賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第069話 命運の別れ道

 オフェリアが死の砂漠谷に到着したときには、夜も遅い時間となり、光源は月の光のみだった。

 その朧気な青白い光に霞む闇の中に、勇者たちが掲げる松明やトーチの魔法で明るく照らされている一帯があった。

 それが丁度良い目印となり、オフェリアは、難なく勇者一行を発見することができた。

 そこへ近付くに連れ、騎士たちの怒号の他に、魔法による炸裂音がオフェリアの耳に届いた。

 オフェリアは、「あらあら、やってるわね」と、空中で一人ほくそ笑む。

 ただ、それは人のそれではなく、顔の脇まで大きく切れ込みが入ったドラゴンの口で器用に笑っていた。

 オフェリアの正体は、このファンタズム大陸の竜族で最強種に分類されるブラックドラゴンであり、竜族の中でも人化が可能な非常に珍しい竜人族であった。

 しかし、竜人族が人化形態を維持するには魔力を消費するため、全ての竜人がオフェリアのように常に人化しているのは極めて珍しい。

 つまり、そのオフェリアがドラゴンの姿でいる理由は、人化を維持できるだけの魔力が残っておらず、ここに来るまでの間、魔力回復に努めていたからである。

 それにも拘らずオフェリアの存在感は圧倒的で、ついさっきまで激闘を繰り広げていた勇者たちだけではなく魔獣たちも戦闘を止め、ドラゴン姿のオフェリアを凝視して固まっていた。

 そもそもファンタズム大陸で確認されているドラゴンは、最強と言われている古龍でも体長三〇メートルほどで、オフェリアはその倍近い。

 そのため信じられない光景を目にした勇者たちは、思わず戦いの手を止めてしまった。
 一方、魔獣たちは絶対抗うことができない支配階級の登場で、本能的に身を強張らせているのだった。

『ここは一旦引きなさい!』

 オフェリアは、魔獣たちへ念話で指示を出す。

 すると、魔獣たちが勇者たちから身構えたまま距離を取り、後退を開始した。

 オフェリアは、「どうやら命令は聞くようね」と、内心で魔獣たちの制御を行えたことに安堵した。

 そのことで、死の砂漠谷での魔獣騒動が反魔王勢力によりものではなく、封印が解けているだけであると確信した。

 ただ、ドランマルヌスが敗北したとまでは考えず……

「やはり、魔王様はまだ戦っているようね。あの方は不器用でいけないわ」

 魔獣の制御は、魔石を通して行われており、魔人からしたら魔獣はペットでしかない。
 厳密にいうと、魔獣を一体ずつ制御している訳では無く、適当に魔力を飛ばし、それに連なる魔獣たちと大気中のマナとの繋がりを確保し能力を封印していた。

 そのため、防衛のために魔王城に魔力を集中させると、魔獣とのリンク確保がおざなりとなり、このような事態となる。

 テイマーなる冒険者がいるのは、遠く離れた繋がりよりも目の前にいる強者に対して屈服したことにより発生する契約に近い関係に因るものといえる。
 しかし、それは極稀なためテイマーは稀有な存在である。

 閑話休題

 魔獣たちが後退し、勇者たちとの間に距離が開いたことでオフェリアが降り立つ場所が確保された。

 今まで硬直していた勇者たちは、オフェリアが降り立つ際に発生させた暴風により舞った砂埃に顔を覆った。

 暴風を発生させながらも、その質量からは考えられないほど優雅に着陸したオフェリアは、目の前の勇者たちを睥睨へいげいするように見下ろした。

 この異常事態に、誰も声を発することができず、ただただ震えるばかりだった。

『こんばんは』

 オフェリアが勇者たちへ念話を飛ばすと、どよめきが生じた。

「喋った……ドラゴンが喋ったぞ!」

 知能が高いと言われているドラゴンであっても、ヒューマンや亜人たちは、ドラゴンが会話できるとは思っていなかった。
 それ故に、オフェリアが念話で飛ばした内容がどうであれ、その驚きは大きかった。

 ワイバーンやリトルドラゴンは、好戦的でヒューマンや亜人を襲うことがあるが、古龍など大きな竜族ほど性格は穏やかで、滅多に他種族を襲うことは無い。

「こ、こんばんは……あなたはどちらの味方だろうか」

 意を決してカズマサが前へ進み出て、オフェリアに尋ねた。
 こんな状況であっても挨拶を返したのは、真面目なカズマサらしい。

『あなた?』

 オフェリアは、ただ首をもたげて更に高くから勇者たちを見下ろした。

「ええ、名前を伺っていないので……」

 オフェリアの動作にびくびくしながらも、周りの騎士たちは固唾を呑んでそのやり取りを見守っていた。

 カズマサの対応次第で目の前のブラックドラゴンがどんな行動をとるかわからないため、一挙手一投足を見逃せないのだ。

『それもそうね。この姿でははじめてだものね』

 そんな意味深な発言をしつつも、オフェリアは人化形態になることはなかった。

『いいわ。教えてあげる。私の名は、アドヴァンスド四家のオフェリア・パオレッティよ』
「オフェリア・パオレッティ……オフェリア殿とお呼びすれば良いだろうか?」

 魔獣たちの相手だけでもギリギリの状態なのに、巨大なドラゴンを相手できる訳がない、と思ったカズマサは、オフェリアの名前を繰り返し、この状況を打破すべく交渉を開始した。

 ただし、カズマサは聞き慣れない言葉に、

「アドヴァンスド四家? ドラゴンにも名前や家名があるのか?」

 と、心中かき乱されている。

 名前を聞いておきながらその疑問はおかしいかもしれないが、何分カズマサも平静ではなかった。

 無情にも、オフェリアが発する言葉を聞き、更に混乱することとなる。

『好きにするが良い。ただ、覚える必要は無いわ』
「何! そ、それはどういう意味だ!」

 混乱するあまり、カズマサは声を荒げる。

 つい乱暴な口ぶりになったことに、しまった、と内心舌打ちすると同時に、オフェリアの言葉の意味が理解できてしまった。

『この場で死ぬからよ』

 そう宣言したオフェリアは、ドラゴンブレスを撃つべく首をもたげた。

「ま、待ってくれ! 俺たちが何をしたというのだ。ここがオフェリア殿の住処であるということは無いだろ!」

 カズマサが諦めず、必死にそう叫ぶと、オフェリアはその動作を中止した。

『何をした、か……それならお前に問う。お前は、コウヘイに何をした? そして、コウヘイはどこへ行った?』

 オフェリアは、コウヘイの行方を確認するために態々地上に降りたのだが、そのことをすっかり忘れており、危なく勇者たちを殺してしまうところだった。

 名乗っておきながら直ぐに殺すというオフェリアの悪い癖がここで出たのだが、カズマサの発言で本来の目的を思い出した。

 そして、そのおかげで勇者たちは、何とか命を繋ぐことに成功した。

 一方、小高い丘の上の本陣。

 ブラックドラゴンの姿で舞い降りたオフェリアとカズマサが会話をしていたが、そこにいるアオイにカズマサの声は聞こえていなかった。

 誰もが動けずにいる状況下で、オフェリアの念話に因って届いた言葉を聞き、アオイは思わず前線へ駆け出していた。

「アオイ様!」

 アオイの行動にそう叫び、ジョンもそのアオイの後を追う。

 今、コウヘイと言った。
 あのドラゴンは、康平くんのことを知っているとでもいうの!

 と、オフェリアの言葉にアオイは、平静でいられなかった。

 アオイがその場所に到達したときには、カズマサが何やら叫んでいた。

「それはどういうことです! それを聞いて何の意味があるというのです!」

 アオイと同じ疑問を抱いたカズマサが、オフェリアに問い掛けていたのだった。

『私は知っている。コウヘイが冒険者を襲うようなことをする輩でないことを』
「な、何? そんなの俺だってわかってます。俺たちが康平を追放したことを怒っているとでもいうのですか!」

 ん? 何の話だろうか?

 この場に相応しくない会話の内容にアオイは、混乱した。

 てっきり魔獣の応援に来たのか、住処を荒らされて怒っているのかと、アオイは考えていた。

 やっぱり康平くんのことを知っているのね、とアオイは確信したが、この状況を全く理解できなかった。

 それは、この場にいるカズマサ、ユウゾウや騎士たちも同様で、特に離れた位置に布陣している第二軍は、余計に混乱していた。

 コウヘイが帝都を追われた理由まで知っているのだからそれは当然だろう。

 しかし、カズマサの声が届く範囲に居るアオイは、

「内村主将も何を言っているのよ。あんなに康平くんを非難していたというのに、ドラゴンが康平くんのことを知っているとわかったから、内村主将は話を合わせているとでもいうの?」

 と、疑問符が浮かびっぱなしで、頭から煙が出そうなほどにその混乱は、激しさを増した。

 誰もがオフェリアの発言に戸惑っているにも拘らず、彼女はそんなことなど気にも留めず、話を続けた。

『怒ってはいないわ。そもそも私は、はじめからコウヘイに目を付けていた。だから、お前たちがここにいると聞いて来てみたら、コウヘイは追放されたと言うじゃないか。だから居場所を聞いている』
「はじめからだと!」

 信じられない発言に、カズマサは語気を荒げ驚いたが、アオイは話の筋が通らないことに、

「康平くんが勇者パーティーにいることを知っていて私たちの後を付けてきたらしいけど、この場に来て康平くんの姿が無いことに気が付いた訳では無さそうね。その話しぶりからすると、追放されていることと帝都でしか知られていない理由を途中で知ったということになるけど――」

 と、頭をフル稼働させて考察するも、

「しかし、どうやって? 誰から聞いたのよ?」

 と、結局答えを出せなかった。

『私は気が短い方でね。そろそろ質問に答えてもらおう。コウヘイはどこ?』
「それを聞いてどうする!」
『気が短いと言ったわよ!』

 そして、オフェリアが翼を一振りする。

「ぐっ!」
「「「「「うわあ」」」」」

 目の前のカズマサだけではなく、騎士数人もその暴風により吹き飛ばされた。
 カズマサは起き上がり、再びオフェリアの前へと立ちはだかる。

 アオイが考えれば考えるほどドツボにはまっていく最中、話の雲行きが怪しくなっていく。

『まあ、いいだろう……』

 ドラゴン姿のオフェリアが微かに開いた口と目を細めた様子から、微笑んでいるようだとアオイは感じた。

 竜神信仰をする国があり、知性の高いドラゴンが人間を守るような行動を取ることがあると、聞いたことがあるアオイは、

「あっ、もしかして守ろうとしているのかしら?」

 と、見当違いな勘違いをした。

 アオイがそう思ったのもつかの間、ドラゴンが発した言葉を聞いたアオイは、目の前が真っ暗に染まった。

『コウヘイを見つけて殺す』

 突然のオフェリアの宣言に、コウヘイの場所を聞き出して殺すつもりだということを、この場の全員がようやく理解した。

「はっ、はは」

 言葉を失ったアオイとは対照的に、カズマサは、乾いた笑い声を発した。

『何が可笑しい!』

 流石のこれにはオフェリアも怒り、咆哮をあげ、地面を踏み鳴らした。

「おっと、それは残念だったな。何故、俺があいつを追放したか、わかるか?」
『なんだと?』

 オフェリアの疑問と同様に、アオイも意表を突かれた。

 誰しも、勇者の男三人がコウヘイを疎んでいるのを知っていた。

 それとは別に、挑発するようなカズマサの態度に正気を疑った。

 ドラゴンを怒らせるのは、得策ではない。

 騎士たちは、それをわかっているからか、じりじりと後退る。

「それはな、あいつを守るためなんだよ」

 何ですとおおおー!

 カズマサから飛び出た信じられない告白に、アオイだけではなく、近衛騎士団の騎士たちも内心叫んだ。

 そして、カズマサは尚も続けた。

「あいつは魔力が無い。そんなやつを魔王討伐に連れて行けるかっ。あいつは確かに身体が頑丈だったが、いずれ魔獣相手に命を散らすことになるのは明白だった。内気なあいつをこれ以上俺たちに付き合わせる訳にはいかなかった。だから……だから追放したんだ! 死んでもあいつの居場所をいう訳が無いだろ!」

 その堂々と言い放ったカズマサを見たアオイは、空いた口が塞がらなかった。

 えっ……まじで? 
 な、何いきなり勇者っぽいことを言い出すのよ!
 いや、実際勇者なんだけど、そんな素振りは一切なかったじゃない!

 カズマサの発言が本心かどうか考えあぐねていたアオイだが、時間が無かった。

『そうか……』

 オフェリアは、一度その大きな瞼をおろしてから、目一杯見開いた。

『ならば死ね!』

 そう宣言するなり、首を高くもたげたオフェリアは、ドラゴンブレスを放った。

「何でこんな土壇場なのよおおおー!」

 アオイは、最悪自分にだけ魔法障壁を掛けて生き残るつもりだったが、今のカズマサの発言を聞いてしまっては、見捨てる訳にはいかなくなった。
 それでもオフェリア相手には賭けでしかないのだが、アオイはできる限りの範囲に魔法障壁を発動させた。

 アオイの目の前の騎士たちを魔法障壁が覆ったそのとき、ドラゴンブレスの燃える深紅の炎が辺り一面を蹂躙した。

 アオイが取った行動がそのドラゴンブレスに効果があったのかはわからない。
 アオイの魔法障壁は、秒も耐えることなく、一瞬でオレンジ色から真っ赤に変わって砕け散ってしまった。

 ドラゴンブレスが止んだそのとき、前線で立っていられた者は、皆無だった。
 
 一方、小高い丘の上に取り残された騎士たちと、第二軍の面々はその惨劇を目にし、そのあとのオフェリアの挙動を注視し、安堵した。

「まあ、期待はしていなかったけど、意外だったわね」

 カズマサの告白に興が醒めたオフェリアは、残りを無視して魔族領に戻ることにした。

 オフェリアが羽ばたき空へ舞い上がると、数匹のワイバーンが近寄って行った。

「あら、乗せてくれるの?」

 どうやら、魔獣たちはオフェリアに付いて行くことにしたようだ。
 魔力残量が少ないが、人化していても他の種族と同様に眠れば魔力が回復するため、オフェリアは近寄ってきたワイバーンに人化形態になって跨った。

「それじゃあ、魔王城までよろしくね」

 オフェリアは、乗せてくれたワイバーンの首元を優しく撫で、目を瞑る。
 そして、ワイバーンは嬉しそうに一鳴きし、魔王城を目指し飛んで行った。

「あ、あれは……せ、せい……」

 人知れず、その呟きは途絶え、分厚い雲が月を覆い、戦場は瞼が下りたように闇に飲まれた。

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