魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第54話 夜の魔女と夜の女王

 夕刻頃、冒険者ギルドでの会議も終わり、ナーダ伯爵やギルド長のヘルナーゼ達は、魔族の進攻経路の詳細をサーラブ及び獣人族の冒険者3人組と詰めに入っている。
 ヴァルターは護衛隊の元に戻り、明日以降における、ローゼンベルク公都への帰路についての編成や準備のため退席した。
 その中、ロサリオは、アメリア達と共に早々に退席して休むことにしていた。アメリアとアンナ及びアルラオネは、ヴァルターとは別口で兵に労いを伝えに行くためにロサリオとは別れるのであった。


 ロサリオは、身体中の怪我や心的ストレス、睡眠不足からきていた生命力の枯渇からは、エリクサーのお蔭もあり回復していた。しかし、精神的疲労からくる睡魔には抗えずに、ナーダ伯爵邸に戻るなり、倒れ込むようにして寝入ってしまった。
 その様子をたまたま与えられた部屋で休息を取っていたマルティーナが、その部屋を出たところでタイミングよく見つけてしまい、ちょっとした騒ぎになったが、執事に部屋まで運ばれてベッドに寝かされるのであった。


 その後、戻ってきたアメリア、アンナ、アルラオネ、フリーンには、マルティーナからロサリオの状況を説明され、夕食はとらせずにこのまま休ませておくこととなった。
 だからであろうか、それなりの時間を眠りに充てることが出来たロサリオは、深夜の0時を回った頃に、本当に微々たる物であるが、不穏な気配を感じて目が覚めるのであった。


 アルラオネは、齢252年を生きる大魔法師である。自身が25歳の時に魔術の実験によって失敗を引き起こし、現在のような不死ではないが、力を大分制限された幼女の姿での不老の状態になっている。それでもAランクと呼べる魔法師であるのと、夜に限って往時の姿に戻れることから、敬意と畏怖を込めて、夜の魔女ヘクセンナハトなどと各国で呼ばれることもある。
 夜以外に往時の姿に戻ると1ヶ月は、元の姿に戻れなくなるのと、幼女時も見習い魔法師程度にまで魔力が制限されてしまうという欠点を抱えているのは、ごく少数しか知らないことである。
 研究に身を置く古い魔術師には、今の状態は決して悪い物ではないとの本人の弁ではあるが、最初の数十年は幼女の姿で魔術を行使するのに苦労があった。
 そこで、魔術を体系化して平易に行える魔法の構築に尽力していく経緯となり、本人もその面白さにのめり込んでいくこととなった。


 この平安時に於いて、久々に元の姿に戻ったことといい、ロサリオという大変興味深い人物と知己を得たことも相まってなのか、中々寝付けずにいた。
 彼にしっかりとした上級魔法と最上級魔法を叩き込んで教えたら、どうなることかと興奮気味に考えていたアルラオネは、宛がわれた部屋にて教会が発布している神話からの魔族の考察を何とは無しに、さらりと右手の人差し指と親指でつまみ上げながら流し読みをしているところだった。


 ふと、自身から沸き立ち上がる、妖しげな雰囲気を感じ取った。現状は昼に元に戻ったこともあり、興奮して魔力を漏れ出させるような魔力量はなく、さりとて自身の魔力制御は完璧という自負もある。
 魔力は非常に抑えられているが、懐かしいというには古すぎる記憶を呼び起こされる。アルラオネは冷や汗を掻きながら、次第に定まってきたその陰影に話しかけるのだった。


 「これはこれは、227年ぶりじゃのぉ…… 何をしに儂の前に出てきおった? 夜の女王! 」


 深夜ということもあるのと、他人に気付かれたくないという心境が働いて最初は小さい声であったが、驚愕によって自然と語尾の音量が上がってしまった。


 「お久しぶりね! あまり細かい年月は覚えてないけど、私の呪いはまだまだ解けそうにないみたいね。」


 まだ今のような姿になる前のアルラオネは、魔術による召喚実験を若かりし頃は行っていたのだった。
 神の神業である勇者召喚は、魔力とはまた別次元の力を使用することもあるのと、ティファニア王国が秘匿しているために教会すら知ることが出来ないでいる。
 召喚魔法は闇属性ということもあり、一般的に魔術師は研究に手を出さない。自身をリッチにまで身を堕とした魔術師が行うぐらいが関の山であった。
 自身の魔力向上や魔術の行使に関して、人族より圧倒的な魔族、若しくは悪魔その物を召喚して使役というよりは、取り込もうという目算の元に若かりし頃は研究に没頭していた。闇属性を持つ呪具やあまつさえ死体まで用いたものである。
 その結果がサキュバスの女王リリスの召喚という望外の結果となった。しかし、代償はアンデットの呪いという恐るべきものであったのは、驚異的な人外を召喚した者の末路とも言える。
 リリスとしては自身を召喚したのが、只の人間の魔術師というのにも驚いたのと、興味もあったので男性であれば、そのまま取り込んでやろうとも考えたが、女性であったので、アンデットにして人族を超える魔術師にしてやろうと考えた。上手くいけば、不死の手駒として勢力に加えることまで考えてのことである。
 ただし、人族にアンデットの呪いを施すのが初めてであったのと、死を以て完成する術式ではなく、対象に掛けるだけの術であったために、生きた人間に対しては不具合を起こしてしまい、現在のアルラオネの状況になった。
 アルラオネ自身は、最初の数十年苦労はしたが、概ね当時の望みは叶っていると今は割り切っている。
 幼女の状態で強くなれば、そのまま元の姿にも割合で反映されるので、現状はSSランクの後半に達していることであろう。


 女王リリスにはアルラオネを悪く思う感情はないので、友好的な笑みを半透明な姿に映し出している。対して、アルラオネ自身にも悪感情等はないが、戸惑いが大きい。


 「何故今頃になって儂の前に現れたのじゃ? 四方山話をしに来たわけではなかろうに…… 」


 探りを入れるのは当然と言わんばかりに問い質すのであった。


 「あらあら、可愛い姿になってるわねぇ。別に悪意はないわよ。あなたの呪いは私の魔力だから、こうやって辿ることも出来るの。だからと言って何が出来るわけでもないのだけど。ただし、その魔力を呼水にして顕現することは出来るけどね! 」


 アルラオネは背筋がぞっとする思いを味わった。この夜の女王の気分次第で、推定Sランク以上、SSランクに届くかもしれぬ、神話の時代から存在するサキュバスが今ここに現れるというのである。
 災害レベル以上の爆弾を、自身が今まで抱えていたことに驚愕の念を禁じない。


 「別にそんなに構えないでもそんなことしないわよ。そもそもサキュバスに人族と本格的に事を構える気はないし。こうやって教えてあげたから対策は取れるでしょ。今回みたいな悪意のないアクセスみたいな方法は防げないだろうけどね。」


 「なるほど、では儂は時折お主に安眠を妨害されると言うわけかのぉ? んで、今回は何用じゃい? 」


 取り乱しても意味は為さないと考え、皮肉混じりに要件に入るよう促した。


 「いいじゃない、あなた不老なんでしょ!? 例の人物だけれど、こちらでも確認したわよ! 是非、最新の魔王様にご挨拶をと思ってね。」


 こちらは心は年を取っていき、どうしても少しずつ枯れていくというのに、その若々しい艶っぽい口調は、一体どうなってるんだと思わず嘆息する。しかも、目当てはロサリオかと思い、確かにあの魔族が最後に目を送っていたことを思い出した。


 「デカラビアとか言ったかの。あやつの魔術の映像を確認したのか? であれば納得じゃわいな。」


 「それだけじゃないけどね。あれは、脅威ですからね。挨拶も含めてお願いをしておこうかと…… あら、噂をすればかしらね。」


 リリスが扉のほうを見やり、誰かが扉の前に来たのに気付くのであった。アルラオネは、間の悪いと思いながらも入室させるかと考える。


 コンコンッ


 「ロサリオです。気になる気配がするのですが、入っていいですか? 」


 其処までの不信感はまだ出てないのだろう。切羽詰まったような台詞では無かったのは幸いか。


 「小僧か…… 入ってよいぞ。ただし騒ぎ立てるなよ。」


 「アルラオネさんの部屋でしたか…… 魔術の研究ですか? 不穏な…… っ!? 」


 アルラオネの注意を思い出し、辛くも声をあげないことには成功したが、半透明の人族ではない女性の姿に絶句して凝視してしまう。


 「これは一体…… アルラオネさん!? 」


 「あらあら、初めまして! 最新の魔王さん。」


 「っ!? 」


 「ふう…… ほれっ、二人とも! 先走らんでも説明するわい。」


 呆気に取られるロサリオに、構うそぶりを見せずに言葉を交わすリリスに、嘆息しながら二人を制するのであった。


 ロサリオは状況が解らずに二人を交互に見合せている。魔力の強さは感じないが、アルラオネから半透明の女性に延びて繋がっているのを感じられた。


 「この半透明のサキュバスは、夜の女王リリス! 儂のこんな姿になった呪いの元凶じゃ。」


 「元凶って酷いわね!? 似たようなことを望んでたじゃないの! 」


 「誰がアンデットにしてくれなんて頼むか! しかも失敗しとろうが!! 」


 「いいじゃない、人族を超えるという似たようなもんなんだし! むしろ失敗して良かったじゃない!? 」


 ロサリオをそっちのけで言い合いを始める二人を見て、アルラオネの状況を鑑みるに何と無くではあるが、二人の関係性に推測が立つのだった。


 「ちょっ、ちょっと待ってください。何らかの理由でアルラオネさんが夜の女王リリスに願いを言い、代償がその姿と制約だと? 」


 「んふっ、察しがいいわね! まぁ願いの代償というよりは、彼女の願いが変わった形で叶ってしまったというとこかしら。」


 「端折るなっ! まぁ、あながち間違いではないのが腹立たしいがの…… 儂にもあったんじゃよ、というより魔術師の業とも言える。禁忌に触れてでも己を高めたいという欲求じゃな…… 悪魔召喚に手を出してのぉ、呪いという形に変えて、この身に不老と元の姿に戻るための制約が出たというわけじゃ。」


 後悔はしていないのだろうが、人族の中で長く生きるというのは艱難辛苦も多いことであろう。200年前の魔族戦役で並ぶ者のいない功を立ててさえ、苦しみも悲しみも多々あったと表情が語っている。


 「まさか神話に出てくるサキュバスとは驚きましたよ。あなたはランサローテでも有名だ…… このリリスさんは、僕の事を知っているようですが、何故です? アルラオネさんと繋がっているようですが…… 」


 ロサリオは警戒を解かずに質問を続ける。


 「ほら、デカラビアが映像を送っていたでしょう。あれであなたを見て挨拶とお願いをしようと思ったのよ。」


 「さっきも言っとったが、お願いとはなんじゃ? 」


 わざわざ、サキュバス族の女王たるリリスが言うお願いとはなんであるか検討も付かない。


 「魔物大狂乱パンデモニウムの件、と言えば解るかしら? 」


 とてもお願いをするような口調ではないが、ロサリオ、アルラオネ両者共に思い当たる節があった。


 「あの魔物達の目! やはりあのデカラビアとおったサキュバス族の魅了じゃったか!? まぁそれしかないだろうとは思っておったがの…… 」


 「確かに、あんな広範囲でCランクの魔物達も含めてあれだけの魅了を掛けられるのは、魔道具でも使わない限り、かなり高位のサキュバスしかいませんね。」


 「そんなに睨み付けなくても、私はこの魔術師さんの呪いの残滓をたどった、こんな具合の通信ぐらいしかできないわよ。呼水として顕現は出来るけど、そんな身の危険を犯したくもないし…… だから、サキュバス族としては、人族と本格的に争う気はないから、見逃してほしいのよね。原因不明ということで。」


 ロサリオは、ずいぶん都合のいい事だと思ったが、何か対価があるのではと思い話し掛ける。


 「ずいぶんそちらに都合が良さそうですが、そういうからには、何か対価があるんでしょうか? 」


 アルラオネも頷きリリスを見る。


 「魔族達の情報ね! 魔族は意外と人族の情報を知っているけど、人族はそうじゃないでしょう? ランサローテの魔王アザゼル様ぁ、うふふふ。」


 ランサローテ島に居るときは、内乱にかまけていたために気にも止めなかったが、ランサローテには魔族の集落がある。加えて人族とも交流があるので、魔族領に何かしらの手段で連絡を付ける手筈ぐらいはあるのだろう。
 ロサリオの顔をしかめてしまった内容にアルラオネも気付き、フォローではないが補足する。


 「まぁ大陸中に低位のサキュバスもおるからの。情報源はランサローテだけじゃなかろうて。のう…… リリスよ! 」


 ややもすると藪蛇のような形ではあるが、リリスは泰然として微笑みで肯定した。


 「私達は昔からある程度、共生する仲だからそれは仕方ないでしょ。でも事実あなた達は知ることが出来ない。」


 そう言われるとぐうの音も出ないのが腹立たしいが、リリスの言う通りである。


 「して情報の中身はなんじゃい? 」


 ふんっと腹立たしさを隠さずにアルラオネはその中身を問い質す。


 「これからの魔族の動向! というのはどお? 」


 所詮半透明の通信用の形代とはいえ、教会が発布する魔族の本はもちろん、それよりも古い書物にも名前が記されている大魔族との取引であるのに、その人物の何と軽いことかとロサリオは眩暈を覚えるのであった。


 (ただ、何だろう…… 一瞬しかあの時の女魔族、サキュバスか…… 確認できていないけど、どことなくこの女王リリスに似ている気がするんだよなぁ…… )

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