賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第023話 行き違い

 錬金術で使用するものなのか、摘み取られた植物の葉や魔獣の骨が作業台の上に売り場と同様に煩雑に散乱していた。

 脱ぎ捨てられたローブ、キャミソールのような下着類もソファーの上に散乱していたのだが、コウヘイたちを部屋に通したあとでそれに気付いたイルマは、慌てて別の部屋に放り投げた。

 綺麗に片付けられているとはお世辞にも言えない部屋に、不格好なガラスのカップから立ち上がる湯気が様々な形を作り霧散していく――――
 
「これでも飲んで落ち着いたらどうじゃ」

 先ほどまで慌てふためいていたイルマは努めて平静を装っていた。

 とりわけそのことには触れず、僕は勧められるがままカップを口元へ運ぶ。

 青臭さの中にフルーティーで清く爽やかな香りが鼻腔を刺激する。

「あっ……」
「どうじゃ? これは我が里で取れるカーム草をメインにしたハーブティーじゃ。うまかろうて」
「うん、凄く……美味しい」

 一口飲んで僕は、そう素直に感想を伝えた。

 葵先輩が出て行ったあと、呆然とただ座っていることしかできなかった僕は、エルサが強引に連れ出してくれなかったら、いつまでそうしていたかわからない。

「それにしてもあの小僧たちがそんな企てをしていたとはのう。ヒューマンの嫉妬は、相変わらず恐ろしいもんじゃ」
「うん、本当にくだらないと思う」
「ふん、そこはお主と同意見じゃな、フォルティーウッドのダークエルフよ」
「わたしの名前は、エルサよ。いい加減その偉そうな物言いはやめてくれないかな」
「わしは偉いのじゃ。王族なのじゃからお主も媚びへつらえ」
「ふん、生憎わたしはダークエルフだもん!」
「生意気言いよる」

 イルマの家に来たときの恒例となりつつある二人のやり取りを聞き、僕は大分落ち着くことができた。

 でも、葵先輩が言った言葉、『調子に乗るのもいい加減にしなさい』が、頭から離れなかった。

 あのときの葵先輩の厳しい表情が忘れられず、あの優しかった葵先輩はどうしてしまったのかと、今も考えることを止められない。 

「して、これからどうするのじゃ?」

 イルマの問いかけになんとか頭を振り、思考を今後のことへと切り替える。

 先輩たちは僕を捕まえるつもりなのは、間違いなかった。
 身隠しのローブがある限り、捕まることはないと思うけど、姿を現さず生活をするなんて不可能だ。

 だから、一刻も早く帝都を離れなければ……との思いが先行し、
 
「うん、イルマに迷惑掛けられないから、今すぐに帝都を出ることにするよ」

 と、イルマの問いに応えた。

「今すぐじゃと? もう夜も更けておるから門は閉まっておるぞ」
「あ……」

 焦燥感に駆られるあまり、この時間に帝都から出られないことを忘れていた。

 門のことまで頭が回っていなかったとは……
 冷静じゃないな、と僕は自分の心の弱さを嫌でも実感した。

 魔法を覚え、冒険者稼業にも慣れたことで強くなった気でいたけど、それは身体面だけで、精神面は全然だった。

 葵先輩があんな風に怒ったのも、それを見透かしていたのだろうか、と思うとより一層落ち込んでしまう。

 葵先輩が出て行ってすぐに黒猫亭をあとにしていれば間に合ったのに、あまりのショックで僕は動けず無駄に時間を浪費してしまったのだった。

 迷惑を掛けたくなかったけど、今はイルマを頼るしかない。

「どこにも行く当てがなくて……」
「うむ、気にせず今夜は泊まっていくがよいぞ」
「……ごめん、助かるよ」

 期待しての僕の発言にイルマは、それをわかっていたように快く申し出てくれた。

 夕食を取らずに黒猫亭を出てきてしまったため、イルマが出してくれた野菜スープと黒パンを食べながら今後のことを相談することにした。

「念のため確認じゃが、本当にコウヘイは魔王討伐を目指すのじゃな?」
「うーん、そのつもりは無かったんだけど、僕のスキルはそのためにあるんじゃないかなと思ってさ」

 冒険者を始めたのは、生きていくために仕方なくだったけど、魔力吸収のスキルに気付いてからは、僕にできることは何だろうと考えていた。

 内村先輩たちは、葵先輩を柔道部時代のようにマネージャーとして雑用をさせたり、自分たちが怪我したときの治癒魔法士として道具のように扱ってると知った。

 だから、今まで僕を守ってくれた葵先輩への恩返しとして、一緒に行動を共にしたかったけどそれは叶わなかった。

「それに葵先輩のあの言葉が頭を離れなくて……」
「『あなたごときが魔王を討伐するですって? 調子に乗るのもいい加減にしなさい』じゃったか?」

 イルマには、エルサから先程の経緯を全て説明していた。

 イルマは、それを引用し、葵先輩の言葉をそのまま言ったのだ。

 あのときの僕は、勢いに任せて魔王討伐なんて言い出したけど、葵先輩の叱責で本気で目指すことにした。

「すごい迫力だったよね。勇者の覇気って凄いなと思ったよ」

 エルサはあの場面を思い出したのか、微かに身を震わせていた。
 あのとき、僕も葵先輩から魔力の高まりを感じていた。

 本当の強者は力の波動を放つといわれているけど、葵先輩のあれがきっとそれな気がする。
 故に、冗談ではなく僕に対して本気で怒っていると感じたため、余計に落ち込んだのだ。

 しかし、エルサは、僕とは違う印象を抱いたようだ。

「でも、悪い感じはしなかったけどね」
「ん、どういうこと?」
「凄い力の波動を受けたのは確かなんだけど、色がね……」

 エルサは、魔法眼で見た葵先輩の色を説明してくれた。

 魔力の色は、基本無色らしく、それに色が付くことで何系統の魔法か判別する以外に、感情も読み取れるという。

 問題の葵先輩のオーラの色が怒りを表すレッドの他に、穏和のオレンジと不安のグレーが混じっていたという。

「レッドがあるってことは、怒っていたのは間違いないよね?」
「そうなんだけど、わたしはコウヘイのことを心配して言ったのかなと思うよ」
「可能性が無いとも言えんじゃろな。コウヘイの話を聞く限りでは、いつも親身に接してくれていたのじゃろ?」

 エルサとイルマがそれぞれの見解を言ったけど、まとめると僕のことを心配してあんなふうに言ったのだろうということだった。

「そもそも怒る意味がわからないよ。真面目な葵先輩が魔王討伐を途中で投げ出す訳がないから、僕は一緒に魔王討伐を目指そうと誘ったのに……」
「ごめん、コウヘイ。そこまでは、わたしにもわからないや」

 オーラの色で感情を読み取れても真意までは測れないため、エルサが申し訳なさそうに伏見がちになった。

「葵先輩のことを守るって言ったのだって本気だったんだよ。今の僕は魔法だって使えるし、無詠唱でできるんだし」

 そう、僕は今までのゼロの騎士じゃないんだ。

 すると、イルマから思いもよらぬ指摘をされた。

「して、それをそのアオイとかいう女勇者には話したのか?」
「あ……」
「話してないんじゃな?」
「う、うん……」

 イルマが盛大に肩を落として大きな息を吐いた。
 それは、テーブルにこぼれていた黒パンのクズがこっちまで飛んでくるほどだった。

「それじゃな。きっとコウヘイの能力を以前のままだと思ったから怒ったんじゃよ」

 それで腑に落ちた。

 葵先輩は僕のことを今までの弱いままの僕だと思っていたんだ。
 内気な性格の上に実力もないのに、大言壮語したと勘違いさせてしまったのだ。

 本当は、無詠唱魔法のことを説明しようとしたけど、葵先輩に遮られて結局説明する間もなかった。

「そういうことか。つまり、僕が守るなんて言ったからあんなに当たりが強かったと?」
「感だけど、わたしはそう思うよ。守る対象だった人に逆のことを言われたら、悲しくなるし、心配するもん」

 感と言いつつもエルサは、自信満々の様子だった。

「た、確かに、今までは葵先輩に色々と助けてもらってきたけど、あそこまで言うことないと思うんだけど。心配するのはわかったけど、あそこまで言われたら余計無茶すると思うんだけど」

 それでも、僕なりに反論してみたけど、予想外のことをイルマに言われる。

「それはコウヘイが強くなった証拠じゃろ」
「そ、そうかな?」

 まんざらでもないように僕は照れ、顔が熱くなるのを感じた。

「うん、わたしもそう思う。優しいことは出逢った当初から感じていたけど、はじめのころは自信がなさそうで頼りなかったもん」
「うむ、その図体の割に男らしさは皆無じゃったな」
「えー!」

 最初に褒めておきながら頼りなかったとか、男らしさが無かったとか、上げて落とすようなことを言わなくても……と今度は泣きたくなる気持ちを堪えた。

 葵先輩の叱責に弱っていた心に慰めの言葉が効くように、逆の言葉が更に僕の心をえぐった。

「だって、わたしが得意な魔法でコウヘイの力になりたいと思っていたのに、今じゃ、わたしの方が役立たずで自信失っちゃったくらいだもん。こと戦闘に於いて、今のコウヘイは自信に満ち溢れているよ」

 エルサがそんふうに感じていたなんて知らなかった。
 だから、葵先輩の胸の内をあんなに自信満々に言ったのかな、と僕は思った。

「魔法も吸収できることがわかって、魔族の襲撃も撃退できたし、確かに怖いものが無い感じはするよ。でも、これはエルサたちに出逢えたからであって、そこまで自惚れてるつもりは無いんだけどな」

 僕は、ここ数日で確かな手応えを感じていたけど、彼女たちへの感謝の気持ちも忘れずに伝えた。
 もし、今までの内気で魔法も使えない弱い僕が葵先輩のあの言葉を聞いていたら、言われた通りにさっさと逃げ出していたかもしれない。

 そもそも、魔王討伐なんて言い出すことも無く、喧嘩別れのようなことにならなくて済んだかもしれない。

 実際は、葵先輩の言葉に深く傷ついたことに変わりわないけど、そのあとの行動をどうするのかといった観点でいうと雲泥の差だと思う。

「そもそも魔族領から離れたこの地で魔族に襲われること自体が心配なんじゃがな。今回は下級だったから大事には至らなかったが、今後はわからぬぞ。わしからアドバイスするとしたら戦闘経験を積んで地力を上げないと、中級が襲ってきた場合は死ぬぞ」

 イルマが脅すように言ったけど、その通りなので僕は何も言えなかった。

 魔族には階級がある。

 最低ランクの下級魔族は、人間の騎士階級ほどの能力があり、中級魔族にもなると各国の大将軍を全て集めても倒せないと言われるほど脅威なのである。

 更に上級魔族といわれる階級があるらしいけど、伝記上の存在でその能力は計り知れない。
 その伝記によると、一人の上級魔族によりこのファンタズム大陸が滅びかけたとされている。
 しかも、そのときの勇者が数日間にも及ぶ死闘を繰り広げ、なんとか討伐したとされている。

 勇者パーティーと冒険者の力を合わせてやっと撃退した中級魔族を相手に、僕とエルサで勝てるはずも無かった。

「あとは、仲間をもっと増やすべきじゃな。襲ってくるのが魔法を使うとも限らんじゃろうから、マジックポーションで回復できないコウヘイは、魔力が尽きた時点で並の冒険者となんら変わらんからのう」

 イルマの指摘は、尤もなことだった。

 僕のスキルは、魔力を吸収するだけのようで、僕自身の魔力でないためマジックポーションでその量を増やすことができなかった。

 今の僕の最大の武器は、無詠唱魔法による手数の多さによるものだけど、その分魔力の消費が激しいため、いかにしてその魔力供給源を確保するかが戦局を左右する。

「やっぱり、そうだよね。それにしても、仲間か……」

 ――――コウヘイは、エルサとイルマのおかげで、大分落ち着きを取り戻した。

 もう少し帝都に留まろうかと考えていた矢先の、冤罪に因る指名手配。
 結局、帝都を離れなければならなくなったコウヘイは、今後のことに頭を悩ませるのだった。

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