魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。
第35話 フェメス・サン・バルトロメの策謀
バルトロメ公爵家はランサローテ皇家に次いで古い家であり、皇族の血を何度も採り入れている。
ランサローテ皇家は2,000年の歴史を誇り、今まで直系で連綿と続いてきたために、ある種神聖視されており、皇家の血筋を取り込んで影響力を揮おうと画策する貴族家はいたが、根絶やしにして成り替わろうとするような貴族家は出てこなかったのは特異な島であるのかもしれない。
皇家直系で皇帝を輩出してきたこともあり、大陸の各王家等とは異なり、公爵家に授与される皇位継承権は半ば形骸化していた。
前述した通り、バルトロメ家は長い歴史があり、皇族の血を幾度も採り入れていることもあるので、ロサリオはまだ知らないことであったが、弱小貴族や規模をそれなりに誇っているところでさえも、地方貴族達は皇族に準ずる家だと考えており、同時に神聖視している所も多い。
そもそもフェメスは例え皇位継承権で皇帝の座が舞い込んできたとしても、国は割れたままであり、武力を以て台頭している各貴族家を黙らせないと、結局今までの木阿弥となり意味はないと考えていた。
「ランサローテは大陸と違って皇帝は、2,000年もの間直系から輩出していたから、僕は特に軍事の総指揮官として戦場にいることが多かったし、公爵家に与えられる形骸化した皇位継承権なんて最初から頭から抜け落ちてしまってて…… それは兄さんも似たようなものだったと思うんだ。」
「ある軍事学者は、ランサローテが統一されたら五大大国になると言われてるのよ!? その皇位継承権って…… 計り知れない立場じゃない!! 一体何位だったのよ……? 」
正直、アルラオネなどは、兵の屈強さと兵力の多さに今の四大大国よりも頭一つ抜けるのではと考えていた。オリビアも同様にアルラオネに目配せをしている。
「兄さんがバルトロメ公爵家当主就任に伴い皇位継承権が破棄され、僕が繰り上がることになったのですが、実は5位だったんです…… それだけ聞けばそこまで高い順位ではないんですがね…… 」
苦笑と共に、ことがそう単純ではないことを如実にロサリオの表情が語っていた。・
「いやいや、十分過ぎる程に高いだろう!? こと王国や帝国では、王としての継承権が順位一桁であれば政争に巻き込まれても可笑しくはないんだが…… そのことを以てしてもランサローテというのは異質ではある…… 」
オリビアの祖父であるヴァルターはローゼンベルク近衛騎士団団長であり、父はティファニア王国近衛騎士団副団長をしている、ティファニア王国随一の騎士の家系である。本人たちが直接的な政争主体ではなくとも派閥争い等、何方に付くあるいは擁立するなど、騎士団も政争と無縁ではいられないのでオリビアもある程度は政争というものを知っている。
「たしかに順位は5位ですが、間に男子が二人しかいなくて…… 一人は現皇帝の7歳になる幼い嫡子と皇帝の異母弟なんですが…… 」
ここで躊躇うように言葉を区切り、紅茶に口を付ける。周りは早く続けろと急かした雰囲気を醸し出し、圧力が掛けられていくのを感じながら、この事実に個人的には無視できないほどの罪悪感を感じているので簡単に口に出すことが出来ないでいた。
「何よ!? 黙っちゃって…… 正直全然呑み込めてないし、もう既に感情がグチャグチャしちゃってて何て言ったらいいかわからないけど…… あれっ!? こんな口調でいいのかしら? 敬語じゃないと…… あれっ!? 」
混乱ここに極まっているマルティーナが自分でも何を思って、何を言いたいのかが分からなくなってしまっている。
「落ち着きください。マルティーナさん…… ロサリオ様も言葉を選んでるんだと思いますよ。……ねぇ? 」
隣にいたフリーンが肩を抱きしめマルティーナを落ち着かせ、ロサリオにフォローを入れる。そんなフリーンに目配せで礼をいい、フリーンは確かにそれを受け取っていた。
(ありがとう、フリーンさん。そういえばサーラブは一言も喋らないけど…… あぁ、固まっている…… もうあれは理解を放棄している感じかな…… )
一度周囲を軽く見渡した後に、単純な順位だけではない意味を持つ継承権の理由を述べるのであった。
「僕の婚約者が、アリア・アレシフェ・ランサローテ、皇位継承権4位を持つ現皇帝の次女になる皇女なんだ。」
「こっ、ここここココココ…… 」
「はいはいマルティーナさん、もうあちらで休みましょうね。ニワトリさんは朝ですから。」
フリーンが今この話の席にてマルティーナには荷が重い、もしくは邪魔であるとばかりに隅につれ椅子に腰かけさせて、再度落ち着かせるのであった。
そんな二人を無視してアルラオネが察するかのように無常観を吐露するのであった。
「それは…… 皇位継承権を持つお主がただでさえ圧倒的な武勲を立てているというのに…… 既にフェメスは公爵家の当主であるからの…… 結局のところ早晩、国が割れるか…… 」
ロサリオはうなずきを以て肯定し、当時のフェメスの考えを伝えるのであった。
「逆に、遅蒔きながら、そういう機運がランサローテで高まったことを感じとり、兄さんは僕を武力統一後は皇帝にしてもいいとまで考えた。僕自信、国政は兄さんの領分で傀儡でもいいという話を兄さんにもしたし…… むしろ皇帝の首をすげ替えてもいいのではとまで考えたんですよ。」
首を挿げ替えるというのは穏やかではない。ただし、バルトロメ公爵家には既にそれが行える武力背景と根回しや調略にたけるフェメスの存在もあり皇族家はもはや、逆らうことも意見を述べ通すこともできない状況でいた。
「統一後、安定するまでは僕が皇帝として大人しく納まり、兄さんが首相として国政及び外交に権勢を奮う。そして安定後は、皇帝位を現皇帝の嫡子、もしくはその子供に譲って僕は退位する算段までして、事実皇帝の国璽の入った書面で了承も取れた…… そこまでの政治力を兄さんは発揮してたんですがね…… 」
何故にここまでの根回しと奮闘が実を結ばないのかと、悔恨を嘆息と共に吐き出すのであった。
「皇帝に軍事的圧力を掛けられるまでに躍進した、バルトロメ公爵家の力とそれを如何なく発揮することのできるフェメス公爵の政治力は、歴史上比類ないものだな…… 」
オリビアは軍人という立場であるので、ランサローテ島の戦争における推移には詳しい。
軍事教練や机上演習で用いるバルトロメ公爵家の各戦場における推移は、ここまで上手く嵌るものなのかと、後から推移を外から俯瞰すると感じてしまう。事実オリビアは常々感じていたが、もちろん用兵の妙であったり軍略もしかりであるが、ほとんどは、事前のフェメスの政治及び調略からきている。
「確かに、皇位継承権を持っておるものが皇帝に就くのはおかしくないの。簒奪者ではなく継承争いの範疇じゃから対外的にも体裁は悪くはない。まぁランサローテは特異であるから大陸の一般論じゃが……
なるほど、世が世ならば主は皇帝か…… 軍事的にも政治面でももはや目前の所まで来ておったというわけか…… しかし、これからの結末は、世にも儚く無惨なものとなっておる…… 」
「今現在の結果だけを見れば、僕にとってはそう悪いものではないんですが……
先ほどの続きにもどりますが、僕の皇位継承権とアリアとの婚約で僕が皇帝という機運が高まった時には、統一を目前にして…… ベントゥーラ・パルマス連合軍との最後の一戦に賭けていたまさにその時に、既にバルトロメが二つの派閥に割れていたんです…… 僕を擁立すれば、軍事的背景と皇帝としての権勢と絶大な権力が手に入ると画策したものが…… 」
フェメスもロサリオも常に外を向き平和実現のために、自領を拡大させ勢力増強に邁進している中、まさに一丸となって最後の大戦へ臨もうというときに、足元が崩れていくのを感じ取った。
何故今なのかと。せめてベントゥーラ・パルマス連合軍を叩いてからでいいのではないかと。
「兄さんが内外で強権を発揮し、また、その能力も高かったために、今まで表には出ていませんでしたが、譜代の家臣達や従属貴族家達も不満が鬱積していたんだと思います。
今になってわかったことですが…… 兄さんと僕達兄弟間は、信頼と信用で何も問題はなかったんですが、まさか当人達を差し置いてそんなことになろうとは…… 謀略で敵を奸計に嵌めて欺き、自領を拡大していった兄さんも身内にまでは目も労力も割けなかった…… 戦果という目に見える果実が優先されるランサローテで、自分に対する不満がこうまで高まっていたのか…… この時の兄さんの慟哭は僕の心に刻まれて耳から離れません……
僕にはもうどうすることもできなくて…… 自分を担ごうとしてくる家臣達や従属貴族も嫌いじゃないし、一緒に戦場で過ごしてきた人たちも多いんです…… 」
ランサローテの貴族たちは皇国に属するというよりも独立独歩の精神が強い、いい意味でも悪い意味でも君主としての自覚が強く、他人に従うことを殊更に嫌う傾向があった。長く生きているアルラオネはそのことを知っており理解はしていたが、それでもこうまで間が悪く、事態が動いていくものなのかと悲嘆してしまう。
「そこからの兄さんは平和という名の妄執に取り憑かれた悪鬼もかくや、といった感じでしたよ。
何を以てしても終らぬ争いに情をかなぐり捨てたんでしょう…… まさに謀略の黒賢者に相応しい策略を立てました…… 言葉にすれば至極簡単なことなのですが…… 」
「気になっていることがあります。何故、魔王討伐を以て即座に統一宣言がなされて、己の立場を固めることができたのか……?
総指揮はフェメス公爵が取られていたはず…… 自軍もかなり損耗したと思いますが…… 根回し? 」
フリーンの問いに薄らと笑みを浮かべながら簡潔に答える。
「一言でいうと、バルトロメの戦力を温存しつつ3家を一網打尽にする策です。」
「そんなこと言うほど楽ではなかろ!? じゃなければあれだけ戦乱が長く続かんわい!! あの島の連中とて戦大好きというわけじゃないじゃろ? 長年に渡って堆積した怨嗟に後を押されて引くに引けない家も多いと聞くしの…… そんな簡単にできとれば苦労なんかせんかったろ…… 」
「もちろん簡単ではなかったはずですよ、この策の肝はどのようにして3家を一同に介させるかでしたから。」
ある意味子供でも思い浮かぶ案であり、ロサリオとて常々一同を葬り去れたらと考えていたぐらいである。アルラオネの叫びと意見は尤もであり、だからこその起死回生の一手となりえる。
「皇族立ち会いのもと、停戦会談を申し入れたんです。もちろん疑心暗鬼もありますでしょうが、兵は連れてきて構わないという条件の元、4家で合同に統治して既得権益を集中させて配分させよう。と提案しました。
一番の権勢を誇るバルトロメの提案です。今まで以上に旨味がある提案に飛び付いてきましたよ。彼らも甘くはない、警戒も含めてしっかりと精鋭を連れてきてくれました。
兄さんが兵を5,000しか連れて来ていないと知った時はさぞかし驚いていたでしょう…… 会談の内容に対しても真実味を帯びてきますから。
そもそもバルトロメからのこの申し入れに出席しないという選択はないんですよ。内容が真実だった場合、参加しない家は潰されるのが必定ですからね…… 状況的に。」
どの家も中堅貴族や上級貴族たちでさえ、戦乱の拡大に文字通り戦々恐々としていた。拡大する戦火は損失も大きく、それを補える程の利益を齎すのか不明瞭な規模に突入していってしまった。そこに当の戦火を拡大し尚且つ自領も拡大していっているバルトロメ公爵家の申し入れである。この辺りである程度の期間、停滞する場を誰もが欲していたのも事実である。
大々的に通達したので、むしろ周りがベントゥーラやパルマス、テネリフェに参加を提言していた。
「なるほど…… 事実、時間はかかり犠牲は大きくなるが、他家から見たらバルトロメが割れてることは知らんし、島統一に王手を掛けとるように見えるからの…… はっ!? そこでか…… 」
「えぇ…… 沢山連れてきてくれましたよ…… 100,000という他に類をみない精鋭達を…… 」
笑みを浮かべている。この世のものとは思えない、嗜虐的で猟奇さを含んだ虐殺者の目付きで。魔王の嘲笑とはかくあるべしと言わんばかりの迫力に、その場にいた全員が凍り付いてしまった。
「魔王としての産声は、僕の派閥の精鋭、25,000を兄さん直属の兵5,000を率い1人残らず殲滅することで、上げさせて貰いましたよ。この虐殺を以て僕のレベルも80くらいには達することが出来たんじゃないでしょうか?
兄さんは100,000と対峙するためのレベル上げにも自軍の膿を利用し、魔王という不倶戴天の敵を会談場所に出現させて、皆の平常心を失わせて、皇族の威光を示し御旗を手に入れ総指揮に納まりました。自らは5,000の軍勢しか用意せずにね。ただし、この5,000の軍勢も僕の従属貴族家を殲滅するときに用いた兵と交代して連れてきた5,000は後方へ配備したはずです。
3家を逃さないための警戒用に。それと先の5,000は口封じのために前線へ送るために…… 」
アルラオネはアナリザの魔眼でロサリオを中途半端にとはいえ視ている。その時に確かに80を過ぎるまではカウントできたが、そこで眼の発動をマルティーナの呼びかけで止めていてしまったために正確な数字は解っていない。
ロサリオ公爵弟のレベルは10歳の時にAランク登録と共に、57とギルドより報告が発信されているのは有名だ。今のロサリオが感じた当時の感覚と魔王として虐殺していった95,000を加味すると、もうレベルの推測など出来ず、人の領分を超えていると言わざるをえない。
それにしても恐ろしいとオリビアは感じていた、自軍の犠牲も糧とする策など人の所業とは思えない。やむを得ずであるならば、まだわかる話であるが、率先して行っており、また口封じもフェメス直属にも関わらずにしているということだ。悪魔を凌駕するフェメスの智謀に本当の魔王は、と冷や汗を搔きながら邪推してしまうのであった。
「島全体に恐怖を抱かせて、戦に対する嫌悪と悲惨な姿を今まで以上に植付けさせないと平和にはならないと考えたんです。貴族どもは過度な勢力を持つと自らの欲を満たすため、今までの怨み辛みを晴らすために他家を侵略します。
終わらせるには、家などに囚われてはいられない敵の存在と各家、取り分け3家の衰退が必然であると考えたんです。」
「そして、ベントゥーラ、パルマス、テネリフェが会談に用意した精鋭約100,000を葬って兄さんの策は完遂しました。
自軍の約半数近くを用意していたはずです。継戦能力も消耗し、尚且つ当主も討ち取られています。ギルドからも発布されるでしょうが、兄さんのランサローテ統一は、無事なったはずです。後は兄さんなら各貴族家の台頭など許さず、少しずつ真綿で首を絞めるように弱体化させていくでしょう。」
こうして、バルトロメ公爵家は統一のため悪魔の所業に身を堕としたのだと推移と共に語り終えた。ただし、それでも口にしたくないこともある。
皆は、フェメスの画策の推移と結果に呑まれてしまい気づくことが出来ないでいた。ただ一人を除いては。
「まだよ!! まだ全然話してないじゃない!!! 魔王に堕ちて死ぬことになるのに、そこまで平和に対して妄執した理由は何!? おかしいわよ!? あんたも、お兄さんも!! 弟を犠牲にしてまで!! 自分たちは…… 全然っ…… うぅ…… 自分たちの幸せを…… 考えていないじゃないぃ…… 」
感極まり滂沱の涙を流しながら、一番触れられたくない部分をマルティーナに問いかけられるのだった。
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