賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第04話 愚かな野盗

 深夜、常闇の中を数百のダークエルフがぞろぞろと連なって荒野を歩いていた。

 当初は、集団で移動するのは目立つため、少数グループで移動を計画していた。
 それでも、他の里に所属するダークエルフたちが彼らの移住を阻止すべく強硬手段に出たため、固まって移動することが一番無難な選択だった。

 ハンドレッドセンティピードにより壊滅的被害を受けたあの当時、他の里のダークエルフたちは、援助を惜しまなかった。
 その恩義があるためベルンハルトとアメリアは、族長会議で移住することを報告して了承を得るという筋を通したつもりだった。

 実際は、猛反対を受けたのだが、「巫女の発言が最も優先される暗黙の了解」があったため、巫女であるアメリアに発言させることで強引に納得させた。

 そのため、他の族長たちは渋々と言ったところだろうか。
 尤も、その族長たちもただでは起き上がらなかった。

 それは、この会議をもって巫女の職位を撤廃するように提案したことだ。

 安寧の祈願の際に唱える呪文は、シュタウフェルン家に数百年に渡り代々引き継がれたものである。
 考えてみれば、その巫女である一族が移住してしまえば意味が無い職位だった。

 それに関してはアメリアも執着しておらず、その提案を受け入れた。

 ただ、それが軽率だった。

 移住する日の前夜、何者かにアメリアがさらわれそうになったのである。

 それは、明らかに他の里のダークエルフたちで、あれば、巫女に害をなすことは重罪であった。それも、その職位が撤廃されたため遠慮する必要が無くなり、アメリアを人質に移住を断念させるつもりだったのだった。

 あの惨劇を身をもって経験したフォルティーウッドのダークエルフたちは、精霊王に対して不信感しかなかった。が、それを体感していないダークエルフたちからしたら、精霊王は未だ信仰の対象であり、安寧の祈願を止められては困るのだった。

 アメリアが怪我の後遺症でまともに動けなかった期間に、安寧の祈願を一度だけ行わなかった年があった。

 偶然にもその一年間、樹海の果物が不作となり、魔獣襲撃の頻度が増加したため、族長会議で安寧の祈願を再開するように嘆願されたほどである。

 そのことに胸を痛めたアメリアが、無理を押して急遽安寧の祈願を執り行ったが、何ら改善されることは無かった。
 むしろ、そのせいでアメリアの回復がより遅れた。

 それは、ベルンハルトが愛想を尽かした要因の一つでもある。

 とどのつまり、誘拐未遂事件があったことから、少数で移動するのが危険と判断したベルンハルトは、全員固まって移動することにしたのだった。

 精霊の樹海を移動する間、その作戦は成功した。
 遠巻きに他の里のダークエルフたちが追尾してきたが、手を出されることは無かった。

 しかし、精霊の樹海は、「エルフの森」や、「魔の大森林」とも呼ばれており、その入口付近はヒューマンたちにとって、絶好の狩場であった。

 狩場と言うのは、何も猟師が動物を狩るだけではなく、奴隷商にとってのエルフの狩場、冒険者にとっての魔獣の狩場であった。

 フォルティーウッド里のダークエルフは、そんな邪な目で見られているとは予想だにしていなかった。

 エルフ族は、精霊の声を聴くことができる。

 そのため、ヒューマンに見られていることに気が付いていたが、長い間樹海の奥に住んでいたため、ヒューマンの恐ろしさを理解していなかった。

 荒野を進むダークエルフたちを数百の目が見つめていた。

「隊長、予定通りですね」
「だな。報告を受けたときはまさかとは思ったが、これでようやく美味しい思いができそうだぜ」

 隊長と呼ばれた四〇代の男が下品な笑みを浮かべた。

 その呼び名と、いささかみすぼらしいが統一された装備から兵士に見える。
 だが、兵士の前に、「元」が付く、今ではれっきとした野盗だった。

 エルサたちがいるのは、精霊の樹海に面しているファンタズム大陸の南に位置する軍事国家アシュタ帝国。

 ベルンハルトに連れられてエルサが目指しているのは、ヘヴンスマウンテンを越した精霊の樹海とは反対側の大森林で、迂回するために精霊の樹海から出ざるを得なかったのである。

 アシュタ帝国は、現在隣国のバステウス連邦王国とユスティ王国に挟撃され戦火が絶えない状況だった。
 そのため、傭兵だけではなく正規兵までもが野盗に身を落としていたのだった。

「しかし、ダークエルフとは珍しいな。白い方はよく見るが、あんな数のダークエルフを見るのは俺もはじめてだぜ」
「ぐふふ、その分高く売れるんじゃないですかね?」

 紛うことなき野盗的発言でその様が板についており、隊長からお頭に呼び名を変えることをお勧めしたいくらいだった。

 隊長がアレなら、その部下もまた下品な笑みを浮かべ、これからのことを妄想しはじめた。

 どうやら、既に成功した気でいるようだった。

 一方、族長であるベルンハルトは、精霊が騒がしいことに気付き、風魔法でその会話を盗み聞きして驚愕していた。

 ダークエルフからしたらヒューマンは、短命な上、魔法の扱いが下手な下位種族という位置づけであり、まさか襲われるとは思わなかったのである。

 知らないということは、最も恐ろしいこと。
 それは、罪とさえ言い換えてもいいだろう。

「何故我々を放ってくれないのだ……何故だ……我々が何をしたというのだ……」

 ベルンハルトは、身を襲う理不尽さに嫌気がさしていた。

 この独白とも言える呟きを聞いたアメリアは何も言わなかった。
 今までのアメリアであれば、「精霊王様からの試練です」と言いそうだが、今はただただ俯いて無言を通した。

 エルサはどうしたら良いのかわからず挙動不審になる。

「エルサ、そんなに心配しなくても大丈夫だ」

 その様子を見かねたベルンハルトは、エルサを抱き上げ、頭を撫でて落ち着かせるように言い聞かせる。

「どうやらヒューマンにはお仕置きが必要なようだ」

 それを聞いたエルサは、コテンと小首を傾げ、青みを帯びた銀色の瞳をまん丸とさせてたキョトン顔で、ベルンハルトの言葉をなぞる。

「お仕置き?」
「ああ、とっておきのな」

 不敵な笑みを浮かべるベルンハルト。

 ベルンハルトは、決断してから行動に移すまでが早かった。
 カロリーナを呼び、アメリアの護衛を徹底させた。
 そして、当の本人は、連なって歩くダークエルフたちの元を駆け周り、戦闘準備と作戦を伝えていく。

 そして迎撃の準備が整った。

「エルサ、ママと一緒に離れているんだ」

 ベルンハルトの指示にエルサは、いやいやをするように首を振った。

「嫌よ。わたしも戦う! 魔法使わなくても十分戦えるもん!」
「違う、そうじゃない。ママを守ってほしいんだ」

 ベルンハルトは、エルサの華奢きゃしゃな両肩をその大きな手で包み、しゃがみ込んで彼女の双眸を見据える。

 その揺るがない瞳に何を言っても聞き入れてもらえないことを悟ったエルサは、不承不承ふしょうぶしょう頷くしかなかった。

「う……わかった……ママのことは任せて」
「ああ、頼んだよエルサ」

 詰まる所、アメリアのことを守ってほしいと言われては、エルサも断ることができない。
 後遺症のせいで、アメリアは駕籠かごに乗せられ移動していたため、万が一に備え、ベルンハルトはアメリアとエルサを遠ざけることにした。

 本来であれば、エルサは貴重な戦力なのだが、今のエルサに魔法を使わせる訳にはいかなかった。

 それに、アメリアの護衛にカロリーナが就いているため安心できる。
 エルサのことも守ってくれることだろう。

 ベルンハルトは、彼女たち三人が十分離れたことを確認してから号令を出した。

「みなの者! 休憩だ!」

 ベルンハルトがそう叫ぶと、ダークエルフたちが立ち止まる。

 それを好機と捉えた野盗の頭が、無言で腕を振り下ろし、襲撃の合図を出す。
 元が正規兵なため奇襲の際に大声を出すことはしなかった。
 
 が、詰が甘かった。

 ダークエルフは夜目が利く以前に、精霊の声が聞こえるため、野盗たちの行動は筒抜けだった。
 更に、休憩と言いながらも誰一人腰を下ろしている者がいないことを警戒すべきだった。

「今だ、放てえええー!」

 野盗たちを十分引き付けたところで、ベルンハルトが合図を出す。
 奇襲するつもりが、実は誘い出されていたことに野盗たちが気付いたのは、弓矢の雨を受けてからであった。

 野盗にも弓兵が居たが、深夜のため辺りは真っ暗で精度が悪く、ダークエルフたちにその反撃の矢が当たることは無かった。

 反対にダークエルフは、夜目が利き非戦闘員であっても弓の扱いが上手く、時間を追うごとに野盗が一人、また一人とその矢を受けて無力化されていった。

 そうして野盗たちの妄想は、所詮妄想で終わるのだった。
 
 ダークエルフたちは速やかに闇夜に姿を晦まし、夜間の移動を繰り返した。

 彼らを捕らえようと画策した者たちは、同様に撃退され、一時的だが精霊の樹海周辺の野盗被害が激減し、勇者が現れたとまで噂され、その地方で長く語り継がれることになったのはまた別の話。

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