賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第088話 エヴァの実力


 コウヘイは、冒険者たちの様子を確認してから判断を下すまでが早かった。

 ファビオたちの方へ向かったコウヘイは、攻撃態勢に入っており、あと残すのは言質を取るだけで、それもあくまで形式的なものだった。

 既に、エヴァを先頭にエルサがその後に続き、もう一方のミノタウロス目掛けて駆けていた――――

「ファビオさん!」
「こ、この声は……コウヘイさん!」

 僕の声に気が付いたファビオさんと目が合った。

「助太刀します!」
「たっ、頼む!」

 ファビオさんから要請の言質を取り、ファビオさんが相手をしていたミノタウロスの横っ腹に、僕は弾丸のような速度で接近してラウンドシールドを突き出した体当たりをぶちかました。

 シールドバッシュバレット――
 速度上昇の身体強化――アクセラレータ――のスピードに任せ、盾が当たる瞬間にパワーブーストを掛けた左腕を思い切り突き出す盾攻撃で、僕の体格に合った攻撃方法をエヴァと考えたのだった。

 本来とは微妙に意味合いが違うかもしれないけど、弾丸のような速度で盾で体当たりして攻撃するため、僕はそう命名した。

 僕のその必殺技を受け、身の丈三メートルもあるミノタウロスは、あっさりと吹き飛んでいった。

「グモオオオー!」

 数メートルも飛ばされたミノタウロスは、背中から岩壁にぶちあたり、呻いた。
 必死に起き上がろうとしていたけど、糸が切れたようにそのまま崩れ落ちる。

「な! 何をしたんだ!」

 あっさりミノタウロスを吹き飛ばした僕へ視線を向けたファビオさんは、瞳をまたたいて僕に詰め寄った。

 しかし、それを無視した僕は、もう一頭の方へ構えた。

 既にエルサが、アースバンドリングで動きを阻害しており、それに向き合うようにエヴァが双剣を抜き、身構えていた。

「いやあー!」

 気合を込めた叫び声と共にエヴァがミノタウロスへと襲い掛かった。

 ミノタウロスの懐に一気に躍り込んだエヴァは、最初の一撃で胸元を袈裟切りし、続く左手の第二撃で脇腹を右薙ぎした。

 胸元と腹を裂かれて、血栓が噴き出す。
 それでも、ミノタウロスが低く呻くのみで致命傷では無いようだった。

 よくもやってくれたな、と激怒したミノタウロスは鼻息荒く咆哮し、深紅の眼を不気味に光らせ、その巨大な拳がエヴァを襲う。

 オーガよりも素早い攻撃だったけど、後方へジャンプし、あっさりとそれを躱したエヴァは間合いを取った。

「それなら手数で勝負よ!」

 裂ぱくの気迫と共に身体強化で上昇したスピードに乗ったエヴァは、剣を両手に風を鳴らしながら一気にミノタウロスとの間合いを詰める。

 すかさずミノタウロスの拳がそれを迎え撃つべくしてエヴァに迫る。

 しかし、今度は飛び退くのではなく、それを屈んで躱し、懐に躍り込んだ。

「上手い!」

 その鮮やかな動きに僕が声援をおくる。

 二振りの剣は、目にも止まらぬ速度で一続きの残像となり、その十数の斬撃がミノタウロスを襲った。
 その連撃にミノタウロスは圧倒されており、苦痛に顔を歪め呻くのみであった。

 エルサのアースバンドリングに因り足元が固定されているせいで、後ずさるどころか逃げることもできない。

 鬼畜だ――
 と僕は思いながら、もう一頭の相手をエヴァに任せることにした。

 もし危なくなっても、エルサが助けるだろう。

「これなら大丈夫かな」

 そう呟き、事情を確認するために、ファビオさんの方に向き直ろうとしたとき。

「リーダー! 奴が目を覚ましやがったぞ!」

 ライアンさんが、槍を持った反対側の手で指差し、慌てたように叫んだ。

「さすがにそんな簡単にはいかないよね」

 震えながら膝に手をついて必死に起き上がろうとしているミノタウロスを、僕は頬をポリポリとかきながら眺める。

 先程の攻撃で倒れたのは、気を失っただけだったようだ。

「こ、コウヘイさん! 何をのんきにしてるんだ。起き上がられる前に追い打ちを仕掛けるぞ!」

 悠長ゆうちょうに構えている僕を叱咤するようにファビオさんが叫んだけど、その心配はいらない。

「……あー、大丈夫ですよ、ファビオさん。多分――」

 だって、僕のパーティーには、優秀な後衛がいるんだから。

「ファイアボルト!」
「フォーリーランス!」

 ミラの火魔法とイルマの光魔法の発動ワードが重なり、炎の球と光の槍がフラフラのミノタウロスに直撃し轟音が鳴り響いた。

 無防備なミノタウロスの胸は、フォーリーランスに因って大きな穴を穿たれた。
 更に、ファイアボルトが体毛を焼き焦がし、黒ずんだ煙を発生させていた。

 二人の魔法攻撃をまともに受けて生きているはずもなく、既に絶命したミノタウロスは、一度後ろの岩壁に背を預けた後、重力に身を任すように前方に倒れ込み、地面を揺らした。

「ねっ、大丈夫だったでしょ」

 僕は、ファビオさんを安心させるように満面の笑みでそう答えたけど、ファビオさんの顔は、先程よりも増して引きつって強張った表情をしていた。

 それは、僕の返答を最後まで聞かずにミノタウロスに向かったファビオさんを二人の攻撃魔法が掠めたためで、危なく惨事になるところだった。

「コウヘイ! ちょっとこっちも手伝ってよ!」
「ファビオさん、済みません!」 

 エヴァに呼ばれた僕は、何か言いたそうだったファビオさんへの対応を後回しにしてエヴァの方へ向かった。

 ぱっと見、エヴァがミノタウロスを圧倒しているようだけど、体毛が邪魔してエヴァの双剣が肉や骨を断つには至っていないようだった。

 まだ、エヴァだけでミノタウロスを倒すのは厳しいか。

 決定力不足だな……それなら――

「ちょっと、ごめん。少し離れていて」

 幼さが少し残る女性剣士二人に声を掛け、少し距離を取ってもらった。

 その二人は、攻撃を加えるタイミングを窺っていたのだろう。
 それでも、エヴァの双剣術が滅茶苦茶すぎて近付けないようだ。

 ガーディアンズの弓術士であるライオットさんは、弓を持ったまま立ち尽くしていた。

 別に戦いを放棄した訳ではなく、構えない構えをしていた。
 つまり、自然体でいつでも動けるような立ち方に見えた。

 軽業師のように動きが予測できないエヴァに、矢が当たることを危惧したライオットさんは、一先ずエヴァに任せているように見えた。

 賢明な判断だと思う。
 
 それでも、戦闘に参加しないなら邪魔になるため、少し下がってもらうように声を掛けた。

 声を掛けたことで僕の方を向いた三人は、揃いも揃って引きつった顔をしていたけど、それは仕方がないだろう。

 エルサの隣にいる魔法士の少女は、口に手を当てながら見てはいけない何かが見えたときのような怯えた表情をさせ、もう一方の手でエヴァの方を指差していた。

 ミノタウロスは、至る所から血を吹き出させており、その血を浴びたエヴァが、更にその血を飛び散らせながら舞っているのだから――
 傍から見ると、血に濡れた悪魔が狂喜乱舞しているようにしか見えない。

 筋力が少ないせいかエヴァは、至って真面目なのに悪戯にいたぶるような地獄絵図を完成させていた。

 決定力不足――

 先程そう思った僕は、それを補ってあげることにした。

「エンチャントパワーブースト! エンチャントアクセラレータ! エンチャントプロテクション!」

 付与魔法によりエヴァの身体が一瞬ぼんやりと発光した。

 本来は必要ないけど、人目がある手前、メイスを杖のように見立て、振るうような大げさな動作をして、エヴァに身体強化の付与を施した。

「そうじゃないんだけど……まあ、いいわ――」

 エヴァは、苦笑い。

 どうやら僕にも攻撃参加してほしかったようだ。
 それでも、僕は是非ともエヴァに単独で倒してほしかった。

 だから、エヴァに一番必要だと思った身体強化の付与を行うにとどめた。

「これで終わりよっ!」

 双剣を構えたエヴァの身体は、儚い残像と化し、その場から消えた。

 消え方がシャドーハイドムーブメントのときと違ったため、消えたとなれば飛んだのだろうと予測した僕は、ミノタウロスの頭上を見上げる。

 空中で一回転したエヴァが急降下してミノタウロスに上空から襲い掛かる。
 剣を二振りとも上段にし、そのままミノタウロスの頭上目がけ振り下ろす。

 驚くことに、天井まで跳躍し、蹴った勢いを乗せたその攻撃は強烈だった。

 ミノタウロスは、ギリギリでエヴァの気配に気が付き両腕を交差するように頭を覆ったけど、その速度とパワーが乗った双剣により両腕が切り飛ばされ、ボトボトっと地面に落ちた。

 それから少し遅れて苦痛に呻くミノタウロスの悲鳴が、辺りに響いた。

「ちっ、しぶといわね……」

 そこへ、着地したエヴァが、今度こそ得意の魔法を唱えた。

「シャドーハイドムーブメント!」

 先程の吐き捨てるような声音とは一転、落ち着いた静かな低い声で。

 途端、エヴァの身体が掻き消え、誤差なくミノタウロスの眼前に出現した。

 ミノタウロスはそれに反応することも出来ず、エヴァに首元を切り裂かれ、先程よりも盛大な血栓を噴き出した。

 それで終わりだった。

 ミノタウロスはそのまま後方に倒れ、痙攣していた身体が暫くして落ち着き、そのまま動かなくなった。

 ――――こうして、コウヘイたちは、窮地に陥っていた冒険者たちの救援に成功した。

 ただ、いくら行動阻害をしていようとも、ミノタウロスの相手をエヴァ一人に任せたのは、正直いって酷なことだった。

 実際、コウヘイが身体強化の付与を行ったから倒せたようなもので、そんな無茶振りをしたコウヘイをエヴァは、恨めしそうに見ていた。

 コウヘイは、文句を言われることを承知の上だった。
 詰まる所、甘んじてそれを受け入れようとしているのは、別の考えがあってのことだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品