賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第090話 野に咲く花のように
テレーゼとの記憶が全くないコウヘイは、パーティーの女性陣からいわれのない視線を向けられ、過去の経験がフラッシュバックした――――
まただ!
これは、僕が他の女性と何かあったと疑われているときの目だ。
ここ数日、テレサの町を歩いているだけで、女性に話し掛けられる機会が増え、その都度知らない人であると説明しているのだった。
相手が少女だった場合、特にミラの視線がより厳しさを増すという謎現象にも慣れたものだ。
今回はミラの視線がそれと同様だったため、勘違いということもないだろう。
実際、隣にいたエルサは僕に身を寄せ、手を握ってきた。
「うわー、やっぱりエルサ様はコウヘイ様とそういうご関係なのですか!」
テレーゼさんは、後ろに纏めた亜麻色のポニーテールを揺らすようにきゃっきゃ飛び跳ねて興奮しはじめた。
そういうご関係、が何を意味しているのか聞き返すほど僕も、そこまで鈍くない。
僕たち、「デビルスレイヤーズ」は、ミスリルの魔法騎士こと僕をリーダーとしたハーレム勇者パーティーとの噂が広まっている……らしい。
曰く、
「ダークエルフの美少女が嫁らしいが、あのゴールドランクの幼女エルフにも手を出しているらしい……」
だとか、
「ミランダっていう少女が妹とか言っているが、見た目が全くちげーからそういうプレイかもだぞ!」
だとか、
「最新情報では、あの狡猾のエヴァ様の乱入で毎晩大盛り上がりとか羨ましすぎるだろっ」
などと変な噂が広まっている。
人伝に聞かされた僕としては、頭が痛いところなのだ。
つまり、テレーゼさんが言った、「そういうご関係」というのは、僕とエルサが恋仲なのかという質問だった。
後ろの女性剣士二人も俄に頬を染め、お互い見つめ合って、「わー、きゃー」と小声で言って、控えめに興奮していた。
――勘弁してくれ!
あられもない噂が信じられており、僕がどう答えるべきか狼狽えていると、エルサが一歩前に出た。
「そうよー。コウヘイはわたしのだからね!」
少し偉そうに胸を張ってエルサが宣言した。
ハイッ、しゅぅーりょおー……
僕が説明する暇もなく呆気なかった。
大外刈りをしようとしたら足を滑らせて、浮いた足を足払いで一本取られた感じです。
まさに、自滅に近い。
噂話が当事者であるエルサの発言により実話になった瞬間である。
更に、それに釣られるように、負傷した冒険者を治療していたイルマがこちらに来ようとしたもんだから、僕は追い払うように手を振って、治療を続けさせた。
イルマまで来られたら、余計に話が拗れてしまう。
まったく、エルフ族の地獄耳もここまで来ると盗聴レベルだよ、と僕は嘆息した。
「で、それは、今はどうでもよくて! あの大男は仲間なの? さっき、テレーゼさんがリーダーだと言っていた気がしたけど」
エルサの発言などなかったとばかりに、平静を装いテレーゼさんに尋ねた。
八階層で奇声をあげながら逃げて行った髭面の大男が、目の前にいる可愛らしい少女と接点があるようには、どうしても思えなかった。
失礼な気がするけど、大多数は賛成してくれると思う。
「どうでもいいとか、ひどぉーいっ。コウヘイのバカ!」
結ぶよう目を細めて大声を出すもんだから、一瞬僕はビクッとなった。
なおざりにエルサをあしらったからなのか、エルサにしては珍しくしつこかった。
その様子を見て話を続けてもいいのかオロオロしているテレーゼさんに、僕は頷いて促した。
エルサがむっつりした顔で僕のことを見たけど、一々相手をしていたら話が進まないので、僕は頭を撫でてやり丸め込むことにした。
すると、不思議とエルサが大人しくなる。
女性は頭を触られるのを嫌がると聞いたことがあるけど、エルサたちには効果覿面だった。
だから、本当に困ったときは、そうするようにしていた。
テレーゼさんは、エルサが大人しくなったタイミングを見計らい、説明を再開した。
「……ええっと、私たちは、こちらのウラとロレスの女子三人のパーティーなんです。私が攻撃魔法士のロールをしているのですが、二人は剣士なんです」
「それで?」
パーティーは、前衛と後衛がいれば形としては成り立つとエヴァに以前聞いていたから、テレーゼさんのその話を聞いただけでは、話の意図が掴めないため、僕は更に説明を求めた。
「それで、ダンジョン探索に制限があって……私たちは、その、カッパーランクなので――」
テレーゼさんの声が尻すぼみに小さくなる。
「なるほど。条件をクリアするために他のパーティーと組むことにしたんだね?」
「はい、それで私たちとパーティーを組んでくれる人たちを探していたのですが、あの日、コウヘイ様に断られてしまったので、同じくその場にいたシルバーランクパーティー『荒ぶる剣』のリーダーであるバートさんに声を掛けられたんです。恐らく逃げていたのが、そのバートさん……バートだと思います」
「え?」
テレーゼさんのその説明を聞き、記憶が蘇った。
確か、エヴァのパーティー登録のために冒険者ギルドに行ったら、入口で囲まれたときの話だ。
幾度となく勧誘の話をされたけど、「荒ぶる剣」というパーティー名を何となく覚えていたのだった。
しかし、テレーゼさんたちのことは覚えていなかった。
「そうか、あのときの……」
だから、僕は言葉尻を濁した。
「思い出してくれましたか?」
「う、うん、思い出したよ」
ぎこちない返事と表情から、僕に忘れられていたことに気付いたのだろう。
テレーゼさんの表情が暗くなった。
「ま、まあ、あれだけ囲まれれば、誰が誰だからわからないですもんね」
よ、よかったー。
テレーゼさん自らフォローを入れてくれたことで、僕はほっと胸を撫でおろす。
しかし、安心したのも束の間――
「実はその後に二度ほど声を掛けているんですけどね……」
視線を斜め下に流して切なげな表情のテレーゼさん。
正直、このような女性の表情は苦手である。
ごめん、と謝っても意味はないだろう。
言葉を詰まらせたまま沈黙を通し、僕は話の続きを待った。
「ま、まあ仕方がないですよね。私たちなんて弱いし……そ、そうでした。『荒ぶる剣』のことでしたね」
テレーゼさんは、無理にそうしたようにぎこちない笑みを浮かべ、話を戻した。
「え、ああ、誘われたからそのままパーティーを組むことにしたんだね?」
「そうなんです。本当はおじさんだし、嫌だなと思っていたんですが、元神官のルペルトさんがいて治癒魔法が使えると仰っていたので、合同でダンジョン探索することにしたんです」
バートさんのことは一瞬しか見ていないし、涙と鼻水面で酷かったため年齢まではよくわからなかった。
しかし、はっきり言うよね、と僕は苦笑いしながらも、気になるワードを尋ね返した。
「神官?」
「ああ、あいつだな。ほら、あそこに灰色の祭服を来た奴がいるだろ」
それに反応したのはファビオさんで、その指差す方を見ると、イルマに治癒魔法を施されている地面に横たわった男が、灰色の祭服を着ていた。
「まあ、実際はヒールしか使えない、魔力量も大したことない、で散々だったけどな」
ファビオさんの言いようは酷いものだったけど、「野に咲く花」の三人が力強く首を縦に振っていることから、本当のことなのだろう。
「でも、ヒールが使えるだけでも十分じゃない。治癒魔法は、単に詠唱できればいいって訳じゃないんだからさ」
エヴァはファビオさんに恨みでもあるのだろうか。
いつも何かと突っ掛かっている印象がある。
「まあ、そうなんだが……実際俺たちも、それ目当てだったしよう」
「俺たちも?」
今のファビオさんの話しぶりから、たまたまここで出会ったという訳では無いように思える。
頭をかきながらファビオさんが事の経緯を詳しく説明してくれた。
「それは、この子らと同じだよ。ゴランがいるから大抵の怪我は、ポーション類で補えていたんだが、中層ともなると俺たちだけだと、ちときついからな」
ファビオさんはゴールドランクのため、単独でダンジョン探索が許されている。
「そうよねー。オーガに負けるくらいだもんね」
「エヴァっ、おまっ、まだ言いやがるかー!」
エヴァの余計な一言で、ファビオさんが掴みかかろうとしたのを僕が力ずくで抑え込む。
やっぱり恨みがあるとしか思えない。
「お、おお、済まない」
ファビオさんがカッとなり易いのは、お酒は関係なさそうだった。
ただ、素面な分、僕に投げ飛ばされた記憶が蘇ったのか、冷静さを直ぐに取り戻してくれた。
「エヴァ、今は余計なこと言わないでもらっていいかな」
「はいはい、わかったわよ」
ニヤニヤ顔で答えたエヴァを見ると、本当に理解しているのか疑問が残る。
ただ、その様子から魔力消費の気だるさは、落ち着いたのだろう。
そこには、いつもの不敵な笑みを浮かべたエヴァがいた。
「しかしだな、ここ最近一気に力が増してるからオーガなら余裕だぜ。だから、この面子ならミノタウロスが強くなっていようがいける気がしたんだよ。まあ、ダメでもひたすら魔獣を倒せばそのうちに、みたいなやつだぜ」
ほう。
自信満々に言ったファビオさんの様子を見て、僕は感心した。
この人は、気付いている。
この世界の仕組みに――
「まあ、結局駄目だったんだがな」
ガハハハッと笑いながら、ファビオさんは、白い歯を見せた。
丁度そのとき、倒れていた冒険者の二人が立ち上がったので、治療が終わったのだろう。
イルマが手を振っているので、僕は了解の意味で右手を上げた。
「そうだったんですね。では、いつまでもここにいても仕方がないので、目的地の一〇階層へ行きましょうか」
僕は、視線をイルマの方に向けたまま提案した。
「そうだな」
ファビオさんも同意し、安全階層である一〇階層の方へと向かって行った。
いつまでも、ここにいるとどこからか魔獣が寄って来る可能性があるため、治療が終わったのなら、もはやここに用はない。
僕はイルマが戻ってくるのを待ち、イルマの頭を撫でてやった。
「ありがとう」
最近のイルマは、ミラの真似なのかツインテールにしており、その金髪が揺れる。
「交換条件じゃからの、別に構わん」
そう言いながらも、嬉しそうな少女の微笑みをする。
本当によくわからない。
イルマに治癒魔法を掛けてもらった、「荒ぶる剣」の二人が、僕にも感謝の言葉を述べたけど、まさか、僕に頭を撫でてもらうことの交換条件で怪我を治してもらったとは、予想だにしていないだろう。
苦笑いをするのを堪えて僕は、その二人の感謝の言葉を受け取ったのだった。
その様子を見ていたエルサの視線に気付いた僕は尋ねた。
「どうしたの?」
と――
――――エルサは、普段と変わらない笑顔でコウヘイのことを見つめていた。
何か言いたいことがあるのだろうかと、コウヘイが口を開いたとき。
何もないゴツゴツした岩の洞窟の暗闇の中、魔導カンテラに照らさせたエルサの顔が、孤独の中に咲く一輪の野花のように美しい微笑みに変わった。
「コウヘイ、好きだよ――」
それだけ言って、エルサはみなの後を追うように一〇階層の方へと駆け出して行った。
腰に吊った魔導カンテラの魔石が唐突に割れて真っ暗闇と化し、コウヘイだけがその場にぽつんと独り、取り残されるのだった。
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