賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第025話 前兆


 デミウルゴス神歴八四六年――七月六日。

 西日を背に浴びながら、十数台の荷馬車を引き連れた軍勢三〇〇騎が、土埃を巻き上げながら、サーデン帝国東部の街道を行軍していた。

 その街道をそのまま東へ進むと、同盟国であるトラウィス王国へと至る。

 その三〇〇騎は、全員が完全武装のプレートアーマー姿で、ミスリルの輝きが西日を受けて黄金色に煌いており、中には魔法士のローブを羽織っている者もいた。

 そんな彼らは、勇者パーティーに同行している、近衛騎士団一個大隊であった。

 事の発端は、二日前――
 正に、コウヘイたちが帝都を出立した日――七月四日――のことだった。

 勇者一行は、死の砂漠谷での中級魔族討伐後、魔族の活動が沈静化したのを確認し、二週間ほど前に帝都に帰還したばかりだった。

 しかし、帝都に到着してから一〇日経たないうちに、マルーン王国からマジックウィンドウによる緊急通信が帝都に入った。

 その内容は、死の砂漠谷で大量の魔獣が発生し、マルーン王国側へ越境してきているとのことだった。

 元来、その場所は魔獣の数が少なく、中級魔族が指揮していた下級魔族との小競り合いがある程度だったらしい。

 推測の域を出ないが、今回の魔獣災害は、中級魔族討伐の報復かもしれない。

 勇者たちなりに集めた情報によると、魔族自らヒューマンの国に攻め込むことは滅多に無いが、魔獣を操り害をなす凶悪な存在だとされていた。

 魔族は魔獣を操ることができ、その代の魔王の力が強ければ強いほど魔獣の力も増すと言われている。

 ただ、未だかつて魔王を見たものはおらず、その真偽は不明だった。

 つまり、この遠征は、魔族軍がマルーン王国に進軍してくる前兆かもしれないと心配したマルーン王国が、勇者パーティーの派遣を巨額の支援金と引き換えに、サーデン帝国に依頼をしたのだった。

 貿易路でもあるこの街道は、帝都付近であれば整備された石畳だが、国境付近の辺境では、そのような整備が施されていることはなかった。

 よほど急いでいるのか、荷馬車が同行しているにも拘らず、その軍勢は、速歩はやあしで行軍していた。

 それ故、土の凹凸に車輪が取られ、その度に荷馬車が弾んでいた。

 それは、荷馬車ほどではないにしろ、華美な装飾が施された真っ白な馬車も例外ではなかった。

 その車体の扉には、帝国の紋章でなければ、近衛騎士団のものでもない、ゴールドで鋳造ちゅうぞうされた四本の剣が交差した紋章がはめ込まれていた。

 馬車の揺れが酷いせいか、その乗員の半数の顔色は悪く、沈黙を保っていた。

 大勢で長距離移動をするときは、いつもこの馬車を利用していた。
 それでも、何度乗ってもこの揺れに、慣れるものではないのだろう。

 ただ、元冒険者の三人だけは、余裕の表情を見せていた。

 その内の一人である魔法士のイシアルは、馬車の扉を押し開き、並走していた騎士と二言三言、言葉を交わしていた。

 前方を指し示した騎士に、イシアルは一度頷き、その扉を閉めた。

「カズマサ様、もう少しでトラウィス王国の国境ですわ。日ももうじき暮れますので、そろそろ野営の準備になさいますか?」

 媚を売るような声音でカズマサにそう確認したイシアルは、どうやら現在位置を騎士に確認したところだった。

「ん、ああそうだな。そうするか」

 カズマサは、額の汗で湿った長めの前髪をかき分けながら、瞑っていた吊り上がった目を開け、頷いた。
 その声は力なく震えており、完全に馬車酔い状態だった。

 再び、イシアルが馬車の扉を押し開け、外にいる騎士に合図を送った。

 それに頷いた騎士は、「ヤー!」と、手綱を打ち襲歩しゅうほで前方へ駆けていった。

 暫くすると、前方からこだまするように、

「止まれーっ!」
「「止まれーっ!」」
「「「止まれーっ!」」」

 と、停止の合図が、勇者たちの耳にも届いた。

 その合図を受け、勇者たちを乗せた馬車も停止した。

 そこは、見渡す限りの平原で、目を凝らせば、約一〇〇メートル間隔で木杭が小川に沿って打ち込まれているのが見えるだろうが、ぱっと見では、どこに国境があるのか全くわからない。

 街道を進めば、その境界に両国の関所があるものの、そこは出入国を管理する場所とは思えないほどにコジンマリとしており、もう少し日が傾き篝火が焚かれなければ気付けないほどだ。

 そんなお粗末で良いのかと、問題定義する者がいるかもしれないが、それは裏を返せば、両国の関係が良好であり、関税も無く、人・物の移動が自由であることを意味していた。

 そんな何もない街道上で、勇者たちは馬車を降りるなり、伸びをしたり、身体を捻ったりと、凝り固まった身体をほぐし始めた。

 その合間に、騎士の従者たちは、敷物を敷いたり飲み物を準備し始めた。

 イシアルは、すかさずその従者から飲み物を受け取り、カズマサに渡していた。

 それは、何もその二人に限ったことではなかった。

 剣士のフェルは、ユウゾウに、盗賊シーフのギーネは、マサヒロに、それぞれ引っ付いて離れないのであった。

 どうやら、それぞれが男女の中らしい……

 相手のいないアオイは、自らその従者の元へ赴き、飲み物を受け取っていた。

 当初、アオイに飲み物だけに限らず、他のことも世話をしようとした従者たちだが、特別扱いが嫌いなアオイは、それら全てを断っていた。

 受け取った水を一口飲み、乾いた喉を潤し、アオイは小さく息を吐いた。
 そして、そんなため息に引きずられるようにして、心配事を吐露した。

「康平くんは、元気にしているかな……」

 コウヘイと宿屋で話をした翌日の朝、アオイは宣言通り彼が泊まっていた黒猫亭を訪れた。
 そして、夜のうちに荷物をまとめてコウヘイたちが出て行ったことを、受付のチルから聞いた。

 そのときの様子を細かく聞くと、元気がなさそうなコウヘイが、エルサに手を引かれるようにして出て行ったことを知り、アオイは嫉妬したのだった。

「それにしても康平くんも男の子なんだね。あんな可愛い子と同じ部屋だなんて……はあ……元気なら良いと思っていたけど、私って欲張りなのかな」

 嫉妬なんて醜い感情を抱くなど、思ってもいなかった。

 コウヘイが柔道部に入部してきたとき、あの恵まれた体格にかなり期待をしたのを、アオイは今でも覚えていた。

 しかし、見かけとは違い、とても穏和で静かな性格のせいか、カズマサたちにいいように扱われていた。

 抵抗することもなく、黙々と言われた通りにするコウヘイに対して、

「男の子なら抵抗の一つでもすればいいのに」

 と、男らしくないと軽蔑するほどだった。

 だから、どうせすぐに辞めちゃうんだろうな、とアオイは考えていた訳だが、ある意味その期待は簡単に裏切られた。

 コウヘイがカズマサたちの酷い仕打ちに耐えて、それでも黙々と自主練をして頑張っている彼を見て、いつしかアオイは見守るように色々助けるようになった。

 一度だけ……

 そう、一度だけ、聞いたことがあった。

◆◆◆◆

「どうして抵抗しないの? あんなことまできみがやる必要ないと思うんだけど」
「わかっています。でも、抵抗したところで、より多くの雑用をやらされるだけですから。それならさっさと終わらせて練習する時間を確保したいんです」

 言っていることは理にかなっていそうだったが、結局、それは逃げだった。

「悔しいことに先輩たちの方が僕より強いですから……だから決めたんです。練習して先輩たちより強くなれたら言い返そうかなと。くだらないかもしれませんけど、僕なりにこの意地だけは通したいんです」

◆◆◆◆

 あのときの、自分のことを卑下しながらも無邪気に笑ったコウヘイの表情を、アオイは思い出した。

 あまり感情を見せないコウヘイだが、アオイと話をするときだけは、心を開いていた。
 それには、アオイも気付いており、そのことが彼女を嬉しくさせた。

 それは、ただの年下の男の子から、コウヘイが男性に変わった瞬間だった。

 この世界に勇者として召喚されたとき、思わぬ事態に驚いたアオイだったが、勇者と呼ばれ魔王討伐を強要されたことに不思議と抵抗が無かった。

 あとで落ち着いて考えてみたら違和感しかなかったが、恐らくは勇者の紋章がそうさせたのかもしれない、とアオイは睨んでいた。

 魔力量の鑑定の結果、アオイには膨大な魔力量と、治癒魔法士として有効なスキルがあると判明した。
 一方、コウヘイには魔力が全くなく、何のスキルもないことが判明した。

 その理由は無情で、四人が勇者でコウヘイがそうではなかったからであった。

 それがわかった瞬間、「これでまた私が康平くんを守ってあげられる」という、心が晴れるような優越感にも似た感情が湧き起こった。

 それなのに――

「それが何よっ。私を守るだなんて……ああ、康平くんはきっと私に良いところを見せたいだけなのよね」

 アオイがコウヘイのあのセリフを自分なりに納得しようとしていたら、邪魔が入った。

「おい、大崎。何をぶつぶつ言ってるんだ。さっさとこっちへ来い、飯の時間だ」

 数メートル先でフェリと馬鹿笑いしながら話していたはずのユウゾウは、いつの間にか用意された食事の前に座っていた。

 勇者である彼らには、魔獣討伐の遠征に際して、帝国から騎士だけではなく、一般兵士や従者が帯同してくる。
 当然、食事の準備も彼らの仕事になっている。

 高宮副主将は、偉そうに指示をするばかりで何もやりやしないくせにっ。

 そう心の中で毒づくも、アオイは文句も言わず、笑顔の仮面を張り付ける。

「あ、済みません。すぐ行きます」
「葵ちゃーん、早く早くー」

 小走りに駆け寄り座ったアオイは、適当にマサヒロをあしらい、食事に手を付けるのだった。

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