魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第34話 フリーン・チャント・グレゴリオ

 ロサリオに割り当てられた部屋内を沈黙が支配している。
 余りの予想だにしない事実に皆が音を立てることすら忘れているようであった。
 魔王アザゼルがランサローテに出現し、一月以上の戦闘で120,000の将兵が犠牲になり、昨日討伐が為されたという、正に神話を超えるであろう大魔王と指摘されたロサリオも否定の言葉を返さない。
 そのことがこの場を沈黙で支配しており、肯定しているのだと皆察してしまっていた。


 「いつから、気づいていたんですか? 」


 内心の驚きと諦観を隠しながら、しっかりとフリーンを見つめて問いかけを行い、フリーンはその視線を受け止めてロサリオに対する問いに誠意をもって答えるのであった。


 「確信は先ほどのアメリア様の反応からです。ですが、実は最初からロサリオ様に疑念を抱いていました。あのデカラビアとの一幕です。」


 ほぼ出会った当初のころからであるので、ロサリオは驚き思い返すのであった。


 「あの時、ロサリオ様は、―俺を消滅させたくば、最低でも教会秘匿の大禁呪を持ってこい― そうおっしゃいました。疑惑を感じた最初の言葉です。
 その直後に、―レフレクスィオーンラディウス― 教会秘匿の大祈祷を使用しておりました。これは、個人で使用できるのも可笑しい話ですが、教会所属でない方が使用できるというのも疑惑を持つ理由になりました。
 何より、発動呪文と工程を知っている人間も教会ではごく一部です。」


 ロサリオはそこで気づくことが出来た。
 この娘は教会とバルトロメ公爵家の密約を知っているのだと。
 教会敷設に尽力する見返りに教会秘匿の秘術とまで言われる大禁呪と大祈祷を取引したのだと。


 「君は、グレゴリオ教皇に連なるものだったんだね…… 」


 「はい、今の教皇であるグレゴリオ8世は私のお爺様にあたります。私は、フリーン・チャント・グレゴリオと申します。ですので、ランサローテ島教会敷設のための、バルトロメ公爵家との密約を知ることが可能な立場でありました。」


 「なんと!? あのグレゴリオの小童の血筋であったか…… 世間は狭いのぉ…… じゃから普通の聖職者では知りえぬ書物も知っておったのじゃな!! 思えばしかり、お主は知りすぎておったわい…… 」


 通常、フリーンくらいの年であれば、聖書の朗読に考察、教会編纂の神話における教戒の勉強、教会での読経に神聖魔法の習得のための修行に雑用と忙しくて他に気を回す暇はないのが実情である。
 サーラブに対してフリーンが、神殿構築を発動させる前にアルラオネが伝えたグレゴリオ教皇の言葉など、200年前の魔族戦役時に、まさに魔王サタナキアとの戦闘中に、当時司教であったグレゴリオがアルラオネに発した言葉である。


 【神聖魔法はね、疑念を払拭して、ただひたすらに信じれば発動できるんだよ! 魔力が枯渇していても、信仰なのか、純粋な祈りが届くのか、はたまた魂の輝きか…… 正に神のみぞ知る妙技だと思うんだ。位階を気にすることこそ冒涜だよね、アルラオネ!! 】


 教会が定めた位階を無視するような物言いなので、その後の公式記録にも載っていない言葉であり、不用意に発言もしていない。
 禁書とも言えるような書物の存在を、しかもその内容を知っていたりと若くして神官位に就いたというだけでは、説明がつかないものである。


 「まさか魔王討伐のために使用するとは思いませんでしたが…… 至極尤もではありますがタイミングが合いすぎていましたね…… まるで魔王の到来を予期していたかのよう…… 」


 フリーンの立場の告白と、それを用いた推論に、皆が一様に驚きと目まぐるしく変遷を遂げていく状況に声が出なくなってしまったなか、扉をノックする音が申し訳なさげに鳴り響いた。


 「アンナですが、入らせて頂きます。」


 サーラブからアメリアの状態は聞いているのであろう、特に何かを言うこともなく、ロサリオからアメリアを背負う形で受け取るとそのまま部屋を出て行こうとした。
 そこにアンナの背へ要求したのであった。


 「まだ、ちとかかりそうでの…… ナーダ伯爵のメイドかなにかに言って人数分の体力回復ポーションと茶か、なんぞ飲み物でも持ってきてくれんかの? 」


 「かしこまりました。」


 言葉少なに了承の意を示してアメリアを運び出していった。


 「ほれっ! サーラブも早う入って座れ。皆も疲れ取るし体力回復ポーションくらい飲んでおったほうがええじゃろ! 心の静養…… 回復には寝るのが一番じゃがなぁ。」


 ロサリオの体調を気遣わしげに見ながら言うアルラオネにロサリオは苦笑を浮かべながら、この中途半端な形でお開きにするのは致し方無しと答えるのであった。


 「たしかにこのままじゃ皆さん消化不良でしょうし、アメリアさんはあの様子だと全て知ってしまったでしょう…… 話しましょう…… 僕の今後の身の振り方にも関わってくるでしょうしね。
 と言ってもどこから話せばいいのやら…… 」


 選びようによっては膨大になってしまう。端折り過ぎてしまうと、魔王の正体以外は、後日ギルドがフェメス公爵から報告される、魔王討伐に関する情報を元に、イグレシアス大陸全支部へ布告する内容と変わらないだろう。


 「全部よ! お人好しのあんたが魔王なんかにならなければいけなくなった理由全部!! お兄さんのことも!! 」


 マルティーナが感情を爆発させたかのような剣幕でロサリオに怒鳴り付ける。ふと見るとその目には涙が溜まっているのがわかり、怒鳴られたことに対する不満の感情など、露聊つゆいささかも浮かべることは出来なくなってしまった。


 「そうですね…… それは全ての事になりそうです。最初に伝えますが、兄は皆さんに誤解されてると思うんです…… 」


 「誤解ですか……? 私にはあの方がランサローテにおける全ての黒幕だと思うのですが…… 」


 ロサリオのフェメスを庇うかのような物言いに、教会と密約を交わしたことを知っているフリーンが、疑問と自らが感じ推量したことを差し挟んでくる。


 「そうですね、黒幕という意味では当たっていると思いますし、事実そうなのでしょう…… でもね…… あの人が一番ランサローテの平和と幸せを願っていたのも事実なんですよ。」


 フェメスの本当の気持ちを知ってるものはロサリオしかいない。
 そして、そのロサリオは魔王として死を迎えている。そのことがロサリオの心を締め付けて止まない。
 フェメスには自らの気持ちを慮ってくれる人間はもういない。独りでこの業を背負いランサローテの統治を執り行ってゆかなければならないのだ。
 公にロサリオは死が公表されているので、今さら戻っても混乱をきたしてしまう。またその十分な理由を持ってしまっている。


 語る機会をくれるのであれば、せめて世間が抱いている兄の評判を払拭しよう。平和を望み、懊悩の末に辿り着いた結末を真に伝えようと決意するのであった。


 「教会との密約はランサローテ統一における、最終局面での布石のため、というよりも、いかに魔王を討伐したかの世間が納得するための理由付けなので、実はそれほど重要ではないんです。
 まぁ、世間を悪戯に騒がせないようにするという点では、確かに重要ではありましたが、言ってしまえばそんなレベルなんです。なくても兄さんならばその後の統治如何でなんとかするでしょう。」


 「教会秘匿の大禁呪や大祈祷がただの理由付けだけのためだなんて…… 」


 「逆に言うとフェメス公爵はそこまで綿密に事を進めていたということかの…… そして、統一後のこれからのことものぉ…… 」


 大禁呪は1,000年前どころではない、存在すら定かではない神話の魔王が使ったとされる魔呪妬まじゅつ。文献から発動できるのかどうかも不明な大魔術である。
 大祈祷も生半可な人数と力量では発動できないのは教会上層部の人間には明白だ。
 ただし、ある意味、教会の人海戦術で発動可能な大祈祷のほうが、ランサローテではそもそも教会がほぼない状況であるので、フェメスには都合が付かなかったのは皮肉である。


 そして、武才はないが智謀にかけては、当代並ぶ者無しとまで言われたフェメスは短い期間に魔呪妬まじゅつに関する文献を読み解き、ランサローテに集落を構える魔族やロサリオの力を借りて、発動までを実験段階にて成功させたのである。


 「ランサローテの状況が大きく動いていったのは、実はティアス港を手に入れてからなんです。それまでは、勢力が増した家があれば、潰れたり取り込まれたりした家もあり、500と猶予年続いた戦乱の日々とさして変わりはありませんでした。」


 1年半前のランサローテ島は、中央南西部に位置するバルトロメ公爵家、中央部に位置する、実権も領地も少ないフェルテ公爵家を取り込んでいるベントゥーラ侯爵家、北東部に位置するテネリフェ辺境伯家、そして東部に位置する、やはり実権も領地も少ないプエルト公爵家を取り込んだパルマス侯爵家が、強大な軍事力を保持していた。
 そこに属さない上級貴族達は、自領を守るために連携したり下級貴族を取り込んだりと一進一退を繰り返していた。
 テネリフェ辺境伯家は中央から遠いこともあり、統一には前向きではなく戦線拡大に積極的ではなかった。
 残りの3家はお互いの牽制もあり、大きい動きはできなかったが、周辺を少しずつ併呑していったりと戦火が絶えることはなかった。油断をすれば中堅規模の伯爵家に喰われることもあるので、特にこの100年は島全体が緊張状態にあった。


 4年前まではバルトロメ公爵家も中堅規模の領地及び勢力であったが、フェメスが当主になってからは破竹の勢いで周辺を併呑していき、約2年で3大勢力家に追いつくこととなった。
 公爵家で規模も力も兼ね備えた家はバルトロメ公爵家だけとなってしまい、戦争で他家に取り込まれたり、お家断絶にまで追い込まれた家もある。皇族に連なる男連中は戦で多数が死んでいってしまい、皇家存続も近年危ぶまれだした。


 「今まで、バルトロメを含む強大な4家の勢力図に、さらに大きな変化が表れたんです。ティアス港を手にいれ、中央から南西部を平定したことによって島の5分の2を勢力下に置くことになり、総動員兵力数が200,000を超えるまでに至りました。」


 「に、200,000って…… 大陸中堅国家以上じゃない…… 領土で言ったらその辺の伯爵領や子爵領とそんなに変わらないはずなのに…… 」


 「むぅ、ランサローテの戦闘記録は各国の軍事教練や机上演習でも取り上げられており、軍部の人間は知ってはいるが、改めて聞くと凄まじいな…… 」


 「ランサローテは国土豊かで人口は多いですし、子供でも戦う術を持ってますから…… 15未満で成人前でもDランクぐらいの実力ある者たちがごろごろしてますからね。」


 マルティーナとオリビアの感想が入ったところで丁度、アンナが紅茶と体力回復ポーションを持って入ってきたので、一息つくこととなった。
 ロサリオは体力回復ポーションを飲み、口直しに紅茶の香りに心が沈静されていくのを味わっていると――


 「それだけの勢力になったのなら、そのまま順調に統一へ進めて行けたのではないでしょうか? 」


 フリーンがバルトロメ公爵家の勢力拡大を果たしたことを聞き素朴な疑問を投げかけた。
 紅茶を一口飲み、口を離して戦況が厳しさを増してきた当時を思い返しながら眉を顰めるのだった。


 「今までは、戦闘で50,000の兵力数が双方合わせて動員されることは、各地でも無かったことなんだけど、これを機に動員数が増していき、次第には100,000に届くほど規模が拡大していったんだ…… 規模が大きくなると戦死者も多くなり、戦場近辺は人もいなくなり、土地は荒れていき、領地の治安も悪くなっていった…… 
 ベントゥーラ侯爵家、パルマス侯爵家は連合を組み始めバルトロメに対抗してくることになり、テネリフェ辺境伯家は虎視眈々と機会を窺うようになり、その他中堅どころの上級貴族も同様の動きを取るようになった。
 バルトロメとベントゥーラ・パルマス連合軍がぶつかった場合、早期決着が図れなければ、血みどろの消耗戦となってしまう。
 一度、ランサローテ史上最大規模の戦闘が起これば国土の荒廃が許容できない範囲になることを兄さんは読んだし、恐れたんだ…… 
 そうなると以前よりも島全体が荒れた状態で戦乱の様相を呈してしまう。何よりもランサローテ全体の疲弊度合いによっては、大陸に付け込まれる隙にもなりえる。もうそうなってしまうと統一して平和を実現するなど夢物語になってしまう…… 」


 ゴクリと唾液を呑み込む音が響き、無意識だろう唸るような声が喉から微かに漏れ聞こえてくる。


 「それでも兄さんは、テネリフェと交渉し介入しないよう調略を行い、町や村に損害が少ない戦場を選び、軍略を綿密に立てて勝てる算段は付いてはいたんだ…… それが、僕のせいでご破算となり練り直す必要が出てきてしまったんだ…… 」


 「もはや、この段階においてお主が、戦場での武力を示す以外に何があったのじゃ……? 戦略や他家との交渉などはフェメス公爵の領分であると思うておったがの…… 」


 ロサリオ自身、自らが政治の道具になるなどとは些かとも思ってはいなかった。政治面でフェメスに頼りきっていたのである。
 だがそれは仕方のないことであろう、齢12の子供が政治的自らの価値などそう考えることは少ない。ましてや、総指揮官として軍事を取り仕切るまでの武才を発揮していたのである。
 状況が状況だけに皆、戦闘面でのロサリオの武才の価値や軍略面に気を取られる中、それ以外の面に改めて気づき画策した者がいる。
 平和であれば、そこに価値を見出すほうが圧倒的大多数であるのに、フェメスもロサリオを手元に置きすぎていた、同じ方向を向いて戦乱を駆け抜けることが出来る兄弟として、腹心など何ら雑兵と変わらないと思ってしまう程に、信頼しきっていたからこそ見落としていたロサリオの価値である。


 「僕にはね…… 皇位継承権があるんだ…… 」
 

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