魔王に堕ちて討伐されたけど、何とか生きてます。

ノベルバユーザー255848

第26話 ハニーミルクはキメ顔で

 「悪魔堕ち…… 確かに書物には魔族の真の姿のような意味合いで記述されていますね…… ただし、アルラオネ様が編纂に加わられていた悪魔事典には、魔族自身にも忌み嫌われていると附記がありますが…… 」


 場が沈黙していたところをアメリアが書物を捲る音が満たし、目に留まった記述に対して疑問を投げ掛けてきた。


 「そこの記述通りじゃよ! よく見つけたの…… 事実儂は200年前の魔族戦乱の佳境にて目撃し戦っておる。」


 「アルラオネ殿、当時の記録では悪魔堕ちした魔族に帝国及びティファニア両軍併せて5,000名近く部隊が犠牲になったと記憶してますが…… 要はそのクラスが今回出現したと…… 」


 ヘルナーゼは痛む目の奥の頭痛を揉みほぐすように眉間を指で押さえながら確認をするのであった。


 「そうじゃ!! 当時儂も所属していた部隊で戦い追い詰めかかったところに、それが起こったからの…… 当時悪魔堕ちした魔族が言っておったわい! 魔族は魔力量の多さ、魔術の多彩さそれらを駆使して戦うことのできる叡智を兼ね備えた強さこそが至高じゃと…… それらを捨て去り悪魔の本能に身を任せて暴れまわる欲求を満たすだけの存在に堕ちるなど、恥辱極まりない行為だとな…… 」


 この場でただ一人共感できるロサリオは嘆息する。種族は違えども自らのことよりも種族全体のため、若しくは恥辱や苦痛にまみれ愛すべきもの達に唾棄を吐きかけられてでも譲れない何かがあったのだろうと想像する。
 もはや個人の欲だけでそこまでの覚悟を持つことは出来ないことを身を以て体験したのである。


 「悪魔堕ちする前に今回の魔族、デカラビアも言ってましたよ。」


――人族を前にこれ以上懊悩煩悶するなど、もはや我が胸臆、我が激情、我が宿願が許さぬと――


――この身に流れる血に身を堕として悪魔と成り果てようとも、200年の末に積もりに積もった我が万斛の怨嗟を持って!! 人族を蹂躙し、凌轢りょうれきし、虐殺し尽くしてやろうと――


 「っっ!! そこまでの人族へ対する恨みですか!? 」


 現場に居合わせていないアメリアには想像を絶する魔族の感情である。200年間という長い間溜まりに溜まった怨念のおりが、意図せぬ遭遇であったとしても戦闘に発展したことによって決壊し、自らも呑み込まれてしまったのだろう。あれほどの恨みの念を差し向けられたことは、250年生きたアルラオネにすらないことであった。


 「それほどの激憤がなければ死の間近であっても悪魔堕ちなぞせんということじゃ…… 現にサタナキアは死の間際まで追い詰められようが悪魔堕ちなぞせんかったわい……」


 アルラオネは討伐後に魔王と認定された魔族と悪魔堕ちした魔族を思い出しながら、争いの変遷を語っていった。 


 「そこから対魔族戦役も様相を変えていっての、貴族級魔族には少数精鋭であたるようになっていったのじゃ…… 一般レベルの兵たちじゃ紙クズのように千切られるだけじゃからのぉ、一般の魔族兵どもを一般兵や騎士団たちで足止めし、選抜した高レベルのパーティーで要は暗殺じゃな…… 陣地深くに忍び込みピンポイントで戦闘を繰り返す! 人族は数の多さで受け止め、大陸中の突出した猛者達をかき集めてパーティーとして細分化しゲリラ戦にて頭を取っていく作戦じゃ!! 
 まぁ…… その精鋭80名はその戦いで皆命を散らし、生き残ったのは儂とグレゴリオの二人だけじゃったがのぉ…… 」


 この200年前の魔族戦役は物語や劇にもなり、今もなお生きるアルラオネの存在も相俟って広く知れ渡っている。もちろんここにいる面子もロサリオ含めて皆よく知っている出来事である。
 作戦の肝となり散っていった78名は祀られ称えられた。「まるで生贄のよう…… 」そうつぶやかれた言葉が妙に耳に残るのであった。
 大陸はこの時の経験を活かし、軍の編制及び陣形などが今に発展している。マルティーナは普段は少し厄介で予測不能な行動をとる、手の掛かる師匠を改めて尊敬の念を湛えた表情を向けながら聞くことに徹していた。


 ヘルナーゼは当時の作戦を聞き、改めて今回の魔族遭遇戦のメンバーを見渡すと疑問に思う部分が多々あり、一番知りたかったことを問い質した。


 「なるほど、それが効を奏して戦乱は終結したというわけですか…… では、今回の悪魔堕ちの討伐はアルラオネ殿とそこの3人で成し遂げたということですかな? 正直策も何もない力押しとしか言いようがありませんが…… 」


 ロサリオは冷や汗が止まらず、手洗いに行こうと立ち上がると――


 「あらあら、何処に行かれるのですか?」


 ロサリオの左腕に自らの右腕を絡めてフリーンが身体を密着させ聞いてくるのだった。その大胆な行動に狼狽えながらダメもとで席を立つための言い訳を放ったが――


 「いや…… 少し長くなったからお手洗いにでも行こうと…… 」


 「あら? ……私は男性の方と手洗いをご一緒するなど初めてで恥ずかしいです…… 」


 意味不明なことを宣い頬を染めるフリーンに流石にロサリオも周囲も驚愕した。


 「なっ…… 何言ってるんですかフリーンさん!? 正気ですか! ていうか左腕が!! ふおぉぉ!! この柔らかい感触に…… 僕の意思が呑み込まれそうになる…… 」


 「マルティーナさんほどは大きくはなく普通で申し訳ないんですが…… 」


 非常にズレたことを続けて言うフリーンにもはや何が何だか分からなくなり、一緒に手洗いに行こうかと本気で考え出したロサリオに対し、アメリアからはもう周りに憚ることなく不穏な空気を発している。ロサリオを睨みつけることを止めずに今まで感じていた疑問を投げかけた。


 「お二人のその親密さは一体何なのですか……? あの戦闘でほんの少しご一緒であっただけではないのですか? 」


 「あんたっ! いつの間にフリーンに手を出したの!! また私にしたみたいに物理的にその手を…… いやらしい!!!」


 咄嗟に胸を庇いながら言ったマルティーナに対しアメリアは疑念差し向けながら――


 「マルティーナ…… 物理的ってなんですか? 詳しく報告していただきます。」


 「あっ!…… いやぁ……」


 マルティーナはまたもや顔を真っ赤にし自爆してしまう。


 そしてフリーンは何事もなかったように続けた。


 「先程のギルド長の疑問の答えにもなるのですが、私はあの場でアンディー様に救われたからこうしてお慕いしているのですよ…… それに、こうでもしないとそのままいなくなりそうな方ですしね…… 」


 ウインクしながらロサリオの顔を覗き込むしぐさが、一つ年上とは思えないほど可愛らしくまた聖職者に似つかわしくない妖しさを発していて、ロサリオは浮かしかけていた腰を観念するかのように下すのだった。


 そんな4人のやり取りをアルラオネは大笑いで文字通り転げまわりながら周囲を確認するように見ていた。
 アルラオネの思惑の一つにアンディーことロサリオをどのようにしてこのヘルツォークに縛り付けるか、というものがある。マルティーナとの仲も考慮に入れ、女性絡みでこの地を離れづらくさせてやろうと考えていた。その女性の中には自らが仕える主君の娘であるアメリアもあてがおうとしているのが恐ろしい。
 12という年齢を鑑みるに当初は難しいかと思ってはいたが、中々どうしてフリーンがいい働きをしていることに笑いを堪えるのが難しかった。
 周りの反応も確認すると、マルティーナは言うに及ばず、マルティーナはすでに既知のことであるが、アメリアも好意を持っているであろうことにアルラオネも気づいた。


 いきなり状況と話が飛んだことについていけず、ヘルナーゼは戸惑いアメリアの後ろに視線を逸らしてアンナの状況を見ると無表情でやり取りを眺めているに過ぎなかった。知りたい情報もかくやという段階だったので嘆息するのであった。


 「なぜ、マルティーナもフリーンさんもそんなにアンディー様と仲がいいんですか!? 私も助けて頂いたんです!! もっと知りたいし仲良くしたいんです!!! 」


 「姫様もう隠す気ないでしょ!? 」


 「アメリア様は最初から視線で語っていましたから…… ふふふっ。」


 ひとしきり笑い、満足したアルラオネは未だに言い合いともみくちゃにされているアンディー達に――


 「ほれほれその辺にしとかんかい。笑かしよるの! ヘルナーゼがうんざりしとるぞい…… 」


 「これは…… 申し訳ありません…… 」


 アメリアは羞恥で顔を真っ赤にしながら謝罪を述べた。マルティーナもフリーンも似たように縮こまり顔を恥ずかしさで赤く染め上げていた。ロサリオは乱れた衣服を取り敢えず整えて、ようやく疲れが取れるであろうと用意されていた飲み物で一息を入れることが出来たのであった。


 「まぁ…… ぶっちゃけていうとこの小僧がキメ顔でなにやらカッコつけたことをほざきながら一方的にぶち殺しておったのっ!! 
 いやぁ、あんときのお主には嵌ったセリフじゃったが、今の姿を見ていると笑えてくるからたまらんなぁ…… くくくっ。」


 「ブウッ――――――――――――――ッ 」


 ロサリオは盛大にハニーミルクを吐き出してしまった。

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