賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第087話 その先に潜むもの
もう間も無く九階層への入り口というところで、エヴァのスキルに反応があり、コウヘイたちは、臨戦態勢を取っていた――――
エヴァのスキルでは正確な数は計れないため、反応の強さを確認するように僕は問う。
「規模は?」
「いや、気配だけでプレッシャーを感じないから大したことないわね……九階層が近いからミノタウロスの可能性を考えたけど、間違いなくその反応ではないわ」
エヴァの、「大したことない」という言葉を聞いた僕は、一先ず安心する。
「でも、どんどん反応が近付いてくるわね。これは……走っているのかしら?」
こちらに向かってくると言うので僕は前方を注意深く見たけど、魔導カンテラの光だけでは一〇メートル先を照らすのが精いっぱいだった。
「むむ、これは、もしや……」
「イルマ、何か聞こえるの?」
イルマのエルフ耳が小刻みに動くものだから、何か聞こえているのかもしれない。
「これは悲鳴?」
「悲鳴?」
イルマの返答を待っていたら、いつの間にか一番後ろに居るはずのエルサが近くまで来ており、そう呟いた。
「うむ、そうじゃな。いや、悲鳴というか絶叫か?」
「え! 魔獣なの?」
「いいや、これはヒューマンのものじゃろう。おそらく何かから逃げているのやもしれん」
と言うことは、それを追いかけている何者かの存在があるはず。
「エヴァ、危険察知は反応してないんだよね?」
「ええ、していないわ。気配を感じるのは、一か所だけだから一人か凄い近い距離に固まっている可能性くらいかしら」
それでも、逃げているのが人だとすると、ほおっておけない。
「それじゃあ、助けないと!」
だから、僕はそう言ってメイスを握った右の拳に力をこめる。
「いえ、大丈夫よ。もうすぐやって来るから。ほらっ」
エヴァが耳に手を当てる仕草をした矢先、奥の方から何かが聞こえてきた。
それは、秒を追うごとに大きくなり確かに聞こえるようになった。
「ギヤアアアアアアアアアアーーー!」
確かに、絶叫だった。
「これは脇に寄った方がいいのかな?」
「そうね。万が一ということもあるだろうし……でも、一人だけだと思うわ」
僕たちが道を開けるように壁際に寄ったところで、その声の主がドタバタと駆けてくる足音も聞こえるようになった。
近い!
そう思った瞬間、革鎧を装備した大柄の男が泣きわめきながら走ってくるのが、魔導カンテラによって照らされてはっきりと見えた。
大の大人にもなって、その男の顔面は、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
そして、エヴァが言ったように、その男を追いかける存在は見当たらなかった。
「ねー、何があったのぉー?」
迫る男に向かってエヴァがそう叫んだけど、聞こえないどころか僕たちの存在が見えていないとでもいうように、一切を無視してエヴァの前を通り過ぎようとした。
「人の話を聞きなさい!」
言下、エヴァがひょいっと片方の足をその男の前に出すと、いとも簡単に足をもつれさせ、ダイブするようにゴツゴツの岩の地面に顔面から着地した。
「うわー逆海老反りを生で見られるとは思わなかったよ」
追っかけてくる魔獣の姿もないことから、僕はのんきにもそんな感想を述べた。
「うう、あれは痛そうです」
ミラは、両手で顔を覆いながらその男のことを心配し、
「うわー、足を引っ掛けるなんて酷ーい」
エヴァを非難するものの笑いたいのを堪えるようにエルサは、口を押えていた。
「全くお前たちは酷いやつらじゃ……ほれ、治癒魔法を掛けてやるから起き――」
イルマだけがまともな反応を見せ、盛大にコケたその男の元へ歩み寄った。
しかし、ムクリと起き上がったその男の顔面は血だらけで酷いものだった。
その男は、イルマのことを見るなり、
「ひっ! 赤いゴブリンだあああーーー!」
と言って再び上層へ向かう道を遁走して行ったのだった。
「赤いゴブリンじゃと?」
「何だったんだあれ?」
イルマは、ポカンとした表情でそう呟いたけど、僕としてはあそこまで怯えた様子からこの先に何があるのか凄く不安になった。
「念のため注意して進もうか」
「そうね……」
本当はちゃんと話をして事情を確認したかったけど、逃げられてしまったものは仕方がない。
追いかけてもよかったけど、あそこまで怯えた様子の人を引き留めるのは、何となく申し訳ない気がして止めた。
「ほら、行くよ! いつまでそうしているの?」
赤いゴブリンと言われたのが相当ショックだったのか、イルマはわなわなと震えていた。
エルフの耳は、確かにゴブリンと同様に尖ってはいるものの、あの醜悪な顔の魔獣と勘違いされたのは同情ものだ。
でも、今は先を急いだほうが良さそうだった。
現在のダンジョン探索は、複数パーティーでないと立ち入りができない。
逃げてきたのは一人だけだった。
つまり、この先にあの男のパーティーメンバーがいる可能性が高いのである。
ちなみに、僕たちが単独パーティーでダンジョン探索できている理由は、ゴールドランクのイルマがいるお陰だったりする。
当初、ラルフさんの了承を得た上で、僕たちはルール無視の単独パーティーでダンジョン探索をしていた。
しかし、日を追うごとにありえない戦果を僕たちがあげるものだから、僕たちと組みたい冒険者たちが、僕たちが単独で潜っていることを、指摘したのだった。
因って、ゴールドランクルールは、後から追加された条件であり、完全にラルフさんが僕たちのことを贔屓してできたルールだった。
閑話休題。
「さあ、先を急ごう。誰かが僕たちの助けを待っているかもしれない!」
イルマの腕を掴んだ僕は、柄にもなく正義のヒーローが言いそうなセリフを言った。
ただ、それは笑いごとではなく、本当にその可能性が高かったため、誰も異論は無いようだった。
そして、急ぎ向かった先の九階層へと続く階段を駆け下りて進む最中、エヴァの一言で僕の予想が的中したことが判明した。
「やっぱり、誰かが戦闘中みたいね。これは……少し弱いけどミノタウロスのときに受けたプレッシャーを感じる。あとは、薄れゆく気配も……」
薄れゆく気配――冒険者の命が消えようとしているということだろうか。
エヴァの気配察知スキルは、感覚的な能力であるためそれが冒険者の気配なのか、或いは、魔獣のものかまでは判別できない。
どちらにしろ、急いだほうが良いのは確かだった。
「身体強化全開で急ごう!」
僕はそれだけ言って、薄暗い洞窟の段差を、風のように軽やかに数段飛ばしで下っていく。
九階層に到達し、奥へ奥へと進むに連れて魔獣の死骸が転がっているのが目に入った。
恐らく、この先で戦闘している冒険者たちが倒した残骸だと思われる。
そのまま駆けること十数分が経過したころ。
「みんな、戦闘準備!」
エルサやイルマにはとっくに聞こえていると思うけど、僕の耳に冒険者たちのものと思われる怒号や魔法の炸裂音が聞こえてきた。
九階層の開けた場所に出ると、そこには、カンテラの光で照らされた見覚えのある冒険者――ガーディアンズの三人――と見知らぬ冒険者三人が、ミノタウロス二頭を相手に、死闘を繰り広げていた。
そこは、一〇階層へ下る階段の手前にある広間で、十分なスペースがあり、それぞれが二〇メートルほど離れた位置で戦闘をしていた。
ファビオさんは、同じパーティーのライアンさんと二人でミノタウロス一頭を相手しており、防戦一方だった。
四人の方は、ガーディアンズのライオットさんが顔面目掛けて弓矢を射り、ミノタウロスの集中力を乱すことで、女性剣士二人が前衛でなんとかミノタウロスからの攻撃を躱し、応戦していた。
そして、魔法士のローブを羽織った少女は、魔力を補充するためかマッジクポーションを一気に飲み干し、空になった瓶を投げ捨てていた。
ダメージを与えているかといったら何とも微妙だけど、こちらの方が一応は戦闘と呼べるものだった。
だから、僕はファビオさんの方に加勢することを決めた。
「僕はファビオさんがいる方を対応する! エヴァとエルサは、向こうの方をお願い!」
「了解っ!」
「コウヘイ、気を付けて」
「うん、エルサも!」
――――コウヘイの指示を聞いたエヴァが一気に加速し、エルサがアースバンドリングの詠唱を開始した。
残るイルマとミラは、どちらへもサポートできるように距離を取りながら三人の後に続いた。
遁走していた男を目撃し、超特急で駆け付けたコウヘイたちの嫌な予感が見事的中し、彼らはファビオたち冒険者を助太刀することにした。
そのコウヘイたちの登場は、そんな冒険者たちにとって彼らの窮地を救いに来たまさに英雄のようであった。
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コメント
ぶらっくまる。
あーむさま
「第085話 疑惑」の文末ですよね?
確かに仰る通りですね(; ・`д・´)
修正させていただきました。
ご指摘ありがとうございます!!