魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第58話 聖女エウラリア

 天然の水晶を魔術で加工した、高さ2m程の水晶体が奥の霊廟で鎮座していた。
 武に疎いとはいえ、フェメスもDランク程度の実力がある。水晶体から発せられる只ならぬ気配に、身震いを起こすのは何故なにゆえのものかは本人ですらわからない。アリアは目に見える程に足が震えているのが、フェメスからでも見てとれる。


 「この方が…… 聖女エウラリア…… 」


 畏怖、敬意、おぞましさ、色々な感情が綯交ぜになり、それを飲み干すように生唾を飲み込む。


 水晶体の中に、まるでただそこに眠るかのように、20歳ぐらいの気高くも儚げな美しさを湛えた女性が、直立で水に浮かぶように佇んでいる。


 「信仰心の崇敬や儀式媒体と教会にとっては、いくら血を流してでも手に入れたいのも納得か…… それが我らランサローテの民達であれば奴らにとって、痛くも痒くもないというわけだ。」


 聖女を見据えながら、形相を険しくさせていくフェメスは、恨み骨髄は教会にありと物語るのであった。
 まさかそんなとアリアは思いフェメスに問い質す。


 「その物言い…… 教会がこれを得るためにランサローテを戦乱に陥れたと言いたいのですかっ!? 」


 「これがここにあるのが明白に語ってはいるがな…… もはや500年も経ている。証拠等はアエギディウス聖国の奥深くに当時の指示書があるかどうかといったところだろう…… 
 しかし、この島の歴史を省みれば、不可解なほどたびたび教会が接触してきていた形式があったからな。私との交渉に飛び付いてきたのが、雄弁に語っている。」


 「なるほど…… 状況証拠と歴史的な物的証拠はあると…… 」


 一応の納得はいくが、一国を戦乱に導くような手段とは何であろうか。
 アリアには想像も付かない。謀略の黒賢者とまで呼ばれるこの人物であればあるいはと目で問い返す。


 「聖女の足跡は教会側も掴んでいるはずだからな。」


 そう述べるフェメスの雰囲気に、アリアは予感にも似たような只ならぬもの感じ取ってしまい、つい声を荒げてしまった。


 「このランサローテであれほどの血が流れたというのに、あなたはまだ戦うというのですかっ!? ロサリオ様は平和のためにこの島の罪と罰を一心に背負って殉じたというのにっ!! 」


 感情が高ぶったアリアにロサリオを引き合いに出されて、非難めいたことを投げつけられたが、フェメスに動じる素振りは一切見えない。
 ロサリオを引き合いに出された場合、それが何であれ感情を露にするフェメスには、非常に珍しく淡々としている。
 フェメス自信が、ロサリオの相手としてアリアを認めていたことにも起因していた。だからこそ、我々の根底を教えてやろうと意識的に語気を強めて教え述べるのであった。


 「お前は何か勘違いをしているようだな、アリアよ。そのような美談であるはずが無かろう! 
 ロサリオは平和に固執していたが、心奥にあるものは復讐だ。幽鬼と成り果ててさえも討ち果たしたいという黒い感情が、我々の原動力であるのだ!! 
 俺にとってこの島の統一や平和は、目的のための一過程に過ぎん。」  


 「500年間この島の誰もが成し得ず、夢にさえ見てきた平和が只の一過程ですって!? あなたは一体…… 何を考えて…… ?」


 そこまでのことをわざわざ教えてやるつもりはないとばかりに話題を変えてきた。


 「お前は、後数年でティファニア王国に助力のために呼ばれるだろう。勇者召喚を行うそうだからな。」


 アリアもフェメスから詳細まで聞かされることは無理だろうとわかっていたのか、変えられた話題もまた気にかかる内容なのであり、自分が関わることのようなので、そちらに気を取られるのであった。


 「あなたは、何をしようと言うのです? 何故に勇者召喚など? それに大陸は平和のはずでは…… 」


 勇者は召喚時に神々の加護を必ず授かる。1,000年前も魔族大戦終盤まで生き残った者達は、絶大な力を発揮していった。
 その歴史から、勇者召喚は対魔族ということで、大陸中の住民達は認識している。
 アリアもそのように、というよりはランサローテの人間からするとお伽噺という理解が強い。


 「大陸もきな臭くなってきているということだ。勇者達も戦いなれていないせいか、最初は相当弱いとの記録だからな。お前にこれを見せたのは、資格も然ることながら、教会には油断をするなということだ。平和だからこそ争いの火種も燻っている…… 魔族ども以外にもな…… 」


 「大陸で戦が始まるのですか?…… しかも大きな…… 」


 (大陸だけが渦中になるかどうかは解らんがな。)


 心の中でのみ付け加えて、アリアの問いには言葉で表すことはなかった。


 「暫く俺はここを調べあげるとしよう。バルトロメの書物と整合が取れる物や地下5階以降は、代々の皇帝ぐらいしか知ることの出来ない物で溢れているからな。」


 聖女に笑みを向けながら話をしていたフェメスは、アリアに向き直った。
 横顔を見上げていたアリアにその笑みの真意はわからない。


 「お前は勇者召喚のために、その巫女の力を高めて置くといい。いざ召喚出来ませんでしたでは、お前だけじゃないが各国のいい恥さらしだ。」


 正直、アリアには勇者召喚など、微塵も興味はない。以前のアリアであれば、興味津々といった具合で話しに飛び付いていただろう。ロサリオを失った影響からか、感情の起伏が乏しい、ややもすると周囲からは、人形のような印象を受けることが多くなってきた。
 ただし、国同士での決定事項をどうでもいいと蹴ることはアリアには出来ない。名実共にランサローテの支配者となったフェメスに反対を言えるような人物や対抗勢力は、既にもういないのだから。


 「……別にそのようなことで恥を晒しても構いませんが。ロサリオ様亡き今となっては、私に出来るのことなど、散っていった者達の鎮魂のために祈ることだけ…… 」


 アリアには、この水晶体の中で眠りについている聖女が、争いの原因の一つと言われても直ぐには信じられず、この霊廟の静謐さと、聖女の不朽体から発せられている神気にも慣れてきたこともあり、まだよく確認していなかったその尊顔を目に焼き付ける。


 「この聖女エウラリア様に、ロサリオ様の面影を重ねてしまうのは、わたくしの弱い心のせいなのでしょうか? 」


 「いや…… 確かに似ていると感じる。もはや血縁と呼ぶことなど出来ん程の時間が経っているというのにな…… 」


 まさか自分の感傷に肯定の意見が返ってくるとは思っておらず、驚きと意外性のためか、今までフェメスに対して持っていた警戒心を弛めてしまう。
 アリアも理解はしているのだ。二人がどれだけお互いを信頼していたかを、そしてどれ程の覚悟を抱いていたのかも。
 フェメスがロサリオを討伐した。いわゆる殺すこととなった図式を以て、女の感情のみでフェメスを憎んでいたことをアリアも認めている。当人同士は全くお互いに対して疑念を持たずに、最初から最後まで信頼しあい、己が定めた役割を演じ続けていた。
 これは、ロサリオに惚れていた自分の単なる我が儘であることなど重々承知であるが、ロサリオが人類の敵として一身に人々の憎悪を背負い、傷つき倒れていく姿が目に浮かぶ。しかも、アリア自らもロサリオを倒すために、万単位の兵に対する広域補助魔法をフェメスの要請で、何度もそして何日も掛け続けさせられたのだ。
 ロサリオも承知のことだったとはいえ、好いている男を討伐するために戦争に駆り出されるなど、女として堪ったものではないと、アリアは今までフェメスを恨んでいた。
 大局を見据えない自分など、フェメスにとっては興味のない人間だろうと思っていた。しかし、そう単純な話ではないのかもしれないと、少しは感じるところも出てきたが、皮肉を止めることは出来なかった。


 「謀略の黒賢者と言われるあなたでも、感傷的になるのですね。バルトロメ家に起こった4年前の惨劇は存じておりますが、二人とも余りにも変わられてしまいました…… 4年以上前のあなたは、マルガリータ姉様も例にもれず、ランサローテ貴族家の女性の憧れの的であり、仙姿玉質もかくやとさえ言われたバルトロメの貴公子が、悪鬼すら震え上がるほどの謀略を駆使して統一を果たすとは、貴族家の女性は誰も想像すらしなかったでしょう。」


 「謀略の黒賢者か…… 」


 4年前の惨劇以来そう呼ばれるようになって久しい。思い返せばバルトロメ公爵家には野心が無く、ただひたすら他家に利用されないように、歴史的に見てもある程度の規模と家を守ることに固執する家柄であったと気付くことが出来る。
 フェメスは正式な当主としての叙爵を経ていないので、父であった先代当主からの引継ぎが出来ていなかった。ただし記録等は残っているので、皇帝やアリアとのやり取りの内容で間違いないのであろう。聖印の血を守っていくために、バルトロメ公爵家は皇族よりも腐心していたというのが真実ということである。


 「この場で問うことではないかもしれませんが、今を逃すとこの様に二人で話す機会は無いでしょうから、敢えて聞くことにします。」


 フェメスも気にすることはないと視線で促した。


 「フェメス公爵は姉様のことをどうお考えになっているのですか? 」


 フェメスは一瞬呆気に取られてしまい思考が飛んでしまった。それぐらいこの場では突拍子もない質問であったと言える。確かにアリアはこの場で問うことではないと言っていたなと、フェメスはアリアの言葉を心の中で反芻するのであった。

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