賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第106話 闇を照らす光


 スカイブルーだったはずのファーガルの瞳は、白目の部分も含めて全てが真っ黒となっていた。

 それがファーガルの素性を証明しており、モーラはすぐさま正体を言い当てた。

「あなたが神託の魔族、なの……ね」

 聖女が魔族であり、神託は偽情報と聞かされていたが、目の前のファーガルの特徴を認め、モーラはほぞを嚙んだ。

 何が中級魔族は来ない、っよ! とモーラは内心憤慨していた。

「そうだよ。僕は、きみらが言うところの中級魔族かな。正式には魔人であり、インターミディエイトという階級なんだけどねー」

 ファーガルは、求められてもいないことまでしゃべりだす。

 それは、あまり浸透していない事実だった。
 これまでも、魔人たちは名乗ったりしていたのだが、それを聞いた者たちはみな、その魔人たちに殺されてしまい、その情報を届けられずにいた。

 大陸の最北端に魔族領というものがあり、魔族が魔獣を操り人間たちを苦しめている――
 これがヒューマンや亜人たちの認識だった。

 でもその実態は、魔人と魔獣を合わせて魔族と称される存在であったのだ。

 ただ、それを知ったところで、今の状況では全く意味がない。

「な、なるほどね。それは知らなかったわ」

 あの中級魔族が私の目の前にいるなんて……いえ、魔人だったかしら、とモーラは背筋がぞわぞわするプレッシャーを感じながら、必死に平静を保とうとしていた。

 モーラは、力の差を嫌でも感じており、そうでもしないと、恐怖でどうにかなりそうだった。

「ところで……さっきの答えは?」

 ファーガルは、ニヤリと口元を円弧に裂き、再度モーラに問うた。

「さっき……の? もしかして、コウヘイ様を知っているかっていう……」

 ファーガルが魔人だという驚愕の事実が判明する前に、そんなことを聞かれたことをなんとか思い出すことができた。

「そうそれ! まさか……知らないんなんて、言わないよね? ねえ」

 ファーガルは、さっきまでの不敵な笑みを完全に消し去り、感情が抜けたような無表情になった。

 モーラは、知っているという意味で小さく頷くことができただけで、「それを聞いてどうするの?」とは、決して口に出せなかった。

 白目の部分まで漆黒の闇に染まった双眸に見据えられ、モーラは完全に委縮していたのだ。

 勇者パーティー崩れのとても強い冒険者がいると、コウヘイのことをラルフより熱弁されていた。
 それでも、死の砂漠谷のドーファン討伐遠征に参加していたモーラは、目の前で戦うコウヘイの姿を見ており、彼の力のほどをよく理解しているつもりだった。

 ガッチリとした逞しい見掛けにもよらず、頼りなさげな内気な性格。
 そのくせ、周りの騎士たちを守ろうと死に物狂いで前線で奮闘するも、ドーファンの攻撃を受け無様に何度も死の砂漠谷で砂を巻き込みながら転がっていた。

 確かに頑丈であったが、所詮一般的なヒューマンと比較して耐久能力が高いだけだった。

 モーラが渾身の身体強化魔法を付与していなければ、もしかしたら死んでしまっていたかもしれない。

 それ故に、ダリルとは少し違った意味で、モーラもまたラルフが熱弁する内容を胡散臭く思っていた。

 そんなコウヘイのことを目の前の魔人が気にしている意味がわからず困惑した。

 そんなモーラの心情を知らぬファーガルは、無表情から一転、無邪気に笑う少年のような笑みを広げる。
 それでも彼から放たれるプレッシャーは健在だった。

「うんうん、素直で宜しい。それでーどこにいるかな? できれば今すぐ連れて来てほしんだけどなー」

 ファーガルは、コウヘイがテレサにいることを知っており、自分の手で殺すつもりだった。
 本来は、オフェリアがコウヘイを殺すために死の砂漠谷へ向かったのだが、コウヘイが勇者パーティーと別行動を取っていることを、つい最近知ったのだった。

 ファーガルは、それを知った当時、

『オフェリア様に褒めてもらうチャンスじゃないか!』

 と、内心うきうきしていた。

 しかし、そのファーガルの問いにモーラは、かぶりを振った。

「そ、それはできないわ」

 モーラは、恐怖でファーガルの漆黒の瞳から目を逸らしそうになったが、どうにか堪えた。

「んーなんでかな?」

 一方、ファーガルは、こめかみを引くつかせたぎこちない笑顔で首を傾げた。

 一体何なのよ! と、モーラは、コウヘイのことが気になりだした。

 魔人の考えてることなど理解できるはずもない。

 でも……

 目の前のファーガルとかいう魔人は、コウヘイ様のことを大分気にしている様子……魔人が気にするほどの何かがコウヘイ様にあるのかしら? と、モーラはコウヘイのことに気を取られ始めた。

 ラルフが大げさに言っているだけかと思っていたが、考え直す必要があるかもしれない、と――
 は、そういうことなのかしら、と――

「どうしたの? 早く言わないと……殺すよ」

 ファーガルは、中々答えないモーラに苛立ち、更なる殺気を放った。

 その殺気を受けたモーラは、一瞬ビクッとしたのみで何も答えない。
 というよりも、コウヘイの居場所を知らず、答えられないのだ。

 いけないっ、今は目の前の魔人に集中しないと、とモーラは頭を小さく振って目の前のファーガルに集中し直した。

 どうする? 一か八か勝負を……いやっ、勝てる気がしないわ、とモーラは必死にこの状況をどうにかすべく頭を働かせるが、良い案が浮かばない。

「ほらっ、早くしてよー」

 モーラが一向に口を開かないことに焦れたのか、ファーガルは右手の親指と人差し指以外を握り、モーラの顔を指さした。

 攻撃が来る!

 と思ったモーラは、焦りから反射的に攻撃魔法を発動させてしまった。

「凍てつくほこよ、敵を穿うがて、アイスジャベリン!」

 大きな氷の槍が発生し、至近距離にいたファーガルに見事命中した。
 ガラスが割れるような大きな音をさせ、氷の破片がモーラにも降り掛かる。

 それは、モーラが好んで使う魔法で、自然と口を衝いて呪文を唱えてしまった。

 しまった! と咄嗟に攻撃してしまったことを悔いたモーラであったが、それに合わせるように他の翼竜騎士たちも詠唱を開始していた。

 こうなっては仕方がないと思ったモーラは、他の翼竜騎士たちの詠唱が終わるまで、魔力が続く限り無詠唱でアイスバレットを撃ち続け、大声で指示を飛ばした。

「威力はいいから手数で勝負よ!」

 モーラの激しい攻撃が続き、ファーガルがいた場所を中心に白い霧が立ち込めた。

 他の翼竜騎士たちの詠唱が終わるタイミングで、ファーガルとの射線上にいたモーラは、舞い上がってその場を離れた。

 詠唱を終えた翼竜騎士たちから色々な魔法が、ファーガルに殺到した。

 火魔法の赤、水魔法の青や風魔法の緑といった色が飛び交い爆発し、まるで花火のように美しく、上空から見たそれは、圧巻だった。

 地上からもファーガル目掛け色々な攻撃魔法が集中し、爆音が鳴り響いた。

「これで倒れないなら嘘、よね……」

 魔力を消費しすぎたモーラは、肩で息をしながら誰に言うでもなくそう呟き、それを眺めながら次第に震え出した。
 恐怖に耐えられなくなったモーラは、ついに叫んだ。

「いやぁっ! 嘘よ……そ、そんなの!」

 未だファーガルがいた場所は、至る所から飛んくる魔法が命中する衝撃で爆発を繰り返していた。
 それはつまり、標的が未だ健在であることを意味していた。

 魔力切れ寸前のモーラは、見ていることしかできず、他の騎士たちも魔力が尽きたのか、次第にその攻撃も止んでいった。

 それは、数分という短い時間であったが、千近い数の魔法がファーガルに直撃したはずだった。

「お願い!」

 モーラの悲痛な叫びが響くのと同時に、辺りを覆っていたもやが晴れ、ファーガルの姿が次第にあらわになっていく。


 ――ときに現実は非情である。


 ファーガルを象徴していた真っ黒なローブは跡形もなく、サーコートも至る所が破れ、青白い肌からは血が滲み出ており、さすがに無傷ということもなかった。
 それでも、不敵な笑みを浮かべたままで、騎士たちの必死の攻撃も大して効果があったようには見えなかった。

「お願い! 嘘だと言って!」

 再びモーラが叫んだが、ファーガルは、喉をクツクツ鳴らして愉快そうに笑った。

「……いやあ、これはこれは……詠唱省略とは驚いたよ。おかげでマジックシールドの展開が遅れたじゃないか。ねえ……きみ、名前はなんていうのかな?」

 ここファンタズムは、如何に正確に詠唱を行うかで、魔法の精度が上がると信じられている世界。
 ヒューマンがその詠唱を省略した状態で、高威力の魔法を発動させると思っていなかったファーガルは、本気で感心し、モーラの方を見上げ尋ねた。

 一方、ファーガルが生きているのを目の当たりにしたテレサ防衛陣からは、ざわめき声が上がって辺りが騒然となった。

「ねえ、教えてくれないの?」

 ファーガルは、ただただ、モーラが名乗るのを待っていた。

 だが、モーラにファーガルの言葉など一切耳に入っておらず、この状況を打破する方法がないかモーラは、忙しなく視線を彷徨わせ模索していた。

 地上では、ダリルがワイバーンに乗って駆け付けようとしていたが、周りから羽交い絞めにされ、阻止されているのが目に入った。

 ダリルならファーガルを相手できる可能性があったが、魔法が苦手で魔法障壁を発動できない彼は、エミリアンの二の舞を演じる可能性が非常に高く、それを恐れた周りが止めているのだった。

 作戦級魔法、「サンダーレインブラスト」の影響で、大分弱体化したとは言え、地上には、千近い数の魔獣たちが、攻め込む機会を窺うように身構えているのである。

 ここで指揮官を失うわけにはいかないのだった。

 結局援軍を期待できないことを悟ったモーラは、諦めるようにファーガルに視線を戻した。

「ふーん、教えてくれないのか……そう、じゃあ死んでよ」

 モーラと再び目線を合わせたファーガルは、興が醒めたのかあっさりとモーラを殺すことを決断し、おもむろに右腕を上げるのだった。

 それに照準を合わせられたモーラは、抵抗する素振りすら見せず、圧倒的強者を前に諦めるように静かに目を瞑るのだった。

 途端、約二か月前のことが瞼の裏に映し出された。

 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 死の砂漠谷へ近付くに連れ、モーラは恐怖から身体が震えるのを感じた。
 それでも彼女のワイバーンに相乗りしていたコウヘイは、魔法が使えない『ゼロの騎士』にも拘わらず、そんな雰囲気を一切感じさせなかった。

「コウヘイ様は、怖くないのですか?」

 気付いたらモーラはそう口にしていた。

「ん、どうしたんですか、急に。そんなの怖いに決まっているじゃないですか」

 怖いと言いながらも、後ろから抱き着くように腕を回していたその身体は震えておらず、むしろモーラの身体を包み込むようにギュッとしてくれた。

 きっと、鎧越しでもモーラの震えが伝わっていたのかもしれない。

「でも……僕は守りたい人がいるんです。魔法が使えない僕だけど、僕が身体を張ることでその人を守れるなら、踏みとどまるのに十分な理由なんです」

 耳元に届いたコウヘイの声音はとても優しく、とても温かかった。

 何故、そんなにも穏やかでいられるのかしら?

 モーラが肩越しに振り返った先には、人懐っこい笑顔があった。

 普段は、目鼻立ちがくっきりとして凛とした顔立ちから、勇ましいイメージを抱いていたモーラだった。
 それでも、他の勇者から雑用めいたことを頭を下げながら対応しているのを見てしまい、勇者どころか男らしくないその様子に、彼への評価を大分下げていた。

 それなのに、その少年のような澄んだ笑顔に引き込まれた。

 そして、いつの間にか……モーラの震えはピタリと止んでいた。

 代わりに感じたのは、大きな胸に後ろから抱かれた安心感だった。 

 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

「コウヘイ様……もう一度、もう一度会いたかったな……」

 ついぞ再び会うことが叶わなかったコウヘイの名をモーラが呼んだときだった。

 甲高い風切り音とともに、誰かの叫び声が響き渡った。

「うわぁぁぁあああーーー!!!」

 それに気付いたファーガルが叫び声がする方向を見たが、遅かった。

「うげっ」

 ドンッ! ヒュー……ドッカーン!

 まさに、そんな効果音がぴったりな大きな音が鳴り、ファーガルは吹き飛ばされ、地上に激突したのだった。

 そして、今までファーガルがいた場所には、太陽の陽の光を受け、輝く白銀の鱗で覆われたドラゴンの背に騎乗した、コウヘイの姿があったのだった。

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