賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第060話 勇者たちの誤算

 ベッドに潜り込んできたエルサのせいでコウヘイが中々寝付けないでいたとき。
 死の砂漠谷では、壮絶な戦闘が繰り広げられていた。

「くそっ、どうなってやがる」

 そう叫びながら、必死になって次々と矢を撃ち放ち続けるユウゾウの顔には、焦りが見えはじめていた。

 前衛では、カズマサが両手斧を振り回し、ギーネとフェルが両サイドを援護しているが、魔獣に大分押されていた。

「回復が間に合わない。山木くん、急いで!」

 アオイも焦りから力の限り叫んでいた。

 勇者たちは、パルジャで迎え撃つのではなく、こちらから攻撃を仕掛けるために帝国騎士と共に出撃した。

 約八〇〇の魔獣に対し、勇者パーティーの七人と勇者たちに同行する帝国の近衛騎士団一個大隊――三〇〇人――で殲滅に当たっていた。

 相手の魔獣は倍以上だが、勇者だけでも作戦次第で十分対処可能な数である。

 その上、帯同してきた部隊は、サーデン帝国きっての実力者集団と名高い近衛騎士団である。
 騎士団の編成は、四千の騎士たちで構成されるのが常だが、近衛騎士団だけは選りすぐりの精鋭であるため一個連隊――千人――で騎士団と名乗っている。

 その近衛騎士団は、本来皇帝付きの騎士団だが、勇者パーティーは、サーデン帝国の顔であり、皇帝の名代といっても良い存在。
 そのため、毎度勇者パーティー遠征には、近衛騎士団や翼竜騎士団といった精鋭部隊が配備されるのが常であった。

 そんな過剰戦力と思われる勇者たちと精鋭部隊が、魔獣に押されていた。

「ファイアトルネード!」

 マサヒロが上級魔法の詠唱を終え、炎の竜巻が魔獣を襲う。
 上級魔法というだけあってその威力は絶大で、今の一撃で一〇〇体以上もの魔獣がその灼熱の炎に焼かれて地に伏した。

「へへ、どうだ見たか!」

 相当の魔力を使ったのか、息も絶え絶えにマサヒロが恰好をつけて叫んでいた。

「マッジクポーションを飲め!」

 マサヒロの様子をみたユウゾウは、魔力切れで倒れられでもしたらたまったものではないと考えたのか、すかさず指示を飛ばしていた。

「くそ、どうなってんだ全く!」

 またしてもユウゾウが悪態をつく。

 マサヒロのファイアトルネードが直撃し、少なくないダメージを与えたにも拘わらず、上級魔獣のトロールが立ち上がり、進撃してきたのである。

 魔獣が強くなってる! とアオイはその様子を見て確信した。

 今までであれば、マサヒロの必殺技といっても過言では無いファイアトルネードを受けて立っていた魔獣はいなかった。

 過去にも、それでトロールを討伐したことがあるのだ。

 それで立っていられた者は、死の砂漠谷で対戦したあのドーファンだけであった。

「魔族並みの耐久があるってことなの!」

 トロールのタフさを見てドーファンのことを思い出したアオイは、そう叫んだ。

 やはり、何かがおかしい、とアオイは戦闘中にも拘わらず、考察を開始した。

 パルジャを襲った魔獣約二千に対し、マルーン王国の守備隊は三千人いた。
 そもそもパルジャは、城塞都市というだけあって分厚い城壁に守られていた。

 それなのに、見るも無残に破壊しつくされていた。

 城攻めの知識を持ち合わせていないアオイだったが、最低でも三倍の数が攻城には必要らしいことだけは知っていた。

 魔獣の場合、人間と違って能力の個体差が激しいが、それを考慮に入れても計算が合わない。
 むしろ、パルジャ駐留の兵士は屈強で、その中には騎士もおり、魔獣より能力は高い。

 王国側も流石にパルジャが落ちるとは思わず、増援を送るのを見送りにしていた――

 結果、勇者たちが到着したとき、既にパルジャは魔獣たちに蹂躙されていた。
 
 被害が大きすぎて生存者が少なく、カズマサたちが集められた情報も少なかった。
 判明したのは、トロールが城門を打ち破り、ワイバーンがバリスタ等の防衛兵器を破壊したあとに、小型魔獣を空から運び入れたことで、戦闘が至る所で発生し、数の有利を生かせなかったと、アオイは聞いた。

 彼らが今まで相手にしてきた魔獣は、そんなさかしい行動を取ることなどなかった。
 
 やはり、ここの魔獣はおかしい! とアオイは考察の末、そんな結論を導き出した。

「こうなったらもう一発……」

 アオイが考察している間も戦闘は続いており、マサヒロが負けじともう一度ファイアトルネードの詠唱を始めようとしていた。

 が、

「山木っ! 大技は良いから初級魔法を撃って手数で勝負しろ! じゃないと前線が持たない。イシアルも両翼の押されているところへ魔法を集中させろ!」

 前衛のカズマサから指示が飛んできた。

「りょ、了解っす!」
「はい、カズマサ様!」

 カズマサの中央は何とか持ち堪えていたが、両翼がじわじわと押されており、このままでは包囲されるのも時間の問題だった。

 未だ五〇〇匹ほどの魔獣が健在で、騎士たちに死者はいないようだが、怪我を負い五〇人ほどが後衛に下がって来ていた。

 近衛騎士団だけにこだわらず、もっと魔法士を連れてくればよかったわ、と内心でアオイは歯噛みした。

 元々近衛騎士団は、皇帝を守るために近接戦闘を得意とする集団で、今回の三〇〇人の中には、魔法士の数が一〇人ほどしかいなかった。

 魔法騎士の大多数は、魔法士を主軸に置いた別の騎士団に配属となるため、仕方がないことだが、今回ばかりは皇帝の提案を断ったのが仇となった。

 実は、魔獣襲撃の救援依頼を受けたときに、翼竜騎士団で対応し、後詰めに近衛騎士団が駆け付ける予定だったが、タイミング悪く翼竜騎士団は、演習を兼ねて地方の魔獣討伐中で帝都に不在だった。

 そこでユウゾウが、

「栄えある皇帝陛下の近衛騎士団と共に殲滅してみせます。到着に大差が無いのなら少しでも早く到着すべく陸路で進みたいと存じます」

 などと、うそぶいたのである。

 その場面だけを切り取れば正に勇者らしかったが、事実は全然違う。

 本当の理由は、高所恐怖症のユウゾウが断固拒否したのである。
 皇帝はそんな理由とは知る由も無かったが、他の勇者三人には直ぐにわかった。

 数日待てば陸路で駆け付けるのと大差なく到着できた上に、翼竜騎士団はワイバーンに騎乗しながら戦闘を行う魔法士部隊である。

 もし、その到着を待っていれば、今回の戦闘もこんなに泥臭い展開にならずに済んだのは間違いなかった。

 しかし、「ない袖は振れぬ」ではないが、この場面では意味のないことだ。

 そのときのアオイは、

 全く自分勝手すぎて本当に胸クソ悪いわね。
 ああ、これなら私が手を下す必要もなく自滅しちゃうんじゃないかしら。

 などと、一瞬、黒い感情に支配されそうになったが、声を掛けられ我に返った。

「アオイ様、早くこちらへ!」

 声がする方へアオイが顔を向けると、近衛騎士団の大隊長であるジョン・フォン・ティペットが馬上から手を差し伸べていた。

「あ、はい」

 咄嗟にその手を掴むと、一気に身体が浮き、ジョンの前に座る形となった。

 アオイが考え事をしている間に前線が崩壊し、一旦退却し隊列を整えることになったとジョンの説明でアオイは現状を理解した。

 どうやらアオイが騎乗してきた馬は、どこかへ逃げ去ってしまっていたようだ。

 逃げ帰るように退却すること一〇分が経っただろうか。
 魔獣たちが勇者たちを追いかけてくることは無かった。

「大丈夫でしょうか、アオイ様」

 ジョンが終始無言のアオイを心配し、後ろから声を掛けた。

「ええ、大丈夫です。ありがとう」
「そうですか。無理をなさらず、何かあればお声掛けください」
「ええ、わかったわ」

 そう答えるために振り返ると、馬上で密着しているため互いの顔が目と鼻の先ほど近かった。
 魔獣たちの返り血でわかり辛いが、間違いなくジョンの顔は紅潮していた。

 あら、照れているかな? とアオイは悪戯に笑みを広げた。

 ジョンは、ティペット伯爵家の次男で、年のころは二〇代半ばだろうか。
 その反応からもわかる通り、何かとアオイのことを気にかけていた。

 本人は隠しているつもりらしいが、いつしか戦功を上げて意中の人に告白すると言っており、その意中の人というのがどうやらアオイのことで、そのことを風の噂でアオイの耳にも入っていた。

「ジョン隊長のおかげで安心できます。あなたが無事であればそれで十分ですよ」

 無意識のうちにアオイの小悪魔的一面が発揮された。

「そ、それは!」

 慌てたようにジョンが聞き返す。

「この大隊が規律よくまとまっているのはジョン隊長のおかげですからね」
「あ、ああ、そうですよね。精進します」
「ええ、期待しています」

 作戦の成功の鍵を握る証言をさせるのに使えるかもしれないと、アオイはジョンのことを高く評価していた。

 アオイは、死の砂漠谷である計画を実行しようとしていた。

 魔獣討伐に奮闘するも、討伐目前で三人が大怪我を追い、瓦解してしまう。
 そして、勇者パーティー解散後、冒険者となってアオイがコウヘイの元へ駆け付ける。

 本来、治癒魔法士であるアオイがいるのだからそんなことが起こり得ては不味いのだが、アオイはあの秘密に気付いていた。

 それは、パルジャで経験したある出来事に起因していた。

◆◆◆◆

 救援に向かう道中、馬車に揺られながらコウヘイに対する数々の酷い仕打ちへの復讐のために色々と考えていた。

 しかし、良い案が思い浮かぶことはなかった。

 そして、パルジャで怪我人に治癒魔法を施している最中に驚愕の体験をしたのだった。

 魔力が尽きてもマジックポーションを飲み、町中の怪我人を治癒していたのだが、その傷の大小は様々で、ほんの擦り傷でも幼子が泣いていれば迷わずヒールの魔法を掛けていた。

 そんな風に分け隔てなく治癒魔法を連発していたアオイは、マジックポーションの残りがあと僅かであることに気付き、

「この擦り傷だけを治す分だけの少ない魔力で治せないものかしら」

 と、考えていたら普段より魔力が抜ける感じが軽かったのである。

 そこで疑問に思ったのもつかの間、今度は重症患者が運ばれてきた。

 腹部を深く抉られた王国兵で、エクストラヒールでないと治すことができないほどの大けがだった。

 ヒールの約一〇倍もの魔力を消費するため、アオイは少し逡巡しゅんじゅんし、エクストラヒールではなくヒールを掛けることにした。

 それは、魔力をケチったのではなく、検証を兼ねていた。

 それはふつうのヒールではなく、その腹部だけに意識を集中させたのである。

 すると、不思議なことにエクストラヒールを掛けた際の激しい虚脱感は無く、ふつうのヒールを掛けたのと同じ魔力量で、エクストラヒールの効果を発揮できたのである。

 それからもアオイは、何度も患者の症状に合わせた魔力の使い分けを試した。
 その全てがアオイのイメージ通りの効果を発揮したのだった。
 ついには、詠唱も必要なかった。

 これでアオイは、確信した。

 魔法の効果は一定じゃない!

 今までの帝国の教えは何だったのかと、一瞬裏切られた気分になったアオイだが、帝国兵もそれを信じて疑っている様子はなかった。

 今までの魔獣討伐戦もまた然り、先月の中級魔族戦という生きるか死ぬかのギリギリの戦いでも必死になって呪文を詠唱していたし、魔法の威力に差はなかった。

◆◆◆◆

 そのことに気が付いたアオイは、その作戦を考え付いたのだった。

 周りの帝国騎士たちは、必死に治癒魔法を掛けるアオイの姿を確認する。
 それでも、勇者たちは魔獣の攻撃に耐え切れず大けがを負う。

 こうなれば、アオイが勇者パーティーを抜けても文句は言われない。
 しかも、一緒に戦闘に参加している近衛騎士団にはふつうのヒールを掛ければ、アオイのせいではないと、証言してくれるに違いない。

 それに、カズマサたち三人が倒れた後も、近衛騎士団が魔獣を倒してくれれば、パルジャにこれ以上の被害を及ぼすことも無い。

「そうすれば周りを気にせず、また康平くんの傍にいられるわ。ああ、待っていてね康平くん、私がまたあなたを守ってあげるわ」

 その呟きがジョンの耳に届くことはなかった。

 そのときコウヘイの背筋に悪寒が走ったのかどうかは定かではない。
 ただ、変に感情を拗らせたアオイの計画が人知れず進んでいるのは確かだった。

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