賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第042話 精霊王の告白

 コウヘイの絶叫ともいえる叫び声が精霊王の寝所にこだました。

 慌ててコウヘイが口を両手で押さえたが、精霊王が目を覚ますどころか、全く反応はなかった――――

「ご、ごめんなさい。意味がわからないから、バカでもヒューマンでもわかるように、一から説明してくれない?」

 ニンノは、一言えば一〇理解してもらえるというような話し方をするため、僕は限りなく自分を卑下してお願いした。

『ふうむ、仕方がない。コウヘイのスキルが精霊王を救う。そのスキル、エナジーアブソポーションドレインは、マナを吸収するだけではなく与えることもできる。精霊王は、マナが枯渇していて動けない。さっき樹海の魔力を吸収したことで症状が酷くなったのだ。それを返してほしい。接吻してマナを注ぎ込むように念じてみよ』
「なんと、それは誠か!」

 僕の驚きを他所に、イルマがニンノに問い詰めた。

『偽りを述べる道理がない』

 確かにそうなんだけど、話が唐突すぎて僕には付いて行けない。

 確か精霊にはスキルが見えると以前イルマが説明てくれたから、エナジーアブソポーションドレインというのが僕のスキルの本当の名称なんだろう。

 まさか吸収だけではなく、与えることもできるとは思わなかった。

 しかも、死んだように眠る精霊王の現状は、先程僕が樹海の魔力を吸収したことが原因らしい。

 エルサから魔力を吸収している際に頭の中に響いた怒気を含んだ声は、精霊王だったのかもしれない。

 そんな風に僕が頭を整理していると、

「コウヘイ、やるしかないのう」

 と、イルマがエルサを引き取ろうとしてきた。

「え、イルマは信じるの?」
「ドルイドならまだしも、森の精霊がわしらを謀るはずがない。実際、精霊王のこの衰弱しきった様子から明らかじゃろうて」

 そう言われて、横たわる精霊王に視線を向けた。

 ニンノと瓜二つのその顔は、心なしかやつれ、髪にも艶が無いように見えた。

 ……やるしかないのか。
 元をたどれば僕が原因らしいし、と僕は、決意した。

「わ、わかった。エルサを頼むよ」
「うむ、よかろう」

 流石に、イルマにエルサを抱えることは難しいため、一度絨毯の上に足を下ろしてから胴体を預けるように渡した。

「そ、それでは、失礼します」

 態々声を掛ける必要は無いと思うけど、思わずそう言ってベッドに腰を下ろし、精霊王の顔へ僕の顔を近付けていく。

 まさか、ファーストキスを経験したその日に三度も、しかも、別の女性にキスをする羽目になるとは思わなかった。

 いやいや、こ、これはキスじゃなくて――
 と戸惑っていると、ニンノに急かされてしまった。

『何をしておる。早う』
「は、はい……」

 意を決して再び顔を近付ける。

 うわあ、近くで見るとなんとも……綺麗だ。

 頬が少しこけているけど、鼻筋が通って唇の形がいい。
 顔立ちが整っていて、目を見張るほどの美人だった。

 そう見とれたのは一瞬のことで、僕は目を瞑り、

「ええい、ままよ!」

 と、心の中で叫び一思いに唇を重ねた。

 魔力を与えるにはどうすれば良いのだろうか? と考える必要は無かった。

 どんな原理かわからなかったけど、お互いの唇が触れただけで、僕の中の魔力が身体の奥底から流れ出すのを感じた。

 魔法を使うときでさえ感じることがなかった魔力を失うことによる虚脱感が、一気に襲ってきた。

 これは、全て持っていかれる!

 と、思って顔を上げようとして、できなかった。

 何者かが両手で僕の頭を抑えて、舌を入れてきたのだった。

 それは、間違いなく精霊王本人の仕業だった。

「ぬね!」

 僕は驚きで声を出そうとして、口を塞がれていたためそれに失敗した。
 
 それはもう、まさに、むさぼるようにして奪われた。

「ぷはあー」

 やっと解放されたと思ったら、そのまま精霊王の胸元に抱きすくめられた。

「もがもが、ふがふがあ!」
「あら、ごめんなさい」

 必死の抵抗を試みてやっと解放された。

「全く何をしておるのじゃ……」
「うふふ、せっかくの機会ですからね。ああーやはり若者の精気は良いものね」

 僕が息を整えている間に、イルマと精霊王ニンナが何やら言っている。
 しかも、今舌なめずりしなかったか!

 僕は、立ち上がって心なしか距離を取った。

「ふうむ、ご馳走様。大儀であった」
「あ、いえ……」

 ご馳走様、って……僕は苦笑いしかできなかった。

 あれ?

 ニンノと違って精霊王のニンナはふつうに喋れるんだなと、変なところに感心するとともに、精霊王ニンナの声も、あの怒気を含んだ声とは全く違った。

 それなら、あの声は一体……と、僕が訝しんでいると、

「まさかアレを設置してから三日で来るとは思いませんでしたわ。流石は、イルマといったところかしら?」
「いいや、わしは何もしとらんよ」

 両手の平を合わせてニコっと笑った精霊王に対して、イルマはかぶりを振った。

「あら、あなたはいつもそればっかりですわね。相変わらず控えめな女王だこと」
「ふんっ、そう思っているのはお主だけじゃよ、精霊王ニンナ。して、その言いぶりじゃと、あの転移魔法陣を設置したのはお主なのか?」
「当然ですわ。今の時代に転移魔法陣を設置できる存在なんて、数えるほどしかいないのではないかしら?」

 僕を置いてけぼりにして、どんどん話が進んでいく。

 転移魔法陣――ラルフローランのダンジョンで魔獣調査のクエストを受注して、五階層で遭遇したゴブリンジェネラルを討伐したら、突然金色の魔法陣に因って、ここ精霊の樹海に転移させられた。

 それはつい二時間ほど前のことである。

「……目的は何じゃ?」
「それは……」
「それは?」

 精霊王が人間に敵対しているとでもいうのだろうか?
 僕は、一歩下がった位置で二人の会話に集中する。

 いつの間にかエルサが目を覚ましており、状況がわからないのか辺りを見回したあと、僕の隣にやってきた。

「大丈夫かい?」
「うん、ここは?」
「精霊王の寝所だって、どうやら転移魔法陣で僕たちを呼んだのが彼女らしいんだ」

 事情を簡単に小声で耳打ちして、エルサに教えてあげた。
 エルサは驚いた様子で目を見開いて、ニンナに視線を向けて観察を始めた。

 その瞳が心なしか動揺しているように感じられた。

「なんじゃ、大分勿体ぶるのう」

 ニンナはどう説明したものかと逡巡しゅんじゅんしているようだった。

「魔物が以前より強力になっていることには気付いているかしら?」
「やっぱり、そうなんだ! あ……」

 大人しく聞いているつもりだったけど、ニンナの発言に言葉を挟んでしまい、皆の視線が僕に集中した。

「そんなとこにおらんでコウヘイもこっちへ来い。エルサも気が付いたらな、ほら」

 イルマは、自分のベッドであるかのようにニンナのベッドを叩いて、エルサに座るように勧めてきた。

「どうぞお構いなく」

 ニンナも戸惑っているエルサへ、ベッドに座るように勧めてきた。

「あはは、それでは遠慮なく」

 精霊王だと聞かされた人物からもそう言われてしまったエルサは、勧められるがままベッドに腰を下ろした。

「それで、魔獣が強力になっているのは事実なんですね?」

 僕たちは、噂程度の情報しか得ておらず、その調査中であった。
 思わぬところで真実が判明しそうなことに気持ちがはやる。

「はい……そもそも魔獣と獣の違いを、あなたたちはご存じかしら?」

 やっぱり本当だったんだ。
 それにその質問は簡単だ。

「そんなの簡単じゃ、魔石があるかないかの違いじゃろ」

 そう、イルマが言った通りだと僕も認識している。

「半分当たり、半分外れ、ですわね。では、魔人はどうかしら?」
「何じゃと! ええい、いちいち面倒な話し方をするでない。知っていることをすっぱりと説明してはくれんかのう」

 学校の先生と生徒の遣り取りのようなニンナの話し方に、イルマはイライラしだした。

 ニンノより口数が多いけど、基本的な話し方は同じで、要領を得ない。
 端的に見えて、無駄を楽しむような話し方なのだ。 

「それなら仕方ありませんね。結論から言うと、魔人と魔獣は同じですわ。魔人にも魔石があり、それが魔法が得意な所以ですわね」

 その説明に僕たち三人は驚いた。
 イルマもはじめて聞いたかのような表情で驚いていた。

「魔王の力が増すと、魔獣が強くなるといわれているのは、単に魔石を介して魔力が共有されるからなのですわ。魔獣が魔人の指示に従うのもまた然りですわね。しかし……」

 ニンナは、僕たちの顔を順繰り見るように間を持たせてから、僕の常識を崩すようなことを言い放った。

「現魔王ドランマルヌスは、人間の味方で魔獣の能力を封じていたんですわ」
「バカな!」
「そんな!」

 イルマとエルサがその言葉に反応したけど、僕はあまりの衝撃に言葉を発することができなかった。

 ――――魔王が人間の味方だって! とコウヘイは、驚きを隠せないでいた。

 しかも、こんな場所で魔王の名前が判明したことにも驚きだった。

 それは、コウヘイたちデビルスレイヤーズの行動指針である魔王討伐が、基礎の部分から音を立てて崩れ去ったほどの衝撃だった。

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