賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第104話 テレサの危機
デミウルゴス神歴八四六年――八月四日。
勇者パーティーが解散となり、それを知った各官職が他部門との調整にサダラーン城を駆けずり回り、まるで蜂の巣を突いたように騒がしく、半ば混乱状態に陥っているとき、テレサの町を本物の混乱が襲っていた。
町を取り囲むほどの魔獣の大軍が見渡す限りの大地を埋め尽くし、空舞うワイバーンやグリフォンの群れが陽の光を遮るほど集結していた。
本来であれば、ガイスト辺境伯からの援軍一個旅団――四千人――が到着し、冒険者を合わせると五千以上の兵力で防衛しているはずだった。
その予定だったにも拘らず、昨日到着した兵力は、たったの一個連隊――千人――だけだった。
それは、タイミングが悪いことに、敵国であるバステウス連邦王国軍――二個連隊規模――が国境付近に現れたことが大きく関係していた。
その軍勢と睨み合いになっていると、国境防衛隊の伝令が昨日の早朝、テレサに駆け込んできたのだ。
国境防衛隊は、城塞都市ガイストの領主――スティーグ・フォン・ガイスト辺境伯――へマジックウィンドウで同じ報告をしたところ、一個旅団もの兵を出陣させた後では二個連隊に即応するのは不可能だと、スティーグに言われたらしい。
そこで、スティーグは、テレサの領主、つまりダリルに判断を一任すると言い、国境防衛隊の伝令は、その言伝をダリルに伝えるべく訪れたのだった。
それを受けたダリルは、その警戒のためにテレサに向かっていた四千人から威力偵察として三千の兵を割り当てることを決断したのだった。
その結果、約三千の魔獣に対して、テレサの防衛兵力は、テレサの衛兵、帝都の騎士団とガイスト辺境伯軍からなる混成部隊約二千人と冒険者約五〇〇人。
完全に数で後れを取ってしまった。
地上の魔獣は、ゴブリンソルジャーやオークが大多数であり、その数の差は問題ないように思えた。
それでもその中には、オーガやトロールも混じっており、並みの兵士では相手できる魔獣ではなかった。
しかも、野生の魔獣とは違い、それぞれが革鎧や鋼鉄の鎧を着こみ、手には武器を持った完全武装だった。
その上、軍隊のように整然と行軍するという組織だった行動をとっていた。
そんな魔獣たちが迫る発展途上の町であるテレサには、籠城作戦を採れるような城壁なんてものは存在しない。
とどのつまり、はじめから数が有利に働く野戦を強いられており、テレサ防衛陣営の旗色は、かなり悪かった。
森で切り倒して作った気休め程度の木の柵の囲いを背に、ミスリルのプレートアーマーを着込んだ領主――ダリル・フォン・フォックスマン・テレサ――は、馬上から陣頭指揮を執りながら悪態をつくのだった。
「くそっ、これが噂の奴らか……なんてタイミングが悪いんだ。こりゃあ中級魔族の襲撃は本当かもしれんぞ!」
ダリルが言った、「タイミング」とは、なにもバステウス連邦王国軍が国境付近に現れたことだけを言っている訳ではない。
国境防衛隊の伝令がダリルを訪れるよりも一日前に、宰相のヴェールターより中級魔族が出現するという神託は虚言であると、帝都とのマジックウィンドウ通信で、ダリルはそう連絡を受けていた。
ダリルは、そんな経緯があったため、テレサ防衛のために向かっていたガイスト辺境伯軍に、テレサより国境線の防衛を優先して欲しい旨の伝令を出すという決断に至ったのだった。
その局面だけで考えるとダリルの判断は正しかったのだが、結果は失敗だった。
せめて、二個連隊ずつに分ける編成であれば、テレサ防衛はもう少し楽な戦運びになっていたかもしれない。
ただそれは、結果論。
魔獣襲撃と敵国の不穏な軍事行動という不運が重なっただけであった。
サーデン帝国の通信網は、帝都集中型管理を敷いており、長距離用通信のマジックウィンドウを形成するのに使用する魔法石の回線は、帝都と各拠点間でしか結ばれていない。
中距離用や短距離用の魔法石もあるにはあるのだが、ダンジョン以外特産のないテレサには、そんな高級品を所有する財政的余裕はなかった。
そのため、魔獣の大群がテレサに向かってきた時点で、国境防衛へ向かったガイスト辺境軍にワイバーン騎兵の伝令を送り出したが、援軍がテレサに駆け付けるころには、この戦闘は終わっているだろう。
しかし、そればかりは仕方のないことだった。
縦のラインの連絡は早いのだが、横のラインがどうしても遅くなってしまう。
更に、テレサにとってもう一つの不運があった。
もしかしたら、それが最大の不運かもしれない。
それは、デビルスレイヤーズの不在――
と言うよりも、コウヘイの姿がそこにはなかったのだ。
「やはり聖女様が魔族というのがおかしな話では? ただ、過ぎたことを言っても仕方がありません。コウヘイ殿の帰りを待ちましょう」
ダリルと同じくミスリルのプレートアーマー姿のラルフは、帝都からの情報の真偽はさて置き、まるで英雄の帰還を待つかのように期待を込め、そんなことを言った。
「それは何度も聞いた……一体そのコウヘイとやらはいつ戻ってくるんだ! ええっ」
元々戦うことに生きがいを感じるタイプのダリルは、指揮官という立場となった現在、最前線に立てないことの苛立ちをラルフにぶつけた。
既に魔獣との戦闘が始まって一時間が経過しようとしており、ラルフはことあるごとにコウヘイの名しか出さなかったため、ダリルはいい加減うんざりし始めていた。
どうにか魔獣の攻撃を凌いでいるが、少しずつ前線が押され始め、飛行型魔獣の攻撃魔法が幾度となく町中に命中しており、被害が甚大化しつつあった。
そんな状況の中、ラルフは主の問いにはっきりと答えられず、口ごもる。
「うっ、それは何とも……」
コウヘイたちが一五階層を目指すと言ってダンジョンに向かったのは、五日ほど前のことだった。
前回一五階層の入口まで行ったときは、四日で戻って来ており、それを知っていたラルフは、コウヘイの帰還がもう間もないことをダリルに伝えていた。
この悪い流れを打開できるのはコウヘイしかいないと、ラルフは信じて待ち望んでいるのである。
「それに、あの話は、本当なんだろうな?」
戦場から視線を外すことなくダリルは、ラルフに問うた。
「ええ、ファビオが言っていたので間違いないです」
九階層でコウヘイに助けられたことと、一〇階層でアレコレと非常識な話を聞いたことをガーディアンズのファビオは、ラルフに報告していたのだった。
それを二日ほど前に冒険者ギルドで報告を受けたラルフは、その内容を余すことなくダリルに報告していた。
「そうか……ローラと同じ魔法眼持ちのダークエルフを従えた英雄だったな」
ダリルは、末の娘の名を出して、コウヘイのことを英雄と呼んだ。
どうやらテレーゼがコウヘイのことを英雄だと言い回っているらしく、その噂はダリルの耳にも届いていた。
「まあ、それはコウヘイ殿も誤魔化していたそうですが、薬草の魔力を見ようとしていたので可能性が高いとのことでした」
「しかし、ファビオのおっさんがよくそんなこと知っていたな?」
ラルフの説明を聞いたダリルは胡乱げな目をした。
「まあ、あれでも一応ゴールドランク冒険者ですからね。筆記試験の対策で覚えたのかもしれません」
ダリルはラルフの説明を聞き、なるほどな、と腕組みして頷いた。
酷い言われようのファビオであるが、そればかりは仕方がないだろう。
テレサが二〇〇人ほどの村の時代から自警団長であったファビオは、ダリルやラルフと巡回計画などで話す機会も多く、宴席もそれなりに共にしていた。
そんなファビオに対するダリルの印象は、腕はそこそこだが短気で酒飲みの陽気なおっさんというものだったのだ。
実際、魔法眼のことを示唆できたのは、「野に咲く花」のリーダーであるテレーゼの説明があったからなのだが、それはまた別のお話。
「あとは、無詠唱の話は聞いていましたが、あんなでたらめな力があるとまでは聞いていませんでしたから、本当なら期待していいと思うんですよ」
ラルフは、コウヘイから精霊の樹海での出来事を聞いたときに、コウヘイたちが無詠唱魔法を行使できることを聞いていた。
ラルフ自体も身体強化魔法等のワンワード魔法なら無詠唱で行使できる。
ただ、それは簡単なことではなく、そんなことができるとされていないのがこの世界の常識である。
それ故に、コウヘイが異世界から召喚された異世界人であったとしても、そのことに気付き、それを行使できるコウヘイのことをかなり評価していた。
事実、ラルフは、話でしか聞いたことのない勇者よりもコウヘイの方が頼りになると考えていた。
ファビオの話を聞いたことで、ラルフの中でより確かなものになっていた。
勇者の紋章がない異世界人……英雄とは言いえて妙だな、と――
「強化されているミノタウロスを体当たりの一撃で昏倒させる力か……もし、それが本当なら早く戻ってきてほしいものだが」
ダリルは、聞いた報告を未だ信じ切れずにいた。
「まだ信じていないんですか?」
ラルフは、ため息交じりに自分の主の顔を見たのだが、そのダリルは、戦況を確認するように茶色の瞳を忙しなく動かしたままで、にべもなく言い切った。
「俺は、自分の目で見たものしか信じないんだよ」
ダリルは、二二歳という若さで近衛騎士団の団長に抜擢され、今では皇帝の懐刀の異名を持つ帝国最強の剣士であり、三七歳になった今でもその力は衰えを知らない。
ダリルは、冒険者で言うところのアダマンタイトランクにも引けを取らないと言われ、大陸中にその名が轟いている正真正銘の実力者である。
詰まる所、魔法が得意ではないダリルは、無詠唱の凄さを十分理解できた。
それでも、一七歳やそこらの若者が自分と同じ高みにいると聞けば、ラルフが興奮したように話すコウヘイの存在を信じられなかった。
皇帝のアイトルと勇者たちの話をしたとき、コウヘイの名が上がることは一切なく、それほどの実力者なら追放される訳もないと思っていた。
「んなことよりも、ここは俺が出たほうが早くないか? そろそろ変化が欲しい頃合いだ」
ダリルの指摘は尤もなことであるものの、彼自身が戦いたくてうずうずしていたのが本音だった。
「それもそうかもしれませんが、ダリル様が暴れたいだけでは? 変化が欲しいというなら冒険者部隊を出しましょう。正直騎士たちより冒険者の方が、魔獣との戦闘経験は多いですし」
「ちっ……ばれたか」
ラルフに自分の考えを見透かされ、ダリルは舌打ちをした。
そんな主の反応を無視し、後方支援に徹していた冒険者部隊を前進させようと、ラルフが伝令を送ろうとしたとき。
突如、風を巻き起こしながらワイバーンに騎乗した女性騎士が二人の前に舞い降りたのだった。
勇者パーティーが解散となり、それを知った各官職が他部門との調整にサダラーン城を駆けずり回り、まるで蜂の巣を突いたように騒がしく、半ば混乱状態に陥っているとき、テレサの町を本物の混乱が襲っていた。
町を取り囲むほどの魔獣の大軍が見渡す限りの大地を埋め尽くし、空舞うワイバーンやグリフォンの群れが陽の光を遮るほど集結していた。
本来であれば、ガイスト辺境伯からの援軍一個旅団――四千人――が到着し、冒険者を合わせると五千以上の兵力で防衛しているはずだった。
その予定だったにも拘らず、昨日到着した兵力は、たったの一個連隊――千人――だけだった。
それは、タイミングが悪いことに、敵国であるバステウス連邦王国軍――二個連隊規模――が国境付近に現れたことが大きく関係していた。
その軍勢と睨み合いになっていると、国境防衛隊の伝令が昨日の早朝、テレサに駆け込んできたのだ。
国境防衛隊は、城塞都市ガイストの領主――スティーグ・フォン・ガイスト辺境伯――へマジックウィンドウで同じ報告をしたところ、一個旅団もの兵を出陣させた後では二個連隊に即応するのは不可能だと、スティーグに言われたらしい。
そこで、スティーグは、テレサの領主、つまりダリルに判断を一任すると言い、国境防衛隊の伝令は、その言伝をダリルに伝えるべく訪れたのだった。
それを受けたダリルは、その警戒のためにテレサに向かっていた四千人から威力偵察として三千の兵を割り当てることを決断したのだった。
その結果、約三千の魔獣に対して、テレサの防衛兵力は、テレサの衛兵、帝都の騎士団とガイスト辺境伯軍からなる混成部隊約二千人と冒険者約五〇〇人。
完全に数で後れを取ってしまった。
地上の魔獣は、ゴブリンソルジャーやオークが大多数であり、その数の差は問題ないように思えた。
それでもその中には、オーガやトロールも混じっており、並みの兵士では相手できる魔獣ではなかった。
しかも、野生の魔獣とは違い、それぞれが革鎧や鋼鉄の鎧を着こみ、手には武器を持った完全武装だった。
その上、軍隊のように整然と行軍するという組織だった行動をとっていた。
そんな魔獣たちが迫る発展途上の町であるテレサには、籠城作戦を採れるような城壁なんてものは存在しない。
とどのつまり、はじめから数が有利に働く野戦を強いられており、テレサ防衛陣営の旗色は、かなり悪かった。
森で切り倒して作った気休め程度の木の柵の囲いを背に、ミスリルのプレートアーマーを着込んだ領主――ダリル・フォン・フォックスマン・テレサ――は、馬上から陣頭指揮を執りながら悪態をつくのだった。
「くそっ、これが噂の奴らか……なんてタイミングが悪いんだ。こりゃあ中級魔族の襲撃は本当かもしれんぞ!」
ダリルが言った、「タイミング」とは、なにもバステウス連邦王国軍が国境付近に現れたことだけを言っている訳ではない。
国境防衛隊の伝令がダリルを訪れるよりも一日前に、宰相のヴェールターより中級魔族が出現するという神託は虚言であると、帝都とのマジックウィンドウ通信で、ダリルはそう連絡を受けていた。
ダリルは、そんな経緯があったため、テレサ防衛のために向かっていたガイスト辺境伯軍に、テレサより国境線の防衛を優先して欲しい旨の伝令を出すという決断に至ったのだった。
その局面だけで考えるとダリルの判断は正しかったのだが、結果は失敗だった。
せめて、二個連隊ずつに分ける編成であれば、テレサ防衛はもう少し楽な戦運びになっていたかもしれない。
ただそれは、結果論。
魔獣襲撃と敵国の不穏な軍事行動という不運が重なっただけであった。
サーデン帝国の通信網は、帝都集中型管理を敷いており、長距離用通信のマジックウィンドウを形成するのに使用する魔法石の回線は、帝都と各拠点間でしか結ばれていない。
中距離用や短距離用の魔法石もあるにはあるのだが、ダンジョン以外特産のないテレサには、そんな高級品を所有する財政的余裕はなかった。
そのため、魔獣の大群がテレサに向かってきた時点で、国境防衛へ向かったガイスト辺境軍にワイバーン騎兵の伝令を送り出したが、援軍がテレサに駆け付けるころには、この戦闘は終わっているだろう。
しかし、そればかりは仕方のないことだった。
縦のラインの連絡は早いのだが、横のラインがどうしても遅くなってしまう。
更に、テレサにとってもう一つの不運があった。
もしかしたら、それが最大の不運かもしれない。
それは、デビルスレイヤーズの不在――
と言うよりも、コウヘイの姿がそこにはなかったのだ。
「やはり聖女様が魔族というのがおかしな話では? ただ、過ぎたことを言っても仕方がありません。コウヘイ殿の帰りを待ちましょう」
ダリルと同じくミスリルのプレートアーマー姿のラルフは、帝都からの情報の真偽はさて置き、まるで英雄の帰還を待つかのように期待を込め、そんなことを言った。
「それは何度も聞いた……一体そのコウヘイとやらはいつ戻ってくるんだ! ええっ」
元々戦うことに生きがいを感じるタイプのダリルは、指揮官という立場となった現在、最前線に立てないことの苛立ちをラルフにぶつけた。
既に魔獣との戦闘が始まって一時間が経過しようとしており、ラルフはことあるごとにコウヘイの名しか出さなかったため、ダリルはいい加減うんざりし始めていた。
どうにか魔獣の攻撃を凌いでいるが、少しずつ前線が押され始め、飛行型魔獣の攻撃魔法が幾度となく町中に命中しており、被害が甚大化しつつあった。
そんな状況の中、ラルフは主の問いにはっきりと答えられず、口ごもる。
「うっ、それは何とも……」
コウヘイたちが一五階層を目指すと言ってダンジョンに向かったのは、五日ほど前のことだった。
前回一五階層の入口まで行ったときは、四日で戻って来ており、それを知っていたラルフは、コウヘイの帰還がもう間もないことをダリルに伝えていた。
この悪い流れを打開できるのはコウヘイしかいないと、ラルフは信じて待ち望んでいるのである。
「それに、あの話は、本当なんだろうな?」
戦場から視線を外すことなくダリルは、ラルフに問うた。
「ええ、ファビオが言っていたので間違いないです」
九階層でコウヘイに助けられたことと、一〇階層でアレコレと非常識な話を聞いたことをガーディアンズのファビオは、ラルフに報告していたのだった。
それを二日ほど前に冒険者ギルドで報告を受けたラルフは、その内容を余すことなくダリルに報告していた。
「そうか……ローラと同じ魔法眼持ちのダークエルフを従えた英雄だったな」
ダリルは、末の娘の名を出して、コウヘイのことを英雄と呼んだ。
どうやらテレーゼがコウヘイのことを英雄だと言い回っているらしく、その噂はダリルの耳にも届いていた。
「まあ、それはコウヘイ殿も誤魔化していたそうですが、薬草の魔力を見ようとしていたので可能性が高いとのことでした」
「しかし、ファビオのおっさんがよくそんなこと知っていたな?」
ラルフの説明を聞いたダリルは胡乱げな目をした。
「まあ、あれでも一応ゴールドランク冒険者ですからね。筆記試験の対策で覚えたのかもしれません」
ダリルはラルフの説明を聞き、なるほどな、と腕組みして頷いた。
酷い言われようのファビオであるが、そればかりは仕方がないだろう。
テレサが二〇〇人ほどの村の時代から自警団長であったファビオは、ダリルやラルフと巡回計画などで話す機会も多く、宴席もそれなりに共にしていた。
そんなファビオに対するダリルの印象は、腕はそこそこだが短気で酒飲みの陽気なおっさんというものだったのだ。
実際、魔法眼のことを示唆できたのは、「野に咲く花」のリーダーであるテレーゼの説明があったからなのだが、それはまた別のお話。
「あとは、無詠唱の話は聞いていましたが、あんなでたらめな力があるとまでは聞いていませんでしたから、本当なら期待していいと思うんですよ」
ラルフは、コウヘイから精霊の樹海での出来事を聞いたときに、コウヘイたちが無詠唱魔法を行使できることを聞いていた。
ラルフ自体も身体強化魔法等のワンワード魔法なら無詠唱で行使できる。
ただ、それは簡単なことではなく、そんなことができるとされていないのがこの世界の常識である。
それ故に、コウヘイが異世界から召喚された異世界人であったとしても、そのことに気付き、それを行使できるコウヘイのことをかなり評価していた。
事実、ラルフは、話でしか聞いたことのない勇者よりもコウヘイの方が頼りになると考えていた。
ファビオの話を聞いたことで、ラルフの中でより確かなものになっていた。
勇者の紋章がない異世界人……英雄とは言いえて妙だな、と――
「強化されているミノタウロスを体当たりの一撃で昏倒させる力か……もし、それが本当なら早く戻ってきてほしいものだが」
ダリルは、聞いた報告を未だ信じ切れずにいた。
「まだ信じていないんですか?」
ラルフは、ため息交じりに自分の主の顔を見たのだが、そのダリルは、戦況を確認するように茶色の瞳を忙しなく動かしたままで、にべもなく言い切った。
「俺は、自分の目で見たものしか信じないんだよ」
ダリルは、二二歳という若さで近衛騎士団の団長に抜擢され、今では皇帝の懐刀の異名を持つ帝国最強の剣士であり、三七歳になった今でもその力は衰えを知らない。
ダリルは、冒険者で言うところのアダマンタイトランクにも引けを取らないと言われ、大陸中にその名が轟いている正真正銘の実力者である。
詰まる所、魔法が得意ではないダリルは、無詠唱の凄さを十分理解できた。
それでも、一七歳やそこらの若者が自分と同じ高みにいると聞けば、ラルフが興奮したように話すコウヘイの存在を信じられなかった。
皇帝のアイトルと勇者たちの話をしたとき、コウヘイの名が上がることは一切なく、それほどの実力者なら追放される訳もないと思っていた。
「んなことよりも、ここは俺が出たほうが早くないか? そろそろ変化が欲しい頃合いだ」
ダリルの指摘は尤もなことであるものの、彼自身が戦いたくてうずうずしていたのが本音だった。
「それもそうかもしれませんが、ダリル様が暴れたいだけでは? 変化が欲しいというなら冒険者部隊を出しましょう。正直騎士たちより冒険者の方が、魔獣との戦闘経験は多いですし」
「ちっ……ばれたか」
ラルフに自分の考えを見透かされ、ダリルは舌打ちをした。
そんな主の反応を無視し、後方支援に徹していた冒険者部隊を前進させようと、ラルフが伝令を送ろうとしたとき。
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