賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第03話 襲撃の真相

 エルサが住んでいた里、フォルティーウッドをハンドレッドセンティピードが襲ったあの悪夢の日から、既に数年が経過していた。

 修練場から鉄と鉄が打ち合うような音がする。

 そこがヒューマンや獣人族の修練場であればふつうのことかもしれないが、ここはダークエルフの里である。

 エルフ族は、魔法や弓を好む種族で、このような音をさせる物を使用した訓練はしない。

 短剣を使うこともあるが、それはもっぱら狩で仕留めた魔獣や動物を解体するときくらいだろう。

 しかし、その短剣を使用した訓練が行われていた。

「こっちよ」
「はっ!」
「次はこっち」
「えいっ!」

 カロリーナがゆっくり短剣を振るい、エルサがそれを防御するように払っていた。
 それは、短剣の型稽古だった。

「はい、こんなもんでしょ」
「ありがとうございました」
「少し休憩したらフリースタイルね」
「はい」

 エルサが木陰に腰を下ろすと、カロリーナが水袋を持って来て手渡していた。

「あ、ありがとうございます」
「もう順手の型は問題ないわね。でも、慣れのせいで少し角度が甘いわよ。それと、激しい動きの後に左手が下がりがち、しっかりと握って後ろに隠しなさい」
「はい、すみません。気を付けます」

 エルサがこの訓練をはじめて既に二年が経っていた。

 ハンドレッドセンティピードの攻撃を受けて気を失ったエルサは、一週間もの間、目を覚まさなかった。
 本来であれば、子供のエルサがまともに攻撃を受けていたら命は無かった。

 それが気を失う程度で済んだ理由は、父であるベルンハルトが身を挺して守ったからであった。

 フォルティーウッドの象徴である巫女のアメリアとその族長であるベルンハルトが瀕死の重傷を負い、そしてその娘であるエルサまで気を失ったことで、救出作業が終わるまで粘っていたフォルティーウッドの戦士たちは、救出作業を中止しその三人を優先した。

 アメリアとベルンハルトは治癒魔法により一命をとりとめたが、損傷が激しかったアメリアは、自身で歩くことができなくなり、ベルンハルトは左腕が上がらなくなってしまった。

 目を覚ましたエルサは、両親が生き残ったことを喜んだ。

 しかし、後日たまたま外を歩いていたら、立ち話をしていた戦士の会話が聞こえてきて、「取り残された数十名のダークエルフが犠牲となった」ことを知った。

「わたしがあの場に行ったからパパが……わたしたちを助けるために民が……」

 エルサは、自分の行動を後悔した。

 ベルンハルトが大けがを負った理由は、エルサを庇ったせいたが、ハンドレッドセンティピード相手では、それは時間の問題だった。

 むしろ、取り残された者を救うために、戦士たちも含めて全滅していた可能性だってあった。

 フォルティーウッドの戦士たちは、ダークエルフの選ばれし誇り高き戦士階級であり、そのモットーは、「仲間を誰一人見捨てない」であった。

 しかし、そのときばかりはベルンハルトから叱責を受けることを覚悟し、苦渋の決断をしたのだ。

 そのこともエルサを打ちのめした。

 それは、「戦士の誓いを破らせてしまった」という後悔。

 その日からエルサは、何かにとりつかれたように、ひたすら訓練に時間を費やした。
 その理由は単純で、里のみんなを守れるだけの強さをエルサは身につけたかったのだ。

 エルサの一族は、ダークエルフを代表する巫女を輩出する氏族であり、その父であるベルンハルトは、フォルティーウッドの族長でもある。
 エルサはその一族に名を連ねる者の責務として、自分が強くならなければと決心した。

 あの日の出来事はなにもエルサのせいでは無いのだが、エルサは自分があの場で何もできなかったことに負い目を感じていたのである。

 それからというもの、魔法や弓の訓練はもちろんのこと短剣の訓練まで行い、エルサは日夜訓練に励んでいるのである。

 誰もエルサのことを責めておらず、周りからはやりすぎだという声も当然上がっていた。

 それでも、ベルンハルトは、

「エルサの好きなようにさせてやれ」

 と、カロリーナに個人的な指導を依頼し、サポートしていた。

 木陰で休んでいるエルサをまじまじと見つめたカロリーナは唐突に呟く。

「それにしても段々アメリア様に似てきたわね」
「そうですか? ありがとうございます」

 白銀の髪は、ダークエルフでは一般的なのだが、輝きが違うのだ。

 今は、戦闘訓練のために肩先で綺麗に切り揃えているが、艶が良く、陽の光を反射し、輝く海面のようにきらきらと煌く髪質。
 瞳の色も青みを帯びた銀色で、小さいが筋が通った鼻に、ちょこんとした可愛らしい唇は、アメリアと全く一緒だった。

「でも、そこは違うのね……」

 カロリーナは、そう言って自分の胸に両手を当てて確かめるが、そこにはあるべきものが無く勝手に撃沈された。

 エルフ族は、全体的にスリムで比較的控えめな身体つきをしているため、カロリーナが特別無い訳では無いのだが、年齢の割に自己主張が凄いエルサのそれと比べてしまい、やるせない気持ちになった。

 ふつうのエルフ族は、そんなことは気にしないが、カロリーナは長い人生の中でヒューマンの国で冒険者をしていたことがあり、そのことが気になる口だった。

 しかし、エルサはそれを気にも留めず、カロリーナに別の話題を振る。 
 
「ねえ、師匠」

 エルサは、ある日を境にカロリーナのことを師匠と呼ぶようになった。
 はじめてそう呼ばれたとき、思わず吹き出して大笑いをしたカロリーナだが、エルサは至って真剣だった。

 エルサは丁寧な言葉遣いをするようになり、悪戯をすることも無くなった。
 そのことを何か企んでいると訝しんでいたカロリーナであったが、そう呼ばれてエルサなりのケジメなのだろうと理解した。

 そう呼ばれることに慣れていたカロリーナは、いつものように聞き返す。
 
「何かしら?」
「精霊の樹海から移住するって本当なのですか?」
「あーあれね……それはどこで聞いたの?」
「里のみんなが至る所で話してますよ。それに、パパとママがそのことで喧嘩しているのを聞いてしまいました……」

 消えて無くなってしまいそうなほど、どこか儚げな表情のエルサ。
 
「まあ、それなら隠しても仕方ないわね」
「それじゃあ、本当なんですね……」
「何? エルサはここに残りたいの?」
「いえ、いや、はい……」
「何よ、はっきりしないわね」

 あの日から笑うことがめっきり減ったエルサだったが、今日はいつもより様子がおかしい。

「気になっていることがあるなら話してみなさい。そんな様子だと訓練は続けられないわよ」
「それは困ります。わたしはもっと強くならないといけないんです」

 訓練中止と言われたエルサは、必死にそう訴えた。
 カロリーナは、数時間の訓練を削ったところで大差ないのになと、ため息を吐く。

「それならちゃんと理由を話しなさい」
「そ、それは……」

 それほど言いたくないことなのか、エルサは黙り込んでしまう。
 カロリーナは、何も言わずエルサ自ら説明してくれるのを待った。

 数分、あるいは十数分経ったか、どれほど沈黙が続いたかはわからない。

「聞いてしまったんです……」

 唐突にエルサが説明をはじめ、また口を閉ざしてしまった。

「うん……」

 カロリーナは優しく相槌をするにとどめる。

「わたしは、みんなと一緒に行けないんです……パパは連れて行くと言っていたのですが、ママが……ママはわたしをここに置いていくって……」
「それで……」

 カロリーナは、再び相槌を打つのみで何も言わない。

「わたしはいらない子なんです。今まで悪戯ばかりして悪い子な上に、弱いから……」

 エルサは、両親の遣り取りを聞いてしまい、その続きを聞く勇気がなく家を飛び出していた。
 だから、肝心な内容を聞けないでいた。

「うーん、困った困った」

 カロリーナは、そう言いながらも笑っていた。

「し、師匠?」

 エルサは、真面目な話をしているのに笑われたことで傷ついた。
 しかし、それは完全な思い違いだった。

「あー、ごめんごめん。そうじゃないんだよ。エルサが勘違いしているようだったから、それが可笑しくってね」

 そう言いながらカロリーナは、目尻を拭っていた。
 涙が出るほど可笑しかったらしい。

「勘違い、ですか?」
「そうだよ。勘違いだ。どうやら私はその勘違いを訂正できるようなんだけど、どうだい、聞く?」

 勿体ぶるカロリーナの言いように少し焦れたエルサは、直ぐに頷いた。

「よし、いいだろう。真相はこうよ。毎年シュタウフェルン家といよりアメリア様が世界樹で行っている安寧の儀式にエルサも同行しているわよね?」
「はい」

 五歳になってから毎年エルサは同行していた、ハンドレッドセンティピードの襲撃を受けるまでは。

「あのムカデ野郎に襲われた年はどうだった?」
「はい、例年通り安寧の儀式を行いました」
「うん、そういうことよ」

 さあ、これでわかるでしょ? と言いたげな表情をするカロリーナに対し、エルサは眉根を顰めた。

「そ、それはどういうことでしょうか?」
「ん、わからない? 襲撃を受けたのは、安寧の儀式を行った数日後だったよね。もしかして儀式は失敗したのかな?」
「あ!」

 カロリーナからそう言われて、エルサは気付いた。

「理解できたみたいね。要は精霊王様は魔獣の襲撃から私たちを守ってくれないってこと。多少の魔獣は十分対処できるし、あれくらいは訓練にも丁度いいから守ってもらう必要は無いんだけど、流石にあの上級魔獣は試練だとしてもやりすぎよ」
「つまりは、あの儀式は無駄だと仰るのですか?」
「いやいや、そこまでは言わないわ。あの儀式があるおかげでアメリア様は年々魔力が増し、里の繁栄に尽力下さっていたからね」

 エルサは、完全に無駄ではないことを聞いて少し安心したが、釈然としない。

「それで、そのことと精霊の樹海を離れることは、どう関係するのですか?」
「私たちダークエルフがウッドエルフたちとあまり仲が良くないのは知っているよね?」
「はい、仲良くないというよりお互いあまり干渉しないと聞いていますが」

 エルサは、自分が聞いて知っていることを答えた。

「まあ、そうだね。ウッドエルフたちには王がいて、複数の里がその王に忠誠を誓っていて、ヒューマンたちみたいな国を築いているのよ。その反対に私たちダークエルフには特定の王はいないでしょ?」
「はい、あくまで里単体です。まあ、ママだけは他の里からも尊敬されているようですが」
「それはアメリア様が巫女だからよ。安寧の儀式を行えるというか、精霊王様とコンタクト取れるのはアメリア様だけだからね。さしずめ、ダークエルフの女王みたいなもんかしらね」

 ダークエルフには、複数の里があるが、それぞれ離れて生活している。

 交流は少なく、交流の場と言ったら各族長が集まる族長会議くらいだろう。
 魔獣対策や物資の遣り取りは、もっぱらこの会議の場で決められる。

 特定の族長が力を持つことは無く、平等に扱われている。
 ただ、例外というものは必ず存在し、それは代々巫女を輩出するシュタウフェルン家だ。

 族長会議で巫女の発言が最も優先される。
 矛盾があるがそれは昔から暗黙の了解として処理される。

 ベルンハルトはそのことを嫌っており、よっぽどのことが無い限りアメリアに発言させることは無い。

「それでね。族長曰く、あの襲撃はウッドエルフたちによって、なすりつけられたらしいのよ」
「なすりつけられた?」
「うん、どうやらウッドエルフたちが誤ってハンドレッドセンティピードを起こしてしまったらしくて、自分たちの里に被害が出ないようにフォルティーウッド方面に誘導したらしいのよ」
「そ、そんな!」

 あの襲撃が偶然ではなく人為的なものだと聞き、エルサは驚愕した。

「残念ながら本当らしいのよ。あの襲撃のあとにウッドエルフたちが使者を送ってきたからね。でも、そのときはアメリア様も族長も意識不明だったから、詳しい話は聞けなくて、最近わかったばかりなのよ。ああー、思い出しただけでも腹が立つわね。援助物資を運んできたから歓迎したんだけど、あれは謝罪だったのよね」

 カロリーナは、当時のことを思い出したのか、地団太を踏んだ。

「そうだったんですね……」
「まあ、そんなこんなで族長はウッドエルフと距離を取りたいのよ。それに安寧の儀式には、エルフ族全て、つまりダークエルフだけではなく、ウッドエルフのことも含めて祈りを捧げていたのに、そのお返しがあれじゃあね。ウッドエルフを信用できなくなるし、精霊王様を信じられらくなるのも私には理解できるのよ」
「それで、わたしだけが置いていかれる理由は?」

 カロリーナは、エルサが勘違いしていると言ったが、今の話ではベルンハルトが精霊の樹海を離れたい理由がわかっただけであった。
 
「だから、それは勘違いなんだって。アメリア様は、精霊王様と長年コンタクトを取り続けてきた訳だから、族長の考えを否定しているのよ。アメリア様の考えでは、少し早いけどエルサに巫女の役割を譲るつもりらしくて、エルサに巫女の役割を続けてほしいみたいなのよ。だから、エルサを置いていくというのは、あなたが悪い訳じゃないの」

 エルサは、それを聞いて今までの不安がきれいさっぱり消えるのを感じた。

「わたしはいらない子じゃなかった……」

 エルサの不安は消えたが、やることは変わらない。

「もっと、もっと強くならなければ」

 そうして、エルサは再び訓練を再開した。

 それから、一か月もしないうちにフォルティーウッドのダークエルフの移住が決定した。

 その移住のメンバーには、アメリアやエルサも含まれていた。
 どうやらベルンハルトは、アメリアの説得に成功したようだ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品