魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第36話 慟哭、狂い堕ちてもなお

 自らの身を犠牲にして、国のため、平和の為に120,000を殺害し、主犯格として討伐されるなど、凡そ貴族の、しかも皇位継承権を持つ人間のすることではない。
 狂人が可愛く見えても仕方のない所業である。


 「会った時からヘラヘラと…… 自分の感情を出さないように気を使って…… あなたは居ない人間じゃない! 経緯はどうあれ、生きてここに存在してるんだから!! 」


 マルティーナは感情だけで言葉を投げ掛けているのだろう。それは、とても羨ましく憧憬を込めて見てしまう。
 もちろん感情はある。役割と願いの成就が終わったばかりで、まだ整理がつかず、時折感情を表に出していたはずだが、空虚さを与えてしまっていたということだろう。
 皆にこれまでのバルトロメの軌跡を語り、溢れそうになる感情に必死に蓋をしていたが、そろそろ開いてもいいのではと考えだしていた。


 「本来ならば、ベントゥーラ、パルマスが連合を組まなければ、まだこんなことにはならなかったんですが…… でも、結果としては最良だったと今でも思うんです。通常の軍事行動で統一に至っていたら、もっと沢山の死者が出ていたはずですから…… 
 でもそうですね…… この凶行を引き起こしそれに賛同することになった大元、4年前の出来事を…… 話しましょうか…… 
 万斛の怨嗟を吐き出しても、なお、止まることのなかった僕の激情と、煉獄に焼かれながら悪魔に身を墜としていった兄さんの嘆きを。」












 4年前、僕がまだ8歳で人より幾分早く身体強化魔法で、剣を十分に振るうことができ、戦場にも出れるようになった頃、兄さんは18歳で婚約者がいた。
 ベントゥーラ侯爵家の次女でプリシラさんという16歳の綺麗なお姉さんだった。二人は婚約して8年にもなっていて、仲も睦まじかった。
 僕が生まれた時からだったから、僕にとっては姉さんそのものに感じていたよ。


 当時まだバルトロメ公爵家は父上が若く健在で、領土拡大の野心も特にもっておらず、盗賊や他家から攻め込まれない限り、積極的に戦争はしていなかった。


 ベントゥーラ侯爵家は野心が強く、フェルテ公爵家の正室に長女を宛がうなど、公爵家を取り込むための政治画策も積極的にしていた。
 バルトロメ公爵家もその一貫だったんだと思う。当時でもうちは中堅規模を誇っていて影響力もそれなりだったから、武力衝突は避けて、次代当主になる兄さんへのアプローチを時間を掛けて行おうとしてたんだと思ったんだ…… あの日までは…… 


 僕と兄さんにはイメルダという妹がいて、当時六歳だったんだ。毎年恒例のバルトロメ公爵領東部国境付近にある避暑地へ母さんと共に行っていた。もちろん、護衛として500騎を伴って…… バルトロメ内外に公開している避暑地で他家の貴族も利用したりしている場所でね。
 護衛が多いと感じるけど、ランサローテの状況を考えるとそれでも足りないと今では思ってしまう。当時の僕は、ちょうど他家の敗残兵が野盗と化して領内を暴れているのを鎮圧しに出ていってたから。初陣だったし気にする余裕はなかったよ。


 その時、プリシラ姉さんがバルトロメ公爵家に立ち寄っていて、父上と兄さんは歓待していた。兄さんはたまたま体調を崩していたけど、自分の婚約者だから、無理を推して出席して相手をしていた。


 僕は200の野盗と化した敗残兵を1,000の兵数で以て無事に討伐して初陣を勝利で飾り、浮かれて戻る頃には日が沈み、夜も深くなってからだった。
 そして、僕が戻った頃には既に凶行は起こっていたんだ。


 夜は更けてしまったけど、戦の報告はしたほうがいいと思って兄さんたちを探していると、執事の一人に
――


 「ご当主様とフェメス様、プリシラ様は内々のベントゥーラとバルトロメに関する約定について打ち合わせをしたいとのことで、書斎にいらっしゃいます。」


 「じゃあ戦勝報告もあるから行ってみるよ! 」


 何も知らないまま初陣の勝利に浮かれて舞い上がっていたんだ。ノックもせずに書斎の扉を開けてしまい…… 惨劇を見た…… 


 「ち、父上!? プ、プリシラ姉さんも!? 血が!! こんなに!! だれかっ!? プリシラ姉さんのメイドまで!! 兄さんは!? 兄さんはどこだっ!! 」


 口から大量の血を吐いて、父上とプリシラ姉さん、姉さん付きのメイドの3人が机に突っ伏し倒れていた。


 僕の叫びですぐにメイドが飛んできて、兄さんが体調を崩して途中で退席したことを知るとすぐさま兄さんの部屋へ駆けこんだんだ。
 元々の体調の悪さもあり、兄さんは茶を一口含んだだけで気分が悪くなり、退席したおかげで、毒の摂取量が非常に少なく命に別状はなかった。
 苦しそうにもがいてたところを僕が発見したから、すぐにバルトロメの医者を呼んで処置したおかげで瞬く間に安静になった。
 僕はもう放心状態で気づいた時には目を覚ました兄さんが――


 「プリシラ!? プリシラァァァァァアアアア…… アアアアアアアアッッ誰だ!! こんな惨いことをバルトロメとベントゥーラに仕掛けた痴れ者共はぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!! 」


 初めて見たよ、あんなにも激情を発奮している兄さんを見たのは。


 「に、兄さん…… なんで…… こんな…… 」


 「ロサリオ!! 母さんたちは!? 母さんとイメルダも危ない!!」


 兄さんのその言葉を聞いた後のことは、実はあまり覚えてないんだ…… 感情の幅を振り切ってしまっていて、ただ、すぐさま帰還した兵たちにバルトロメの避暑地へ向かう命令を発して自分も馬に乗っていた。
 そんな時に僕の部下で、10歳~14歳の孤児出身で鍛え上げた特殊部隊の隊長を務めているバレッタに声を掛けられてそこで正気を取り戻したよ。


 「ロサリオ様!? 何があったというのですか…… 帰還して直ぐに出陣とは尋常ではありません…… 正式な勅令も出てませんが…… 準備も半端ですよ!! 」


 「僕にも分からない…… 正直今の今まで、バレッタさんに声を掛けられるまで意識が飛んでたよ…… ありがとう。」


 「それは構わないのですが一体何が…… 」


 「父上とプリシラ姉さんとメイドが毒で死んでた…… 兄さんは幸い命に別状はなかった…… 」


 「ご、御当主様が!! 」


 「急ごう! 馬は途中の町で替えて強行軍で向かう!! 」


 通常二日かかるところを僕たちは一日で辿り着いた。


 一人居ても立っても居られず先行してしまった僕は…… 


 僕は…… 地獄も斯くやという光景を見た…… 


 手足を折られ、腹を切り裂かれたまま全裸で事切れている母さんと、男たちに汚され続けている母さんを見させられていたのだろう。両手両足を剣で縫い付けられ、死ににくい腹部に剣を突き立てられ、顔だけを母さんのほうへ向けながら、今にも絶叫を発しそうな表情で死んでいるイメルダを…… 


 「な…… なんだこれはっ…… か、母さん…… イメルダぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ…… なんだこれはぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!! 」












 ロサリオは息を付き、すっかり冷めてしまった紅茶で喉を潤した。誰もこの場に居ないのではないかというほどの静寂が、部屋中を包んでいる。


 「さすがに、二人のその姿を兄さんに見せることは憚られたので、僕の妖刀エルザバトで、二人の首だけを斬り落として持って帰ったよ。せめて二人の怨嗟と恐怖をエルザバトに吸わせて連れていくために…… 
 僕はその後、2年間は狂気に身をやつして冒険者として応用力と対応力を身に付けることを目的とし、戦場では殺すことだけに注力していった…… 兄さんは事件後すぐに黒幕を突き止めたよ。葬儀の時の表情としぐさが引っかかったらしくてね…… 」


 よく見ると、皆一様に涙を流している。邪魔をしないように必死に声を噛み殺しながら。静寂に包まれていたわけではなく、ロサリオは、当時の激情に思いを揺り起こされ、冷静さを失っていたのだろう。


 「……して、惨劇を引き起こした黒幕は誰じゃったのじゃ? 」


 「 ……ベントゥーラ侯爵だよ…… 自分の娘の命と共にバルトロメ公爵家の切り崩しを謀りにきたっ!! 」


 「馬鹿な!? 自分の娘を刺客にしたのか!! 何という…… 鬼の所業…… 」


 「呪われていますね…… ランサローテは。人は斯くも悪魔のごとき行いができるのですか…… 」


 貴族家にとって子供は、家を継ぐもの以外は厳しく言うと道具であると言える。通常は、家の繋がりを保ち拡大していくための婚姻政策が主目的であろう。
 自由さはないのが窮屈感を与えるが、それでも貴族は恵まれている。
 貧乏貴族家の3男以下は平民と変わらず、むしろ平民からの風当たりは強いとは世間的にもいうが、それでも騎士団への入団や魔法師団への入団、冒険者でも依頼者等には優遇される。
 それだけ身元もはっきりしており、場を弁えられる人間が多いからである。


 「実行犯はメイドだったみたいで、プリシラ姉さんは、バルトロメ公爵家を油断させるための撒き餌の役割しかなかったみたいだから惨いものだよ…… 
 フェルテ公爵が、ベントゥーラ侯爵を唆したのが事実でもあるけどね。公爵家として名ばかりの自分達よりも権力も影響力も持っているバルトロメ公爵家が憎かったというのが真実だった。」


 まさか政略結婚相手の家を切り崩すために、血族を人身御供にさせる貴族家など、ランサローテでもそういない。全くいないと言えないところが魔境ゆえのことか。


 「僕と兄さんは、悪鬼犇めくのがこの島の現実であるならば、それらよりもさらに巨悪で以て全て呑み込み殺し尽くす!! 謀略の黒賢者が誕生した瞬間だったよ。
 最初の2年間はとにかくベントゥーラ、フェルテ憎し!! と対抗するために領土拡大のために戦火を広げていった。正直僕も貴族を殺していくのになんの抵抗も感じなくなってしまっていたよ。孤児出身の部隊はそのまま僕の直属となり、皆子供だから裏方の、斥候、内部工作にそして暗殺と活躍していったよ…… 孤児出身は常に勧誘し鍛えていたから幸い補充はすぐできた。
 ランサローテでも有名なクラインデァトート、小さな死神達の出来上がりでした。」


 部隊指揮官や本陣を急襲、時には相手領土の城に侵入し貴族家並びにそれに連なる者たちを殺して廻ったバルトロメが誇る殺戮部隊である。子供であれど、Cランクに達しており、見た目ゆえの油断と工作を許してしまうという、相手方にとっては恐ろしい裏部隊である。


 「なんと!? あのクラインデァトートがバルトロメ公爵家のものだったのか…… こちらには噂でしか伝え聞かなかったため、正直実在しているか定かではなかったのだが…… 」


 オリビアのように軍務に精通していれば、諸外国の裏部隊の名称ぐらいは知っているのが当然であるが、子供だけで構成された暗殺部隊など、噂話の域をでなくても仕方がないと言えるだろう。


 「僕と兄さんは2年も経つと気づいたよ…… それまでは一人でも多く殺して貴族を少なくしていけば、あんな惨劇は無くなると躍起になってたけど…… この恨みはどこまで続くのか? 新たな悲劇を自分たちで生んで、一体どこへ向かうというのか? 
 そこからですね…… ただ激憤のまま他家を滅ぼすのではなく島を統一し、連綿と地の底から響き渡る怨嗟の声を止めるために、平和を築き上げるという目標が出来たのは…… 」


 酷いと誰もが思っているであろう。齢8から10というただの子供でしかない身でこれだけの悲劇を経験しているものなどそうはいない。孤児や諸般の事情で環境の悪さがもとに不幸な子供も確かにいるだろう。
 ただし、環境にも才能にも恵まれて、それを如何なく発揮できる場をもった子供が、身内に言葉にするのも躊躇われるような悲劇が人為的に起こさせられることなど、もう不幸の度合いが違う。
 できないのだ、仕方がないことだと、諦めきれる範疇のものではないのだと、押し潰されるほどの胸奥から沸き起こる哀惜に譫妄せんもうとしても。


 「そこで、先の説明のティアス港に移っていくんですが、ただし、ベントゥーラとフェルテへの恨みは消えなかったし消してはいけないと思ってたんだ…… 二人ともね…… だからっ!! バルトロメが割れた時、あいつらを殺す機会が失われることに耐えられなかったんだよ!! あの二人だけはっ!! 例え、輪廻が幾度廻ろうとも決して許すことはできないっ!! この身は星の深淵と共に朽ちたとしても、母と妹の怨嗟と嘆きが込められたこの妖刀で切り刻まなければ、ランサローテの平和などに意味はない!!」


 ロサリオからフェメスに進言したのだ、このまま復讐する機会を得られずに煩悶と時を重ねていくことに耐えられぬと。
 フェメスは死神部隊クラインデァトート隊長のバレッタから母と妹の惨劇を聞いただけで、ロサリオの計らいにより首しか見ていない。気を使ってくれた弟の慟哭を無視するという選択はなく、叶えて報いてやることしかできなかった。


 壁に掛けられた時計は深夜0時を既に回っていた。ロサリオは、だいぶ長くなったものだと嘆息していると、涙が止めどなく流れていることに今気づくことが出来た。一度気づくと止まることを知らない滂沱の涙に、いよいよ以て声が出そうになってきた時であった。
 ふと、柔らかく、そして力強く包み込まれるのを感じた。


 「あんたはもっと泣いて良いの!! 何を感情を押し殺してんの!? なんて…… なんて死人のような表情をしてんのっ、まだ生きてるんだから!! もう、あんな後ろ向きに……頑張らなくたってぇ…… いいんだからぁぁぅぅう…… ぅぁぁぁあああ!! 」


 「……マルティーナ」


 マルティーナがロサリオを叱責し、自分が声を張り上げて泣いている。そのことに嬉しく思ったのと、自分の声を周りに聞かせないようにするための、この優しい女の子の心遣いに感謝しながら、惨劇を見た日以外で初めて声を出して泣くのであった。

「魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く