魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第75話 開かれた戦端

 「住民の非難をっ! 早く!! 」


 「まさか本当に帝国が攻めて来たなんて…… 」


 「皆さん! 早く森の中へっ!! 」


 メルダの町の至る所で怒号が飛び交っている。グランクルス帝国軍の第3王女の軍5,000に攻められているのだ。
 メルダ守備兵と魔族侵入路警戒砦の建設のための兵、合計500と冒険者102名で、住民2,000人の非難と籠城で右往左往しているのが見て取れる。


 「これが、ご主人様が感じていた悪い予感…… 私に対するあの気の掛け方はこのことを…… 」


 サーラブはロサリオから貰ったチョーカーに取り付けてあるブローチに手を当てながら、気丈にも守備隊に協力して住民の避難に当たる。


 「援軍が来てくれないと、直ぐにでもメルダは落ちるぞ…… 」


 守備兵の呟きは怒号にかき消されていくのをサーラブは何とか耳で拾うことが出来てしまい、不安に駆られてしまう。報告ではグランクルス帝国は50,000で進軍してきている。対するヘルツォーク公爵軍は20,000、メルダ守備隊と砦建設のための増員兵を含めても20,500である。
 帝国軍が国境に集結しつつあることは連絡を受けていたが、国境を越えるとメルダに突出した部隊があり、本陣はヘルツォーク公爵軍に向かって進軍したため、兵力差を鑑みてメルダ側へ迂闊に動けないでいた。


 「御主人様…… 」


 サーラブの祈るような呟きは、誰にも拾われずに喧騒の中に掻き消えていくのであった。









 グランクルス帝国は、聖イグレシアス歴998年7月4日の午前9時に国境を越えてヘルツォーク公爵領に進軍してきた。
 昨日の夕刻に第1王子であるイヴァーン・アストラハン・グランクルスの嫡子、パーヴェルを総大将に、そして第5王子であるアルセリー・アストラハン・グランクルスを、全体の軍事指揮権を持つ副官として据えた20,000が到着したためである。
 当初はパーヴェルの到着を待たずにナーダを落とそうと考えたが、国境とナーダの中間地点にヘルツォーク公爵領軍が布陣していたため、パーヴェルの到着を待ったのである。


 「そもそも何故ヘルツォーク公爵軍がここに来ているのだっ!? 」


 第7王子であるサラトフが、本陣の戦馬車上で憤怒の形相をしている。
 クラスでの会議の翌日である、6月21日にはナーダ伯爵軍5,000が布陣し、期を逸してしまったのが痛い。5日後にはヴァルター率いるヘルツォーク公爵軍15,000が到着してしまった。


 「落ち着いて下さい、サラトフ叔父上殿。ヘルツォークにも平和ボケせずに聡い奴がいたということでしょう…… あのヴァルターか公爵自身かもしれませんがね。」


 「しかしパーヴェル、あの20,000がいなければ、ナーダを皮切りに2週間もあればローゼンベルク城まで一気呵成に進軍できたものをっ!! 」


 サラトフの憤りも理解できる。綿密に計画を立てて水面下で軍の配備を行っていたのだ。ことここに至っては、6月の終わりぐらいにはヘルツォーク側にも帝国の動きが察知されるであろうとは、今回の侵略における首脳陣は考えてはいたが、ヘルツォークの軍の展開が速すぎる。


 (察知されたというよりは、読んだ人間がいるな…… しかも魔物大狂乱パンデモニウムの直後に。こちらの軍の数を読み切れずに、一先ず動かせる20,000という数字がそれを物語っているか…… )


 「最悪こちらはナーダ伯爵領部分だけでも切り取れれば、帝王や宮廷に対して格好は付きます。今頃ローゼンベルクでは、後詰の手配をしているでしょう。その前に何としてもナーダは落としましょう。」


 「パーヴェルの言うとおりだな。下手にナーダで籠城されるよりも、平野部に出てきているここで、一気に叩いてしまう方が効率も時間も早い。エレーナにはメルダを占領するために、あいつの軍5,000で攻めさせる手筈だ。クラスとメルダで補給路を確保すれば、最悪ナーダ攻略に時間が掛かり、ヘルツォークの後詰が来たとしても戦線の維持は可能だ。」


 パーヴェルの意見に対し、副官として随行している第5王子のアルセリー・アストラハン・グランクルスが恭順するかのように意見を添える。
 二人の意見を聞くことにより、サラトフの荒ぶった気も落ち着きを取り戻すことが出来た。


 「せっかく平野部に出てきているんです。下手に籠城されるよりも都合が段違いだ…… 削れるだけ削らせて頂きましょう!! 」


 パーヴェルが不適な笑みを浮かべながら、アルセリーとサラトフに言う。確かにこの場において、余分な緊張を見せずに佇む姿には、今年成人を迎える齢14とはいえ、才気を十分に感じさせる。


 「しかし、いいのですか? 本来ならば総大将にはアルセリー叔父上が相応しいのでは…… 」


 「俺はそもそもが軍人であり、イヴァーン兄上に忠誠を誓っている。帝位には興味もないし、兄上の名代であるお前にも才気を感じている…… お前が総大将である事になんら不満はない。」


 軍を率いる立場として、アルセリー第5王子は直轄領を与えられてはいるが、帝国軍に10ある騎士団の一つを任せられているほどである。軍人としては帝王からの信任も厚い。
 いくら第1王子の嫡子であり名代とはいえ、武を嗜んでいるパーヴェル自身にとっても、第5王子でもあるアルセリーが総大将のほうがいいのではないかと考えていたが、ここまで肯定されると、承認欲求も満たされ、それに応えたいと意気込むのは、血気盛んな若者には当然の事と言える。


 「いずれにせよ、我が軍のほうが、数も、装備も、そして兵の質も勝っているっ! 
 全将兵よ! この200年我々はヘルツォーク、及びティファニアの下に見られていたっ!! 情けを掛けられていたのだっ!! 魔族との最前線で常に戦っていた我々がである。大陸の平和に寄与している一番の功労者である帝国がだっ!
 この戦でヘルツォークをひれ伏せさせ、帝国こそが大陸に覇を唱えるのだ。そして、我が派閥の力をより強くし、魔族どもをさらに西方へ押しやってくれるっ! 」


 パーヴェルが全将兵を鼓舞するように、芝居がかった演説をする。一兵卒に至るまでが、その言葉に鼓舞をされ熱に浮かされる。皆知っているのだ、国家間において未だに帝国が国として存在しそれを保っていられるのは、ティファニアやヘルツォークの援助あったればこそと揶揄されていることを。
 それらを払拭せんとこの200年間国力を蓄え、近隣の弱小国家を併呑し、魔族に相対してきた。
 帝位継承権争いの布石には、このヘルツォーク公爵領との戦争はある意味、帝国の威信回復、国威発揚、国際社会への帝国に対する揶揄払拭と都合がいい。
 帝位継承と同時に全てが賄える絶好の機会である。


 「さぁ、兵士諸君…… たかだか20,000の軍勢など、早々に蹴散らして帝国の力を諸国に見せつけよ!! 全軍前進。」


 ヘルツォーク公爵軍から約5km離れた場所でにらみ合いをしていたが、14時にはパーヴェルの号令とともにヘルツォーク公爵軍へ、45,000のパーヴェルを総大将とする帝国軍が進攻を開始するのであった。









 ナーダ伯爵軍が、ナーダから馬で約3時間程の箇所にある、貴族級魔族デカラビアをロサリオが討ち果たした場所に本陣を敷き、そこにヴァルター率いるヘルツォーク公爵領軍と参軍した貴族軍も集結していた。
 斥候からグランクルス帝国軍が越境したことを受け、軍全体に緊張感が漂っている。


 「まさか、50,000も揃えて侵攻してくるとは…… 」


 ナーダ伯爵は苦虫を噛み締めたような表情で声を吐き出す。
 ロサリオがデカラビアの極光消滅魔法を跳ね返した際にできたクレーター内に、将官用の天幕を拵えて軍義をしている。
 そこに参加するのは、ヴァルターを筆頭にナーダ伯爵、ナーダ伯爵の嫡子であり長男のクラフト卿、ヴァルターの孫娘であるオリビア、ローゼンベルク宮廷魔法師団から席次第3位のオイディプス老、第1位はアルラオネであるので、ヘルツォーク公爵領の魔法師を束ねる実質ナンバー2である。
 そして、参軍を果たしたヘルツォーク公爵領内にある所領を任されている貴族達5名、その中には、地理的な要因で到着が最後となったヴェルナー卿もいる。
 何故かアルラオネの名代扱いとしてこの場にマルティーナもいる事に、当の本人が一番困惑している。


 「斥候からメルダに第3王女の軍が向かったと報告がありました。しかし、かの軍の総数を考えますと容易にこちらの軍を削くわけには…… 」


 父の呻きを聞き、クラフト卿が敵軍の動きを報告する。クラフト卿は17という年齢だが、ナーダ伯爵によく鍛えられており、指揮官としては申し分ない。魔物大狂乱パンデモニウムの時は領内での軍事演習に1,000の兵数で出ていたために、参戦出来なかったという経緯がある。此度はその時に参戦出来なかった挽回も兼ねており、気力は充実している。しかし、如何せん敵軍の数が多い。


 「しかしロサリオ子爵、いや、これからは伯爵になるのであったな。読み通りではあるな…… 本来ならばナーダで籠城するのがセオリーではあるが…… 」


 ヴァルターはロサリオが帝国の思惑をヘルツォーク公爵に語った内容を公爵から直接聞き及んでいるため、その戦略眼に驚いてしまう。そして、あのバルトロメ公爵軍の総指揮官でもあったかと思い出すのであった。


 「でもっ!? そうしたらメルダを見殺しにするんですかっ! あそこには500程度しか兵がいない…… 避難が間に合うかどうか…… 」


 「これ、マルティーナ、感情だけで軍義に口を出すでない。」


 ヴァルターの言葉に、堪らず声をあげてしまったマルティーナを嗜めるようにオイディプス老が注意をする。


 「オイディプス様っ!? 」


 「しかし、本来ならば我々はここに居なかった…… メルダは蹂躙され、ナーダもお祖父様率いるヘルツォーク公爵軍が到着する前に陥落していた可能性も高い。これは僥倖でしょう…… やはりロサリオ伯爵の功績は計りしれない。そしてメルダには、ロサリオ伯爵の奴隷として砦建設、獣人族の繋ぎ役としてサーラブがいる。これはヘルツォーク公爵からの要請です。それに応えたロサリオ伯爵を主人とする奴隷をただ見捨てるのは、ヘルツォークとしては不味いのでは? 」


 マルティーナを助けるかのようにオリビアが、此度の派兵に関するロサリオの功績にサーラブの砦建設への派遣も踏まえて、意見を加える。
 皆がロサリオ・メルダース・ランビエールの功績を知っている。ヘルツォーク公爵領に度重なった事態の功労者である。此度の派兵も彼の言からきている。
 しかし敵軍は倍以上、戦術的にはナーダでの籠城一択である。そもそもメルダでは20,000もの軍勢の受け入れは到底不可能だ。
 皆が沈思黙考するなか意見を述べる者が現れた。


 「であれば、我が領軍が行くしかあるまいて。」


 「ヴェルナー卿!? 」


 ヴェルナー卿の申し出にマルティーナが驚きの声をあげる。彼女とてこの状況でメルダに兵を削く事は愚策ではあるとわかっているのだ。


 「かの奴隷は、我が当主が大切にしている様子を私も知っております。やはりランビエール領としては捨て置けません。それにメルダは、砦建設に獣人族の受け入れや連絡を媒介する町になりつつある。ヘルツォーク公爵領にとっては以前とは比べるべくもなく重要な位置付けとなる町ですからな…… 易々と落とさせるわけにも参りますまいて。」


 ヴェルナー卿もサーラブの事は、ナーダ冒険者ギルドでの会議やローゼンベルク城でも面識がある。如何な経緯でロサリオの奴隷となっているかも聞いているので無下には扱えないという気持ちもある。
 老いた者の希望、若しくは願望かもしれないが、ランビエール領は繋ぐ事が出来た。ロサリオの次の代にはヘルツォーク公爵家の血筋が入る可能性も高い。何れはヴェルナー自身の遠縁が再びランビエール領を継ぐ可能性の芽も出てきている。
 戦略を度外視しても、ロサリオの恩義に報いたいという気持ちも持っている。
 このまま老いて死ぬのであれば、戦場で散るのも悪くない、むしろ誉れですらあると、嘗てのヘルツォークの剣とまで言われたランビエール子爵領の当主としての自覚もある。


 「ヴェルナー卿、しかしそこまでの兵は割けませんぞ。」


 「なに、住民の避難が第一目標でありますからな。もちろん籠城も…… 今回我がランビエール子爵領軍は、経験積ませるための若い兵500と、例え死んでも子供がいる40以上の兵500で構成しています。ヴァルター様には若い兵500をお預けしますので、老兵500と私でメルダに向かいます。若い兵の事は頼みもうします。」


 「なっ、たった500でですか!? 」「無謀では? 」「メルダと併せて1,000になるとはいえ…… 」


 軍義に参加した貴族からもその無謀な申し出に驚きの声があがる。


 「今からであれば、メルダを攻め立てている第3王女の軍の背後、ないし側面を付けましょう。メルダと呼応出来れば損害を与えた後にメルダに入り、籠城も可能となりましょう。住民が逃げる時間さえ稼げば、その後は逃げるなり、ローゼンベルクからの援軍を待つなり出来ましょう。」


 ヴァルターやナーダ伯爵達はヴェルナーの進言に一考の余地があると議論する。


 「この状況では500といえど割くのは…… 」「しかしメルダを見殺しにするのも躊躇われる。」「そもそもローゼンベルクからの援軍が何時になるかは? 」


 意見が平行し、纏まりが無くなっていくなか、総指揮官としてヴァルターが決定をする。


 「ヴェルナー卿の意見を採用する。これは、戦術的には疑問を呈されるであろうが、ヘルツォーク公爵領に住む住民にとっては、我々軍が住民を見捨てないという意気込みを示す事にも繋がるからである。ヴェルナー卿、決して無茶な用兵はせずに籠城や住民の避難に徹して頂きたい。」


 「ありがとうございます、ヴァルター様。兵の選抜後、迂回して北上し森林沿いにメルダに向かいます。」


 メルダはナーダと国境を結ぶ街道の中間地点から北の森林近くにある。この本陣からほぼ真北にあるが、帝国軍がこちらの2.5倍の兵数で以て前方に布陣しているために迂闊に動けない。
 第3王女の軍は、北東に進軍したことが確認出来たために、メルダの南西に取付き、そこから南門を攻め立てると推測される。メルダは北が森に接しており、主要な門は南門しかなく、主要街道へ赴く為の門であるので、ここを先ず攻めると見ている。
 ヴェルナーは、ヘルツォーク軍の陣容を目隠しとして使い、迂回後に北上、そしてメルダの東側に取付き守備兵と連絡後に一撃を加えた後に、平時はあまり使用しない東門より町に入る算段をヴァルターとするのであった。
 打ち合わせをする二人にマルティーナは気負いもなしに、意見というよりも意思を投げ掛ける。


 「ヴェルナー卿、魔法師がいたほうが便利でしょう。私もメルダにご一緒しますね。」


 オイディプス老は驚いて口を呆けて言葉が出ない。オリビアは感心したように、「ほう」と笑みを浮かべて呟く。


 「マルティーナ殿に何かあったらそれこそ我が当主やアルラオネ殿に申し訳が立たんのですが…… 」


 ロサリオとも懇意にしており、あのアルラオネの直弟子に対し、此度の戦の死地といえるメルダになど、とてもではないが連れてはいけぬとヴェルナーは言う。


 「サーラブを見捨てたら、今後どんな顔してあいつの前に出ればいいんですか。私は行きますよ、止めても無駄ですし…… 魔法師は必須です。一撃を加えるにも魔法師がいるといないのでは大違いです。」


 前半の意見は個人的なものであるが、後半は理に叶っている。敵軍にも魔法師はいるはずであり、防御魔法を展開出来る魔法師がいなければ相手の魔法に崩される可能性が高くなってしまう。
 マルティーナには、ヴァルターの制止を振り切ってロサリオとアルラオネが戦っていた、貴族級魔族のデカラビアにフリーンと向かった前科がある。
 それをやられては堪らないので、ヴェルナーの指揮下に置くほうがマシかと考え、ヴァルターはマルティーナに忠告をする。


 「お前の意思を採用するが、ヴェルナー卿の指揮下に入り、勝手な行動は取らぬように。これが条件だ。」


 「はいっ! ありがとうございます、ヴァルター様。ヴェルナー卿も宜しくお願いします。」


 「お主に何かあれば、儂がアルラオネ殿にどのような目に合わされるか…… くれぐれも無茶はするでないぞ! 」


 死地に赴くというのに、元気よくヴァルターに礼を述べるマルティーナに、オイディプス老は苦言と言い含めるように忠告をするのであった。
 その時斥候から、グランクルス帝国軍が前進を開始したとの報告が本陣に届けられた。本格的な国家間の戦争は200年以来である。その時は魔族の侵攻も合さり人族は一丸となる事が出来たが、果たして此度の大陸の動乱の兆しはどのように転んで行くのか、未だ測ることは誰も出来ない。

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