賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第045話 ミスリルの魔法騎士

 デミウルゴス神歴八四六年――七月一五日。

 コウヘイたちがテレサ冒険者ギルドに入ると、ギルドホールは閑散としており、誰一人としてカウンターに並んでいる者はいなかった。

 しかし、ガヤガヤと騒がしく、ギルド備え付けの酒場が盛況のようで、立ち飲みしている冒険者たちが多く見受けられた。

 コウヘイたちが初めてテレサの町に到着した日の冒険者ギルドも同じような感じだったが、その日よりも確実に酒場にたむろしている冒険者の数が多かった――――

「やはり、天候のせいかな……それよりも報告をしないと」

 と、僕はカウンターへ向かうと、ギルドマスターのラルフさんがいた。

 ラルフさんは、驚いた顔をしていたけど、僕と目が合うとひとつ頷き微笑んだ。

 カウンターからラルフさんが歩み出て、僕もそれに習い歩み寄った。

「コウヘイ殿、無事でよかった」

 無事? そういえばあれから五日ほど経っているのか、と僕は、頬をかいた。

 何の音沙汰も無ければ心配するのは当然だった。

「済みません、遅くなりました」
「いえ、無事ならそれでいいんです」

 と、言葉を切ったラルフさんは、何故か酒場の方へ向き、叫んだ。

「おーい、みんな聞いてくれ! たった今、デビルスレイヤーズが戻ってきたぞ」

 すると、ガヤガヤと賑わっていた冒険者ギルドの酒場が、不自然なほどの静寂に包まれた。

 ある者は、なみなみ注がれたジョッキから中身を溢さまいとして口を着けた姿勢のまま。
 ある者は、身振り手振り説明していたのか、両腕を大きく広げた姿勢のまま。
 全員共通して、僕たちの姿を見てフリーズしていた。

 ただし、それはほんの一瞬で、堰を切ったように歓声がわき起こった。

「おおおー帰ってきやがったっ」
「やっぱりおれの言った通りじゃねーかっ」

 中には僕たちが戻って来るか来ないかで賭けをしていた者たちもいたようだ。

 それからいつの間にか、僕たちを囲むように冒険者が集まってきて、

「ダンジョンの様子はどうだ?」
「やっぱり狂暴化してたか?」

 などと、質問を次々に浴びせてきた。

 僕がそのあまりの勢いに面を食らっていると、

「コウヘイさん! 無事だったんですね」

 と、カウンターの奥から僕の名を呼ぶ声がした。

「アリエッタさん」
「もうっ、心配していたんですから。いったい、この五日間どうしていたんですか!」

 凄い剣幕で詰め寄って来て、思わず僕は後退る。
 おっとりとした見かけに騙されてはいけない。
 アンリエッタさんは、以外にも強引な一面も持っている。

「人気者じゃな、コウヘイ」
「いやっ、これは違うでしょ」

 わかっているくせに、イルマはそんなことを言う。
 やっぱり、みんなダンジョンの様子が気になっている様子だった。

「で、何してたんですか!」

 アリエッタさんだけ、主旨が違うようだけど、説明するより見せた方が早い。

「それは見てもらった方が早いですかね。魔獣ってそのまま出していいんですか?」
「それなら、報告カウンターの右側にお願いします」

 そう言ったラルフさんが先導してくれるのか歩き出したので、僕たちは後に続いた。
 すると、冒険者たちもぞろぞろとついてくる。

 酒場で傍観を決め込んでいた冒険者ですら立ち上がり、覗き込む必要があるほど、報告カウンターの周りが冒険者たちで埋め尽くされた。

「それじゃあ、出しますよ。良いですか?」

 僕の勿体ぶった言い方に、全員、早く早くと待ちきれない様子。

 ゴブリンジェネラルを見たら、みんな腰を抜かすんじゃないか? と僕は僕で内心、そんな反応を期待して胸を踊らせる。

「五階層で遭遇したのですが……」

 僕は言いながら魔法の鞄からその魔獣の死骸を取り出す。

「これは……」

 それを見たアリエッタさんが反応する。

「ゴブリンシャーマンですね」
「そうですね」
「……や、やはり、強かったのでしょうか?」

 予想内の魔獣だったのか、反応はイマイチ。
 当然といえば当然だろう。
 相手を安心させてからとっておきを出して、驚かせようと考えていた。

「いえ、サンダーボルトで一撃でしたよ」

 そう言って、次の仕掛けに移行しようとしたら。

「「「「「何だって!」」」」」

 いきなり周りを取り囲んでいた冒険者たちが驚きの声をあげた。

 僕のサンダーボルトは、この世界の常識より強力なため、一撃で倒せたのだけど、ふつうはそうではないのかもしれない。
 
 一撃で死ぬような弱い魔獣なのかと思われたら、次の仕掛けも弱い個体だと思われたらどうしよう、と考えたら心配になってきた。

「コウヘイ殿。確認ですが、それはイルマ殿の魔法ですかな?」
「えっ、何でそう思うのですか?」

 冒険者たちだけではなく、ラルフさんの反応に、僕は益々変な焦りを感じた。

「いえ、サンダーボルトといったら上位魔法に分類される電撃魔法ですからね。流石は、ゴールドランクのイルマ殿ですな」

 そうだとは言っていないのに、イルマが倒したことになっており、冒険者たちの視線がイルマに殺到した。

 どうやら、電撃魔法に驚いての反応のようだった。

「えっ、この少女がゴールドランク!」

 イルマの見掛けだけで判断して、意外だと声を発した者さえいた。

 その視線を鬱陶しそうに、イルマは、

「わしは補助魔法師じゃよ。やったのはコウヘイじゃ」

 と、僕のことを指差した。

 今度は、先ほどより更に大騒ぎとなり、その場を収めるのに、あのラルフさんが大声を張り上げる必要があるほどだった。

 僕の見た目は如何にも物理特化という感じだから、攻撃魔法が意外なのだろうか?
 呪文さえ唱えられれば、効果を発する世界で、何をそんなに驚く必要があるのだろう。
 僕の魔法に対する認識とこの世界の常識が合致せず、未だに僕は戸惑うことがある。

 そういうときは、いつもイルマに相談するのだけど、

「それは、コウヘイの方がおかいしいのじゃ」

 と、まともな返答が返ってきた試しがない。

 僕がそんな記憶を思い返していると、ラルフさんが勘違いした理由を明かした。

「コウヘイ殿は、帝都で重装騎士をなさっていたことから前衛職かと思っていおりましたが、まさか後衛職もこなせるとは……」

 ラルフさんは何を言っているんだろうか、と僕は不思議に思った。

「エルサに魔法を教わったことを説明していませんでしたっけ?」
「ええ、そうですが、それは身体強化魔法のことかと思っていました」
「ああ、そういうことですか。僕は身体強化でタンクをしながら、攻撃魔法も使いますよ」

 その僕の発言に、冒険者たちは、金魚のように口をパクパクさせている。

 さっきからこの人たちは何なんだろう?

 まるで面白くないコントでサクラが大袈裟に笑うがの如く良い反応をして見せる冒険者たちに僕は、内心おかしくて堪らない。

 これくらいで驚かれているようでは、ゴブリンジェネラルを見せたらどうなってしまうんだろう。

 さっきは、反応を楽しむつもりでいたけど、何だか面倒になってきた。

 すると、

「ミスリルの魔法騎士だ……」

 誰かが呟いたのが聞こえた。

「はは、言い得て妙ですな。コウヘイ殿は、まさにミスリルの魔法騎士ですな」

 ラルフさんもそれに同意して、そんなことを言った。
 魔法を使えるようになり、聖騎士になれるかもと考えていたことを思い出した。

 僕がミスリルのプレートアーマで攻撃魔法を使うからの発言だろうけど、安直すぎやしないだろうかとも思う。

「そ、それよりも……もっと重要なことがあります」

 恥ずかしくなった僕は、そう切り出してイルマを促した。

「イルマ、アレを……」

 イルマは、やれやれ、と口だけ動かし呆れた表情をしている。

 僕の魔法の鞄には、身の丈三メートルのゴブリンジェネラルの死骸が収納できないため、イルマに回収してもらっていた。

 当初は、ゴブリンシャーマンもイルマが回収していたけど、この茶番のために事前に僕が受け取っていたのだ。

「うむ、みな少し場所を空けてくれんかのう」

 先ほどのやりとりで、気付かないうちに冒険者たちが詰め寄ってきていた。

 場所が空いたのを確認してイルマが魔法袋からソレを出した。

「えっ……」
「おい、これって……」
「まさか……」

 明らかにゴブリンジェネラルにしか見えない、その死骸――オークほどの巨体にして、ゴブリン特有の深緑色の皮膚に鋭くも醜い顔――を見て、信じられないといった様子で、全員が言い淀んだ。

「そうですよ。五階層にゴブリンジェネラルがいたので倒しておきました」

 そう説明すると、その場に居た者全員が、何ともいえない表情で思い思いに叫んで驚きを表現している。

 叫びすぎて、咳き込む者もいたくらいである。
 目論見通りの反応に、僕は大満足するとともに、これからは平穏に暮らせないことが確定し、気を引き締める。

 五階層でゴブリンジェネラルを倒したあとに、転送された先での出来事と驚くべき情報を得た。
 更に、新たな出会いも……

「ラルフさん……時間ありますか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「では、内々に報告したいことがあるので、この前の打ち合わせ室へ行きましょう」
「そうですね。むしろ、こちらが説明をお願いしたいくらいです」

 ――――コウヘイに返事をしたラルフは、ゴブリンジェネラルの死骸に視線が釘付けだった。

 精霊の樹海での話をきいたら、ラルフは間違いなく腰を抜かすどころではない。

 そして、コウヘイは、この日を境に、「ゼロの騎士」から、「ミスリルの魔法騎士」と呼ばれることになるのだった。

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