○○系女子の扱いには苦労する

黄緑 碧

3話―2「脱兄宣言」

 基本コンブ(情報化学部)に行くが、たまに美術部の部員から要請があれば行く感じだ。 
 美術部の扉を開け中に入ると、要請をしてきた部員が俺を睨んでいた。
 なぜだ。円芭もいるはずなのだが。

「遅いわよっ」
「しょうがないじゃん。ホームルームが長かったんだから」

 円芭の言う通り、今日の担任はいつもとはひと味異なり、普通に教師をしていた。
 それが思いのほか長引き、他のクラスよりも大幅に遅れての放課後だったため、要らぬ謝罪を強要されるはめになっている。

「円芭には訊いてないわ」

 ピシャリと長田が円芭に吐き捨てた。
 酷い言い草だな……。

「いや、私も同じクラスだし」
「違うわっ。そういう意味じゃないの。磨莉が言いたいのは、円芭じゃなくて祐に訊いたってことよっ」

 住吉・長田コンビで円芭のこと苦手なのかよ。

「なるほど」

 納得すんのかい!
 ちなみに、お気づきかとは思うが、円芭も美術部に所属している。
 こいつも長田の要請云々で入部した一人。

「ところで、今日は何で俺らを呼んだんだ?」
「モデルになってもらうためよ」
「また~」
「しょうがないでしょ。そういうテーマでやってるんだから」
「分かったよ……」
「じゃあ、背中合わせになるように床に座って」

 円芭が了承してしまった以上断れず、俺は腰を下ろし、円芭の背中に自分の背中をくっつけた。

「というわけで、じっとしてて」
「モデルなんだからそうするよ」
「なら、いいわ」
「この格好って意味あるの?」
「無きゃ、やらせないじゃない」
「まぁ、そうなんだけど」
「つか、手動かしてくれ」
「分かってるわよ」

 何かまだ言いたそうだったので、それ以上しゃべらせないようにした。
 俺の指摘を受け、筆を動かし始める長田。
 それに比べ、美術部の他の部員達は黙々と絵を作成している。
 羨ましいほどの集中力だ。
 是非ともうちの部活に欲しい人材である。

 にしても、このポーズで良い絵が書けるのだろうか。
 俺のイメージしている美術部の描く絵って物を見本にしたものだったり、風景画だったりするのだが、ここの美術部は変わってるのかもしれない。

「祐、体重乗っけないでよ」
「乗っけてないけど」
「だって重かった」
「俺は、円芭に体重預けてない」
「……そう」

 何度言ったら分かるんだよ。
 つか、むしろ円芭の方が俺に体重預けてるように感じるんだけど。

(じゃあ、この体勢疲れたから背中預けていい?)
(別に構わないけど)

 何が「じゃあ」なのかさっぱり分からん。
 あと、小声で話す意味あるのかね?
 こんな静かなところで小さな声で話しても周りに丸聞こえだと思うんだけど。

「そろそろ出来るからじっとしてなさいっ」
「……早くしてよね」
「分かってるわよ」

 円芭の催促に先程より描くペースを早める長田。
 催促するのもいいが、良いのが描けなくてまたこのポーズさせられるっていう考えには至らないのかこいつは。
 あ~、足が痺れた。
 でも、実際問題足を伸ばした形のポーズだからあぐらをかくことができないので、正直早く絵を仕上げて欲しい。

「出来たわ」
「ホントにちゃんと出来たのか?」
「出来たわよ、ほら」
「……」

 やっと出来たかと長田が差し出してきた絵を見たら、何故か円芭の隣に女の子が描かれていた。
 どういうつもりだろうか。

「ちょっと訊きたいんだけど、いいか?」
「何よ?」
「俺がいるはずのところに女の子が描かれてるんだが」
「き、気のせいじゃないかしら」

 分かりやすい嘘つくなよ。
 つか、スカート穿いてる男がどこにいるっ。

「いやいやいや、どこをどう見ても女の子じゃん」
「……そうよ。正解よ」
「開き直んなよっ」
「祐って男の子にしては小柄じゃない?」

 バレてしまえば、隠す気ありませんとでも言うかのごとく長田はサラッと失礼なことを聞いてきた。

「うん。とは言いたくないけど、紛れもなく事実だな」
「だから描いた」

 意味分からない。
 何が「だから描いた」だ。
 そしたら、伊津美でも充分成り立つだろ。

「分かるっ!」
「っ! ビックリした……」

 ずっと黙っていた円芭が突然大声をあげ、立ち上がった。
 心臓に悪い!
 こいつの何かに長田の発言が反応したらしい。
 円芭も急なことに驚いた顔をしている。

「そ、そう……」
「とにかく俺が女の子になってる理由を教えてくれ」
「祐も意外と鈍感なのね」
「どういう意味だ」
「そのままの意味よ。祐が女の子みたいだから描いたの」
「……」

 ちゃんとひげも生えてるのになんでだっ。
 つか、生まれてこのかた一度も言われたこと無いし。

「練本君ありがと~」
「いいモデルだったよ」
「またお願いっ」
「断るっ」

 次回のモデル依頼を蹴る。
 何が悲しくてまたこんなことしなくてはいけない。

「へぇ~」
「な、何だよ」

 円芭の目つきが変わった。
 この流れでなんで円芭が反応するんだよっ。

「またモデルにならないと、この描いたやつみんなにバラすから。あたしの隣の女の子実は祐がモデルなんだよって」

 クソ、何だかよく分からないけど、色々マズいことになりそうだな。
 特に知り合いにバレるのは絶対に避けたい。

「分かったよ。次もやるよモデル」
「ホント!? じゃあ、次はコスプレしてモデルしてもらおうかしら」
「珍しく意見が合うね」
「やっぱり円芭もそういう考えだったのね」
「うん!」

 ……こいつらっ!
 仲が良いんだか悪いんだか、どっちなんだよ!


 ☆ ☆ ☆


 今日も疲れた。
 まさか俺へのモデル依頼にあんな理由が隠されていたとは思わなかった。
 本当にあの作品誰にも見せないかな。
 まぁ、モデルが誰かという表示がない限りバレることはないと思うけど不安である。

 本日の疲れを癒すため風呂に入った訳だが、身体的な疲れではなかったらしい。
 どうにもこうにも疲れが取れない。

 ガチャ。

 ん!? 誰だっ。
 浴室の扉の方を見ると、妃奈子が立っていた。
 しかも、水着姿で。

「なにしてんだ、お前……」

 遂に壊れたようだ。
 前から頭のネジとれかかっていたけど、完全に脱落してしまったらしい。

「見たら分かるでしょ」
「いや、分からないから聞いてんだよっ」
「お風呂に入ろうと思ったの」
「それは、見れば分かるわっ」
「わがままだな、祐君は」

 なんで俺が呆れられなくちゃいけないんだっ。
 俺が不満を募らせていたら、浴室に足を踏み入れてくる妃奈子。
 こっちが呆れたい……。
 もう少し警戒心を持って欲しいわ。
 俺がもし隠れシスコンだったらどうすんだよ。

「ねぇ、祐君」
「なんだよ」

 ちゃぽんと浴槽に入って早々妃奈子が声の調子を変えた。
 しかも、俺に背を向けて。

「これで最後にするから」
「なにを?」
「全部。もう祐君にベタベタ……は少しするかもだけど、TPOは考えるようにする」
「今まで考えてなかったんかい!」  
「と、とにかくそれだけだから」
「……」
「……」
「「……」」
「いや、それだけなら早く出ていけよ」
「えー」

 さっきの宣言はなんだったんだよ……!

「背中流してあげようか?」
「好きにすれば」
「じゃあ、やってあげる」

 どうせ断ったところで断れないから妃奈子の好きにさせることにした。
 浴槽から出て床にあぐらをかく。

「祐君、身長のわりに背中広いね」
「それは、褒めてくれてんの?」
「もちろん」

 悪意がないのは伝わってくるが、“身長のわりに”っていうフレーズが傷つくんですけど。
 そうこうしてるうちにボディソープを泡立て終えた妃奈子が俺の後ろで膝立ちした。

「行くよ」
「了解」

 優しいタッチで背中を擦り始める。
 何というか懐かしい。
 小さい頃よくお袋に体洗ってもらってたな。
 正直女の子の力加減のため少々物足りなさを感じる。

「もっと強くやっていいぞ」
「これが限界です」

 さすが女の子。
 まぁ、これが最後だって言うし、このまま我慢して洗ってもらおう。

「あ、前も洗ってあげようか?」
「結構です!」
「ちっ」


 ☆ ☆ ☆


 風呂に入ったのにやっぱり疲れが取れなかった。
 翌日。時は放課後。
 今日は情報化学部(通称コンブ)で活動する日である。

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