賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第029話 さよなら平穏
コウヘイの告白により、テレサ冒険者ギルドのマスターであるラルフが、物言わぬ石像と化し、ギルドの打ち合わせ室が気まずい沈黙に支配された。
その沈黙が続き、幾ばくか過ぎたころ、アリエッタがその静寂を破った――――
「それにしても、そのプレートアーマーはミスリル製ですよね? アイアンランクの冒険者にしては……」
アリエッタさんは、僕のプレートアーマーにミスリル特有の輝きを認め、それを確認してくるも、尻すぼみに声が小さくなり、あとが続かなかった。
「分不相応、だと?」
アリエッタさんの言いたいことが予想できた僕は、少し意地悪っぽくあとの言葉を繋いだ。
「あ、いえっ、そうではなくてですね。何て申しましょうか……」
慌てた様子で僕の言葉に頭を振って、アリエッタさんが言い直そうとしたけど、結局、何も言えずに俯いてしまった。
アリエッタさんは否定しているけど、心の中ではそう思っているはず。
実際は違うかもしれない……
でも、勇者パーティーのころから、魔力量がゼロのくせに魔力伝導率が高いミスリルのプレートアーマーは、分不相応であると散々言われ続けていた。
そのせいで、疑って掛かるような見方をしてしまう。
当時、ミスリルのプレートアーマーを取り上げられそうになったけど、結局、帝国の尊厳を保つために、勇者パーティーの一員である僕だけ革鎧という訳にもいかず、そのまま有耶無耶になった。
アリエッタさんは、自分の発言を恥じるかのように、白い頬を紅潮させ、ギルド職員の制服にしては上品な青のベルベットスカートの裾を、拳を作るように握ったせいで、その裾に皺をつくっている。
その様子を視界に納め、
「ちょっと意地悪だったかな」
と、心の中で僕は悔いた。
が、
最も重要なことは、どのように説明をすれば、
「今後の冒険者生活を平穏に過ごせるのか」
の、一点である。
ただそれも、そう簡単に思い付くはずもなく、僕は頭を悩ますのだった。
このプレートアーマーは、帝国からの支給品だけど、僕の出自を説明する必要があるため、そう素直に言えるはずがなかった。
一息つくために僕は、今まで口にしていなかったお茶を飲もうと、満たされたカップへ右腕を伸ばそうとしたそのとき――
ローブが引っ掛かり、それが邪魔された。
仕方がないので反対の手でローブを捲り、背中へ裾を回す。
「あっ!」
「ど、どうしたっ!」
アリエッタさんの突然の叫びに、石像と化していたラルフさんが、息を吹き返したように身を起こした。
僕はあまりにも突然の大声に、右腕を伸ばした状態のまま固まり、視線だけをアリエッタさんに向けた。
エルサは、丁度お茶を飲んでいたところなのか、思い切り咳き込みながら、音を鳴らしカップをソーサーに置いた。
イルマは、何事もなかったように静かにお茶を楽しんでいた。
当のアリエッタさんは、完全には立ち上がらず中腰姿勢のまま、
「ちょ、ちょと動かないでくださいね。そのままの姿勢で」
と言って、左手を前に出し、待ての仕草を僕に向けてきた。
「え、えっと……名前は何でしたっけ」
僕の名前を呼ぼうとして、聞いていないことを思い出したようで、最後に舌を出してきた様が、何とも茶目っ気たっぷりで子供っぽさを感じさせた。
「あ、済みません。コウヘイといいます」
名前を伝えていないことを思い出した僕は、それを謝罪し、名前を伝えた。
今まで自分から名乗らなくても、相手が既に僕のことを知っていることばかりだったため、名前を伝える機会がありながらも、完全に失念していた。
「ん? コウヘイ……」
僕の名前を聞いて、ラルフさんは思い当たる節があるようで、必死に思い出そうと、忙しなくその双眸を右往左往させていた。
僕は、その様子を不思議に思った。
当然、勇者パーティーは、非常に有名である。
内村主将は、両手斧を振るう様から、旋風のカズマサとして。
高宮副主将は、弓の名手であることから、狙撃のユウゾウとして。
山木先輩は、火魔法を好んで使用することから、灼熱のマサヒロとして。
葵先輩は、治癒魔法以外にも剣の腕がたつことから、癒し戦姫のアオイとして。
サーデン帝国内だけではなく、大陸中にその名が轟いている。
そして、肝心の僕は、魔力量ゼロの重装騎士で、「ゼロの騎士」として。
何とも不名誉なことか……
ただ、それを知っているのは、帝国の主だった貴族や帝都にいる騎士や兵士くらいで、僕の知名度は、とてつもなく低い。
本来であれば、ここまで離れれば僕の名前を知っている人がいるはずも無い。
そもそも、そういう理由で、テレサの町を新天地に選んだ。
だから、僕の名前に聞き覚えがありそうな反応を見せたラルフさんを見て、僕は不思議に思ったのだ。
ラルフさんの反応に一瞬肝を冷やしたけど、結局、思い出せないようだった。
ふぅと、一息吐き、そのことは隅へ追いやり、アリエッタさんに再び注目した。
「コウヘイさん、そのままの姿勢でお願いしますね――パパ、これっ、これを見て」
アリエッタさんは、同じセリフを繰り返し、未だに中腰のまま僕の方に近付いて来て、僕の右肩の部分を指さして、ラルフさんの方を振り向くのだった。
その右肩を確認したけど、それほど驚く要素があるようには思えなかった。
そこには、所属を示すための肩章を付けるための加工が施されている突起が三つあるだけで、数が少ないにしても、れっきとした帝国式の鎧だ。
そのため、ラルフさんのことをマスターではなくパパと呼び、素に戻るほど驚くことなのかな、と僕は首を傾げた。
「ほら、胸元にもあるし、これってダリル様と同じ上級騎士が飾緒を留める金具だよね!」
「おお、そうだとも。確かに、そうだとも」
アリエッタさんの指摘に考え事を止めたラルフさんは、立ち上がって近付いてくるなり、その金具を観察し始めた。
その反応で大体予想がついた。
どうやら僕のことを上級騎士と勘違いしたのかもしれない。
サーデン帝国には、一口に騎士と言っても色々な種類がある。
一般的な騎士は、帝都にある騎士学校を卒業した者か、戦で武功を上げた兵士が叙勲されてなる上級兵士に当たる騎士が最も多い。
ただし、騎士学校を卒業した者が大半を占め、槍働きで騎士になれるのは、ほんの稀である。
次に多いのが、男爵以上の貴族が自分の近衛兵や従者に対して、一代限りの騎士爵を叙爵して騎士とする場合。
この場合は、皇帝が叙爵する爵位とは異なり、政治的権限は全くないとされているけど、叙爵した貴族の影響力に左右されるらしい。
最も少ないのは、領地持ち、或いは、将軍クラスの上級騎士。
彼らは、自分の爵位等の位を示すための飾緒を鎧に着けることが許されている。
その鎧は他の騎士とは作りが異なり、僕の鎧と同じで飾緒を留めるための金具が右肩と胸の部分に施されている。
それを見たアリエッタさんが驚いたというのが、この騒ぎの発端のようだ。
「あ、あのー、それで、もう腕を下ろしても宜しいでしょうか……」
ラルフさんとアリエッタさんが観察する間、ずっと右腕を伸ばしたままの姿勢を保っていたため、肩が痛くなってきた僕はそう訴えた。
「あ、はい。もう結構です。失礼いたしました」
「つまり、コウヘイ殿が冒険者登録をしているのは、身分を隠して修練か何か目的があってのことでしょうか。将軍、いえ、卿さえよければ事情をお聞かせ願えないでしょうか」
ラルフさんとアリエッタさんがお互いに顔を見合わせたあとに頷いて、姿勢を正してそんなことを言い出した。
おまけにラルフさんが急に敬語を使いだすしまつ。
「え、何でそうなるんですか?」
「何でと申されても……上級騎士用のミスリルプレートアーマーは、皇帝陛下から直接下賜されるものですからね。卿だってそうであったでしょうに。何やら事情がおありと拝察しますが、とぼけても無駄ですぞ」
確かに、僕のミスリルの装備品は、帝国からの支給ということで、サーデン帝国の皇帝――アイトル陛下――からもらったようなものである。
でも、そんな常識のように言われても……
そんなの、知らない! 聞いてない!
僕は、助けを求めるようにイルマを見た。
「いくらわしでもそんな細かいしきたりまでは知らんのじゃ」
「何で知らないんだよっ」
つい、逆切れ状態でイルマに言い返してしまった。
「知らんもんは、知らんのじゃ!」
返ってきた内容は、至極あたりまえのものだった。
知らないことを責めるのは、完全に僕が間違っていた。
「それより、観念したらどうじゃ? 別に隠すことでもあるまい」
イルマは、優しく子供を諭す風にそう促してきた。
「まあ、確かにそうなんだけど……恥ずかしいじゃん?」
そうである。
正直なところ、巻き込まれ召喚で勇者パーティーに入ったとはいえ、追放されたなんて自分の口から説明するのがもの凄く恥ずかしい。
やっと、「ゼロの騎士」である僕のことが知られていない新天地を訪れ、今後もお世話になるであろう冒険者ギルドのギルドマスターとその受付嬢に、その初日に知られるなんて――
どんな仕打ちだよ! と僕は叫びたかった。
嘘をつくことの非合理性と、状況的に誤魔化すのが無理だと悟った僕は、正直に話すことを腹に決め、ゆっくりと事情を話し始めた。
「ま、まあ、仰る通りですよ。この鎧は、アイトル陛下から下賜されました」
単に皇帝からもらったことを言っただけなのに、ラルフさんは、
「おおーやはり。それでどんな事情ですかな? もしや、この魔獣たちの異変に先立ち派遣されたとかでしょうか?」
だとか、
「……いやはや、陛下の慧眼には、感服いたしますな」
などと、明後日の方向に勘違いをはじめた。
そんな期待した目で見られると、これから話す本当の事情を説明し辛くなってしまうじゃないか、と僕は、呪詛の一つでも唱えたい気分になった。
「違うよ。わたしたちはねー。魔王退治のために特訓に来たの」
「「は?」」
本当のことを中々言い出せずにいると、エルサが今までの会話の流れを無視して、そんなことを言い出した。
当然、何の脈絡もなく言われたラルフさんとアリエッタさんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
ちょ、ちょっと待って、と言おうと口を開こうとして僕は、その口を閉じた。
「わたしたちはね。強くなってアオイさんを勇者パーティーから助け出すんだよ」
「え、ま、魔王? 勇者パーティー? アオイさんというのは、あのアオイ殿ですかな?」
うん、何かよくわからないけど、グッジョブと心の中でサムズアップする。
「エルサ、ありがとう。ここからは僕が説明するよ」
これなら何とか誤魔化せるかもしれない。
「僕は、つい先日まで勇者パーティーで重装騎士をしていました――」
それから僕は、勇者パーティーでの処遇からここテレサまでの経緯を説明した。
それを聞いたラルフさんとアリエッタさんは、
「なんと!」
「それは……」
などと言いながら、真剣に僕の話に耳を傾けていた。
途中、イルマが喉を鳴らしてクツクツ笑うのが聞こえてきたけど、僕は聞こえないふりをして説明を続けた。
「うーむ、それは大変でしたな。まさか勇者様たちがそのようなお方たちだとは、露程も知りませんでした」
ラルフさんは、同情するように目尻を下げて眉間に皺を寄せた。
「そ、それでその魔力チャージの代償は本当に無いのですね?」
「うむ、あれはかなり良い物じゃぞ。なあ、エルサよ」
「うん、すっごく気持ちいよー」
アリエッタさんの真剣な質問に、イルマがふざけて答え、それにエルサも悪ノリした。
いや、エルサの場合は素かもしれないけど……
僕が説明した内容は、こうである。
勇者召喚によって僕がこのファンタズムの世界に転移してきたこと。
しかし、巻き込まれ召喚で勇者の紋章は無く、魔力量もゼロで耐性が強いことから重装騎士を任されたこと。
実際は、魔力量がゼロでは無く、スキルの魔力チャージで充電する必要があること。
しかし、勇者たちはそれをさせてくれず、身体強化魔法無しの無防備な状態で前衛をやらされ続けたこと。
魔力自動回復のスキルを持つエルサと出会い、魔法を訓練し始めたこと。
魔法の訓練の成果が出て、魔獣討伐数が増えたことに勇者たちが嫉妬し、敵対してきたこと。
治癒魔法士として、僕と同じように酷使されている葵先輩を連れ出そうとするも、僕の力が足りないため魔王討伐を優先した葵先輩に断られたこと。
それならば、僕たちと一緒でも魔王討伐が可能であることを力を付けて証明したいため、ダンジョンが発見されたテレサの町で修業すべくやって来たこと。
少し時系列の組み換えをして話に脚色したけど、全くの嘘ではないので許してほしい。
ポイントは、追放されたのではなく、仕方なく袂を分かつことになったと、相手に受け取ってもらえるように説明したことだろうか。
情けないけど、これが僕、なんだと思う。
「そういうことなら、私にも協力させていただきたい。むしろ、利害が一致するかもしれませんからね」
「あ、そういう訳で僕は貴族じゃないので、敬語は止めていただいて結構ですよ」
「そうもいきますまい。勇者でもないのに魔王討伐を志すその心意気、誠に感服したしだいです」
敬語で話し始めたのは、上級騎士として勘違いしたのが発端だったけど、今回のは理由が別らしい。
ラルフさん曰く、感心したからなのだとしきりに頷いて、見た目と違和感なく、正に武人然とした発言だった。
本当は追放されたから、新たな出会いや発見をし、今に至る訳で、はじめからこんなことになるなんて予想すらしていなかった。
でも、正直に説明したら腹切りとか言われそうだ、と意味のないことを考えてしまう。
「はあ、そう仰るなら無理にとは言いませんけど、その魔獣が活発化しているというのは、テレサの町が襲われるほど深刻なんですか?」
――――ラルフのとんだ勘違いから身の上話をせざるを得なくなったコウヘイは、無駄に時間を浪費してしまった。
本来、平穏に過ごすつもりだった訳だが、こうなっては無理な話となった。
ため息を吐きながらもコウヘイは、頭を切り替え、ラルフが話したいはずの本題に言及し、話を先に進めることにしたのだった。
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