賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第040話 葛藤と邂逅
コウヘイは、目を瞑り大気中の魔力を余すことなく吸収しようと両手をいっぱいに広げるようにして、長い時間を過ごした――――
はは、無限に吸収できるぞ。
「ねえ、コウヘイ? ちょっと怖いかも……」
「え?」
僕に集まる魔力に圧力を感じる、とエルサが言い出した。
その圧力が強大で恐ろしいと。
「ああ、ごめん。吸収できるものだからついついやりすぎたかも」
「ふうむ。どうやら上限はないようじゃな。これは、あれじゃな。強者特有のプレッシャーに近いかもしれん」
イルマは、エルサとはまた違った感想を漏らす。
これだけ、吸収すればしばらくの間は魔力切れになることは無いと思う。
「それじゃあ、最初は僕が見張りに立つから二人は先に寝ていて良いよ」
魔力を吸収したことで、目が冴えてしまった。
僕は、寝れそうにもないことから、そう二人に伝える。
「待って……わたしのもお願い」
「え? 大丈夫だよ。たくさん吸収できたから暫くは……」
エルサの息が上がっており、目がとろんとして焦点が合っていない。
青みを帯びた銀色の瞳が、出逢った当初のように陰りを見せていた。
「もしかして、上限になったの?」
「う、うん、そうみたいなの……」
早すぎないだろうか? つい一時間前で、数発の魔法を撃つくらいの魔力しか残っていなかったはずなのに、もう上限まで回復したとエルサが言ってきた。
しかも、先程までそんな素振りは無く、いきなりだった。
「もしかして、スキルの能力が上がったとか?」
しかし、その様子からはいつもの辛そうなエルサだったため、エルサのことを信じて僕は考えうる可能性を指摘してみた。
「え? あ、うん。そ、そうだと思う。うん、絶対そうだと思うよ」
「え、本当?」
「あっ、もうだめ……は、早く」
「わあ、ちょっと待って」
何か一瞬不自然に慌てた様子だったけど、辛そうにして倒れ込んでしまった。
急ぎエルサの元へ近付き、身を抱えるように起こして腹部に手を添えた。
露出しているせいか、ひんやりとした引き締まった腹部の感触が伝わってくる。
昼間は猛暑の兆しがある夏目前だけど、鬱蒼と茂る大森林のせいか、少し肌寒かった。
「あ、待って。それだと声が出ちゃうから……く、口でお願い」
「えっ……」
そ、それって……と僕がドギマギしていると。
「声で魔獣が近寄ってきたら危険でしょ? だから、お願い。わたしは気にしないから」
僕が気にするんだって!
さっきは不意打ちだったため、されるがままだったけど、この状況でそれはハードルが高すぎる。
僕がイルマに助けを求めるべくそちらを見やると、いつの間にやらその場を離れるように背を向けて歩き出していた。
その状況に僕は、躊躇いつつも首を縦に振るしかなかった。
「わ、わかった。は、恥ずかしいから目を瞑ってもらえるかな」
男である僕が言うセリフじゃないけど、しょうがないじゃないか!
誰に言う訳でもなく、自分自身にそう言い訳をした。
すると、エルサが目を瞑り、頬をほんのり赤く染め小さな唇を突き出した。
焚火の火の光が、鮮やかにエルサの顔を照らし、エルサの色気をより引き立たせた。
僕はどうにでもなれ、と決心をしてエルサの唇に自分の唇を重ねた。
この日、二度目となるエルサとのキスは、無意識に行った一度目とは違い、その柔らかな感触を堪能した。
大気中の魔力を吸収する勢いとは比べ物にならにほどの魔力の渦が、僕の中に流れ込んできた。
唇を離すと、その魔力の渦が途切れ、それを物欲しそうに僕は、我を忘れて再び唇を重ねた。
エルサも抵抗することなく、お互い夢中になって重ねた。
まるで、何かに乗り移られたかのように僕の意識が遠のいた――
『返せ!』
そんな、怒気を含んだような叫び声が頭に響いたかと思い目を見開くと、僕の腕を掴んでいたエルサの手が離れ落ちるのを見て、僕はハッとなり興奮が覚めて我に返った。
「え、エルサ!」
つい夢中になって吸収しすぎてしまったと思い、慌ててエルサの名を叫んだ。
「だ、大丈夫だよ」
それに力なくエルサが答え、儚くも嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
一先ず反応があったことに安心するも、「どうかしている」と自分を戒める。
僕が声をあげたことで、イルマが何事かと戻ってきた。
イルマは、状況から察したのか。
「何ともお熱いことじゃ。べつに吸収しようと意識しないでキスすれば良いじゃろうに」
「べ、べつにキスが目的じゃないってっ」
イルマの指摘に僕は言い訳をしたけど、本当にそうだろうか?
後半は半分意識が飛んでいてあまりよく覚えていない――夢中になってエルサの唇を求めたこと以外は。
大丈夫だと言っておきながら、未だ僕の腕の中でぐったりとしながらも、幸せそうにしているエルサを見やり、僕は葛藤する。
エルサは大事な仲間で、魔力弁障害で苦しんでいるだけだ。
その手助けで仕方なく……と心の中で言い直そうして、最低な言い訳に反吐が出る。
葵先輩のことをはっきりさせるまで待ってほしい、だって!
ふと、白猫亭で眠れずに過ごしたあの夜のことを思い出した。
エルサから求められてそれに返答した訳では無く、僕がそう勝手に判断して、勝手に自己解決しただけであった。
でも、イルマと違ってはっきりとは言わないけど、エルサからはそういう感情をひしひしと感じていた。
一方、僕の想い人である葵先輩はというと、どんな事情があろうと、僕と一緒に行動をすることを拒んだ。
それも僕を傷つけるような言葉を吐き、切り捨てるようにして去って行った。
その事実を色々な理由を付け、擁護し、更には迎えに行こうとしている。
シルバーランクの冒険者になって迎えに行く、だって!
それでも断られたら僕はどうするつもりなんだろうか。
その守りたいという感情は、今まで僕のことを守ってくれた恩に対してだけではなく、そう思わせている大部分は、好きという感情が占めていた。
エルサのことも大事な仲間として守りたいと思っている。
しかし、本当にそれだけなのだろうか?
葵先輩は目の前にはいない……今僕の目の前にいるのはエルサだ!
それなら――
僕が自分の気持ちに結論を出そうと自問自答を繰り返していると、
『そこで何をしておる!』
と、厳しくも不自然なほど透き通った声が頭の中に響いた。
さっき響いた声か? と思ったけど、それとは印象が全然違った。
「だ、誰だ!」
僕はその声には答えず、逆に誰何して起き上がろうとする。
『動くな!』
しかし、その一言で動けなくなった。
イルマの光魔法であるフィジカルリストレインと同じ物かと考えたけど、それとは違い、発光現象が全くなかった。
「言霊じゃと!」
イルマは素早くその原因を示唆する。
『さすがは、エルフか……』
そう声が頭の中に響き、一人の女性が姿を現した。
その女性は、褐色の肌に、腰まで伸びた真っ直ぐな深緑の髪。
そして、人一倍大きな翡翠色の瞳は、見る者を包み込むような暖かさと可憐さを同居させていた。
その見た目と声の厳しさのギャップが激しく、僕を戸惑わせた。
「お主は、ドライアドか?」
イルマは、早くも冷静になっていた。
転移魔法陣のときもそうだったけど、こういうときのイルマほど頼りになる者はいないだろう。
これも年の功とかいうのだろうな、と僕はイルマへの評価を更新する。
『ふうむ。ドライアドとな……』
それだけ言って、その女性はだんまりを決め込む。
「まさかと思うが、精霊王などというつもりはないじゃろうな?」
その女性の沈黙を肯定とは取らず、別の可能性をイルマが口にする。
「せ、精霊王だって?」
「いや、わしもまさかとは思うのじゃが、ドライアドにこれほど強力な言霊を行使する力があるはずがないのじゃ」
「となると、その上位の存在と考えた訳だ」
「そうじゃ」
僕とイルマの会話を観察しているのか、その女性は終始無言で僕とイルマへ視線を巡らせていた。
そして、最後にエルサを見たかと思うと、花が咲いたかのような笑顔となった。
『ふうむ。大体状況は理解した。念のため確認をするが、魔族の手の者ではないな?』
やっと口を開いたかと思ったら、その表情とは裏腹にとんでもないことを言い出した。
「僕たち人間が魔族の仲間な訳ないでしょ!」
僕は、不名誉な疑いに反発してそう叫んだ。
『そうか、ならよいのだ。我は、ニンノ。森の精霊にして、精霊王ニンナの妹』
僕の返答に満足なのか、疑いもせずにひとしきり頷いたあと、正体を明かした。
何とも大物に目を付けられたもんだと、どう返答すべきか僕が逡巡していると。
「森の精霊、ニンノ。何がお主の気に召さなかったのかわからぬが、そろそろ自由にしてくれんかのう。さすれば、お主のことを咎めたりはせぬ」
「え、イルマあ!」
あまりのイルマの言いように、僕は素っ頓狂な声を出してしまった。
「わしは、ウェイスェンフェルト王朝が女王。イルマ・アデリーナ・シルヴェーヌ・ドノスティーア・ウェイスェンフェルトであるぞ!」
「はい?」
イルマの高らかに謳った内容に、僕は耳を疑い、またもや間抜けな声を発した。
『ふうむ。それが本当であれば、盟約に従い我は膝を着かねばならぬ……否、どうもそれも疑わしい』
一瞬会話が成立しそうに思えたけど、そう簡単ではなかった。
「それは、お主を一目見て正体を見破れなかったからかの?」
『ふうむ、それは興味深い。じゃが、この押し問答も今は時間が惜しい……よいじゃろう、拘束を解いてやるが、何も言わず、何もせず、ただただ我の後について参れ』
そうニンノが言うと、先程まで氷のように固まって、指一本動かせなかった身体が、瞬間解凍されたように自由になった。
「あ、あれは何だったの、イルマ?」
僕はエルサをお姫様抱っこして運び、ニンノの後を歩きながらイルマに聞いた。
「ん、あれか? まあ……そういうこったな」
「ん、どういうこった?」
イルマの誤魔化すような言い方に、僕はバカな振りをして聞き返した。
――――時間が惜しいと言っていたニンノだったが、その足取りはとても急いでいる者の速度ではなかった。
正確に表現するなら、歩行ではなく浮遊なのだが、その速度は、象の歩みといったところだろうか。
時間がたっぷりありそうだと思ったコウヘイは、諦めずにイルマを問い質すためにその時間を全て注ぎ込むのであった。
はは、無限に吸収できるぞ。
「ねえ、コウヘイ? ちょっと怖いかも……」
「え?」
僕に集まる魔力に圧力を感じる、とエルサが言い出した。
その圧力が強大で恐ろしいと。
「ああ、ごめん。吸収できるものだからついついやりすぎたかも」
「ふうむ。どうやら上限はないようじゃな。これは、あれじゃな。強者特有のプレッシャーに近いかもしれん」
イルマは、エルサとはまた違った感想を漏らす。
これだけ、吸収すればしばらくの間は魔力切れになることは無いと思う。
「それじゃあ、最初は僕が見張りに立つから二人は先に寝ていて良いよ」
魔力を吸収したことで、目が冴えてしまった。
僕は、寝れそうにもないことから、そう二人に伝える。
「待って……わたしのもお願い」
「え? 大丈夫だよ。たくさん吸収できたから暫くは……」
エルサの息が上がっており、目がとろんとして焦点が合っていない。
青みを帯びた銀色の瞳が、出逢った当初のように陰りを見せていた。
「もしかして、上限になったの?」
「う、うん、そうみたいなの……」
早すぎないだろうか? つい一時間前で、数発の魔法を撃つくらいの魔力しか残っていなかったはずなのに、もう上限まで回復したとエルサが言ってきた。
しかも、先程までそんな素振りは無く、いきなりだった。
「もしかして、スキルの能力が上がったとか?」
しかし、その様子からはいつもの辛そうなエルサだったため、エルサのことを信じて僕は考えうる可能性を指摘してみた。
「え? あ、うん。そ、そうだと思う。うん、絶対そうだと思うよ」
「え、本当?」
「あっ、もうだめ……は、早く」
「わあ、ちょっと待って」
何か一瞬不自然に慌てた様子だったけど、辛そうにして倒れ込んでしまった。
急ぎエルサの元へ近付き、身を抱えるように起こして腹部に手を添えた。
露出しているせいか、ひんやりとした引き締まった腹部の感触が伝わってくる。
昼間は猛暑の兆しがある夏目前だけど、鬱蒼と茂る大森林のせいか、少し肌寒かった。
「あ、待って。それだと声が出ちゃうから……く、口でお願い」
「えっ……」
そ、それって……と僕がドギマギしていると。
「声で魔獣が近寄ってきたら危険でしょ? だから、お願い。わたしは気にしないから」
僕が気にするんだって!
さっきは不意打ちだったため、されるがままだったけど、この状況でそれはハードルが高すぎる。
僕がイルマに助けを求めるべくそちらを見やると、いつの間にやらその場を離れるように背を向けて歩き出していた。
その状況に僕は、躊躇いつつも首を縦に振るしかなかった。
「わ、わかった。は、恥ずかしいから目を瞑ってもらえるかな」
男である僕が言うセリフじゃないけど、しょうがないじゃないか!
誰に言う訳でもなく、自分自身にそう言い訳をした。
すると、エルサが目を瞑り、頬をほんのり赤く染め小さな唇を突き出した。
焚火の火の光が、鮮やかにエルサの顔を照らし、エルサの色気をより引き立たせた。
僕はどうにでもなれ、と決心をしてエルサの唇に自分の唇を重ねた。
この日、二度目となるエルサとのキスは、無意識に行った一度目とは違い、その柔らかな感触を堪能した。
大気中の魔力を吸収する勢いとは比べ物にならにほどの魔力の渦が、僕の中に流れ込んできた。
唇を離すと、その魔力の渦が途切れ、それを物欲しそうに僕は、我を忘れて再び唇を重ねた。
エルサも抵抗することなく、お互い夢中になって重ねた。
まるで、何かに乗り移られたかのように僕の意識が遠のいた――
『返せ!』
そんな、怒気を含んだような叫び声が頭に響いたかと思い目を見開くと、僕の腕を掴んでいたエルサの手が離れ落ちるのを見て、僕はハッとなり興奮が覚めて我に返った。
「え、エルサ!」
つい夢中になって吸収しすぎてしまったと思い、慌ててエルサの名を叫んだ。
「だ、大丈夫だよ」
それに力なくエルサが答え、儚くも嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
一先ず反応があったことに安心するも、「どうかしている」と自分を戒める。
僕が声をあげたことで、イルマが何事かと戻ってきた。
イルマは、状況から察したのか。
「何ともお熱いことじゃ。べつに吸収しようと意識しないでキスすれば良いじゃろうに」
「べ、べつにキスが目的じゃないってっ」
イルマの指摘に僕は言い訳をしたけど、本当にそうだろうか?
後半は半分意識が飛んでいてあまりよく覚えていない――夢中になってエルサの唇を求めたこと以外は。
大丈夫だと言っておきながら、未だ僕の腕の中でぐったりとしながらも、幸せそうにしているエルサを見やり、僕は葛藤する。
エルサは大事な仲間で、魔力弁障害で苦しんでいるだけだ。
その手助けで仕方なく……と心の中で言い直そうして、最低な言い訳に反吐が出る。
葵先輩のことをはっきりさせるまで待ってほしい、だって!
ふと、白猫亭で眠れずに過ごしたあの夜のことを思い出した。
エルサから求められてそれに返答した訳では無く、僕がそう勝手に判断して、勝手に自己解決しただけであった。
でも、イルマと違ってはっきりとは言わないけど、エルサからはそういう感情をひしひしと感じていた。
一方、僕の想い人である葵先輩はというと、どんな事情があろうと、僕と一緒に行動をすることを拒んだ。
それも僕を傷つけるような言葉を吐き、切り捨てるようにして去って行った。
その事実を色々な理由を付け、擁護し、更には迎えに行こうとしている。
シルバーランクの冒険者になって迎えに行く、だって!
それでも断られたら僕はどうするつもりなんだろうか。
その守りたいという感情は、今まで僕のことを守ってくれた恩に対してだけではなく、そう思わせている大部分は、好きという感情が占めていた。
エルサのことも大事な仲間として守りたいと思っている。
しかし、本当にそれだけなのだろうか?
葵先輩は目の前にはいない……今僕の目の前にいるのはエルサだ!
それなら――
僕が自分の気持ちに結論を出そうと自問自答を繰り返していると、
『そこで何をしておる!』
と、厳しくも不自然なほど透き通った声が頭の中に響いた。
さっき響いた声か? と思ったけど、それとは印象が全然違った。
「だ、誰だ!」
僕はその声には答えず、逆に誰何して起き上がろうとする。
『動くな!』
しかし、その一言で動けなくなった。
イルマの光魔法であるフィジカルリストレインと同じ物かと考えたけど、それとは違い、発光現象が全くなかった。
「言霊じゃと!」
イルマは素早くその原因を示唆する。
『さすがは、エルフか……』
そう声が頭の中に響き、一人の女性が姿を現した。
その女性は、褐色の肌に、腰まで伸びた真っ直ぐな深緑の髪。
そして、人一倍大きな翡翠色の瞳は、見る者を包み込むような暖かさと可憐さを同居させていた。
その見た目と声の厳しさのギャップが激しく、僕を戸惑わせた。
「お主は、ドライアドか?」
イルマは、早くも冷静になっていた。
転移魔法陣のときもそうだったけど、こういうときのイルマほど頼りになる者はいないだろう。
これも年の功とかいうのだろうな、と僕はイルマへの評価を更新する。
『ふうむ。ドライアドとな……』
それだけ言って、その女性はだんまりを決め込む。
「まさかと思うが、精霊王などというつもりはないじゃろうな?」
その女性の沈黙を肯定とは取らず、別の可能性をイルマが口にする。
「せ、精霊王だって?」
「いや、わしもまさかとは思うのじゃが、ドライアドにこれほど強力な言霊を行使する力があるはずがないのじゃ」
「となると、その上位の存在と考えた訳だ」
「そうじゃ」
僕とイルマの会話を観察しているのか、その女性は終始無言で僕とイルマへ視線を巡らせていた。
そして、最後にエルサを見たかと思うと、花が咲いたかのような笑顔となった。
『ふうむ。大体状況は理解した。念のため確認をするが、魔族の手の者ではないな?』
やっと口を開いたかと思ったら、その表情とは裏腹にとんでもないことを言い出した。
「僕たち人間が魔族の仲間な訳ないでしょ!」
僕は、不名誉な疑いに反発してそう叫んだ。
『そうか、ならよいのだ。我は、ニンノ。森の精霊にして、精霊王ニンナの妹』
僕の返答に満足なのか、疑いもせずにひとしきり頷いたあと、正体を明かした。
何とも大物に目を付けられたもんだと、どう返答すべきか僕が逡巡していると。
「森の精霊、ニンノ。何がお主の気に召さなかったのかわからぬが、そろそろ自由にしてくれんかのう。さすれば、お主のことを咎めたりはせぬ」
「え、イルマあ!」
あまりのイルマの言いように、僕は素っ頓狂な声を出してしまった。
「わしは、ウェイスェンフェルト王朝が女王。イルマ・アデリーナ・シルヴェーヌ・ドノスティーア・ウェイスェンフェルトであるぞ!」
「はい?」
イルマの高らかに謳った内容に、僕は耳を疑い、またもや間抜けな声を発した。
『ふうむ。それが本当であれば、盟約に従い我は膝を着かねばならぬ……否、どうもそれも疑わしい』
一瞬会話が成立しそうに思えたけど、そう簡単ではなかった。
「それは、お主を一目見て正体を見破れなかったからかの?」
『ふうむ、それは興味深い。じゃが、この押し問答も今は時間が惜しい……よいじゃろう、拘束を解いてやるが、何も言わず、何もせず、ただただ我の後について参れ』
そうニンノが言うと、先程まで氷のように固まって、指一本動かせなかった身体が、瞬間解凍されたように自由になった。
「あ、あれは何だったの、イルマ?」
僕はエルサをお姫様抱っこして運び、ニンノの後を歩きながらイルマに聞いた。
「ん、あれか? まあ……そういうこったな」
「ん、どういうこった?」
イルマの誤魔化すような言い方に、僕はバカな振りをして聞き返した。
――――時間が惜しいと言っていたニンノだったが、その足取りはとても急いでいる者の速度ではなかった。
正確に表現するなら、歩行ではなく浮遊なのだが、その速度は、象の歩みといったところだろうか。
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