魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第72話 凶報に踊る

 突然の凶報に再び謁見の間は静まりかえった。帝国軍のヘルツォーク公爵領への侵攻と報を携えて来た近衛騎士は告げたのだ。明らかな戦争行為に対して、平和の中を揺蕩うように過ごしてきた者達は、思考が停止したとしても仕方がないのかもしれない。


 (それにしても早い! 国境会談が6月10日と聞いていたから、既に軍備が近辺で始まっていたはず…… 巧妙に隠されてはいたのだろうが、ヘルツォーク公爵側は見逃していたのか…… )


 ロサリオは眉間に皺を寄せて考えるが、誰も今の状況でロサリオに気を配っているものはいなかった。アメリアも事前に可能性として聞いてはいたので、表情には出さずに済んではいるが、内心穏やかではない。
 謁見の間が再びざわつき出してきた。


 「ば、馬鹿なっ!? 」「し、侵攻とは、戦争ではないか!? 」「ヘルツォーク公爵からはそのような情勢報告はなかったぞ! 」「規模はどうなのだっ!? 」「50,000だぞ! 大軍ではないか!! 」


 王は詳細を確認しようとしたその時、別口の報告で文官が慌てて書面を持って入ってくるのであった。


 「先程帝国の高官から、グランクルス帝国イヴァーン第1王子からの書面が届いております。近衛騎士からの報告でもしやと思い、謁見中恐縮ですが陛下にご覧頂きたく存じます。」


 ティファニア王は大臣に開封させて書面を受け取り目を通す。封蝋は確かにグランクルス帝国の物であった。
 王が書面に目を通す間、謁見の間にいる人間達は固唾を飲んで王からの言葉を待つ。


 「むぅ…… 」


 書簡を読み終えたティファニア王は、唸り声を上げて表情を険しくする。その緊張感を孕んだ声と表情に場の空気も独特な物となり、生唾を飲み込む音が何処からか聞こえてくる。


 「して王よ、このタイミングでの書簡です。この度のヘルツォーク公爵領への侵攻に関する件でしょうか? 」


 ティファニア王国近衛騎士団の列席から誰何する声が上がった。


 「あれは…… 」


 「王国近衛騎士団長とその隣にいるのは副団長、つまりオリビア殿のお父上であり、ヴァルター様の御子息です。」


 アメリアがロサリオの疑問の乗った呟きに答えた。なるほど、よく鍛えられていると感じ入る。


 (SとSに近いAか…… 流石に軍の上ともなるとそれなりの粒は揃っているか…… )


 壮年の風格を纏った二人の騎士が王に対して問いを発する。ロサリオがそのような少々失礼とも取れる感想を抱いているとはしらずに、彼等としては国の軍事を担う者としての責務から、帝国軍侵攻という未曾有の事態に無礼とは承知で質問をする。王や大臣もそれを咎めることはせずに、王は口を開いた。


 「わざわざ書状が届く頃を見計らっての侵攻のようだな…… 皆の想像の通り、ヘルツォーク公爵領に対する開戦の通知とその内容だな。」


 ヘルツォーク公爵領に対する通知という部分に、ロサリオとアメリアは、やはりかと納得をする。しかし同時にそのようなティファニア王国はどう対応するのかも気にかかる。
 ヘルツォーク公爵領はティファニア王国の領土でもあるのだ。ティファニア王国に戦争を仕掛けた事と同義でもある。
 列席した者達も内容が気にかかり、質問と憶測が入り交じる声が飛び交う。


 「内容はなんなのだ? 」「王から公表されると思うが…… 」「国境会談でトラブルでも? 」


 「静粛にせよ! 事ここに至ってはこの場に於いては公表するよりあるまい…… ヘルツォーク公爵令嬢であるアメリアもいることであるしな。」


 皆がアメリアに注視し、言葉を掛けられたアメリアは王に向かい頭を垂れる。
 ティファニア王とヘルツォーク公爵は、兄弟のように仲が良く王都の学院でも共に学んだ間柄である。旧知の娘に対して労るような視線を一度投げ掛けてから、書簡に視線を戻して内容を発表するのであった。


 「この度は、我が帝国のアメリア公爵令嬢に対する再三の縁談の申し入れに対して、回答を先伸ばしにするあまりか、あまつさえ内々で縁談が纏まるとのこと。これは、我が帝国が誇る第5王子並びに第7王子、ひいては私、イヴァーンと我が息子に対する侮辱である。この屈辱を蔑ろにしては大陸諸国に対して帝国の威信に関わるものである。よってここに、ヘルツォーク公爵領に対する宣戦布告を宣言する。との事だな…… 」


 その内容に王の手元に集中していた視線がアメリアに集中する。浅慮な者などはあからさまにアメリアに対して非難の声を浴びせ出した。質が悪い事にそうした者が少なくないのが現状である。


 「ヘルツォーク公爵の失策ではないのか!? 」「ティファニアの月だとか噂されて小娘が! 」「大方周りにちやほやされてのぼせ上がっていたのだろう。」「内々で纏まるか…… 帝国を敵にまわしてまでか、どんな相手なのやら…… 」「ふん、所詮我儘な女であったということか。」


 少々気が抜けていたロサリオも、この周囲の声に目が覚まされる。いくら大人びて教養と知性を兼ね備えているとはいえ、今年13になる女性に浴びせる言葉ではない。
 巻き込まれて流されてきたこととはいえ、ヘルツォーク公爵領で関わった人間は恩人に等しい。アメリアはその筆頭だ。
 アメリアを見ると怒りを通り越して顔面が蒼白になっている。フリーンも心配気な表情でアメリアを見遣っていた。
 ロサリオはすっと王の許可もなく立ち上がる。その姿に周囲やアメリア達も驚き声を上げようとするが、その立ち姿から発せられた気配に息を呑んでしまう。王などは、ほう、と面白い物が見れそうだとも言いそうな表情を浮かべた。


 ロサリオは周囲を睥睨する。いきなり立ち上がった自分に対して、視線を向ける者達を嘲笑するかのように気当たりを発した。殺気を込めたわけではないので、気を失うような者はもちろん出ていないが、圧力と重みを持ったような質量を感じる空気に、身動きも声を出すことも出来ない者が多数出ている。


 「くくく、ふはははは、あーっはっはっはっはっは! 」


 「ロ、ロサリオ様!? 」


 ロサリオの突然の高笑いに、ロサリオの気当たりに慣れているアメリアは驚いて声を掛けてしまう。


 「笑えるじゃないかアメリア、イグレシアス大陸に覇を唱えても可笑しくはないティファニア王国が、たかだか帝国軍の侵攻に対してお前を、成人前の貴族令嬢の縁談の縺れを責任にしようとしているんだぞ…… 平和呆けもここに極まれりだな! くははははははっ!! 」


 ロサリオの暴言とも取れる物言いに貴族としての意地か矜持かはわからぬが、身に纏わりつき離れない圧力の中、声を上げるものも出てきた。


 「何がたかだか帝国軍だっ! 分も状況も弁えない小僧が!! いいか、これは戦争だぞ…… しかも理由はそこの小娘の縁談から来ておるのだ!! 」


 「黙れよ豚が! 肥えた豚ほどよく鳴く…… 」


 「な、何だと!? このっ、ぐぅ…… 」


 恐らくは貴族としては大物であろう、声をあげた人物に対して視線一つで跪かせる。屈辱にまみれた表情に加えて、何故自分が跪いているのかわからないという困惑から真っ青になっている。


 「しかも、この俺に戦争を語るか…… 冗談にしても笑えんな。」


 (なるほど、これか! ナーダ鎮圧に貴族級魔族の単独討伐。先までの覇気の無さが嘘のようではないか。)


 王は内心、ロサリオの発する覇気に感心していたが、表情にはおくびにも出さずに静観している。


 「ロサリオ様、ありがとうございます。わたくしのために怒って下さったのでしょう? これ以上は…… 」


 「アメリア、しかし…… 」


 アメリアにそっと嗜められて覇気も収まってしまった。ここは冒険者ギルドなどではなく国であり、王の目の前なのだと。
 アメリアに対する言いがかりにも等しい非難に怒りもしたが、流石に不味かったかとロサリオは王を見るが、泰然としており、その内心は杳として知れない。
 そして、今度はロサリオに非難が集中し、近衛騎士達と宮廷魔法師達はその一挙手一投足に注視しており、アルラオネは笑いを噛み殺したような表情でロサリオ達を見ている中、アメリアが前に出る。


 「畏れながら陛下、及び御列席の方々に申し上げたいと心得ます。」


 「よかろう、アメリアよ。申してみよ。」


 一礼をした後に一度周囲を見渡してから口を開いた。


 「此度の帝国の侵攻、厚顔無恥も甚だしいかと…… 200年前の魔族戦役時、魔族に国を食い破られた所を押し返したのは誰かっ! それは我々ティファニアであり、担ったのは我がヘルツォークです。戦役終結後も帝国の領土の割譲を求めず、支援までした我々に対して、たかだかわたくしのような、皆様の仰る通り小娘との縁談が纏まらない事を理由に侵攻などとは…… 恥を知らないにも程がありますわ。」


 200年前の魔族戦役におけるヘルツォーク公爵領の帝国に対する多大な援助は大陸中が記憶している。攻めいられたことに動揺して貴族達は忘れていた。縁談が理由での宣戦布告などは、そもそもが常軌を逸している。
 王や大臣、近衛騎士団等は気付いていたが、列席している貴族達は気付いていなかった。それも含めて恥と指摘するようなアメリアの言に顔を赤くするものや下を向く者が多数現れ、ぐうの音も出ない様相である。


 「ご安心下さいませ、既にヘルツォークでは帝国の不穏な動きを予測して、ナーダ近郊に20,000の軍勢を手配済みです。ローゼンベルク出立前にこのロサリオ卿の忠言によって! 」


 「ほう、それは本当かね? ランビエール伯爵…… ヘルツォークといえども辺境のナーダへの軍の派兵の決定は容易ならざる事だが、余程の確証たる推測によるものであったのかな? 」


 ティファニア王の言う通り、ランサローテとは異なり、一般の国民からの徴兵制を採用していないティファニア王国では、兵を動かすには多大な費用がかかる。腰が重いのも、こと大陸では平和が続いていたことも重なり皆が周知している。
 だからこそ、大陸では魔物の定期的な討伐も、冒険者に頼っているのが現状である。抑止力としての軍備という側面が、大陸では帝国以外は強かった。
 そのような前提がある上で、帝国侵攻前に20,000の軍勢の派兵の決め手となったヘルツォークの判断が、ティファニア王は気になって仕方がない。


 「ええまぁ、詳細はヘルツォーク公爵より確認して下さい。派兵名目は、魔物大狂乱パンデモニウム後の周辺調査に治安維持、魔族が侵入したことによる、砦建設にナーダの警戒です。戦争のためではないので、ティファニア王や帝国に報告はしてませんが、領内の治安維持行動なので問題はないでしょう。先の出来事は大陸中が既に知ってますからね。」


 「語りよるな…… まぁ派兵の建前としてはいい、なるほど…… しかし、帝国はヘルツォークの軍が展開している状況で侵攻してきた。これをどう見るね? 」


 軍関係者や大臣を差し置いて、ロサリオと対話を行うティファニア王に皆は動揺を隠せない。
 ロサリオとしてはこの状況において、悠長にしていることに嫌気がさしてきていた。アメリアも内心焦っているように見える。
 内心ため息を一つ付いてから、王の問いに答える。


 「おそらくは電撃戦。一気呵成にナーダを制圧後にローゼンベルクへ向かって進軍し、これを包囲。そこが彼等の最大の戦果として狙っているところでしょう、最低でもナーダ陥落。ティファニア王よ、この帝国の侵攻はヘルツォーク公爵領を帝位継承争いの景品扱いにしてるのだろうかと…… このような状況です。我々は急ぎヘルツォークへ戻らして頂く、アメリア、フリーンも申し訳ないが付いてきてくれ。」


 身を翻してアメリアとフリーンを伴い、扉へ向かおうとするロサリオの背中に王が言葉を投げ掛ける。


 「状況が状況だ…… 退出は認めるが、貴公はまるで…… 私を他国の王のように接するのだな。」


 王の顔には不機嫌さなど全く見当たらず、むしろ終始面白い者を見る目付きをしている。そこに嫌味の色はなく少年が新しい玩具を見付けたような輝きがあった。
 ロサリオはその表情を見て、喰えない人物だと思いながら、しかし、兵は弱いが、ナーダ伯爵やヘルツォーク公爵、このティファニア王にしろ、国の主要人物はかなり優秀であり人材が揃っているとも同時に感じた。
 この王にしても帝国侵攻の報を聞いても些かも動じていないのには、さすが大国と言わざるを得ない。


 「ふむ、なにぶん成人前の若輩です。無礼は御容赦願いたい。。」


 (ロサリオ様は、相手に敬意を表することはあれど、仰ぐ事は終ぞなかったですね。)


 フリーンもこのロサリオとティファニア王のやり取りには、王と同じ感想を抱いていた。アメリアは流石に自国の王であるので、ロサリオとティファニア王のやり取りには気が気ではいられない。


 「ふてぶてしいが、中々に面白い男ではないか。まぁおいおいはヘルツォーク公にでも聞くとして…… では君が、この状況で何が出来るかを見せて頂くとするか。ティファニアとヘルツォークのナーダという絶対的な距離を如何に覆すのかをな。」


 アメリアとフリーンは一礼して退出をするが、ロサリオは重い腰であるならば、黙ってそこで見ていろと言わんばかりに、一同を睥睨してから踵を返して退出していった。
 その後ろ姿を皆が見つめるなか、ロサリオの不敬に対する罵倒がまさに飛び交おうとしていた所に、ティファニア王の笑い声が響き渡り、貴族諸侯は呆気に取られてしまった。


 「わははははははっ、エーリッヒの奴め、とんでもない男を見付けてきおったな! 恐らくあやつがアメリア嬢の相手という奴であろうなぁ。」


 「しかし王よ、あの態度は些か不遜ではございませんかな? あの孤児院出身の者であれば出自はともかく、教養等は完璧のはずですが…… 」


 側に控えていた宰相が、楽しそうに人目も憚らずに大笑いをしているティファニア王に忠言を申し出る。


 「まぁ、あながち間違った態度ではない可能性もあるがな…… 」


 「はっ? それは……? 」


 (既に仰ぐ人物がいるか…… あるいはあいつ自身が俺と同格か…… まぁそれは無いにしろ、面白い人物には変わりない。)


 呆ける宰相を放っておいて思考に拭ける。そこに近衛騎士団長と副団長が意見を添えてきた。


 「しかし、かの卿のあの覇気はただ者ではございませんね…… お恥ずかしい話、何をしても勝てるビジョンが見えませんでしたよ。」


 「実は親父と娘から昨日手紙が届きましたが、あの少年の実績は誇張でもなんでもない。むしろ淡々と述べられている報告よりも余程とんでもなかったらしいです。」


 ティファニア近衛騎士団が誇る、Sランクの団長とSにもう少しで届くAランクの副団長にこうまで言われては興味が尽きない。ましてや副団長のへルマンは、父親がヴァルターであり、娘がオリビアだ。ロサリオ卿と大いに関わっていると言える。


 「ほう、あのヴァルター達は何て言っておった? 」


 「中身は善良で好ましいと両方とも言ってるんですが…… これも両名から、曰く、彼は既に人の枠を超えている、と後は、二人の視点からのナーダでの戦闘記録ですね。不思議なことに貴族級魔族の討伐に関する件は、一切書かれておりませんでしたね…… 」


 へルマン近衛騎士団副団長からの話を聞いたティファニア王はアルラオネのほうを一瞥する。ばつが悪そうな表情を浮かべながらもしぶしぶアルラオネは頷くのであった。


 「危急の報が入ったために此にて閉会とする。宰相、以降の公務は中断だ。わかるな…… アルラオネと近衛騎士団長と副団長、宰相は閉会後、至急私の執務室へ来い…… 以上である。」


 列席者は各々が、慌ただしく思い思いに言葉を交わしながら退出していく。ヘルツォーク公爵領に接している貴族等は楽観できる状況ではないからであろう。最も最悪な場合は、自身が帝国と国境を接する事になる可能性も皆無ではないからだ。


 こうして、帝国とティファニア王国並びにヘルツォーク公爵領は、帝国の侵攻によって、容易に埋まるものではない溝が出来上ってしまった。
 聖イグレシアス歴998年7月4日、帝国とヘルツォーク公爵領の開戦の報が、大陸に駆け巡る。それは大陸も飛び越えて、ランサローテ島にも伝わるのであった。

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