魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第59話 貴公子と美姫、そして妹への懺悔

 「まさか、聖女の不朽体の目の前で女性関係を問われることになるとは思わなかったぞ。しかもこの聖女は我が血族だ…… 古き母とも言える。なかなかに面はゆい質問であるな。」


 不覚にも、数秒思考が停止してしまっていたことに苦笑を交えながら、この場に似つかわしくない質問であるが、深く考察する必要のないそのままの問いなのだろうと、アリアを見つめる。


 「茶化さないでください! 姉様は、あなたに婚約者が居てもずっと慕っておりました。4年前の惨劇での事もあなたを想って泣いておりました。
 それからもベントゥーラやパルマス、テネリフェからの縁談も断り続けてきました! 
 貴族、しかも皇族家としてはどうかと考えますが、女としての気持ちはわたくしにも分かります…… 奥ゆかしい姉様ですので、婚約者の居なくなったフェメス公爵に対して、父である皇帝が縁談の打診をしようとしておりましたが、婚約者を失ったあなたを慮って4年間ずっと遠慮をしていたみたいです。」


 ランサローテでも1,2を争う美姫であるが、奥ゆかしく嫋やかであり、決して自らを前面に出そうとしない性格をしているせいで、顔を合わし言葉を交えたことも多々あるが、フェメスには目立った印象は無い。
 唯一の印象は、あの惨劇以降、いつも悲しげな表情で寄り添うように、半歩下がって自分に接して来ていたぐらいである。思い起こせばあの惨劇以前は、控えめであれど笑顔を見たことはあると記憶を呼び起こす。
 既に自らの色恋や伴侶には興味を失っていたフェメスであるが、相手としては申し分ないと判断した。なんと言っても皇族の血を持つ女性である。
 皇家だからこそ聖印が無くとも皇位継承権を持っているが、アリアに聖印が出ているように素養はある。自らの目的さえ達することが出来れば、その後の家や血などはどうでもいいと考えていたために、この4年間は、新たな婚約者をどうするかを考慮してこなかったため丁度いい機会だと考えることにした。


 ここで、既に聖印があるアリアと結婚するという考えを微塵も持たないことに、ロサリオとアリアの関係がフェメスの中で特別なものとして固定化されている、若しくはロサリオに関係した事柄を、大事にしたいという兄心が働いているのかもしれない。


 「そうか…… 今までは戦や政治ばかりで気に留めることは出来なかったが、思い起こせば彼女は会うたびに気にかけてくれていたな。マルガリータももう18になるか…… 慌ただしさにかまけて、自分の事すらも余り考えてはこなかったが、彼女が俺でいいのであれば、結婚を申し込むこととしよう…… 」


 「ほっ、本当ですか!? フェメス公爵!! 」


 まさかこの場で、いきなり姉にとって最善の答えが返ってくることになるとは思わなかったので、本日何度目になるかはわからないが、またも驚いてしまった。


 「プリシラが死んだことにより、一番付き合いが長い女性がマルガリータであるしな。何より、ロサリオと深い付き合いのあったお前の提言だ、無碍にはできんさ。
 ロサリオもお前の事は最後まで気にかけていた。ロサリオも俺も後悔はないが、お前に対しては申し訳ないと思っているのだよ…… 」


 続けての思いがけない言葉に、ここまでくると逆に不信感が出てきてしまう。


 「ロサリオ様…… しかし、フェメス公爵まで私を気にかけてくれていたというのですか…… 俄には信じがたいのが正直な気持ちです。」


 ロサリオが気にかけてくれていたというフェメスの言葉に感傷を呼び起こされるが、フェメスまでというのには訝しさを覚えてしまう。


 「俺を不信に思うのはわかるがな…… お前には重ねて済まないと思うが、この結果を望んだのもロサリオの意志であったのだ…… 俺にはそれを酌んでやることしか出来なかった…… 」


 「あのような破滅をロサリオ様のほうが!? 何故ですかっ! あのような悪逆非道な策は貴方の領分ではないですか!! 」


 ロサリオの派閥含めて、総勢約120,000人が戦死するという歴史上最大最悪の戦争が、ロサリオの意志が主導であったなどと言われては、アリアとして黙っていられない。それまでのフェメスに対する表情と雰囲気が一転して、憎悪が籠った目付きでフェメスを睨みながら叫ぶのであった。


 フェメスは何もこのような急な結果を望んでいたわけではいなかった。10年、20年と時間が掛かっても構わないと考えていた。
 しかし、ロサリオがそれを望まなかった。バルトロメ家の内紛によってベントゥーラとフェルテ、母と妹を殺した実行部隊の貴族家、それらを皆殺しにする機会が遠退くことに我慢がならなかった。
 状況によっては、その機会が永遠に失われたかも知れないと考えた。だからこそ、自分の身が破滅しようとも奴らを直接殺す機会が欲しいと、4年間溜続けた憎悪が身体を引き裂かんとばかりにフェメスへ願いでてきた。


 「もちろん策は俺が考えたが…… 8歳という身で、母と妹の惨すぎる死を目撃したのだ…… しかもこの兄のことを慮り、自らの手で首をはね、あまつさえ清めた首だけを俺に対面させたのだ! 俺自身は駆けつけた隊の者からしか状況は聞いていない。
 女の身として惨たらしく惨殺された遺体を、僅か8歳の子供が兄に気を使い、首を持ち帰り清めまでおこなったのだ!! 
 其処までの地獄を見てきた弟の慟哭を、何故に無視できようか!! 」


 「そ、そんな…… 発見者がロサリオ様だなんて一言も…… 」


 自分の至らなさゆえと自らへの憤怒に拳を握りしめてアリアに4年前の惨劇の秘密を吼えてしまった。


 アリアは聞いていなかったこととはいえ、それ以降なんて無神経にロサリオに接していたのだろうかと後悔が溢れて止められないでいた。


 「私が…… しっかりとロサリオ様に寄り添えていれば…… あんな結末には…… うぅ…… 」


 泣き崩れ落ちるアリアにフェメスは、この娘を殊更に悲しませるつもりはなかったのだが、当時のロサリオへの罪悪感と、兄としての不甲斐なさから伝えなくていいことまで、湧き出ることを止める事のできない泉のように吐露してしまった事を後悔するのであった。


 「お前が気に病むことはない…… 俺も止められなかった。両軍最終決戦前に派閥が割れて、軍を退くことになった段階で、もうロサリオは1人ででも突貫するほどの狂気を纏い出したからな…… 誰にも止められなかったさ…… 
 それでも事あるごとに、お前の笑顔には救われていると言っていた。お前がいなければ、ロサリオは本懐を遂げられずにもっと早く破滅していただろう。」


 アリアがいたからこそ、ロサリオは4年ももったのだと伝える。
 事実、この娘がいなければ、荒れに荒れた2年間をさらに続けることになり、早晩どこぞで討ち死にしていただろうと、フェメスは考えていたからこそ、アリアには感謝をしていたのが真実である。


 「ロサリオの事ではお前に感謝している。先ほどはああ言ったが、静養も含めて大陸を満喫してくるといい。まだ先の話ではあるがな…… この島は、誰にとっても分け隔てることなく悲劇が多すぎる…… 」


 「だからこそ、姉様には幸せになって欲しいのです! 私とは違い、貴方という幸せの形が姉様にはあるのだから…… 」


 幸せの形など、とうの昔に壊れているとフェメスは思ったが、それを口に出すことはしなかった。
 自分のような壊れた人物が幸せの形の一つであるとは、マルガリータがどうと言うよりも、ランサローテの呪いのように感じるのであった。
 フェメスは地下10階霊廟を退出しながら、結婚に教会を迎えて暫くは水面下の争いが続くのだろうと考え、まだまだ慌ただしい時期が続くものだと、苦笑しながら今後へ思いを馳せるのであった。


 アリアは退出を促され振り向く時に、ふと何気なく伏せられていた額縁に目を止めた。周囲では只ならぬ神気や魔力を発している祭器などが多い中、それだけ何も特異な気配をしていないただの額縁である。
 通常であれば伏せられた額縁など何も気にしないのだが、場所が場所だけに、何の変哲もないということを以て異様に目立っていた。
 非常に気になり持ち上げて表を見てみると、中身は絵であった。記念用に精緻に描かれた二人の人物がこちらを微笑んで覗いてきている。
 一人はすぐに分かった。この霊廟の主人として鎮座している聖女エウラリアであり、微笑んだ表情がロサリオの面影を強く表している。
 椅子に腰かけた聖女エウラリアの隣に佇み、手を背凭れに添えて立っている男性を見て思わず息が止まってしまった。


 (フェ、フェメス公爵!? いや、髪の色が私や姉様に近いけど…… それ以外は…… )


 驚きで一歩先を行くフェメスとそこに描かれている男性像を見比べてしまう。


 (間違いなくこの御仁が、ランサローテ皇国第3皇子ヒラリウス様! 放浪の魔剣士ヒースが皇族というのも驚きましたが、大陸から孤立するように離れたこの島で、大陸のお伽噺の産物や人物がこうも集中しているとは…… )


 「何をしているアリア。一先ず政務があるので上へ向かうぞ! 」


 身体は前を向いたまま、肩越しにアリアに言葉をかけてきたフェメスに対して、アリアは咄嗟に身体でその絵を隠して返答する。


 「すいません、祭器に気を取られてしまいました。直ぐに行きます。」


 そのうち気づくであろうが、その絵を先程と同様に伏せて、祭器に掛かっていた布をかぶせておく。1,000年前の英雄たちの面影と才能を、この兄弟は色濃く受け継いでいたのかと、アリアは過去と現在の思わぬ交錯にやるせない思いが募っていく。
 聖女エウラリアの記録はこの地で終わっているのであろうが、ランサローテ皇国第3皇子ヒラリウスであり、そして放浪の魔剣士は、教会の公式記録では戦死である。しかし聖女も教会の公式記録では戦死として扱われているがここにいる。おそらくそう単純な話ではないのであろう。
 一体彼は本当はどうなったのであろうかと、聖女エウラリアは幸せであったのだろうかとつい考えてしまうことを止められない。
 フェメスの背中を見つめながら、自らが失ってしまった幸せを、せめて姉だけはと祈りのように願うのであった。

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