転移した先は彼女を人質にとるムゴい異世界だった

涼風てくの

第十三話「地底にて」

 竜の爪に引っ掛けられて飛んできた俺は、勇敢に異世界の空を飛んだあと、ひんやりと湿った薄暗い洞窟に放り投げられた。その痛みに意識を逸らされて、辺りを見回す暇もなかった。
 赤髪の女が白竜に餌をやっているのが目に入った。竜は翼を閉じて大人しくそこに座り込んだが、それを見て取ると、彼女は俺の方に歩み寄って来た。それを眺めるでもなく俺は殺風景な洞窟内を眺めた。ろうそくの炎が暗い部屋をほのかに照らしていた。
「ちょっと運が悪かったみたいね。いじわるするつもりはないけれど、それなりのことは喋ってもらうから覚悟しておきなさい」
 そういう女の声は冷たさを帯びてはいるが、太く自信を持ったものだった。彼女はそこらへんに転がっていたらしい椅子を持ち出すと、俺のいくらか前に置いて座った。背もたれのない椅子に足を組んだ。
 俺は床にあぐらをかいて俯いて黙り込んでいた。それを理恵から引き離されたことに動揺していると考えたらしい女は、じれったそうに何事かを思案している風だったが、先に口を開いたのは俺の方だった。
「お前は誰だ、いったい何がしたいんだ……」
 平凡な物言いに、女は少し肩を落としたように見えた。でも気のせいだろう。
「わかっているの……、質問をするのはこちらの方だということ。まあいいけど。私の目的はあんたから、にっくき騎士団の情報を聞き出すことよ。わかったかしら」
 俺は渋々口を開いた。
生憎あいにくと、俺はまだ正式に入団したわけじゃないんでね、聞きたい事があるとしても俺が言えることは何もない」
 女は眉をひそめた。
「まったく、この状況で生意気な口たたけるとは大した根性だわ。そこは褒めてやってもいいけれど、何も聞きださずに引き下がるわけにはいかないの。とっとと何か吐いてもらうわよ」
 やはりそうなるかと俺は落胆した。相手にも悟られるぐらい露骨だったと思う。そんな自分の単純さにまた落胆した。でも何も話すことが無いというのは本当なのだから、特になすすべがない。万事休すかと思っていたところ、もう一つ気づいたことがあった。
 女は後ろから黒い物体を引っ張り出してきた。ちっこい竜だった。ガブリエルだ。女はもてあそぶように翼を掴んで両側に引っ張った。
「おお、ガブリエル、そこにいたのか」
 女は俺の間抜けな声を聞いて、すこし苛立いらだったようにのんきね、と声を漏らした。
「こいつを八つ裂きにされたくなければ、とっとと吐いてしまいなさい」
 そう言ってガブリエルをもてあそんでいると、突然ガブリエルはくるっと翻って女の顔を引っ掻こうとした。彼女はそれを察知して顔を引っ込めたが、その拍子にガブリエルを離してしまった。
「マリー、その男の方をとっ捕まえて」
 言われて白竜は俺の方ににじり寄って来た。が、女の手から解放されたガブリエルは、ばっと飛び立つとその竜にまとわりついてその進行を妨害した。
 その賢さに感心する前に、俺はガブリエルと同じように勢い良く立ち上がり、動揺して立ち上がっていた女に飛びついた。彼女が反応するよりも先にうまく捕まえて、勢いそのまま後ろに倒した。倒れた時に、当然ながら尻や背中をごつごつした洞窟の地面に打ったらしく、ちょっと痛そうだ。
 俺は制服のポケットから、兄妹の家に転がっていた刃こぼれの多い短剣を引っ張り出して、女の首に突きつけた。それを見て女は呻くのをやめた。
 床に座ったまま、いくらか悔しそうに喋った。
「相変わらず卑怯なやり方ね……、煮るなり焼くなり好きにしたら? ま、こんなところで騒いだら誰が駆けつけてきてもおかしくはないでしょうけど」
 他にも隠れてるやつがいるのか、面倒だ。
「そこのでか白い竜には大人しくしていてもらおうか」
 そう言って竜を制した後、俺は女に尋ねた。
「それで、お前は一体誰なんだ?」
 女は口をつぐみ続けたので、ナイフを握っていない方の手でほっぺたを掴んでやった。彼女は憤慨して手を払いのけた後、ふてくされつつ口を開いた。
「私はソフィー・アルトよ。それ以上言う事はないわ」
「意趣返しってか……。まあお前の素性がわかったところで、時差ボケもせずに異世界から飛んできた俺には何の関係もないしなあ」
 赤いポニーテールの女は怪訝そうな顔持ちになった。
「異世界ぃ? あんたそれで英雄にでもなったつもりなの? バカバカしい」
「あ、英雄と言えばあの兄妹がその子供なんだって……、あ」
 いうべきことが浮かんだ嬉しさに、思わず余計なことを口走ってしまった。俺が尋問される場面はもう終わったのに。
「英雄が生きてたの何百年前の話だと思ってるの? 確かに今でも生きているなんて話は聞いたことがあるけれど……。でもいいわ。ちょっと興味がわいたから」
 気をよくしたらしいこいつは、いきなり俺の手を地面に押さえつけて、体をねじって俺の上でうつ伏せになった。
「ふん、形勢逆転ね」、嬉々とした調子で言った。「それじゃ騎士団の事はひとまず置いといていいから、あなたにおこった愉快な出来事の顛末てんまつでも聞かせてもらおうかしらね」
「ぐっ、しまった……」
 嬉しそうに顔を綻ばせたソフィーとは反対に、俺の気はすっかり萎えきってしまった。

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