魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第62話 婚約という名の袋小路

 公妃メリアンヌは、アメリアに申し込まれている各貴族家や帝国からの縁談をすべて断ろうとしている。偏にそれは、ロサリオをアメリアの婚約者にしたいという希望があると言っている。
 ロサリオ自身、何故自分であるのかが見当もつかないので、兎にも角にもこの疑問の解決を図るために、自身の混乱は収まっておらずに公妃メリアンヌに直接聞いて見るのであったが、どうしても要領を得ずにしどろもどろになってしまう。 


 「いや…… 僕は何処の馬の骨かもわからない…… あぁいや、現公爵の従兄弟の隠し子で、アメリア様とはどうみても身分的には…… 」


 アメリアやアンナは知っているからいいが、公妃の手前もあり、自分の来歴の設定を思い出しながらたどたどしく説明をするが、驚愕の展開で自分で何を言っているか分からなくなる。
 そんな様相を呈しているロサリオに対し、メリアンヌが朗々と澄んだ美しい声で語りだした。


 「エルザリオ・ヘルツォーク子爵の落し胤おとしだねとしてアードリゲ孤児院のAクラスに預けられる。
 つい先日ランビエール子爵として叙爵。公式には初陣で貴族級の魔族を単独撃破。翌日には、魔物1,500体の魔物大狂乱パンデモニウムに対して起死回生の策を成功させて、自身はCランク300とDランク50の魔物を一人で殲滅。その功績を以て王家より、独立貴族としての伯爵位の陞爵が決定されている。
 中々に英雄譚としても素晴らしい出来であると思いますわよ。馬の骨などとはとてもではありませんが言えませんよ。」


 メリアンヌの言うAクラスとは、そもそもアードリゲ孤児院はA,B,Cクラスに分かれており、通常はCクラスがほとんどでBクラスが稀である。
 Cクラスが通常の貴族の愛人や遊びでできた子供のクラスであり、Bクラスがさらに秘匿性が高くなるクラスである。継承権争いで暗殺の恐れや、政争の急所になるような大貴族の隠し子が入るようなクラスであり、人数自体も少数である。
 ではAクラスはというと、実は過去に在籍していたものは、前国王の落胤らくいんであるナーダ伯爵の父君だけであった。このように秘匿性は十分に高く、ここの出身ということにしておけばあらぬ噂は立つであろうが、探られても足がつくことがないのは、ナーダ伯爵の父君で実証されている。


 「改めて聞くと、僕は本当に出来の悪い物語のような活躍をしてますね…… まぁですがやはり身分の差は否めないでしょう。アードリゲ孤児院出身だからこそ、やはり僕は平民の成り上がりの印象を周囲に与えてしまいますからね…… 」


 隣のアメリアを見るとロサリオが否定する意見を述べるたびに、悲しげな表情で訴えてくるので居た堪れなくなってくる。
 アメリアとの婚約、正直男としては嬉しくもあるし、現実として嫌がる男はいないであろうと考える。しかし、幸か不幸かあのランサローテ島から生きて解放されたことで、幸福を享受するのは非常に罪悪感を覚えてしまう。そして、ロサリオはあの島でも色々なしがらみや自身の感情に縛られていた。
 幸せになりたいとは思わないが、もう少し自由を感じたいとどうしても願ってしまう。


 「むしろ、貴方のような英雄にアメリアでいいものかとさえ考えてはいるのですよ。ロサリオ卿にはこれから大陸中、若しくは国外からも縁談が来るでしょう。もう少し慎ましやかで半歩下がって男子を立てることが出来るような女性の方がいいのかと…… 」


 メリアンヌはロサリオをさり気無く見てから消沈するように下を向く。


 「そんなっ!? お母さま…… 」


 アメリアはまさか否定されるとは思わず驚いてしまった。ロサリオもアメリアでは不足ではないかと消沈するメリアンヌに慌ててしまった。


 「何をおっしゃるんですか!? アメリア様に不満を持つ男なんて絶対いないですよ! 僕は同年代でこれほど美しい女性は見たことがないですし、清楚で慎み深さも兼ね備えているじゃないですか! 平時でなければ国が割れるほどの才色兼備な女性ですよ!! 」


 「ロサリオ様!? そこまでわたくしの事を…… 」


 ロサリオの大絶賛に目を潤まし、顔を真っ赤にして見つめつつ寄り添う。完全に母がいることなど頭から抜け落ちている仕草である。


 「では、ロサリオ卿もアメリアには不満は無いのですか? 」


 「あるわけないじゃないですか!! 僕なんかで申し訳ないくらいです。」


 アンナは、ロサリオとアメリアの座るソファーの後ろに控えており、ロサリオに耳打ちした以外は静かに場の推移を眺めていた。
 否、無表情ではあるが目の奥は笑みを浮かべながらロサリオを見ている。


 (なるほど、冒険者ギルドでのヘルツォーク公爵たちとの会議と同じですね…… ロサリオ様は案外乗せられ易く騙されやすいのかもしれない。もう既に全力でこの縁談を了承しているとも知らずに…… )


 「ありがとうございますロサリオ卿! では双方合意ということでこの婚約を正式なものとさせて頂きますわ。」


 「はい! ……んっ、あれっ…… なんで!? 」


 公妃メリアンヌの美しくも朗らかな宣言に見惚れており、先の会話の流れもあるので条件反射的に肯定してしまったが、自分ではよくわからないうちに婚約を了承してしまっていることに、主に自分に対してではあるが疑問しか浮かばない。
 アメリアは感極まりロサリオの右腕軸に右半身に抱きついて嬉しさを露わにしている。メリアンヌは混乱の極みにいるロサリオに追い打ちをかける。


 「ロサリオ卿は先程の言葉を覆して、アメリアに不満なのですか? 」


 「いえ、全く不満はありませんが…… 」


 「アメリアを嫌がる男はいないと言ってくださいましたが、ロサリオ卿は嫌だと? 」


 「いえ、嫌ではないですよ! こんな美人で性格も基本いいんですから…… ちょっと怖いですけど。」


 最後の言葉は尻すぼみになり周囲に聞かれることはなかった。アメリアはお花畑状態であるのでこのやり取りは耳に入っていない。


 「なるほど、ロサリオ卿側にもアメリアに問題は無いと。それとも他に女性が? 」


 「特に問題は無いですね…… 女性なんて、今の僕にはいません…… 」


 「では、やはり双方共にこの話に問題はないということですね。」


 「んっ…… あれっ!? 確かに問題はなさそうです。……あれっ? 」


 どう会話をしても問題なく婚約に行きついてしまうところに、もはやロサリオも思考が停止してきている。
 メリアンヌは満足した表情で半ば放心しているロサリオとアメリア見据える。ティファニアの月とまで称賛されている娘が、ヘルツォークの名に恥じぬ戦女神の如き働きをナーダで見せた娘が、こうまで男に溺れ、そして相手を溺れさせるような色を湛えた仕草に雰囲気を発するのかと、内心あきれながら両者に告げるのであった。


 「ではロサリオ卿、娘を宜しくお願い致します。アメリアもロサリオ様にこの大陸の事をよく教えて差し上げなさい! このように英雄と呼ばれる殿方は総じて脇が甘いところが散見されるものです。よくフォローして差し上げなさい! 」


 「あ、はいっ! お母さま。この度は本当にありがとうございます。……えっ、大陸の事……? 」


 ロサリオは、何でこうなったんだと繰り返し頭の中で煩悶としていたが、大陸という言葉に意識が戻される。
 アメリアも大陸の事を教えるという部分に違和感を覚える。大陸の対となるのは一般的にあの島であり、皆が所属するティファニアやヘルツォークといった限定的なものではなく、メリアンヌは大陸と行ったのだ。これはおかしいと感じてしまう。
 ティファニア等の慣習を教えろというのであれば、ロサリオのアードリゲ孤児院出身という事と、子爵へ叙爵されたばかりということを考えれば全く不思議ではない。
 アメリアは己の母を目を見開いて冷や汗を掻きながら見つめる。ロサリオは口元を引く付かせながら乾いた笑いが漏れ出している。


 「言ったでしょうアメリア。殿方は総じて脇が甘くなるのだと…… あの人もやり手ではあるけれど、私に対しては驚くほど抜けたところがあるのよねぇ。あの人は普段イヤリングなんて身に着けたりしないものなのにねぇ。」


 自身のイヤリングを弄りながら、面白そうに夫であるヘルツォーク公爵が、公妃である自分に対してついしてしまう、油断のような抜けたところを愛おしいと感じながらも小馬鹿にしたように言うのであった。


 「いえいえ奥様、あの方を抜けていると言えることが出来るのは、大陸でもあなたしかおりません。ティファニア王やグランクルス帝王ですら言えないし思いもしないでしょう。」


 ヘルツォーク公爵を出し抜ける人間などいないとフォローするアンナであった。もしいるとすれば、この公妃か最近よく耳にする謀略の黒賢者ぐらいであろうと思うのであった。


 「酷いわアンナ、それではわたくしが悪女のようじゃないの。」


 「いいえ奥様、良妻賢母とはかくあるべしと愚考いたします。」


 さすがにアンナも「はい悪女です」とは肯定しない。確かに良妻とは抜けた夫のフォローを気付かぬところでするものなのであろうとアメリアも同意する。ロサリオは、やはり二人は親子なのだなと妙に感じ入るのであった。


 「まさかお母様もロサリオ様の事をご存知であったとは…… 」


 「あの時の会話を聞かれていたということですか…… ははは、はぁ…… お恥ずかしい限りです。」


 (実はあの糞幼女はいらんことしかしてないんじゃないか…… 悪意もないしたまに本当に助かることをするから質が悪い! 文句も言えん! )


 「わたくしはお聞きしましたよ、ロサリオ卿のような英雄にはアメリアでも不足ではないか? とね。世が世なら皇帝陛下になっていらっしゃったお方ですもの! ヘルツォークでも緊張を隠せない御身分ですわ。」


 そしてロサリオに近づき優しく頭を撫でて抱きしめる。アメリアは母の行動に思い至るものがあったのか、邪魔にならないようにロサリオから身を離して、優し気な表情を浮かべるのであった。


 「メリアンヌ公妃!? 」


 「貴方様の凄惨な過去とランサローテでの苦労には、私も夫も涙を流さずには聞いていられませんでした。アルラオネ殿も恐らくそうだったのでしょう。ゆっくりとこのヘルツォーク、ティファニア王国で静養なさってくださいまし。まだ12歳という年齢なのです、幸せという未来を思い描いても誰にも文句は言わせません。」


 (参ったな…… 平和であるからこそ、ここまで他人に寄り添える程の度量と包容力が生まれるのかな…… ランサローテでは考えられなかったよ。人がこんなにも温もり深いものであったなんて…… )


 メリアンヌに全身を包み込むように抱きしめられながら、空いた右手はアメリアが優しく両手で包み込んでくれている。失ってしまった幼い頃の母の温もりを郷愁と共に感じながら、この大陸、ヘルツォーク公爵領に来て良かったと初めて心から思えるのであった。

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