賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第079話 最初の試練

 デミウルゴス神歴八四六年――七月二三日。

 中級魔族防衛計画には、当然、勇者パーティーの戦力が当てにされていた。

 が、

 勇者パーティーは壊滅し、アオイが目を覚ましたものの、カズマサとユウゾウは、未だ昏睡状態。

 そんことなど知る由もないコウヘイたち、「デビルスレイヤーズ」の面々は、中級魔族襲来に向けてラルフローランのダンジョンで特訓を行っていた――――

 今日は、寄り道をせず目の前に現れる魔獣のみを撃退し進むこと数時間。
 そうしてようやく五階層へ下る階段の前に僕たちは来ていた。

 トーチの魔法で照らしているのに、相変わらずその奥は闇に包まれていた。

「さて、予定通り今日は四階層より先へ下りるけど準備はいい?」
「はい」
「ええ、いよいよね」

 僕がミラとエヴァに目配せして意志を確認したけど、それはどうやら杞憂だった。

 昨日から話をしていたため覚悟していただろうけど、二人の力強い返事から準備万端だとわかった。

 ミラとエヴァが加入してラルフローランのダンジョンに潜るのは、今日で五回目となる。

 テレサの領主が翼竜騎士団と共に中級魔族出現の知らせをもたらしたあの日は、色々とあったせいで午後の数時間しか探索する時間が確保できなかった。

 それは僕のせいでもあったけど、エヴァの実力を確認するだけなら十分だった。

 自分で言うだけあって、エヴァの実力は相当なもので、一階層のゴブリン程度では相手にならなかった。

 その日は一階層だけで切り上げて、次の日は陣形の確認も含めて二階層まで探索して切り上げた。

 僕、エルサとイルマの三人だけではじめて潜ったときは、数時間で五階層まで到達できたけど、今回は連携確認も含めてゆっくり探索することにしていた。

 だから、日を追うごとに一階層ずつ下る階層を増やして、五回目の今日から五階層の探索をすることになっていた。

 それに、「中級魔族出現」の情報は、神託に因るもので、あの聖女様が態々帝都まで直接報告しに来たと聞き、慎重に行動することにしたのである。

 もっと詳しい情報を知りたかったけど、ラルフさんは領主の館に詰めたきりで、ここ数日顔すら見ていない。

 僕たちが知っている情報は、アリエッタさん経由のもので、詳細はアリエッタさんも教えてもらっていないらしかった。

 特にダンジョン探索が禁止になった訳ではないため、僕たちはこうして連日ダンジョンに潜っている。
 それでも、今のところ異変らしい異変は発生していない。

「今のところダンジョンは正常なようだから心配はしていないけど、この先はゴブリンシャーマンがいる可能性が高いから十分注意するようにね」

 僕はそう言って、先頭を切って階段を下りはじめる。

 ここに来るまで、ゴブリンの他にコボルト、ケイブスパイダーやケイブワームといった色々な魔獣に遭遇した。

 はじめてダンジョン探索をしたときはゴブリンだけだったから、やはりあのときはゴブリンジェネラルのせいで他の通路にでも身を隠していたのかもしれない。

 ただ、昆虫系魔獣たちは、火魔法にめっぽう弱いようで、エルサとミラのファイアボルトの前にあっさりと焼き尽くされてしまったのは言うまでもない。

 偏見かもしれないけど、女の子たちは昆虫系魔獣が大っ嫌いのようだ。

 しかし、火魔法で消し炭にしたせいで魔石しか取れず、エヴァにしこたま怒られたりもした。

 ケイブスパイダーの粘液は、縫製の材料として重宝され、ケイブワームの体液は、薬の材料になるらしい。

 そんなこんなで、

『ミラちゃんは見習いなんだからあまり無理しないように。エルちゃんは、何度言ったらわかってくれるのよ。魔法以外にも弓や短剣だって使えるんだからちゃんと見極めて!』

 と、反省会でエヴァが連日吠えていたりする。

「ねえ、コウヘイ」
「ん、どうしたの?」

 僕のすぐ後ろを歩いてるエヴァが小声で話しかけてきた。

「何か嫌な予感がするわ」
「もしかして、反応があるの?」

 顔だけエヴァに振り向き、歩みを止めたりはしない。

「ええ、これは……あたしが知っているゴブリンシャーマンのものではないわ」
「それは、どれくらい?」
「倍ほどではないけど、確実に強いと思うわ」
「そっか……」

 僕は、以前通ったときと同様に大気中の魔力の密度が濃くなっていることに気付いていた。
 でも、ゴブリンジェネラルを倒した経験がある僕にとって、その程度の魔獣なら心配いらないだろうと歩みを止めるには至らなかった。

「じゃあ、注意して進もう」
「え? ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

 止まらず進んでいく僕に呆気に取られたのか、一度歩みを止めたエヴァは、慌てて僕の隣まで駆け寄ってきた。

「それにしてもエヴァのスキルって便利だね。広間よりまだ距離があるのに気配がわかるなんて流石だよ」
「全然褒められている気がしないんだけど……てか、離れているのに気配がわかる時点でやばいんだから!」
「それなら、後ろのエルサたちに伝えてきてくれないかな?」
「は? ねえ、本当にあたしが言ってることわかってんの!」

 エヴァは、折角の忠告をまともに相手されていないとでも勘違いしたのか、少し怒るように語気を荒げた。

「うん、わかってるよ。だから、お願い」
「ああー、もうっ。調子狂うわねー、わかったわよ!」

 エヴァのグレーの瞳をしっかりと見つめ再びお願いすると、文句を言いながらも結局は言う通りにしてくれた。

 一〇メートルほど離れた位置から下ってくるエルサたちの元へ、素直に階段を駆け上って行くのを振り返って確認したのみで、僕はそのまま階段を下っていく。

 忠告されたにも拘らず歩みを止めないのは、別にエヴァのスキルの能力を疑っている訳ではない。

 エヴァのスキルは、「気配察知」と、「危険察知」で二つもあるらしい。

 気配察知は、その名の通りで生物の気配を感じ取れるスキル。
 障害物に隠れていても察知できるらしく、直接視界に捉えないと気付けないエルサの魔法眼とは違い、索敵能力に優れている。

 エルサの場合は、本来の能力が索敵目的ではないため仕方がないけど、エルサの魔法眼は、魔力の流れや色で感情を読み取ったり魔力の強さがわかる。

 より凄いのは、危険察知のスキルだろう。

 それは、エヴァ基準になってしまうけど、強者を判別できるらしい。
 その他にも、漠然とした危険も察知できるのだとか。

 だから、エヴァは今までそのスキルを駆使して生き残ってこれたらしい。
 ただ、悲しいことに他の冒険者がそれを信じず暴走した結果、エヴァの不名誉な二つ名が生まれたようだ。

「自分ならやれる!」
「自分が死ぬはずない!」 
「こいつを倒してランクアップするんだ!」

 駆け出しの冒険者あるあるで、自分の実力以上の魔獣に挑んでは返り討ちにされ、その命を散らしていく。

 いくら経験を積んでも、いくら装備を新調しても、実力が伴わなければその結果は、残酷かもしれないけど平等に死が訪れる。

 実力が劣っていても作戦次第では勝てることもあるだろう。
 でも、実力が勝っていても、その時々の判断を誤れば命を落としてしまう。

 結局は、生き残った者が強者とされる世界なのである。

 僕がふつうの冒険者ならその忠告に従うのに、冒険者とは実に欲深いらしい。

 ただ、僕は……いや、僕たちはふつうの冒険者ではない。

 僕然り、エルサ、イルマにミラは、この世界では一線を画す冒険者だ。

 一人そのことを誇らしげに頷いていたら、エヴァが態々走って戻って来た。

「言われた通り伝えてきたわよ」
「ありがとう。それとごめんね」

 少し投げ遣り気味に伝令の任務を終えたことを報告してくれたエヴァに、感謝を言いつつも謝罪をした。

「な、なんでコウヘイが謝るのよ」
「心配してくれているのはわかるけど、僕たちは死なないよ……だって、ゴブリンジェネラル相手に治癒魔法要らずのパーティーなんだから」

 エヴァのことを疑っている訳ではない。
 僕たちが強いことを根拠のない虚勢では無いことだと伝えるべく実績を挙げて安心させる。

「……それもそうね。ではお手並み拝見ね」

 エヴァも直接冒険者ギルドでゴブリンジェネラルの死骸を見ていたことから納得してくれたようだ。

「うん、任せて。まだ、なんの魔獣かわからないけど、エヴァは最悪ミラの護衛に徹底してほしい」
「……わかったわ」

 心なしかエヴァの表情が微笑んでいるような気がした。

 そして、階段を下り切って大気中の魔力の異常さに僕は、エルサとイルマの意見を聞くべく、三人を待つことにした。

 そこには、以前よりも濃い魔力が満ちているように感じらえた。
 精霊の樹海ほどではないけど、これは異変と言って良いと思う。

「ねえ、どう思う?」
「うーん、この前より色が薄い感じがする」
「うーん……」

 エルサは、大気中の魔力を魔力眼で見た結果を教えてくれたけど、僕とは真逆の意見だった。
 一方、イルマは唸ったきり何も言わない。

「そ、そっか……で、イルマは?」
「……さっぱりじゃよ」

 前回は、広間に近付いたところでイルマも肌にまとわりつく魔力の濃さに気付いていたけど、今回は感じられないらしい。

 それでも僕は、確かな魔力の反応を感じる。
 もしかしたら、魔力に対するセンサーみたいなものが敏感になったのかもしれない。

「そっか、取り合えず注意して進むよ。前回と違って途中にも魔獣が現れるかもしれないし。エヴァは、気配を感じたら直ぐに教えてくれる?」
「何を言っているのかよくわからないけど、それならあたしに任せて。陣形はいつも通り、あたしとコウヘイが先頭で、他の三人はそのあとに続いてちょうだい」

 そして僕たちは、広間へと進んでいく。

 魔力補充に丁度いいと思い、歩きながら大気中の魔力へと意識を向けながら進んでいく。
 ふつうだったらそんなことをする余裕はないけど、今はエヴァがいるお陰で、索敵を全て任せられるのが大きいだろう。

 やっぱり、エヴァ加入は僕たちのパーティー戦力を、確かに底上げしてくれていた。

「どうしたのよ?」
「え、何が?」

 先を進んでいたはずのエヴァが唐突に振り向き、何やら訝しげにしていた。

「何が、って……何でこんな状況で笑っていられるのよ」
「こんな状況? ああ、いや、こんな状況だからこそエヴァが加入してくれて本当に良かったなと思って」

 僕は、嘘偽りない事実をそのまま伝えたけど、「あっそ」とエヴァは言うのみで、すぐに前を向き進んでいく。

 エヴァこそいきなりどうしたんだろうと思ったけど、何も言わずにエヴァの後ろに続く。
 それから数分進んだところで、エヴァが腰に下げた双剣を鞘から抜き身にして構えた。

 広間まではまだ少し距離がある。

 広間から魔獣が出て来たか、脇道に魔獣の気配がするのかもしれない。

「いるの?」
「いえ、反応が強くなったから……」
「それは強い魔獣が増えたの?」
「そうね、ものすごく強い魔獣が一体か、それなりの魔獣が沢山いる可能性があるわね。さっきも言ったけど、ゴブリンシャーマンじゃこんなにもビシビシと力の波動を感じたことはないわね。それに、いくらゴブリンが群れてもこんな感じにはならないわ」

 エヴァのスキルは、遠く離れていても存在を察知できるけど、正確な数までは計れないらしい。

「それじゃあ、身体強化だけは準備しておこう」
「そうね」

 いつ戦闘に突入しても問題ないように、準備だけはしておくことにした。

 ――――斥侯、前衛、中衛、そして後衛のロールが揃ってはじめての五階層。
 これまでのダンジョン探索で連携の確認は十分行ってきた。

 しかし、コウヘイのスキルである、「エナジーアブソポーションドレン」のことは、未だエヴァには説明できないでいた。

 コウヘイたちが進む先に待ち受ける魔獣は、間違いなくゴブリンシャーマンではないようだ。
 鬼が出るか蛇が出るか――それはもう間もなくわかることだろう。

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