魔法使いとSF少女

涼風てくの

第一話「危機」

 学生寮の長い通路を抜けると、左手に階段が見えてくる。階段を上がり、右に曲がって突き当りのドアに向かった。すると部屋のドアが自動で開いた。
「ただいま戻りました」




 背もたれのある回転イスを彼女の方に向けた青年は、だらしなく着こなした白衣を持て余しながら、半日ぶりの彼女の姿に労いの言葉を掛けながら、缶コーヒーを投げ渡す。部屋には冬場の斜陽が眩しく差していた。




 夏島岬なつしまみさきは一日の疲れを癒すように嘆息をしながら、もうそんな時間かと少し寂しく思った。ここのところ、彼女は室内で種々しゅじゅの測定を繰り返すこと数百数千、彼女でなければ到底正気でいられないような、過酷な状況が続いていた。




「お疲れ夏島ちゃん、今日も大丈夫だったかい」
「はい、大丈夫でないのは恐らく監督官の方です。目が充血してます」
「まあ、それはともかくさ」
 岬は背に掛けた三本の剣を壁に立てかけてから、
「体調面でも精神面でも安定しているように思われます。危惧された身体と精神の齟齬そごも見受けられませんし、至って正常です。情動の振れ幅の制御もベストであると考えます」
「そりゃあ良かったけど、相変わらず真面目だよねえ。いや、うちの研究室には貴重な人材だ」
「そうですか……」
 相槌して缶を傾けた。
「そういえば、君の好きなグループの新作CD予約取れなかったんだけど」
「え、それは困ります」
 傾けていた手を戻して、初めて空也くうやの方を見、髪を揺らしながら、目を丸くした。
「いいや、そんな反応が見られて安心したよ。ちなみにさっきの冗談ね。ばっちり予約しといたから」
「そういう悪質な冗談はよしてください、気が気じゃありません」
 そう言うと岬は安堵のため息を漏らしながら、思わず顔をほころばせた。もうすぐCDの届くことが数少ない楽しみの一つなのである。




「ところで何で今日は、こんなに早く切り上げてこられたんだい?」
 夜まで長引くのが常だったのだが、今日は夕方。
 岬は長袖のセーラーカラーブラウスと、濃紺のプリーツスカート、それに黒のスパッツという学園女子の制服を持て余しながら言った。
「今日は特別朝が早かったからでしょう。昨日までは夜を中心としたテストでしたけど、昨日からは朝に切り替わったというわけです。そもそも先輩がそれを知らないのはまずくないんですか」
「う、確かに……。そう言えば」
「他の先輩が良く心配されているというのは、やっぱりその抜けているところだと思いますよ。近くに居るほど心配になりますから、御友人がもっともだと思います」
「一週間もたたずににそこまで見破るかな……」
 岬はしばし心配の体で白衣の空也を見つめていたが、あえて何も言わないにとどめて置いた。




「そうだな、後でやることにするよ。そんなあれでもないし」
「へ、何の話ですか?」
「いや、こっちの話」




 するとその刹那、サイレンの音が遠く鳴り響いた。敵襲を知らせるサイレンだ。
 学園内に居る多数の組の集合が命ぜられた。
 司令部直属状態の岬も召集の対象である。




 岬は何の気なしに用意を整えていくが、空也はそれを眺めながら言い知れぬ悪寒を覚えた。敵襲のサイレンによって召集されることも無いわけではないが、日常茶飯事というわけでもないのだ。第一、ここ武蔵野中央学園は彼ら魔法使いからしてみれば、敵の牙城、本拠地である。そこにわざわざ多大な犠牲を払ってまで攻撃を敢行するというのは、いくら彼らとは言え、余りにイレギュラーだった。




 魔法使い陣営と空也たち学園陣営とでは、基本的に使用される魔法は酷似している。ただ一点大きな違いを上げるとするなら、魔法使いの場合、能力下で殺害した人間がゾンビ的に蘇生し、敵の意識下に置かれるということだ。ある意味では第二の人生、もう一種の人類ともいえるだろう。対して学園側も通常の打撃では不死身の彼らを、特殊武器で始末できる、という能力が最たるものである。








 空也は、用意を終えた岬の方を見据え、
「大丈夫なのかい、まだ試験中なのに」
 岬はうすぼんやりとした微笑をたたえつつ嘆息した。
「それは……、召集ですし。ここで学園の一般生徒の私が騒いだところで仕方がありませんから」
「でも今はさ」
 岬は少し哀愁を漂わせたような表情で、無言を貫いた。
「っ……」
「行って参ります」
 少し無理して笑みを投げかけた彼女を見て、やりきれない気持ちに襲われていた。








 召集から少し経った頃、敵の前衛の到着予想の一時間ほど前に集合が完了した。各組がざわめきながらも定位置に就いた。数百という人間のひしめく中、鎧を着た人々が遠くへと消えて行く。ここで制空権が取れなければ、かなり切迫した状況になるようにも思われるが、生存本能の弱い彼らとの交戦であれば、下手な事をしない限りは押し切れるのが普通だった。




 夏島岬は今回重要な任務を帯びている。立ち位置は前衛の後発だった。
 遠くを見据えていた岬は、不意に肩を叩かれ、ビクリと震えてから恐る恐る振り返る。
「やっほー、夏島ちゃん、元気してる?」
「ええ、……」
 津路空也の研究室の一人で、その親友の一人、綴 花蓮つづりかれんだった。岬と似たり寄ったりの制服である。
「ごめんね~、こんな不意打ちみたいなタイミングで戦うことになっちゃって。もう少し準備が出来てればよかったんだけど」
「いえ、お気遣いなく。上手くやります」
「今日は出る幕が無ければうれしいんだけど」
 綴は岬の援護の立ち回り役だった。
「あれだけの敵勢ですから、叶いそうにもありませんね」
 岬は苦笑いをして言った。
「そうねえ、ここで私達が岬ちゃんをしっかり援護しないと。研究室のあいつらに顔向けできないし」
「やっぱり仲良いんですね」
「さあ」
 岬は苦笑しながら地平線の彼方に目を向けた。殺風景の砂漠を、舞い散る砂が汚げに彩っていた。




「私は早いとこ帰ってCDを聞くつもりですよ」
「あら、あれ予約できたの? 私出来なかったから是非貸してもらいたいなあ。駄賃は弾むわよ」
「はいはい、わかってますよ」
「そうね」
 二人はせきを切ったように笑った。戦闘前、束の間の談笑だ。それから間を置かずして、二人の部隊の出撃になった。想定していたよりも地上の戦況は思わしくなかった。




 束の間の安息から引き戻されるかのように、二人は身の引き締まる思いだった。それから、見合って、
「お互い無事に戻って来られればいいわね。いや、戻って来ましょう、無事に」
「はい、よろしくお願いします」

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