魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

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第57話 ランサローテ皇国の血

 全てが聖銀で拵えられた扉の中央には、ランサローテ皇国旗に描かれている紋章と同じものが精緻に彫られている。
 そこに、自らの手のひらを切り裂き血を滲ませて紋章に手を翳す。すると扉は自然と内側へ開かれていく。


 「やはり開かれるか…… 1,000年前からは、皇族と公爵家に子供が生まれた際に、聖女エウラリアが残した水晶球に翳して、聖印が赤子の身体に浮かび上がれば皇位継承権が与えられる。実はのぉ、フェメスよ…… この聖印、実は皇族よりもバルトロメ公爵家に浮かび上がることが多かったのだよ…… 」


 「知っている…… 父が殺されたために直接聞くことはなかったが、書庫に歴代皇帝と歴代バルトロメ公爵家当主の密儀の記録が保管されていたからな。お前たちが名ばかりの皇帝であるということの記録だな…… 現にお前の息子には聖印は出ていなかったのだろう? 」


 あっさりと答えたフェメスに皇帝は、やはりという思いは強かったのだろう。特に驚くこともなく言葉を続けた。


 「そうじゃ、だからお前の弟をアリアの婚約者にもした。聖印を持つ二人が結ばれればその子らにも受け継がれると考えたからな…… 儂とてこの危うい状況は何とかしたかった、せめてこのマウソレウムとしてのランサローテ城を守りゆくためにな。」


 聖人の遺体を納めた墓室や、その建築物のことをマウソレウムと呼んだりもするが、城という規模での構造など他にはない。精々大きくとも一般的な教会や小貴族の領主館程度である。
 魔術を駆使した建築物などは、国の宝物庫並みの厳重体制であり、血族の中でも要件を満たす者しか入れないなどという構造物は、大陸中を探してもどこにも無いであろう。血が途絶えたらそこで終わりである。


 「儂も聞きたかったことがある…… 何故、弟と袂を別ったのだ? というよりも何故にあそこまであやつは堕ちて行ってしまったのだ!? 髪の色が変わっていたとて儂にもあの魔王がロサリオであったと気付いたぞ! 」


 もはや皇帝などには微塵も興味がない目付きでフェメスは見据える。その路傍の石を見るような空虚な目に、感情の籠らない視線に得も言われぬ恐怖が背筋を走り抜けた。


 「魔王がロサリオとは気づくことは出来たか…… それなりに交流はあったからな。それともアリア皇女にでも聞いたのかな? ロレッタ、連れてきているな。」


 「はい、フェメス閣下。アリア皇女、こちらへ。」


 フェメスに呼ばれた少女は、アリア皇女を伴って入室してきた。このロレッタという少女は、バルトロメが誇る小さな死神達、死神部隊クラインデァトートの現隊長であり、今はフェメス直属の影の組織となっているが、ロサリオ旗下であった当時隊長であったバレッタの4歳年下の妹である。


 「フェメス公爵に皇帝陛下!? ここは、一体…… 」


 「部外者の者まで連れてきたのか!? フェメスよ!! 」


 多くが家名に爵位を付けて、フェメスをバルトロメ公爵と呼ぶ中、未だに第2皇女のアリアと第1皇女であるマルガリータのみが、フェメスのファーストネームに貴族爵位を付けて呼ぶ。アリアはロサリオと明確に区別を付けるためであろうが、マルガリータの真意だけはフェメスにはわからない。
 アリア皇女では、地下5階以降の存在はまだ知らなかったのであろう。ただし、巫女としての高い素養を持つ者として、この部屋というには広大であるが、多大な神聖を帯びた雰囲気を醸し出していることに気づき、その発生源であるのが奥の方からであることまで察するのであった。
 皇帝はロレッタという得体の知れない少女を、フェメスがここに通したことに非常に驚いている。


 「もはやこの国で俺が信頼できる者は、ロサリオが編成した死神部隊クラインデァトートしかおらん。袂を別っただと!? 俺とロサリオがどれ程の覚悟を以て統一を果たしたかもわからぬ愚昧極まりない飾りのお前などよりもなっ!! 流石にアリア皇女は気づいたがな…… 巫女としてなのか、女としてなのかは分らぬが…… 
 アリア皇女よ、500年に渡るランサローテ戦乱の元凶の源がここにある! 聖印があり、かつロサリオの婚約者であった者として貴殿にも知る資格がある。ついてきたまえ。」


 壁際には、書棚や催事に使用するような宝物に武器が整然と並べられている。一つ一つが並々ならぬ魔力や神気を宿しているのが、この場にいる者全員が感じられる。
 入り口の扉から正面に奥の間を遮る、これも聖銀を薄くそして糸の状にして編まれたヴェールが掛けられて見えなくなっている部屋がある。
 聖銀のヴェールでさえ奥から発せられる異様な神気を完全には遮断できないでいた。


 「ロレッタ…… あいつは曲がりなりにもロサリオが魔王だと気付いた。生かしておいても害は無いと考えてはいたが…… 解るな? ただし、奴の血にはここを開く以外にも利用価値がある。事前に渡していた壺を使用して保存しておけ。」


 「畏まりました。フェメス閣下…… いえ、陛下。」


 皇帝とアリア皇女が奥の間からの神気に気を取られている間に、フェメスは皇帝を消す指示を密かに与える。ロレッタ以下死神部隊クラインデァトートの面々は、ロサリオとフェメスが、どれだけの絆で結びついていたかを知る数少ない者たちである。フェメス自身心底信用が置ける者たちは、もう既に彼らしかいないのである。
 公爵という皇族にも連なるランサローテ第2位の家柄である貴族であるが、貴族家など微塵も信用などしていない、むしろ唾棄すべき相手であるとすら思っている。
 ロレッタ自身姉であるバレッタが、ロサリオとそしてロサリオを通してフェメスの事をどれだけ慕っていたかを当時見ている。部隊の皆が身分の垣根を越えて接してくれていたロサリオを慕っている。
 ロサリオとフェメスの両者が、10歳も年が離れているというのに、余人が入り込む隙間もないほどの信頼と絆で結ばれていたかを、影の部隊として身近で仕えて肌で感じていたのだ。
 彼らにとってロサリオ亡き今、フェメスに対し、身命を擲ってでも仕えたいという欲求が生まれるのもある意味当然の帰結といえる。


 アリア皇女は、高い巫女性からティファニア王国の勇者召喚の助力要請もあり利用価値も高い。何よりロサリオが心を許していた相手でもあるので、フェメスとしても甘くなる。不憫な娘として同情の念も強いのは否定できない。


 「これより先は、俺とアリア皇女のみで奥の間である霊廟へ入る。ロレッタは皇帝を連れて退出しろ。」


 「はっ! 畏まりました。では皇帝陛下、上に参りましょう…… 」


 天上へ、いえ、ロサリオ様とフェメス様に、こうまで御覚悟を決断させるに至った貴様なぞは地獄ですら生温いと、心中で図りながら、まだ何かを言いたそうにしている皇帝を半ば強引に退出させていった。


 「霊廟と言いましたねフェメス公爵、一体どなたが祀られているのですか? 皇族ですら知らない階下がこの城に存在することといい……? 」


 奥から漏れる神気に当てられて前に足を出すのが躊躇われる。なるほど、邪悪な妖気でなくとも人間同じような反応をするものだなと、他人事のようにフェメスは思う。
 フェメスは寧ろ高揚してさえいる。1,000年前の聖女であり、バルトロメ家の母とも呼べる人物への対面、そして500年前からのランサローテ戦乱における真実に近づくのだ。抑えられようはずがない。


 「端的に言うのであれば、ここに眠るのはバルトロメの系譜であり神の子の起源、イグレシア正教会が躍起になって手にいれたい不朽体であり、先程も言ったようにランサローテ戦乱の元凶だな…… 」


 「神の子の起源? 不朽体…… 」


 「まずは、拝謁しようではないか! 1,000年前の歴史に名を遺す、ティファニア王国聖女エウラリア・エメリタ・ティファニアを!! 」


 霊廟の入り口を覆われた聖銀のヴェールを勢いよく撥ね退けて入室する。皇女アリアは、フェメスの言葉に声にならない驚きを表情に浮かべて後に続くのであった。

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