魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第65話 拭えない戦渦の匂い

 国と呼べる程の領地を、体制も整えて運営している大貴族であるヘルツォーク公爵に、自分の意見がどれ程有用かはロサリオ自身には不明であるが、兄であるフェメスの大陸に関する考察と、自身の経験からくる帝国の動向の不自然さを一通りは述べ終えるのであった。
 せめて忠告ぐらいはして置かないと、アメリアにも関わる事であるので、ロサリオとしては寝覚めが悪く、王都への道中も気になってしまう。


 「兄さんは、大陸は魔族領以外でもきな臭いと何時であったか言ってました。ランサローテが疲弊した場合の大陸の動向、恐らくはランサローテの豊富な鉱物資源に対する介入を恐れていたからこそ、疲弊させないための策を実行しました。今までの様に戦乱がだらだらと続くのであれば、大陸の介入余地はなかったんですが、バルトロメ公爵家のせいで島全体の大戦になってしまいましたから…… 
 兄さんはもしかしたら統一後の鉱物資源の取引は、状況を考慮するとティファニア王国を考えているのかもしれません。帝国が動く時期も既に読み切っているかもしれませんしね。所詮僕ではそこまでは…… 」


 ロサリオの意見というよりも、貿易状況を踏まえた大陸の動向推測に皆が言葉を失う。アメリアは馬車の中で大陸の各国の現状を少し教えただけで、ここまで考察できるのかと、普段は抜けているロサリオを改めて見直して感動を覚えてしまう。
 しかし同時に思うのは、彼の頭からは戦争の思考が根付いており、離れることは出来ないのかと、ここでは戦争を忘れて静養して欲しいと願っているのに、彼から戦場の匂いが付いて回るのを消すことが出来ないのが、悲しみとやるせなさをどうしても誘ってしまう。
 それぞれが考察に耽る、あるいは絶句し思考が停止する中沈黙を破り、メリアンヌ公妃がヘルツォーク公爵に言葉を掛ける。


 「ねえ、あなた…… アメリアの彼との婚約、大正解でしょう。」


 「もはや言葉が出てこん…… 凡そこれは12歳の考察ではないぞ…… 正直恐れ入る。帝国に出している斥候からはまだ戦争を匂わす報告はないが…… 」


 「巧妙に隠されているか、抱きこまれているかですわね。」


 暗黙の了解ではあるが、国境をお互いに接しているのだ、何処の国でも数の大小はあれど、斥候が暗躍しているのは言うまでもない。


 「いや、そもそもこの状況が既に戦争を匂わせていますよ。ランサローテでは常日頃から感じる匂いです。ただまあ、僕は兄さんの分析の仕方や思考を参考にしていますが、何分まだ模倣の精度が低いので恥ずかしいですがね…… 」


 「そうは言うが、ロサリオ卿は自分の読みを確信しているのであろう? 」


 精度が低いなどと一笑に付すことができない内容だ。ティファニア王国は長らく平和を享受している。そのせいもあり思考が重たくなっているのは、自分も否定はできないとヘルツォーク公爵は自分を戒める。


 「事ここに至ってはまぁ、確信しております。大国同士なので腰は重いでしょうが、ヘルツォークさえ落とせば、ティファニア王国はそこで停戦交渉するとさえ考えているのではないですかね。ある意味ティファニア王国は、ヘルツォーク公爵領の過去の歴史も踏まえた屈強さに依存しているように見えますから。案外アメリアとの婚約も、アメリアを人質として戦争を有利に進めようとする帝国側の策略かもしれません。」


 アメリアをグランクルス帝国に嫁がせるつもりはないが、今ロサリオが言った状況を考慮に入れると、単純に断ればいいだけではなくなる。


 「メリアンヌ、帝国への回答はいつまで延ばせる? 」


 その問いにメリアンヌは考え込む。


 「圧力が強いのが、ヘルツォーク公爵領と国境で接している第5王子のアルセリー王子が管理する辺境伯領です…… 多く見積もっても1ヶ月が限度ではないかと…… 」


 ロサリオはもしかしたらと、帝国側の足並みで気にかかった事があったので確認をしてみる。


 「第1王子と第5王子、それに第7王子の仲というか関係性はどうなんですか? もしかしたら同じ派閥なのかも…… それぞれの軍というか管理する領はどの辺りですか? 」


 「むぅ…、 仲が良いとは聞かんが、確かに悪いという噂も聞かんな…… 徹底的に争っているのは、第1王子と第2王子、それと第1王女と第3王子の両名の3勢力だ。
 第1王子は帝都からは動けんだろうが、第5王子は我が領と接しており、第7王子はその左隣だ。加えて国境会談に出席した第3王女は右隣であり国境からも近い。」


 「グランクルス帝王は57と聞きました。そろそろ後継者指名を考えている頃合いでしょう。各王子達や王女達もどこかの派閥に属しているでしょう…… ヘルツォークを落とす、若しくは大打撃を与えて戦後賠償を有利に勝ち取れば、後継者として決定的なものとなるでしょう。国境会談に第3王女が来て、なおかつアメリアに出席を打診したのは、検分するためだったのかもしれません…… 」


 「検分か…… 」


 「はい、アメリア本人とそれを護衛するローゼンベルク近衛騎士団ですね。」


 ヘルツォーク公爵の問いにロサリオは力強く答える。ランサローテでは、貴族通しの会談は戦争の前段階である。率いてきた護衛からおおよその兵士の質を分析するのだ。
 国境会談は毎年行っているとロサリオは聞いている。今まではナーダ伯爵が出席していたので、ナーダ伯爵軍の分析は終わっているだろう。帝国は後から出てくる近衛騎士団を目視したかったために、第3王女を出席させてアメリアを釣りだしたのではないかとロサリオは考えた。
 そうすると帝国側の行動は、正に先程メリアンヌが行ったように、1ヶ月程で動いてくるのではと勘繰ってしまう。


 「なるほど…… 我々は魔族の侵攻経路に関わる場所に砦の建設に兵を動員したが、国境にも近い…… 念のためにナーダ伯爵にも水面下で兵の招集、こちらからも軍を派遣するか…… 」


 「帝国側国境から抗議はくるでしょうが、警戒と威圧を与えるために万の規模で展開しておいた方がいいですよ。建前は魔物大狂乱パンデモニウム掃討後の調査と警戒のためといったところですね。これで向こうが思い止まるかなんかをすれば御の字でしょう。縁談の回答前に軍は十分に揃えていた方が、相手に圧力をかけることもできます。ただし、ヘルツォークに戦争の意志ありと、いちゃもんを付けて強引に事を進める可能性も否定できませんが…… 」


 平時であれば、例え優れた考察とはいえ12歳の少年の意見を採用しようとは思わないが、彼はバルトロメ公爵家の人間として、ランサローテ統一戦を戦い抜いた比類なき猛者であり経験も深い、加えて魔族の襲来や魔物大狂乱パンデモニウムといった通常では考えられない事態が起きている。警戒が過ぎるということは無いかと、ここはロサリオの考察と提案に乗ろうと決めるのであった。


 「流石だよ、ロサリオ卿。君の言うように警戒するに越したことは無い。軍を編成してナーダ伯爵領に向かわせよう。行程が5日間かかるとして、編成後出発できるのは、10,000の軍で最短2日か3日といったところか…… ナーダ伯爵からは5,000を集めさせよう。道中にも貴族領があるのでそれらからも軍を編成させて、20,000といったところか…… 」


 「念のため帝国が攻めてきて、且つ数が上回っていた場合に備えてローゼンベルクから後詰も出せるように、準備と待機だけはしておいた方がいいですね。」


 ロサリオは最悪の想定として、帝国が20,000より多く攻めてきた場合のための後詰の必要性を説いておく。


 「そうだな…… 本当は君にもいて欲しいものだが、生憎と王都より陞爵のため招集が掛かっており、向かってもらわなければならん…… 王都まで約3週間かかるか…… こちら側は杞憂で終わればよいが…… 」


 もし、ヘルツォーク公爵領に何かあれば彼の力も借りたいと考えてしまうのは当然であろう。しかし王都からの招集を現状何も起こっていない状況で、いたずらに先送りにするわけには貴族の体面として非常に良くないことである。
 アメリアはロサリオをせめてもう暫くは戦場から遠ざけて静養して欲しいと考えているので、父と母の外交における苦悩には申し訳ないと思ってしまうが、このまま王都に行くのは賛成である。


 「ランビエール領のことで3者でじっくり話し合おうと考えていたが、そのような雰囲気ではなくなってしまったな。すまぬがヴェルナー卿からロサリオ殿へ説明をしておいてくれ…… 」


 ヘルツォーク公爵は、慢性的な頭痛を抱えたような顰めた表情をしながら、ヴェルナー卿に詫びを含めて申し付けるのであった。


 「ここから我が領都メルダースへは馬車で1日、そして次の日はロサリオ殿は王都へ向かわるので、馬車の中と屋敷でじっくり話をさせて頂きましょう。老いぼれの話はつまらぬかもしれぬが、付き合ってくれるかのぉ。」


 「つまらぬなど、とんでもないことですよ。是非ランビエール領と子爵の事を勉強させてください! 」


 年季の入った経験深い老貴族に畏まられては、こちらの方が恐縮してしまうとばかりにロサリオのほうからヴェルナーに頼み込むのであった。


 「それとロサリオ卿、貴公の奴隷の狐人族の女性で確かサーラブと言ったか。彼女はこちらで受け入れた獣人族とのパイプ役のためにヴァルターの管理の元ナーダに連れて行かせてくれ。それに王城に詰める宮廷貴族たちは獣人族に対して偏見を持っている奴も多い…… すまんが貴公のためにも無用な諍いを生ませたくないのでな。」


 「そういうことであれば、僕の方からお願いしたいくらいです。気を使っていただいてありがとうございます。」


 サーラブの事を考えてのヘルツォーク公爵の提案である。ロサリオ自身も王城で要らぬトラブルを引き起こしたいとも思わないので2つ返事で了承する。特にローゼンベルク近衛騎士団団長のヴァルターであれば人格的にも、そして有事の際の武力にも問題はないので安心である。


 「アメリア! 王城や宮廷内ではロサリオ卿をしっかりとフォローしてやれ! お前の婚約者なのであろう? 」


 「あなた!! 」


 「お、お父様!? は、はいっ! しっかりとロサリオ様の手助けのほう務めさせていただきます!! 」


 「ふんっ、慌てずとも俺の考えにもあったことだ…… それとメリアンヌ、ヘルツォークのためにもお前の伝手を万が一の時のためにロサリオ卿で使えるようにしといてやれ! 盗み聞きしていたのであればわかるだろう? 」


 そう言ってヘルツォーク公爵は軍備と編成のために退出していくのであった。


 (えっ…… 婚約の話ってまだ生きているの? てっきり有耶無耶になったと思ったのに…… )


 ヘルツォーク公爵が、アメリアとの婚約に肯定的な意見を出して来たことに驚いてしまった。てっきり帝国への解答後に改めて公爵側で考察するものだと思っていたからである。
 ロサリオは大陸の動向など、今までは気にも留めていなかったが、兄であるフェメスは折に触れて大陸の状況把握にも努めていた。
 一体兄はどこまでを見据えているのだろうと考えてしまった。思い返せば、ランサローテを統一し、混乱を平定した後の兄の目的は知らないことに気付く。
 大陸の状況は戦争をしていないだけで、きな臭いと言っていた兄である。火種や各国の思惑をある程度読んでいるはずなのはロサリオには明白だ。兄の意見もあったからこその今回のロサリオの考察である。
 はたして兄は、これからどのような思惑を持って動くのであろうかと思いを馳せるのであった。そして、自らの身の置き所に不安を感じるのであった。


 (兄さんから切り離された今の僕は、一体何処に向かっているのだろうか…… )


 戦争の香りが自信の身から付いて離れない。目を閉じると、幾度も味わった鉄錆の臭いと戦場の怒号が、漂って纏わり付き耳の奥底で響き渡る感覚が拭いきれないでいた。

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