真っ黒くて大きい女

島倉大大主

 ――わかったわかった、話すってば……。

 あー……お前、地元だっけ? 違う? あ、そう……うーん、じゃあ、ちょっと判ってもらえないかもしれねえんだけども……。

 城岩市ってのは、都市伝説が多いんだよ。
 俺らはガキの頃から、そういうのを腐るほど聞いてる。
 学校の怪談、公園の怪談、駅の怪談、ビルの怪談とバリエーションもかなり豊富なんだな。で、そんな中に、王道中の王道の奴がある。

 それが『真っ黒くて大きい女の噂』って奴だ。

 知らないか? サークルの飲み会とかでも、聞いたことが無い? あれだよ、黒い服を着た、身長の高い女の化け物の怪談だよ?
 え? ネットの怪談で? 白い服? 
 いやいや違うな。城岩のあいつは、服は真っ黒さ。だけど腕や顔は真っ白。指は細くて長いんだ。
 顔? 美人さ! いや、はははは、目は髪に隠れて見えないんだけどね、真っ赤な唇をしててさ、凄くその……ん?
 ああ、まあな。俺は見たことがあるよ。

 子供の頃、小学の三年だったか四年だったか、ともかく、『女の噂』がクラスで大流行してさ、お前も知ってる場所だよ。
 三分目町のガード下とか、中央北の大団地に出たとか、情報が流れるんだよ。で、その度に暇な奴が探検とか言って、カメラ片手に探しに行って、空振りで帰ってくる。
 そんなある日、俺も出かけたんだな。
 場所? お前、通ったことないか? 大学の北にある竹林。近寄った事もないって? まあ、あそこら辺は何もないからな、そうかもしれねえな……。
 まあ、ともかく俺は、そこの竹林で『真っ黒くて大きい女』を見たんだ。

 これ、覚えておいてくれ。

 で、時間がどっと流れて、二週間前だ。
 何の授業だったかな――ど忘れしちまったけど、確か昼前だった。場所は――ほら、C教室、階段教室で一番でかいあそこさ。風が強くてな、窓がガタガタ鳴ってやがった。
 俺は教室に入って、教科書やら何やらを出してたんだが、そこでな、飛び込んできたんだよ、耳にな。

『あの真っ黒くて大きい女、最高だよな』

 俺の四つ前の席に、連中は座っていた。
 だらしない格好でさ、ボンヤリした顔をしてやがって、へらへら笑ってる。

『あの女にしゃぶってもらったんだ』

 そいつらの一人が、うっとりしたような感じでそういいやがる。俺の前に座ってた女が、顔を歪めて席を立ったよ。

『お前もか。俺もじっくり隅々までやってもらったよ』

 何だこいつら、って思ったね。薬でもやってるのか、ってね。
 で、その時になって、ようやく俺は気がついたんだよ。
 臭いんだ。
 汗の臭い、生ごみみたいな臭い、それと――あれだ、イカ臭さ、あれが混じってどろどろと漂ってるんだよ。あ、連中、ついさっきまでそういう事をやってたな、とピンときた。勿論周りの奴も勘付いてたんだろうな。連中の周りには誰も座ってないんだから。
 俺も教室を出ようと考えた。別に一回ぐらいやらなくても困らん授業だったんでな。

 だけど――まあ、その『真っ黒くて大きい女』の話をもうちょっとだけ聞いてみたいと思ったんだ。
 え? なんでかって?
 その……懐かしくもあったし――わかった、ぶっちゃけるよ。
 城岩の小学生の男子の――きっと三割か四割ぐらいは、初恋の相手が、『真っ黒くて大きい女』なんだよ。
 いや! 正確に言えば、初めて『女に対してエロを感じた』のが、『真っ黒くて大きい女』なんだな。言わば『思い出のエロ本』さ。
 そうそう、ハハハ! そこは男として、替えが効かないんだよなあ。悲しいぜ。
 で、俺は席を立たずに聞き耳を立て続けた。

『エレベーターの中で、たっぷりとしゃぶられ――』

『あの女最高だよな。あの手の動きとか、指とか、歯とか――』

『口が大きくて、唇が赤くて、べろがエロくて――』

 ああ、成程。そういう風俗か、プレイか、と俺は納得した。
 怪談をネタにするアレとか、マニアックにも程があるだろ、と呆れもした。
 え? うん、まあ、興味正直あった。はは、まあ、男の子だからね、ちょっとは妄想もしたよ。まだ聞きたいか? そうだろ、男のこういう話を聞いても、気持ち悪いだけだろ……。

 え?

 うん、まあ――実際、それで、俺は引き籠ってたんだけどね。
 ただ、勘違いはするなよ! 俺は、理性を無くしたりはしていないからな! だから、外に出れなくなったっつーか……うん? 話が見えてこない?

 ……それからしばらく後に、連中をまた大学で見かけたんだ。
 で、俺は連中を尾行した。
 なんでかって? そりゃ、『女の話』が気になったからさ。混ぜてもらおうとか、そういうのじゃない。ただ、追わざるをえなかった。追うしかなかった。

 ……夢が酷くてね。

 あの話を聞いてから、毎晩毎晩、おっかない夢を見る……聞きたいのか?

 ……ガキの頃に、『あの女』を探しに行った時の夢だよ。それを、昨日の事のように、鮮やかに夢に見るんだ。

 俺は、その――竹林で迷子になってな、色々歩いてるうちに、開けた場所に出たんだ。そしたらそこに、古ぼけたビルが建っている。三階建てぐらいだったかな?
 ん? そうだよ。竹林のど真ん中にだ。外側なんてボロボロでさ、一階の窓はガラスも無くて、そこから覗くと、天井も壁もボロボロ、床板なんて割れてタケノコが生えてるんだぜ? 

 なのに、エレベーターのランプが点いてるんだ。

 入口の正面に、でん! と大きなエレベーターがあってさ、やっぱり扉とかがボロボロなんだけど、パネルのランプが点いてるんだ。
 俺はふらふらと入口からエレベーターの前まで行く。そしたら、どっか遠くで、チン! って音が聞こえるんだ。あれ? と思ってパネルを見ると――そうだ、思い出した。
 三階だ。三階のランプが点いていて、それがふっと消える。そして二階のランプが点く。
 俺は、ぼけっとしてそれを眺めていて、ようやく『何かが降りて来ようとしている』のに気がついたんだ。

 慌てて逃げ出す。

 ん? いや、夢の中特有の、足が重いやつは無かったな。だけど、転ぶんだよなあ。何かに躓いて、ばたーっとね。
 バサバサって音がしてね、俺は体を捻って後ろを見る。
 風が強く吹いて、竹がバサバサ揺れているんだ。なんだ、その音か、と安心した。

 だけど――――――――いや、大丈夫。大丈夫だから……。

 竹と竹の間の暗闇って表現判るか? そう、向こうが見えない、あの暗い場所にな、真っ白い物が浮かんでるんだよ。

 うん、あの女の顔だな。

 ただ、俺はそれが顔だって認識にするのに、時間がかかったんだ。あの女の顔が、竹の間の闇を滑るように近づいてきて、あの真っ赤な唇がにぃっって笑って、あの酷く長くて細い指が太い竹の――『遥か上の方』を掴んだ瞬間、あ! って。はは、まったく遅すぎだよな。

 ざあって音を立てながら、竹の葉を散らして、あの女が竹林から滑り出てきた。

 大きかったよ。

 あのビルの二階くらいまで、あったんじゃないかな。いや、それはオーバーか、ははは!
 きっと――あのエレベーターの扉を、屈んで潜ったんだろうなって思ったよ。
 え? その後?
 うーん……話したくないな。いや、ほら、うん、そういう話になっちゃうから、な。

 いや、判ってるって。

 夢さ。

 あの女にガキの頃に会ったのだって、白昼夢とか、記憶が歪んだとか、まあ、ともかく現実じゃないのは判ってる。
 でも、頭で判っていても、そういう夢をずっと見るもんだから、俺は参っちゃってね。だから、大学で連中を見かけた途端に、追いかけちまったのさ。

 大学の北門を出て信号を渡る。コンビニとスポーツ用品店の間の道だな。そのまま進めば、住宅街を抜けて県道に出るだろ? でも途中で左折するんだ。
 駅の方に近づく、ていうよりも、ほら、うちの大学って中心部にあるだろ? で、更に地図で調べると、城岩の本当の中心は、その竹林なんだな。城岩は、元々広大な露天掘りの跡地だ、なんて伝説があるくらい、見事に円形をしているから、中心はすぐにわかるじゃないか……。
 まあ、ともかく左折して、石塀――城岩石の塀が延々と続く細道を進む。すると、俺のガキの頃の記憶と同じく、竹林が右手に見えてくるんだ。竹垣に囲まれていて、真ん中に細い道がある所まで一緒さ。連中は笑いながら、その道に入って行きやがる……。

 俺は――流石に躊躇した。
 怖い、て思ったね。足が震えてたからな。
 一方で、あの女をもう一度見たいって、強く思ってた。
 結局、煙草を一本吸ってさ、それで落ち着いて、まあ――竹林の道に入ったさ……。

 まあ――もういいよな! ここらで、話は終わり! な?
 は? いや、だから、俺が引き籠ってるのは――

 まあ、うん、ビルはあったよ。
 ガキの頃見たのと、まったく同じだった。
 連中?
 ……さあ?
 俺は、その――ビルを見て――だから、その――近づいたんだ。ビルに。でも、中を覗く気はなかったさ! 当たり前だろ! あんな………………だけど、その…………。





 音がしたんだよ。エレベーターが到着する音が。



 途端に足が固まっちまって――それで、その――ズボンが暖かくなって――俺はその――そしたら――声が――声が聞こえて――だから――逃げようって考えてるのに、足が全然動かなくて、それで、グスッ、だって、怖くて、グスッ、足も手が動かなくて、グスッエグッ、そしたら、真っ白い指が、ぺたぺたって壁の上の方を――綺麗なんだよ指が、透き通るように白くて、爪なんて、ほら! あれだ、玉虫みたいな色をしてるんだよ! だから、俺、綺麗だなって思って、グスッ、ヒヒッ、そしたら、あの細い指がすーって俺の方に来るんだよ。ズボンの裾に触ってそこから潜り込んでまさぐって抓まれて気持ちよくて声が出そうになってそしたらグスッグスッあの女が真っ黒い女がヒヒ凄くエロイんだよあの女凄い匂いでヒヒヒヒべちゃべちゃなめられて俺いっちまってさヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒああ気持ち良いんだよぉぉおおお凄いんだよぉおおおおおおおお頭が溶けちまいそうなくらいきもち――





 ああ、うん。大丈夫。落ち着いた、落ち着いたから……。

 俺は、その――気がついたら大学の北門の所に立ってた。その――何日か経ってたらしいんだけど、よく覚えてないんだ。頭の中が今もぐちゃぐちゃで、よくわからないんだ。

 ん? いや、だから! 判らねえの!? 

 俺は外に出たら、絶対にあの竹林に行っちまう。そしたら、もう絶対に――

 は? 見りゃわかるだろ! あの女が窓から覗くんだよ! だから塞いでるんだ。あの指が入ってくるから、お前が帰ったらドアも塞ぐ。隙間という透間は全部塞ぐんだ! 

 窒息?

 ふふ
 ふふははははは!
 はははははしゃははひゃははははははは!
 はははははははははははははははははいいいははははははははは!!
 うひゃあははああはは死ぬあっはひゃはは息ができなくてはうひいいいいいいい死ぬ死ぬいいうえおえあああ――

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