊によって殺されてしまい、破城槌も破壊されてしまった。


 火系統の範囲魔法には、以前マルティーナが使用した中級のファイアーレインに上級のファイアーストーム、最上級のフレアボムがあるが、ファイアーレインでは範囲指定は容易だが、威力が弱いため、軍事行動のように魔法師が複数いると防ぐのも容易である。ファイアーストームやフレアボムは威力は大きいが範囲指定が困難であり、メルダの町に被害が及ぶ可能性が高いため、マルティーナはロサリオが、貴族級の魔族であるデカラビアに使用した魔術である、『グラキエスレーゲン氷槍の豪雨』をアルラオネが火系統にアレンジしたものを選択した。
 この魔術の有用な所は、全ての範囲が同じ威力を誇る制圧魔術である。フレアボムの中心地よりは威力が低いが、中級魔法のファイアーランスが広範囲に渡って圧倒的物量を以て降り注ぐので、耐魔法防御を押し潰すことが出来る点にある。


 流石に精も根も尽き果てたマルティーナは、馬上にて突っ伏してしまっている。ヴェルナーはあまりの魔法の強力な威力に度肝を抜かれはしたが、自らの役割を忘れることなく、マルティーナには護衛を残して、浮き足だっているエレーナの軍に突撃をするのであった。


 「た、隊列を建て直しなさい! な、なんなの!? この凶悪な魔法は!? 早く火を消しなさい!! 」


 「ひ、姫様! 破城槌が全て破壊されてしまいましたっ!? 密集していたたため、前線の被害は1,000を超えます! しかも統制が取れなくなった所に敵騎馬部隊が突撃して来ました!! 」


 本陣と前線の間にいた伝令兵が、慌ててエレーナに報告し、その内容に驚愕してしまう。


 「ぐっ! これほどの魔法師達がいる部隊をこちらに割いてくるとは…… 全軍一時後退をします!! 被害状況を確認なさいっ…… これは、なんという失態…… 」


 まさかこの惨劇が魔法師一人に引き起こされたとは思わず、下唇を噛むその形相は、幽鬼もかくやといった蒼白さを表している。自身への怒りと不甲斐なさで赤を通り越した顔色を浮かべているが、一刻も早く建て直さなければならない。
 突撃したヴェルナー達は、一撃を加えた後に混乱に乗じて既にメルダ内へ退いてしまっている。


 「パーヴェル王子に報告と援軍の手配をします。伝令は急ぎナーダ攻略軍の本陣へ! もうすぐ日暮れになります。我々は一度退いて再編成を行います。」


 メルダからは打って出てくる事はないだろうと想定し、速やかに退き始める。
 メルダから2Km近く離れた丘陵部に陣を敷くのであった。 









 パーヴェル率いるナーダ攻略軍とヴァルター率いるヘルツォーク公爵軍は、今の所膠着状態である。


 「中々に固いな…… 」


 「質ではこちらが上回ってますが、部隊の動かし方が巧妙です…… 崩す前に防護柵からの入れ替えが絶妙に行われています。」


 パーヴェルの呟きを側近が広い取り、状況を説明する。


 「練度もこちらが上回っているかと思ったが…… 軍隊行動は良く鍛えられているな。実戦経験は我々より乏しいだろうによくやる。流石ティファニアの盾であり矛といった所か…… 」


 パーヴェルは焦ってはおらず、初日はあくまで様子見と考えている。
 懸念事項は、魔法師の数が多く想定以上に防御力が高いといった点である。
 アルセリー、サラトフ、ノダール辺境伯が各10,000を率いて3方向より攻めているが、未だに馬坊柵及び防護柵を突破できずにいた。
 しかし、ヘルツォーク公爵軍も迎え撃つために、ナーダ伯爵、クラフト卿、オリビアが5,000の部隊を率いて陣地外で、陣地内にいる魔法師と連携し、応戦しているので、少しずつ兵を失ってしまっている。
 参戦しているヘルツォーク公爵領内の貴族軍とも都度入れ替えを図ったりしてはいるが、グランクルス帝国兵の個々の強さに押され気味なのは否めない。


 「部隊の交代は迅速に行えっ! 手間取った分は奴等に押し潰されるぞ!! 魔法師隊は援護をっ…… ぐぅ、強いな…… 帝国兵は。」


 ナーダ伯爵は指示という名の激を飛ばして周囲を鼓舞している。魔法師隊の援護と同時に部隊を入れ替えるのを、攻められてからずっと行っている。


 「まだまだ初日だというのに、彼方さんは苛烈じゃのう…… 」


 本陣に退いてきたナーダ伯爵に、オイディプス老は疲労をため息に乗せて吐き出すのであった。


 「これでもまだ奴等は様子見…… 明日の明け方からは一層攻勢は強まるでしょう。」


 もうすぐ日暮れ近くであり、帝国の攻勢も弱まり出している。退却準備に移行しているのだろうが、兵力差もあり殿の数も十分と思われる。ヘルツォーク軍に追撃は出来ないだろうとナーダ伯爵は考える。


 「此方の被害状況は? 」


 「はっ、死者257名、負傷者は307名です。」


 (僅か4時間の攻防とはいえ、まあ上出来か…… )


 「明日はもっと苛烈になるぞっ! 見張りは気を抜くな、魔物も活発化する時間だからなっ! 」


 ナーダ伯爵とオイディプス老が話をしてる中、ヴァルターは被害状況にとりあえずは満足し、敵が退き始めたのを確認後、指示を全軍に伝える。


 帝国軍は、2時間後にはエレーナの伝令からメルダの状況を聞き、動揺が走る。それは、パーヴェル達を本気にさせるに十分な凶報であり、明日からの攻撃、初日である今日とは比ぶべくもない苛烈さを見せるのであった。

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