魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第33話 贖罪の山羊

 ロサリオ・サン・バルトロメ公爵弟は大陸でも有名である。
 齢10歳にしてギルドが創設されて以来、この1,000年で最年少のAランク冒険者となり、その後、バルトロメ公爵家の主要な戦場には必ずと言っていいほど名前が出てくる。
 平和な世とはいえ、個人の武勇とはそれほどまでに、人々の心が湧き立ち躍らせるものである。ティファニア王国だけでなく、地理的にも一番遠いグランクルス帝国にも勇名は轟いている。これはAランク冒険者としてギルドの情報網にも常に挙げられるのが要因としては大きい。
 大陸側でいうとフェメス公爵よりもロサリオ公爵弟のほうが段違いで有名である。10歳から12歳まではほぼ全てを戦場で過ごしており、賢者の石の件で報告があっただけで実質活動していなかったため、冒険者資格は凍結されてはいるが、間違いなくSランクに到達しているだろうと噂は広がっていた。
 獣人族であるサーラブでさえこれから冒険者になろうとしているところであったので、里でロサリオ公爵弟の噂は耳にしたことがある。


 「はぁ…… 私はとんでもない人の奴隷になっていたのですね…… 」


 サーラブは驚きと大陸中に名を轟かす人物が自らの主人であることに、若干の嬉しさもニュアンスとして含まれる感想を述べた。


 「勇猛なること音に聞こえしバルトロメの公爵弟か…… 是非にでも一手御指南頂きたいものだな。」


 オリビアが鼻息荒く興奮しながら詰め寄ってきた。


 (怖い怖い!! あの時のバーサーカーモードに入ってるんじゃないか? )


 「オリビア。少し落ち着いて…… 後日になさい。」


 「かしこまりました。すみませんロサリオ卿、つい最新の英雄殿だと知ると血が騒いでしまって…… 」


 アンディーがロサリオ公爵弟であると打ち明けたことにより、素朴な疑問を感じたマルティーナは問いただすのであった。


 「何でわざわざ嘘なんかついてアンドラス・ティアスなんて偽ったの? それにヘルツォークにもどうやって…… 仮に死んでなくとも、魔王討伐開戦前から逆算してもここまで来れるものなの? 」


 至極尤もな疑問を口にした。アメリア以下、アルラオネ以外は皆が感じた疑問であろう。サーラブだけは問いの意味を深く知ることはなく首を捻っているだけである。


 「まずは、何故名前を偽ったかというと、目立たずに冒険者でもやって暫く過ごそうと思ったんですよ…… さすがにロサリオの名前はこちらでも有名だと思ったもので、大陸に居るのが不自然ではないかと思いました。」


 このヘルツォークにいるという理由を語るのは少し躊躇いが出てしまう。凡その推測は成り立つし、その推測がほぼ正解であろうことはロサリオにも分かっている。それを正確に伝えてしまうと魔王の正体にまで発展してしまう。
 旅順にてここまで来たとなると、先般アルラオネが言っていたイグレシアス大陸北東海岸部から、ヘルツォーク公爵領南西に位置する、帝国国境付近までの陸路行程における新記録を樹立してしまう。


 「ここにいるのは…… 」


 キイイイイィィィィィィィィィィイイイインンンン!!


 ロサリオが悩みながらも言葉を発すると、辺りに耳鳴りの音のような甲高い不可解な諧調が鳴り響いた。


 「アザゼル…… 」


 「アメリア…… さん? 」


 アメリアがロサリオを通して遠くを見つめるような視線となり、開ききった瞳孔に薄らと魔方陣が移りこんでいる。


 「アルラオネさん!? 」


 「わかっとる!! これは、発動しとる!? アメリア嬢の持つ…… 恐らくじゃが、ヘルゼアの眼じゃな…… 小僧、お主の軌跡…… だと思うが覗かれとるぞ。」


 皆、アメリアの発する一種異様な雰囲気に息を呑み見守っている。神官であるフリーンは、アルラオネが口にした、ヘルゼアの眼という単語からイグレシア正教会が大々的に発足する以前からある預言書の一幕を思い浮かべた。


 「アルラオネ様、これは過去、現在、未来を見通す1,000年以上前の預言書に記された眼ですか? 」


 「 ……よく知っとるの、いくら神官とはいえ教会発布の聖書や神話考察以外のものじゃぞ!? それを…… お主は一体…… 」


 フリーンの言った預言書は、教会発足前の土着の宗教や信仰からくる書物であり、基本は教会本部内にある禁書庫内でしか今日ではお目にかかれない代物である。その他には各国が教会に秘蔵で保管しているかどうかのものであり、むしろ教会所属の者のほうが知らない内容である。厳しい部署や上司であれば、知っているというだけで異端扱いされてもおかしくない事項でもある。


 アメリアが涙を流しつつ再度ロサリオに向かい言葉を発する。


 「ロサリオ様…… あなたは、何という…… 厳しくも惨い…… 悲しい…… 道を…… 」


 「アメリア…… 」


 「…… 」


 アルラオネはロサリオの事情を知っているため無言で二人を見つめている。しかし、アルラオネもロサリオの胸中までは全くと言っていいほど察してはいない。それすらも視ているのであろうアメリアの様子をただ眺めるだけであった。
 ロサリオは金縛りにあったかのように動けずにアメリアに見透かされていたが、ふとアメリアの眼から光が失われ、そのままロサリオの胸に倒れこんでくるのであった。


 「姫様!? 」


 「気絶している。」


 アメリアを受け止めたロサリオは嘆息し、あの瞳の不可思議な印象に背筋を震わせてしまった。
 彼女のあの反応は、自分というよりも全ての事象を見透かすことができそうで、アルラオネとはまた異る類の畏怖を抱かせるのであった。


 「さすがに今日はしまいじゃな…… アンナを呼んで部屋に運ばせようかの。」


 「じゃ、じゃあ、私が呼んできますぅ! 」


 この独特な緊張感が生まれてしまった場に居づらかったのか、サーラブがメイドのアンナを呼びに部屋から出ていった。
 何とも消化しきれないものを各々が感じながら、部屋を出ていこうとしたところにフリーンがふと思い出したようにロサリオに聞くのであった。


 「アザゼル…… 先程のアメリアさんの言葉で思い出しましたが、ランサローテは教会があまり進出しておらず、古い神話の数々がそのまま残っておりましたね……
 神は呼ばれた、という書の一説に、人々の穢れと罪を一身に背負って放逐された山羊がおりました。
 アザゼルとは、この山羊が放逐された荒野の峻険な岩山か断崖を指すとされたり、この山羊そのものを指すという解釈もあります…… 」


 それは、ランサローテでも知る者のいないバルトロメ公爵家秘蔵の神話の書物でもある。大陸に現存しているかどうかはわからないが、決して軽々しく知っているようなものではない。もし、知っているというのであれば、バルトロメ公爵家以外では2,000年近い歴史を誇っているランサローテ皇家ぐらいであろう。
 だから兄であるフェメス公爵と決めたのだ、あの呪われた島の贖罪を願って、生贄の山羊、アザゼルという名を。


 「フリーンさん君は…… 」


 「贖罪を願った人々の罪を一身に背負ったこの山羊は一体どこに向かったのでしょう……? 崖から堕ちてしまったのでしょうか……? それとも生贄となり朽ち果ててしまうだけなのでしょうか……? 」


 アルラオネもマルティーナもそしてオリビアまでもが、フリーンが何を言わんとしているかを察し、ゴクリと生唾を呑むのはマルティーナか、そしてオリビアか、はたまた両名か。
 ロサリオは沈痛な面持ちで続きを受け止める準備をするのであった。


 「ねぇ、ロサリオ様…… いえ、魔王アザゼル様…… 」


 そこに悪意はなく悲哀と憐憫を湛えた瞳で、ロサリオを見据えながら問いかけるのであった。 

「魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く