魔法使いとSF少女

涼風てくの

第三話「自殺行為」

 岬との無線での会話を始める少し前、空也は自室を抜け、やにわに研究室へ向かった。
 研究室にはデスクワークを主にする面々がまばらに作業をしており、空也は開いたドアの正面の一つの大きなモニターの前で作業をする一人に声を掛けた。
佐々木ささき、ようやくの出番だ」
 機材をいじる片手間に、
「出来る事なら無ければ良かったよ。人命にかかわるんなら気が抜けねえんだ」
 空也は隣の椅子に腰を掛けた。
「大体君は危機感に煽られないと出来ないんだから、これぐらいが丁度いいだろう。それともぼくのポストなら喜んでやったのかい」
「さあな、俺は一人で安らいでる方が気兼ねなくていいんだよ。第一なんだってここは昼寝ができねえんだ。一日十二時間睡眠が通常営業だったあの頃に戻りてえ……」
「寝すぎだよ。それより機材の調子はどうだい。うまくできてるかな」
 佐々木はふいと走らせていた手を止め、椅子から立ち上がった。
「マグカップどこやったかな……」
「僕のために入れといてくれたんじゃないのか」
「てめえかよ」
「うん」
「第一、なんでてめーのために淹れるんだよ」
「ふ、バッカスは君にはもったいない」首を振りながら言った。
「勝手に飲んでおいて良く言う奴だよ」
「コーヒー豆の有効活用をしたんだ」
「お前ぶん殴るぞ~~!」
 空也はそそくさとマグカップを流しの方へ持っていき、腕の時計で現在時刻を確認した。恐らくはもう集合が完了する頃合い。今回ほどのイレギュラーな事態であれば学園こぞって動き出しているのだろう。その中で、この研究室の慌てようも一通りではなかった。




「んで、そこそこに準備は出来たわけだが。映像はもう入れた方が良いのか?」
「その方が良いだろうね。それから後、音声も」
「へいへい」
 そうして佐々木は再び機材に向き合い、黙々と操作を進めて行く。
 空也は殺伐としている室内の眩い白さを眺めながら、嘆息した。室内には人はまばらだが、それだけ向こうの方の作業に回っている。




 研究科の方に移る前、体を操って戦っていた頃には、恐怖と隣り合わせに戦っているだけだと思っていた。敵の襲来があれば何となく赴いて敵を蹴散らす。だが平和というのもそう簡単に実現できる代物ではない。数十年数百年と時を重ねて、幾人もの尽力の上に絶妙なバランスで成り立っている。それを曲がりなりにも、この学園都市の中だけでも実現できているのだとしたら、それは尋常ではないことだ。武力が、魔法なんてものが影をひそめる日が来ればいいと、ぼんやり空也は思った。




「……もう繋ぐか?」
 室内の静寂を断ち切るように佐々木の声が掛けられた。佐々木はいつの間にやら用意したカップの、ゆらゆらとした湯気を見つめていた。
「準備は万端、か」
「あとはあっちでキーボードを叩くだけだ。とりあえずはこれで準備完了だ」
 やっとありつけたコーヒーに、佐々木は嬉々として嘆息した。
 空也は時計を見やりながら、
「そろそろ繋いでみるかい」と言った。
 そして佐々木はとあるキーボードに手を伸ばし、キーを叩いた。




 岬の方に繋いでから数分が経過した頃、ふと不安が空也の頭をよぎった。
「やっぱり、無理にでも援護をもっていかせた方が良かったかな」
「え、それは無理だったんですよね」
「うん、そうなんだけどね」
「……なるようになりますよ」
「そう簡単になられても困るんだよ。こちらとしても無茶はあんまりしてほしくないからさ」
「ですか……」
 気まずくなるような間が少し空いた後、岬の方から声をかけた。そうして再び、ぽつりぽつりと話し続けていると、映像と音声からでは読めない表情が何となしにも伝わってくるのを感じていた。
 それは表情というよりか、感情の機微であったかもしれない。
「居ます……」




 空也は状況を整理した。岬の現在位置は恐らくは地下一階を中央へと進んでいった突き当りの部屋。そうともなれば敵の頭である可能性も多分にある。しかしながら、そんな奴が部屋に一人だけ、のこのこと突っ立っているだろうか。
 今までにも牙城まで到達した事例はある。だがその中のほとんどがこちらからの侵攻であり、その中に今回に通じるようなシチュエーションは恐らくないのだ。
 思案しながら音声の通信をしていた時、呻き声を最後にして向こうからの音声までが途絶えてしまった。画面が消え、黒くなっていた液晶に、すりガラスを通したような二人の像が見えていた。
「とうとう音まで切れちまったな。やっぱりまだ調整不足だったとしか……」
 空也は突然にして立ち上がった。
「どうするんだ、現場にでも乗りこむつもりか」
「行ったところで何も、」空也が言葉を言い終える前に、音声がまた入り始めた。
 恐る恐る空也が尋ねた。
「聞こえるか……」








 古ぼけた遺跡の砂がむんむんと舞い上がっていた。岬は壁に打ち付けられた後、すぐさま立ち上がり警戒したが、砂埃で視界が明瞭としないのを苦々しく思った。体に異常のないことを確認し、辺りを警戒しつつ砂埃が落ち着くのを待っていた。すると、不意を着くように右から急激に不快音波が響いてきた。
 岬は咄嗟に距離をとるように飛び退いた。反応の早さの向上を身に染みて感じた。今までだったら攻撃を避けきれなかったはずだ。
 それからは音波の変化の具合で距離をとり続けていた。しかし、それをいつまでも続けていては埒が明かないし、今にもモスキート音に耐えきれ無くなりそうだ。




 その時、一瞬の油断で、自分の、間近への接近を許してしまった。間一髪でよけ、そのまま後退するも、強烈なめまいで倒れる。
「うぐ……」思わず呻いた。
 押し寄せるような耳鳴りが頭まで響き、思うように立ち上がれない。
 それでも、電極の影響もあってか、迫られる前に体勢を立て直す。砂が激しく舞っていた。
 その折、不意に、
「聞こえるか……」
「ん、聞こえていますが」
 頭に響いた。
「ああ、良かった。それで」
「今は急ぎです。ここでファンクション7を」
「……何だって?」
 空也が問い返した。
「F7、です」
 岬は息も絶え絶えに言い直す。
 空也はその岬の様子を察してか
「いいのかい、まだ十分には調整すんでないんだろ」
「もう使うってのか」
 後ろから佐々木の声が聞こえる。 
「はい、急を要します」
 その様子を察してか、空也は
「無理はするなよ。今更かもしれないけど」そう言ってしぶしぶ承諾するのだった。






 再び飛び込んでくる敵の両手剣の一振りをけつつ、自らはもう少し剣の幅が狭く、鋭いものを取り出す。良く磨かれた側面がひやりと光った。その光が集約される先端を、自らの腹部へと向けた。
 電極の精神安定のため、躊躇うことはあまりない。
 自分の腹へ向いた剣が、松明の揺らめく光を反射した。
 電極があるはずなのに、冷や汗がたらりと頬を伝った。




 それから一思いに腹へと、ぐさり一突きした。血の濁濁だくだくと溢れ出す光景を眺め、己の血とは思えぬよそよそさを感じた。そうして気の進まないまま、岬は再び要求をした。
「解除を打診します」
「もうするのかい、……了解」
 それは痛覚の回復を意味していることは岬も承知の上だった。
 岬は、突然襲い来る腹部の強烈な痛みに吐血し、むせ返った。
 だがこれでいい。敵は待ってはくれない、早く行動しなければ。
「おい、大丈夫か」
 耳に入ってくる声が岬の頭をかすり去っていった。

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