魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

幕間4 ローゼンベルク晩餐会 ― マルティーナ② ―

 場が静まり返り停滞している。その表現は正確ではないが、周囲は祝宴の喧騒に相応しく、賑やかな雅楽や話声が蔓延している。
 しかし、ロサリオとマルティーナが対峙している空間は、そこだけが切り取られてしまったかのような結界の様に周囲の喧騒を遮り、ある種独特な緊張感が生まれていた。


 マルティーナはロサリオから投げ掛けられた言葉の意味をすぐには理解できないでいた。それほど突拍子もなかったことではあるが、これと同じようなことをつい最近聞いたような気もすると、頭の片隅が騒いでいるが意識が纏まらない。


 (はっ…… ココココココココ、コンニャク!? )


 ロサリオから見るとマルティーナは常に感情豊かで、朗らかに笑い、怒り、泣く、情感豊かな女性だという印象が強いが、魔法師団内ではアルラオネの直弟子ということもあり、さらに若く4属性持ちの才能にも溢れているので周囲とは壁が出来おり、気軽に接するような同僚はいないという現実がある。
 魔法師団はどんなに若くても成人後の入隊であり、公爵直轄の近衛師団に所属する宮廷魔法師はエリートである。一番年が近い同僚も18歳と6歳も離れている。
 マルティーナの成人前というのに大人びた美しさと魔法師としての優秀さも相まって、近寄りがたい雰囲気を公務中は醸し出している。クールビューティーを地でいっており、混乱や慌てふためいている様子を同僚で見たものは恐らくいないだろう。
 そんなマルティーナが混乱の極みに達して目を白黒させている姿が、煌びやかなシャンデリアの下に映し出されている。


 (あっ…… やばい、目が座ってきている!? ナーダ伯爵邸で見た感じだ! )


 何とか混乱から少し脱したマルティーナがロサリオに詰め寄る。


 「どっ、どういうことよ!? 何その驚きの急展開は!! 」


 場を弁えてもいられずにロサリオの胸倉を掴みあげる。


 「ぐえっ!? マッ、マルティーナッ…… 皆の目が…… 声も大きいっ! 」


 マルティーナ自身もアルラオネ直弟子の神童とも言われる事があり、周囲から注目される存在だ。下級貴族の子息などは、マルティーナの美貌と家の宮廷内での地位向上等の思惑もあって結婚相手として狙う者も多く、上級貴族さえ側室に望む者も少なくない。
 色々と話題を拐うロサリオとマルティーナが、身体的接触を以て言い争いの様相を呈していれば、自然と周囲の憶測を呼んでしまう。


 「あの二人は仲があれほどいいのか? 」


 「今回の国境会談で一緒だったみたいだし…… 」


 「ということはロサリオ卿はアルラオネ殿とも繋がりが…… 」


 「孤児と出自定かではないものどうしお似合いではないか。」


 「そのセリフは公爵とアルラオネ殿への批判、敵対と取られかねんぞ! 」


 周囲のざわつきが二人にも聞こえてきたため、マルティーナは慌てて人気が少ないバルコニーへ、ロサリオを連れ出すのであった。


 「ちょっとこっちにきなさい!! 」


 「わかった! わかったから首元を掴んだまま引き摺らないでくれぇ!? 締まるぅ! 」


 人集りを掻き分けて移動する二人に周囲は呆気に取られる。この光景だけで噂と話題を持っていくのであった。もちろん悪い意味合いとして。
 公爵や公妃、アメリアにもしかと見られている事に二人は気付くことが出来ないでいた。


 「ねぇ、アメリア? あの二人ってあんなに仲が良いの? 二人の出自だけを取って見ても、お互い遠慮はすれどあそこまで距離が近くなるものかしら? 」


 母の疑問はある意味尤もであると思い、従来の概念を余り気にせずに振る舞えるマルティーナを羨ましく感じる。


 「マルティーナはいい意味で、相手の肩書きや立場を気にせずにその人と為りを見ますから。アルラオネ様の影響も多分にあるだろうし…… それでも場を弁えることもできるのがマルティーナですが…… 
 ロサリオ様は元々孤児出身の部隊を編成、直接指揮下に置いてましたから、そもそも孤児ということを気にしない方だと思います。」


 「加えるとそもそもランサローテは実力主義か…… 少し前は貴族ですらなく、浪人や野党紛いの者も今では貴族としていると聞く。彼事態は歴史ある家の出自でも、長らく戦乱で滅んでは新たに台頭する貴族、豪族を目の当たりにしてきたのだ…… 貴族意識は我々大陸の者よりも格段に低いのだろうな。なるほど、お互いに只の一個人として接することが出来るからこそ、惹かれ合うというわけか…… マルティーナは器量もいいしな。」


 ヘルツォーク公爵が二人の会話に加わり、彼の生い立ちから推測した所見を述べる。公妃メリアンヌも納得できるものであった。
 アメリアも納得はできるが、心中穏やかではない。ティファニアの月だなんだと己の外見を称賛されてはいるが、マルティーナとて出自云々ではなく見目麗しさであれば、アメリアに勝るとも劣らないのだ。ややもすれば、冒険者などの荒くれ者達や市井では、自分よりも人気があるのではないかとさえ考えてしまう。


 「貴族等の来賓は私達で抑えておきますから、貴女はそろそろロサリオ卿の元へ行ってきなさいな。」


 娘の胸中を思いやり、社交場の体面を取り繕うアメリアの背を押すように促す。
 母の言葉に感謝をしながら、端なさを出さぬように気を付けながら、急ぎ二人が消えていったバルコニーに向かうのであった。












 「んで? 何でそんな状況になったのよ!? 公爵や公妃に謁見したのってついさっきじゃないの! 」


 バルコニーの手すりにもたれ掛かりながらマルティーナは強い口調で問い詰める。
 ロサリオはバルコニーから夕闇の赤と黒が混じり合う幻想的な黄昏を眺めながら、苦笑しつつも謁見後の執務室でのやり取りを語るのであった。


 「なるほど…… あの公妃が加わってのアメリア様とでは、あんたじゃ太刀打ち出来ないわ…… 公爵だってあの二人同時ではやり込められることもあるみたいだし…… 」


 マルティーナは頭痛を和らげるようにこめかみを揉みほぐしながら嘆息する。ロサリオ自身には非はないが、どうして戦闘以外だとこうも抜けているのかと、頭が痛くなるのを止める事が出来ないでいた。


 「僕なんかじゃ無理だよ!? 叙爵や報償金でも一杯なのに…… というより僕なんか冒険者ぐらいで気ままにやりたいのに…… 」


 「まぁ、あんたはもっと自由に色々とこれからのことを考えたいわよね…… でも、この大陸もこれからどうなるかわかんないんでしょ!? 」


 「それもあるから、ナーダは心配だし、マルティーナにこれを渡して置くよ。」


 ロサリオは懐から、マルティーナに渡そうと考えていた、魔術が施された防護の指輪を取り出す。


 「綺麗な指輪ね! アメジスト? 」


 「身体能力向上に魔力耐性、状態異常耐性が各2割上がる魔法の指輪だよ。Bランクまでなら中々重宝するからはめておいて損はないよ。」


 「そんな指輪!? 高級品じゃない! それに…… デザインもこんなに精緻な…… 只の防護用の魔法の指輪じゃないんじゃ…… 」


 (目敏いなぁ…… )


 女性ではないため指輪に関する事はロサリオにはわからない。機能的な部分での判断である。


 「専任魔法師は前線が抜かれたら厳しいからね…… アリアに送ろうと思ってたやつなんだ…… そんなんで申し訳ない…… 」


 そう言いながら、左手を取ってマルティーナの左手の薬指にはめる。特に他意はなく、利き手ではなくたまたまサイズが合いそうなのが、左手の薬指であったのだが、マルティーナにとっては動揺を誘う行為なのは言うまでもない。


 「そっ、そそそれって!? 婚約指輪!!…… きゅぅ…… 」


 ボンッと音がでそうなほど顔を真っ赤にして、バルコニーの手摺りから仰向けに倒れそうになるのをロサリオが慌てて抱き止める。


 「うわっ!? 危ない! し、しっかりしろ! 落ちるとこだったぞ!! ……マルティーナ? って柔らかっ!? 」


 「うきゅぅ…… ロサリオが、私に…… 婚約指輪…… 」


 目を回しながらほとんど意識が飛んでいるマルティーナを見て、ダメだこりゃと思っているところに声がかけられた。
 バルコニーでマルティーナとロサリオは抱きあっている。一番今は聞こえてはいけない人物からの声がロサリオの耳奥でこだまするように鳴り響く。


 「一体何をしているのですか…… ロサリオ様は? あらあら、ずいぶんと仲が宜しいこと…… うふふ。」


 「ひぃっ!? ち、違うんだ! 」


 夜の帷も降りてきて冷え込んできてはいるが、ロサリオが感じている寒気はそのようなものではない。
 人為的なものであることが一目瞭然なほど、アメリアの微笑からロサリオに向けて冷気が吹き荒んでいる。


 「うふっ、何が違うのでしょう? わたくしを差し置いて、隠れてマルティーナと抱擁…… 違っていますか? 」


 小首を傾げながら、じわりじわりとにじり寄って来るアメリアには恐怖しか浮かばない。


 (こわっ! 美人の微笑ってこんなにも怖いのか!? )


 「ち、違くはない…… けど、マルティーナが気を失ってバルコニーから落ちそうになったから…… 」


 ロサリオの言葉を受けてマルティーナを覗き込むと、確かに正気ではない様子が見て取れた。何やらぶつぶつ言っているのも聞こえる。


 「確かに、正気ではありませんわね…… んっ、……あぁ、なるほど…… 」


 ロサリオはアメリアの一挙手一投足から悪い意味で目を離せずにいる。
 アメリアは微笑んではいるが、目が笑っていない。底冷えするような目付きに身体が固まっていくのをロサリオは感じる。もはや、マルティーナの体温と感触でようやく意識が保たれているような状況だ。


 「指輪を渡したのですね…… 婚約指輪とかなんとか言ってますけど…… うふふ、ふふふふふ…… どういうことなんでしょうかっ!? 」


 瞳孔が開ききり、元々の白い肌をさらに青白くして詰め寄るアメリアは、さながら幽鬼のような様相を呈している。
 しかし、そこは戦巧者のロサリオである。偶然ではあろうが起死回生の一手を打つのであった。


 「あれはナーダに向かうマルティーナを心配しての防護の指輪なんだっ! 婚約の件もあるからアメリアには王都の店で一緒に装飾品を買おうと考えていたんだよ! 」


 「えっ!? 一緒にですか? 」


 アメリアの目に一瞬光が戻ったのを見逃さず、ここが勝負どころだと一気に畳み掛ける。


 「そうなんだよ! 今回の件はいつ公になるかわからないだろう。公爵も帝国には内々に相手がいると断るみたいだけど、僕の名前を出さない様子だし…… だから、二人でペアの物を探して身に付けよう! 」


 「は、はいっ!? ……ペア、ロサリオとデートしながら…… うふふ。」


 アメリアから発せられていた冷気も引いていき、機嫌も治ってきている。もうアメリアにマルティーナを任せて立ち去りたい衝動に駆られてしまうが、そういうわけにもいかないと心を持ち返す。


 「ほら、マルティーナ! いい加減正気に戻って!! 」


 マルティーナの頬を軽く叩いて意識を呼び起こす。


 「……んぅ、はっ!? あれ? ロサリオに…… 姫様っ!? 」


 「マルティーナ、嬉しいのはわかりましたから、あちらで少し休みましょう。」


 「あれ……? あのぅ、怒ってないんですか? 」


 ロサリオに起こされてからキョロキョロと辺りを窺い、アメリアに気付き驚いたが、察し良く指輪の件をアメリアに気付かれたと感じて、アメリアを覗き見るように恐る恐る確認するのであった。


 「まぁとりあえずは…… その件も含めて色々とお話しましょうか。ではロサリオ様、マルティーナと少し外して参りますね。」


 「あ、あぁ…… 二人ともほどほどにね。」


 二人でホールに戻るのを唯唯見つめるロサリオであった。
 先程のアメリアへの言葉で、二人の関係が決定的になったことも気付かずに、ただこの場を逃れられたことのみを安堵するのであった。

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