賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第039話 樹海の恵み
強制的に転移魔法陣で転送された先が、精霊の樹海だということがわかり、一先ず平静を取り戻したコウヘイたちであったが、その三人に近付く何者かの存在を察知した――――
迫りくる物音に気が付いた僕たちは、身構えた。
魔獣が現れてからでは遅いと思った僕は、イルマの制止を無視して二人に指示を出すべく声を張る。
「イルマ、僕に身体強化魔法を! エルサは、魔法の詠唱を! いけるか?」
ゴブリンジェネラルとの戦闘で魔力残量が心もとない僕は、いざというときに備えて自身の魔力を温存することにした。
「ほいきた」
「大丈夫、ウィンドなら三、四発撃てるよ」
「よし、来るぞっ」
ガサゴソっという茂みが擦れる音だけではなく、目の前の茂みが揺れ動くのを視界に捉えた。
僕は、ラウンドシールドを構えて、メイスの柄を掴む。
そして、茂みの中から飛び出してきたのは――
「う、ウサギ?」
茂みから姿が見えなかったことから、小型だとは思っていたけど、現れた正体を見て僕は気を緩めた。
五〇センチくらいの土色をした身体に、真っ黒な目は、額に角がある以外は、どう見ても大きい野ウサギでしかなかった。
「違うっ、ホーンラビットじゃ!」
イルマがホーンラビットだと叫んだけど、要は角が付いたウサギのことだろ? と僕の警戒心はどこかへ失せていた。
「ウィンドカッター!」
「うわあ」
僕がメイスの柄から手を離して近付いて行こうとしたら、後ろからエルサが魔法を放った。
僕の顔を掠るように飛んできた魔法に僕は驚き、そのウィンドカッターは、ウサギの角を切り飛ばした。
「あ、危ないじゃないか!」
「危ないのは、コウヘイの方だよ! 何で無防備に近付いて行くのよっ」
そう言いながら、エルサは僕の横を駆け抜け、いつの間にやら握ってい短剣でホーンラビットの首元を一刺し、止めを刺した。
僕がその状況についていけず茫然と立ち尽くしていると、後ろから近付いてきたイルマに腰を叩かれ、僕はびくっとなった。
「ホーンラビットはのう、別名、森の暗殺者といわれておる。あの角に一突きされると、あのトロールでさえ一発で動けなくなるほどの強力な麻痺毒を持っておるのじゃ」
「え?」
「エルサに救われたのう」
イルマの説明に僕は、愕然とした。
エルサが魔法を撃たなかったら、僕は今頃どうなっていたのだろうか。
ミスリルの鎧だからといって、無防備な箇所に角が刺さったら危なかった。
「ごめん、エルサ……」
血を拭き取って短剣を鞘に納めたエルサに近付き、僕は謝った。
「もう、そうじゃないでしょっ」
「え? ……あっ、ありがとう」
そう非難されて、僕が感謝の言葉を口にすると、エルサは笑顔で頷いた。
先輩たちと長い間一緒にいたせいか、何かあるとつい謝ってしまう。
この謝り癖はどうにかしないとな、と僕は、反省する。
「それにしても、全然反応なかったね。ホーンラビットだっけ? 結構簡単に倒せるんだね」
「それは、角の部分が弱点になっていて、切り落とすと一時的にだけど、身体が硬直するみたいなの」
エルサの説明に納得した。
それで最初に角を切り飛ばしたのか。
「ん、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「角が弱点なのはわかったけど、態々角だけじゃなくて、ウィンドカッターで倒せば良かったんじゃないの?」
当然の疑問を僕が口にすると、エルサは言葉に詰まったように苦笑いをするのみだった。
「あれ、変なこと言った?」
「コウヘイは、バカだねー、と思っておるんじゃよ」
エルサの口真似なのか、イルマがそんなことを言ったので、僕はぎょっとなってエルサを見た。
「え、そうじゃないよー。コウヘイっ、わたしはそんなこと思ってないからね! ねっ、本当だよぉ!」
「だ、大丈夫だよ。無知なのはわかっているから……」
「だから違うって言ってるのにー!」
僕に見られたエルサは、慌てて誤解だと言ったけど、その大げさな反応に僕は、バカだと思われたことを確信して肩を落とす。
その知らなければ良かったエルサの胸の内を明かしたイルマはというと、クツクツと喉を鳴らして笑い、その様子を楽しんでいた。
――――――
丁度良い時間ということで、先程エルサが倒したホーンラビットの肉をメインにした夕食にすることにした。
ホーンラビットの麻痺毒の臓器が胴体にあるため、角を先に切り飛ばし、首筋を刺すことで、その内臓を傷つけずに倒す。
それがホーンラビットの正しい倒し方だと教わった。
言われれば当然のことに気が付かなかった僕は、バカだと思われても仕方ないことに気が付いてより一層落ち込んだ。
それでも、その肉を口にしてからは、そんな事実など無かったかのように至福の時を過ごしていた。
鉄の網でグリルにする直前に、塩とこしょうをしただけなのに、ふっくらと柔らかな肉片から、豊かな滋味と香りが口の中いっぱいにほとばしった。
捌いたときは、脂肪分が少なく硬そうなイメージだったのに、鶏の胸肉のようにサッパリとしていながら味わい深かった。
「まさかここまでとは……」
「どうじゃ、うまかろうて」
「こんな美味しい肉を食べたのははじめてだよ! オーク肉も美味しいと思っていたけど、雑味が少ないというか、何というか……感じる味が全部美味しい!」
正直一般家庭の生まれの僕には、上手く表現する方法は無く、単純に美味しいとしか言えなかった。
「くくっ、まさかオーク肉と比較するとは罰当たりな奴じゃのう」
「えーオーク肉も美味しいと思うよ」
「はっ、まったくおぬしら二人は、揃いも揃って、もう……」
さっきの負い目があるのか、エルサが僕の味方をしてくれたけど、イルマに呆れられてしまった。
だって、表現方法がわからないのだから仕方がないと思う。
ホーンラビットは、その危険性以外に生息区域が限られていことから、王族くらいしか口にできないほどの高級品らしかった。
肉だけではなく、その麻痺毒も薄めることで薬にすることができるようで、その価値は一匹で金貨にも匹敵するらしい。
その価値を聞いた僕は、食べずにとっておけば良かったと後悔したけど、イルマ曰く、一匹いれば近くにも数匹はいるはずとのことで、次の遭遇に期待することにした。
僕は、直ぐにでもテレサの町に戻りたかったけど、夜の樹海を移動するのは危険だというエルサとイルマの忠告を受け、夕食を取りながらの話し合いで、早めに起きて明日から移動することに決めた。
そのため、そろそろ眠る準備に取り掛かろうとしたら、イルマがとんでもないことを言い出した。
「さて、明日に備えて今夜はもう寝るかのう。それとも……どうじゃ、今夜はわしと野エロでもするか?」
「な、何だよそれ!」
イルマの冗談を真に受けてはいけない。
と、言うかイルマが本気だったとしても、それに応じる気はさらさらない。
「野エロってなに?」
エルサは、本気でわからないのかキョトンとしている。
「ややこしくなるからそういう冗談はやめてよ」
「つまらん奴じゃのう。しかし、魔力補充をしなくちゃならんのは確かじゃろう」
「ま、まあ、それはそうなんだけど。触らせてくれるだけで十分だから」
「おや、触るだけとな! 何ともじらすやりかたじゃのう」
「はあ……」
呆れて僕はため息しか出ない。
相手をするだけ無駄だろう、と思った僕は、両手を広げて目を瞑る。
「ん、何をしているのじゃ?」
「大気中の魔力を感じてるんだよ。集中できないから少し黙ってて」
「どういうことじゃ?」
「ああ、そういうことか」
「だ、だからどういうことじゃ!」
エルサは僕の行動の理由に気が付いて納得した様子だけど、イルマは本当に気付いていないようで、ダンジョンの五階層に降りたときのようにまた騒ぎ始めた。
「いや、ダンジョンの五階層と同じで、大気中の魔力が他の場所よりも濃いからそれを吸収しようとしているんだよ」
このまま騒がれても煩いので、僕はちゃんと説明してあげた。
「ああ、なんじゃ。そういうことか。確かに精霊の樹海じゃからのう」
その説明でイルマは納得したのか、それ以降は静かになり、魔法袋から寝袋を取り出して寝る準備をし始めた。
凄い……これは凄いぞ!
大気中の魔力を感じて、魔力の糸を引き寄せるように掴んでいくと、その糸の数が増え、紐……縄……綱という風に段々太く多くの魔力が僕の中に流れ込んでくるのを感じた。
大気中の魔力を吸収するのは、骨の折れる作業だけど、こうした濃度が濃い場所では比較的簡単に吸収できるようになった。
これも訓練と同じで、何度も繰り返すことで上達している気がする。
これならば、他人から吸収しなくても済むかもしれないと考えながら、心地よい魔力を感じながら大気中の魔力を手繰り寄せた。
――――コウヘイがスキルを自覚してからまだ間もないというのに、既にそのスキルの活用方法をマスターしつつあった。
しかし、この行いが、更なる混乱を大陸に呼び込むことになるなど、このときのコウヘイは、知る由もなかった。
迫りくる物音に気が付いた僕たちは、身構えた。
魔獣が現れてからでは遅いと思った僕は、イルマの制止を無視して二人に指示を出すべく声を張る。
「イルマ、僕に身体強化魔法を! エルサは、魔法の詠唱を! いけるか?」
ゴブリンジェネラルとの戦闘で魔力残量が心もとない僕は、いざというときに備えて自身の魔力を温存することにした。
「ほいきた」
「大丈夫、ウィンドなら三、四発撃てるよ」
「よし、来るぞっ」
ガサゴソっという茂みが擦れる音だけではなく、目の前の茂みが揺れ動くのを視界に捉えた。
僕は、ラウンドシールドを構えて、メイスの柄を掴む。
そして、茂みの中から飛び出してきたのは――
「う、ウサギ?」
茂みから姿が見えなかったことから、小型だとは思っていたけど、現れた正体を見て僕は気を緩めた。
五〇センチくらいの土色をした身体に、真っ黒な目は、額に角がある以外は、どう見ても大きい野ウサギでしかなかった。
「違うっ、ホーンラビットじゃ!」
イルマがホーンラビットだと叫んだけど、要は角が付いたウサギのことだろ? と僕の警戒心はどこかへ失せていた。
「ウィンドカッター!」
「うわあ」
僕がメイスの柄から手を離して近付いて行こうとしたら、後ろからエルサが魔法を放った。
僕の顔を掠るように飛んできた魔法に僕は驚き、そのウィンドカッターは、ウサギの角を切り飛ばした。
「あ、危ないじゃないか!」
「危ないのは、コウヘイの方だよ! 何で無防備に近付いて行くのよっ」
そう言いながら、エルサは僕の横を駆け抜け、いつの間にやら握ってい短剣でホーンラビットの首元を一刺し、止めを刺した。
僕がその状況についていけず茫然と立ち尽くしていると、後ろから近付いてきたイルマに腰を叩かれ、僕はびくっとなった。
「ホーンラビットはのう、別名、森の暗殺者といわれておる。あの角に一突きされると、あのトロールでさえ一発で動けなくなるほどの強力な麻痺毒を持っておるのじゃ」
「え?」
「エルサに救われたのう」
イルマの説明に僕は、愕然とした。
エルサが魔法を撃たなかったら、僕は今頃どうなっていたのだろうか。
ミスリルの鎧だからといって、無防備な箇所に角が刺さったら危なかった。
「ごめん、エルサ……」
血を拭き取って短剣を鞘に納めたエルサに近付き、僕は謝った。
「もう、そうじゃないでしょっ」
「え? ……あっ、ありがとう」
そう非難されて、僕が感謝の言葉を口にすると、エルサは笑顔で頷いた。
先輩たちと長い間一緒にいたせいか、何かあるとつい謝ってしまう。
この謝り癖はどうにかしないとな、と僕は、反省する。
「それにしても、全然反応なかったね。ホーンラビットだっけ? 結構簡単に倒せるんだね」
「それは、角の部分が弱点になっていて、切り落とすと一時的にだけど、身体が硬直するみたいなの」
エルサの説明に納得した。
それで最初に角を切り飛ばしたのか。
「ん、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「角が弱点なのはわかったけど、態々角だけじゃなくて、ウィンドカッターで倒せば良かったんじゃないの?」
当然の疑問を僕が口にすると、エルサは言葉に詰まったように苦笑いをするのみだった。
「あれ、変なこと言った?」
「コウヘイは、バカだねー、と思っておるんじゃよ」
エルサの口真似なのか、イルマがそんなことを言ったので、僕はぎょっとなってエルサを見た。
「え、そうじゃないよー。コウヘイっ、わたしはそんなこと思ってないからね! ねっ、本当だよぉ!」
「だ、大丈夫だよ。無知なのはわかっているから……」
「だから違うって言ってるのにー!」
僕に見られたエルサは、慌てて誤解だと言ったけど、その大げさな反応に僕は、バカだと思われたことを確信して肩を落とす。
その知らなければ良かったエルサの胸の内を明かしたイルマはというと、クツクツと喉を鳴らして笑い、その様子を楽しんでいた。
――――――
丁度良い時間ということで、先程エルサが倒したホーンラビットの肉をメインにした夕食にすることにした。
ホーンラビットの麻痺毒の臓器が胴体にあるため、角を先に切り飛ばし、首筋を刺すことで、その内臓を傷つけずに倒す。
それがホーンラビットの正しい倒し方だと教わった。
言われれば当然のことに気が付かなかった僕は、バカだと思われても仕方ないことに気が付いてより一層落ち込んだ。
それでも、その肉を口にしてからは、そんな事実など無かったかのように至福の時を過ごしていた。
鉄の網でグリルにする直前に、塩とこしょうをしただけなのに、ふっくらと柔らかな肉片から、豊かな滋味と香りが口の中いっぱいにほとばしった。
捌いたときは、脂肪分が少なく硬そうなイメージだったのに、鶏の胸肉のようにサッパリとしていながら味わい深かった。
「まさかここまでとは……」
「どうじゃ、うまかろうて」
「こんな美味しい肉を食べたのははじめてだよ! オーク肉も美味しいと思っていたけど、雑味が少ないというか、何というか……感じる味が全部美味しい!」
正直一般家庭の生まれの僕には、上手く表現する方法は無く、単純に美味しいとしか言えなかった。
「くくっ、まさかオーク肉と比較するとは罰当たりな奴じゃのう」
「えーオーク肉も美味しいと思うよ」
「はっ、まったくおぬしら二人は、揃いも揃って、もう……」
さっきの負い目があるのか、エルサが僕の味方をしてくれたけど、イルマに呆れられてしまった。
だって、表現方法がわからないのだから仕方がないと思う。
ホーンラビットは、その危険性以外に生息区域が限られていことから、王族くらいしか口にできないほどの高級品らしかった。
肉だけではなく、その麻痺毒も薄めることで薬にすることができるようで、その価値は一匹で金貨にも匹敵するらしい。
その価値を聞いた僕は、食べずにとっておけば良かったと後悔したけど、イルマ曰く、一匹いれば近くにも数匹はいるはずとのことで、次の遭遇に期待することにした。
僕は、直ぐにでもテレサの町に戻りたかったけど、夜の樹海を移動するのは危険だというエルサとイルマの忠告を受け、夕食を取りながらの話し合いで、早めに起きて明日から移動することに決めた。
そのため、そろそろ眠る準備に取り掛かろうとしたら、イルマがとんでもないことを言い出した。
「さて、明日に備えて今夜はもう寝るかのう。それとも……どうじゃ、今夜はわしと野エロでもするか?」
「な、何だよそれ!」
イルマの冗談を真に受けてはいけない。
と、言うかイルマが本気だったとしても、それに応じる気はさらさらない。
「野エロってなに?」
エルサは、本気でわからないのかキョトンとしている。
「ややこしくなるからそういう冗談はやめてよ」
「つまらん奴じゃのう。しかし、魔力補充をしなくちゃならんのは確かじゃろう」
「ま、まあ、それはそうなんだけど。触らせてくれるだけで十分だから」
「おや、触るだけとな! 何ともじらすやりかたじゃのう」
「はあ……」
呆れて僕はため息しか出ない。
相手をするだけ無駄だろう、と思った僕は、両手を広げて目を瞑る。
「ん、何をしているのじゃ?」
「大気中の魔力を感じてるんだよ。集中できないから少し黙ってて」
「どういうことじゃ?」
「ああ、そういうことか」
「だ、だからどういうことじゃ!」
エルサは僕の行動の理由に気が付いて納得した様子だけど、イルマは本当に気付いていないようで、ダンジョンの五階層に降りたときのようにまた騒ぎ始めた。
「いや、ダンジョンの五階層と同じで、大気中の魔力が他の場所よりも濃いからそれを吸収しようとしているんだよ」
このまま騒がれても煩いので、僕はちゃんと説明してあげた。
「ああ、なんじゃ。そういうことか。確かに精霊の樹海じゃからのう」
その説明でイルマは納得したのか、それ以降は静かになり、魔法袋から寝袋を取り出して寝る準備をし始めた。
凄い……これは凄いぞ!
大気中の魔力を感じて、魔力の糸を引き寄せるように掴んでいくと、その糸の数が増え、紐……縄……綱という風に段々太く多くの魔力が僕の中に流れ込んでくるのを感じた。
大気中の魔力を吸収するのは、骨の折れる作業だけど、こうした濃度が濃い場所では比較的簡単に吸収できるようになった。
これも訓練と同じで、何度も繰り返すことで上達している気がする。
これならば、他人から吸収しなくても済むかもしれないと考えながら、心地よい魔力を感じながら大気中の魔力を手繰り寄せた。
――――コウヘイがスキルを自覚してからまだ間もないというのに、既にそのスキルの活用方法をマスターしつつあった。
しかし、この行いが、更なる混乱を大陸に呼び込むことになるなど、このときのコウヘイは、知る由もなかった。
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